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英雄奪還編 前編
五章 第五話 父との過去
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元エピネール領を超えトキワとガルミューラはさらに東へと向かっていく。夜中に出発した二人は休むことなく歩き続けていた。道中二人は黙ったまま砂利を歩く音がただ聞こえてくるのみ。どちらもこの状況が気まずいというわけではなく、むしろ心地よかった。辺りは暗く空は曇っていたため、火をつけないと前が見えないほどの暗闇だったが、トキワにとっては気持ちの整理をする環境として最適なものだった。
しばらく歩くと地面から岩が露出し、少しゴツゴツした地形が現れて歩きにくくなってくる。夏にしてはかなり厚着だったが辺りの気温は低く丁度いいくらいだった。幸い魔物に襲われるということはなく、二人の体力はそれほど削られないまま山の麓までやってくる。
「ガルミューラ、今日は中腹辺りで一晩過ごす。この暗さで進むのは流石に危ねえからな」
「ふぇ!? あっ、ああ分かった」
出発してから初めてのきちんとした会話はその確認のみ。
(緊張しているのか)
火で照らされているトキワの横顔を見つめるといつになく顔が険しかった。そして歩きながら周りから見れば不自然なほどにチラチラと何度も顔を見ていた。
「どうした? 顔赤えぞ」
「いっ、いいや何も見てない。それよりもどけ、周りの様子が見えない」
「そんなもん、暗くて見えねえだろうがよ。あとそんな寄らなくてもいいんじゃねえのか」
「安全のためだ」
そんなたわいも無い話をしていると、空は晴れてきて星の光があたりを照らし周りの視界はある程度ひらけてきた。火を消して周りを見ると何もなくただ木々に囲まれていた。魔物の気配は全くしない。
「今晩は行けるところまで移動するつもりだ。まだ大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
山道の感触はザクザクしており歩き心地はよかった。そしてしばらく歩くと、ガルミューラの頬にぽたりと水が落ちてきた。
「晴れてきたと思ったが、これから降りそうだな」
「だな······おう、これは······」
二人に落ちる雨粒は急に増え、気づけば周りの木々が雨に打たれる音が聞こえてきた。先程まで星が見えるほど綺麗だった天気は一気に崩れ大雨が降り出したのだ。
「これは早く寝床を見つけなくてッ—ひゃッ!! な、な、何をする!!」
トキワはガルミューラの肩を引き寄せて二人を覆うように脱いだ上着で雨を凌いだのだ。
「何って仕方ねえだろ。嫌でも我慢しろ」
「い、嫌ではないが」
しかしその声は雨音にかき消される。そしてまるで顔の熱を冷ますように風に吹かれた雨粒がガルミューラの頬にぶつかった。
「おっ、あそこぐらいでいいか」
ガルミューラは少し下を俯きながらそれでもトキワの服をギュッと掴んだまま目の前に現れたちょうど良いくらいの洞窟の中に入っていった。
洞窟の中はひんやりとしていたので、先程念の為周りの木々から適当に用意していた燃えやすそうなものを集め、焚き火を起こした。ササッと岩を加工して簡易的な椅子を用意し、焚き火を囲い込むようにして向かい合って座る。
二人とも疲れてはいたが、眠らずにただ目の前にある火を見つめていた。だがそんな中、ガルミューラだけは実は全く落ち着いていなかった。
(こっ、こんなに遠い場所なんて聞いてないぞ。真夜中に着くと思ってたのに、どうしてコイツと二人きりで寝れる、寝ることになってる······)
ガルミューラは今までにないほど自分の鼓動がうるさく感じた。顔に熱が集まっている感覚がする。
「なあガルミューラ」
しかしトキワの言葉で心拍は落ち着いた。
「どうした」
いつも通り、冷静にすました顔で返事する。
「お前にも、いずれは言おうと思ってたんだがよ。ちっとばかし、話を聞いてくれるか?」
「話? 言っていた父親のことか?」
「ああそうだ。久しぶりに緊張してるんだがよ、気持ちの整理のために話しておきたい。もし眠たいなら途中で眠ってくれても構わねえ」
「大丈夫だ····聞かせてくれ」
そしてトキワは覚悟を決めたようにゆっくりと口を開いた。
俺と親父の関係が大きく変化したのはジンが生まれてすぐの頃だった。俺の生まれた家系は武士の家系として割と有名なところだった。お袋は物心着く前に亡くなって、親父に加え卯月という名前の召し使いと三人で暮らしていた。今でこそまるくなったが、俺はかなり二人に迷惑をかけるくらいにガキだった。
当時俺は、ジンの両親によくしてもらって親父の元を離れてわざわざボーンネルまで行ってはたまに家に帰ってくるという生活になっていた。親父は厳しかったが、特に何も言われることなくそんな生活を続けていた。
「トキワ、お父さんのところに戻らなくてイイノ?」
「······ああ、家を継ぐ気もほとんどねえし」
「もうすぐあいつらにも子どもが生まれるんだ。コッツだけでなく私たちでも支える必要がある。戻るなら今のうちだぞ、トキワ」
「まあ生まれてからでも問題ねえからな、何かあったら大変だ」
ボルも、それにクレースでさえ俺と親父の関係を心配してくれていた。言葉では平静を保ちつつも俺の心には鬱陶しく離れねえモヤがあったがそれを紛らわすように毎日ボルと打ち合いをしていた。正直なところ、ここにいたいという気持ちが半分、罪悪感で戻らなければという気持ちで半分。だが俺はその後しばらくしても親父の元には戻らず、ただ単にボーンネルで暮らしていた。
親父は俺のことを嫌いだったと思う。俺には家を継ぐ気がなかったらだ。生まれてからずっと親父の笑顔を見たことはなかった。親父と遊ぶなんてことも全くもってなかった。ただ武術の訓練を教えてもらったくらいだ。
そんな俺はゼフの鍛冶場に毎日のように行って、話を聞いてもらっていた。今も昔も、ゼフのことは祖父のように思っている。ただ話を聞いてくれるだけでもありがたかったが、ゼフは的確な助言もしてくれる。
どうしようもなかった俺のことをずっと見捨てずにいてくれた。
「なあゼフ、俺は親父の後を継ぎたくはねえんだ。こんな俺でも勝手だとは思うけどよ、自分の生きてえように生きたい。間違ってんのかな、これからもあいつらと一緒にいてえ。それで考えたんだよ、二人の生まれてきた子どもを将来俺らの主にしようってさ。あいつらの子どもだ、優しくて強え子が生まれてくるに違いない。生まれてくる子は女でも男でもジンらしい。まだ生まれてこなくても俺にはわかるぜ、きっとすげえやつになる。そして俺は一生をかけて守ってやるんだ。それが俺の夢だ」
「いいじゃねえか、立派な夢だ。俺にもその景色を見せてくれや。だがよトキワ、勘違いしちゃいけねえぞ。お前さんが自分の夢を叶えたい思いと同じくらいに、お前さんの親父もその夢を叶えたいと思ってんだよ。だから嫌われてるなんて死んでも思うんじゃねえ」
「····ああ」
ゼフの助言はいつも俺に勇気と希望をくれた。俺がどうしようもない人間にならねえように支えてくれた。
そしてそのまま俺は親父の元に帰らないままジンが生まれる時までボーンネルにいた。
生まれた女の子は今では言うまでもないが、本当に可愛かった。笑顔を見るだけで悩んでることを忘れるくらいに、ジンは俺たちにとってあっという間にかけがえのない存在になった。クレースに至っては朝起きて夜寝る時まで一切離れようとしないほど今も昔もジンにべったりだ。
しかし初めて立ち上がった瞬間を見て、俺は喜びとともに親になったような感覚を感じた。そしてその感覚は記憶の中から親父の存在を連れてくる。何度も何度も迷ったが、結局は一度帰って今の自分のやりたいことを親父に話しに行くことにした。まだジンは幼かったが俺が出発する時にはまるで応援するかのように笑顔で手を振って見送ってくれた。
道中、頭の中がぐちゃぐちゃになった感覚にずっと襲われていた。心の中では着きたくない、このままずっと歩いているままがいいと思っていたがそんな時は自分の感覚が意地悪をしやがる。かなりの時間がかかるはずの距離をあっという間に歩き終え、気づけば見慣れた家があった。
少し逡巡したが、ゼフの言葉を思い出し、特定の間隔で扉を叩いた。
いつもは卯月が出迎えに上がるが、その時は違った。腕を組んだ親父が突然現れたんだ。
「トキワか。久しぶりだな」
トキワの父親は少し呼吸が乱れているようだったが、いつも通り平静を保ちトキワを奥の部屋に招き入れた。
お茶を入れ、静かな部屋に二人きり。話が弾むわけもなく、気まずい空間ができていた。しかしその沈黙を破るようにしてゼフとジンにもらった勇気を使い、トキワは口を開いた。
「なあ親父、親父は俺に家を継いで欲しいか」
「······なぜそんなことを聞く」
「それは······」
親父の言葉を聞いて、俺は包み隠さず自分の夢を話した。親父はただ目を瞑って話に耳を傾けていた。
話終わると親父はゆっくり目を開け、口を開く。
「そうか······ならお前はもうここの家の人間ではない。そして俺ももうお前の父親ではない」
「な、何でだよ。どうしてそうなんだよ!」
「お前と話すことはもうない。さっさと行け」
あまりにも冷たい言葉。
その言葉は父親のことで頭が混乱していたトキワにとって琴線に触れるのには十分すぎる言葉だった。
「······分かった。ああ分かったよ!! 消えりゃあいいんだろ!?」
気づけば怒鳴ったことのない親に対して怒声を上げていた。そして父親の顔すら見ずに席を立ち、卯月が帰ってきたのにも気づかず外に飛び出していた。後ろから引き止めるような声も聞こえない。本当に嫌われている、その時のトキワは確信してしまったのだ。
「そっからは一回も顔を見てねえ。そしてボーンネルに帰ってきた俺はただジンのために生きると決めたんだ」
話し終えたトキワの顔は後悔に打ちのめされているようだった。
「······トキワ、それでお前は後悔してるのか」
「完全にしてねえとは言い切れねえが、今俺は天国のお袋に自慢しに行きてえぐらい幸せだ」
「それならいいだろ」
「でもよ、俺はガキだったから今考えりゃあ親父の判断は俺を思ってのことだったのかもしれねえ」
「私は····親のことはよく分からない。だがそれでも、会いたくないわけないだろ」
「·······ありがとよ。長話して悪かったな。今日はもう寝ていいぜ、俺はちっとだけ起きておく」
「ああ············」
「············」
だが二人の間には沈黙が流れた。トキワは寝床を持ってきていたがガルミューラは持ってきていなかった。このような状況を予期していなかったのだ。
「お、お前もしかして寝袋持ってきてねえのか」
するとガルミューラは少し顔を赤らめながら向かい合うように置いていた椅子を持ち上げ、トキワの隣に持ってきた。
「ど、どうしたんだよ」
隣に座ったガルミューラは特に何も言わず静かに座ると、トキワの肩に頭を乗せて目を瞑った。
「忘れた。ここで眠る」
「····分かったよ。明日首が痛いとか言うんじゃねえぞ」
だがその声は、あまりにもうるさい自分の鼓動の音でガルミューラには聞こえなかった。
しばらく歩くと地面から岩が露出し、少しゴツゴツした地形が現れて歩きにくくなってくる。夏にしてはかなり厚着だったが辺りの気温は低く丁度いいくらいだった。幸い魔物に襲われるということはなく、二人の体力はそれほど削られないまま山の麓までやってくる。
「ガルミューラ、今日は中腹辺りで一晩過ごす。この暗さで進むのは流石に危ねえからな」
「ふぇ!? あっ、ああ分かった」
出発してから初めてのきちんとした会話はその確認のみ。
(緊張しているのか)
火で照らされているトキワの横顔を見つめるといつになく顔が険しかった。そして歩きながら周りから見れば不自然なほどにチラチラと何度も顔を見ていた。
「どうした? 顔赤えぞ」
「いっ、いいや何も見てない。それよりもどけ、周りの様子が見えない」
「そんなもん、暗くて見えねえだろうがよ。あとそんな寄らなくてもいいんじゃねえのか」
「安全のためだ」
そんなたわいも無い話をしていると、空は晴れてきて星の光があたりを照らし周りの視界はある程度ひらけてきた。火を消して周りを見ると何もなくただ木々に囲まれていた。魔物の気配は全くしない。
「今晩は行けるところまで移動するつもりだ。まだ大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
山道の感触はザクザクしており歩き心地はよかった。そしてしばらく歩くと、ガルミューラの頬にぽたりと水が落ちてきた。
「晴れてきたと思ったが、これから降りそうだな」
「だな······おう、これは······」
二人に落ちる雨粒は急に増え、気づけば周りの木々が雨に打たれる音が聞こえてきた。先程まで星が見えるほど綺麗だった天気は一気に崩れ大雨が降り出したのだ。
「これは早く寝床を見つけなくてッ—ひゃッ!! な、な、何をする!!」
トキワはガルミューラの肩を引き寄せて二人を覆うように脱いだ上着で雨を凌いだのだ。
「何って仕方ねえだろ。嫌でも我慢しろ」
「い、嫌ではないが」
しかしその声は雨音にかき消される。そしてまるで顔の熱を冷ますように風に吹かれた雨粒がガルミューラの頬にぶつかった。
「おっ、あそこぐらいでいいか」
ガルミューラは少し下を俯きながらそれでもトキワの服をギュッと掴んだまま目の前に現れたちょうど良いくらいの洞窟の中に入っていった。
洞窟の中はひんやりとしていたので、先程念の為周りの木々から適当に用意していた燃えやすそうなものを集め、焚き火を起こした。ササッと岩を加工して簡易的な椅子を用意し、焚き火を囲い込むようにして向かい合って座る。
二人とも疲れてはいたが、眠らずにただ目の前にある火を見つめていた。だがそんな中、ガルミューラだけは実は全く落ち着いていなかった。
(こっ、こんなに遠い場所なんて聞いてないぞ。真夜中に着くと思ってたのに、どうしてコイツと二人きりで寝れる、寝ることになってる······)
ガルミューラは今までにないほど自分の鼓動がうるさく感じた。顔に熱が集まっている感覚がする。
「なあガルミューラ」
しかしトキワの言葉で心拍は落ち着いた。
「どうした」
いつも通り、冷静にすました顔で返事する。
「お前にも、いずれは言おうと思ってたんだがよ。ちっとばかし、話を聞いてくれるか?」
「話? 言っていた父親のことか?」
「ああそうだ。久しぶりに緊張してるんだがよ、気持ちの整理のために話しておきたい。もし眠たいなら途中で眠ってくれても構わねえ」
「大丈夫だ····聞かせてくれ」
そしてトキワは覚悟を決めたようにゆっくりと口を開いた。
俺と親父の関係が大きく変化したのはジンが生まれてすぐの頃だった。俺の生まれた家系は武士の家系として割と有名なところだった。お袋は物心着く前に亡くなって、親父に加え卯月という名前の召し使いと三人で暮らしていた。今でこそまるくなったが、俺はかなり二人に迷惑をかけるくらいにガキだった。
当時俺は、ジンの両親によくしてもらって親父の元を離れてわざわざボーンネルまで行ってはたまに家に帰ってくるという生活になっていた。親父は厳しかったが、特に何も言われることなくそんな生活を続けていた。
「トキワ、お父さんのところに戻らなくてイイノ?」
「······ああ、家を継ぐ気もほとんどねえし」
「もうすぐあいつらにも子どもが生まれるんだ。コッツだけでなく私たちでも支える必要がある。戻るなら今のうちだぞ、トキワ」
「まあ生まれてからでも問題ねえからな、何かあったら大変だ」
ボルも、それにクレースでさえ俺と親父の関係を心配してくれていた。言葉では平静を保ちつつも俺の心には鬱陶しく離れねえモヤがあったがそれを紛らわすように毎日ボルと打ち合いをしていた。正直なところ、ここにいたいという気持ちが半分、罪悪感で戻らなければという気持ちで半分。だが俺はその後しばらくしても親父の元には戻らず、ただ単にボーンネルで暮らしていた。
親父は俺のことを嫌いだったと思う。俺には家を継ぐ気がなかったらだ。生まれてからずっと親父の笑顔を見たことはなかった。親父と遊ぶなんてことも全くもってなかった。ただ武術の訓練を教えてもらったくらいだ。
そんな俺はゼフの鍛冶場に毎日のように行って、話を聞いてもらっていた。今も昔も、ゼフのことは祖父のように思っている。ただ話を聞いてくれるだけでもありがたかったが、ゼフは的確な助言もしてくれる。
どうしようもなかった俺のことをずっと見捨てずにいてくれた。
「なあゼフ、俺は親父の後を継ぎたくはねえんだ。こんな俺でも勝手だとは思うけどよ、自分の生きてえように生きたい。間違ってんのかな、これからもあいつらと一緒にいてえ。それで考えたんだよ、二人の生まれてきた子どもを将来俺らの主にしようってさ。あいつらの子どもだ、優しくて強え子が生まれてくるに違いない。生まれてくる子は女でも男でもジンらしい。まだ生まれてこなくても俺にはわかるぜ、きっとすげえやつになる。そして俺は一生をかけて守ってやるんだ。それが俺の夢だ」
「いいじゃねえか、立派な夢だ。俺にもその景色を見せてくれや。だがよトキワ、勘違いしちゃいけねえぞ。お前さんが自分の夢を叶えたい思いと同じくらいに、お前さんの親父もその夢を叶えたいと思ってんだよ。だから嫌われてるなんて死んでも思うんじゃねえ」
「····ああ」
ゼフの助言はいつも俺に勇気と希望をくれた。俺がどうしようもない人間にならねえように支えてくれた。
そしてそのまま俺は親父の元に帰らないままジンが生まれる時までボーンネルにいた。
生まれた女の子は今では言うまでもないが、本当に可愛かった。笑顔を見るだけで悩んでることを忘れるくらいに、ジンは俺たちにとってあっという間にかけがえのない存在になった。クレースに至っては朝起きて夜寝る時まで一切離れようとしないほど今も昔もジンにべったりだ。
しかし初めて立ち上がった瞬間を見て、俺は喜びとともに親になったような感覚を感じた。そしてその感覚は記憶の中から親父の存在を連れてくる。何度も何度も迷ったが、結局は一度帰って今の自分のやりたいことを親父に話しに行くことにした。まだジンは幼かったが俺が出発する時にはまるで応援するかのように笑顔で手を振って見送ってくれた。
道中、頭の中がぐちゃぐちゃになった感覚にずっと襲われていた。心の中では着きたくない、このままずっと歩いているままがいいと思っていたがそんな時は自分の感覚が意地悪をしやがる。かなりの時間がかかるはずの距離をあっという間に歩き終え、気づけば見慣れた家があった。
少し逡巡したが、ゼフの言葉を思い出し、特定の間隔で扉を叩いた。
いつもは卯月が出迎えに上がるが、その時は違った。腕を組んだ親父が突然現れたんだ。
「トキワか。久しぶりだな」
トキワの父親は少し呼吸が乱れているようだったが、いつも通り平静を保ちトキワを奥の部屋に招き入れた。
お茶を入れ、静かな部屋に二人きり。話が弾むわけもなく、気まずい空間ができていた。しかしその沈黙を破るようにしてゼフとジンにもらった勇気を使い、トキワは口を開いた。
「なあ親父、親父は俺に家を継いで欲しいか」
「······なぜそんなことを聞く」
「それは······」
親父の言葉を聞いて、俺は包み隠さず自分の夢を話した。親父はただ目を瞑って話に耳を傾けていた。
話終わると親父はゆっくり目を開け、口を開く。
「そうか······ならお前はもうここの家の人間ではない。そして俺ももうお前の父親ではない」
「な、何でだよ。どうしてそうなんだよ!」
「お前と話すことはもうない。さっさと行け」
あまりにも冷たい言葉。
その言葉は父親のことで頭が混乱していたトキワにとって琴線に触れるのには十分すぎる言葉だった。
「······分かった。ああ分かったよ!! 消えりゃあいいんだろ!?」
気づけば怒鳴ったことのない親に対して怒声を上げていた。そして父親の顔すら見ずに席を立ち、卯月が帰ってきたのにも気づかず外に飛び出していた。後ろから引き止めるような声も聞こえない。本当に嫌われている、その時のトキワは確信してしまったのだ。
「そっからは一回も顔を見てねえ。そしてボーンネルに帰ってきた俺はただジンのために生きると決めたんだ」
話し終えたトキワの顔は後悔に打ちのめされているようだった。
「······トキワ、それでお前は後悔してるのか」
「完全にしてねえとは言い切れねえが、今俺は天国のお袋に自慢しに行きてえぐらい幸せだ」
「それならいいだろ」
「でもよ、俺はガキだったから今考えりゃあ親父の判断は俺を思ってのことだったのかもしれねえ」
「私は····親のことはよく分からない。だがそれでも、会いたくないわけないだろ」
「·······ありがとよ。長話して悪かったな。今日はもう寝ていいぜ、俺はちっとだけ起きておく」
「ああ············」
「············」
だが二人の間には沈黙が流れた。トキワは寝床を持ってきていたがガルミューラは持ってきていなかった。このような状況を予期していなかったのだ。
「お、お前もしかして寝袋持ってきてねえのか」
するとガルミューラは少し顔を赤らめながら向かい合うように置いていた椅子を持ち上げ、トキワの隣に持ってきた。
「ど、どうしたんだよ」
隣に座ったガルミューラは特に何も言わず静かに座ると、トキワの肩に頭を乗せて目を瞑った。
「忘れた。ここで眠る」
「····分かったよ。明日首が痛いとか言うんじゃねえぞ」
だがその声は、あまりにもうるさい自分の鼓動の音でガルミューラには聞こえなかった。
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