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英雄奪還編 前編
五章 第二話 優しい王
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「イヤだイヤだ!! ぼくはあの子の隣じゃなきゃ住まない!!」
「そ、そうは言ってもだな。もうそこには土地も空いてないし、それにクレースにも離れさせるように言われているもんでな」
現在エルダンはゼステナの住む家の土地選びに付き合わされ事態は難航していた。ゼステナとクリュスは姉妹で同じ家に住むということは決定したが、それでもなかなか始まらなかったのはゼステナがジンの家の隣に住みたいという願望を意地でも曲げなかったからだ。
「だいたいお前さん、どうしてそんなに拘るんだよ」
「夜襲うために決まっているじゃないか!! 遠いと行く途中に怪しまれるんだよ!」
「余計に駄目だ。第一、ジン様の家の近くは人気なんだ。もう埋まっている」
「そんなあ······それじゃあいつ襲えばいいって言うんだ」
「こらゼステナ。あなたの我儘で迷惑をかけるわけにはいきません。取り敢えずは海の見える場所にしておきましょう。それにジン様ならいつでも話しかけてくださいますよ」
「クリュス姉さんが言うなら仕方ないけどさあ······はあ、ジンいい匂いだったなあ」
「ゼステナったら。今はお仕えしている身なのですからその呼び方はやめなさい」
「でもクリュス姉、まだ忠誠を誓っているというわけではないんだよね。ぼくも姉さんも興味本位で来ただけじゃん」
(そ、そうなのか)
「じゃ、じゃあ俺は一旦失礼するぜ」
「はい、どうも御迷惑をお掛けいたしました」
少し焦るエルダンだったがその場を後にし、二人はそのまま会話を続けた。
「確かにそうね、さらに言うなら数百万年生きる私たちにとっては人間に仕えることはほんの一瞬の出来事かもしれない。でも私たちはジン様のことをまだ何も知らない、私にしては珍しく少し興味があるのよ。だからあなたも付き合いなさい」
「まあゼグトスがあそこまで下に出てるのは初めて見たしぼくも正直なところビックリしたよ。あんなに気位の高かったあいつが今では人間に心酔しきってる。まああの子はただの人間じゃないことは分かるけどね。それにトキワって人の考えた魔力波、あれは中々興味深いよ」
(これのことね)
(うん、それでクリュス姉)
(普通に喋らないの?)
(いやさあ、ぼく昨日のラテスのことが気になってて。あまり大きな声で話すことではないけどさ、言わないの?)
(まだ可能性に過ぎないもの。もし本当だとしても話せばゼグトスに殺されるかもしれないわ。それに······人間の寿命はほんの一瞬よ、いつ死ぬかも分からない。もしそれが運命なら、甘んじて受け入れるべきなのよ)
(姉さんがそう言うなら、ぼくは黙っておく)
「難しい話はもうやめましょう。それよりもここの施設はかなり充実しているわ。ジン様が言うには果樹園とやらで軽い食事ができるみたいよ。行きましょう」
「何それ! 行く行く!」
そして二人は一度話を中断し道を歩き始めた。姉妹である二人は目立つ髪の色、端正な顔立ち、女性にしてはかなりの高身長で歩くとかなり目立つ。会話をしながら歩く二人の姿はかなり絵になるのだ。
「住民は種族がバラバラだ、よく差別が起こらないものだね」
「そうね、確かに珍しいわ。でも心地が良いと思わない? 雰囲気がいいとゆうか、初めての感覚がしない?」
「まあね。そういえばゼグトスは何をやれって言ってたの?」
「ボルさんに詳しくは聞いてくれということだけど、多分外交や軍事とかかしら。まだジン様は王様になられて日が浅いとのことよ、かなり忙しい時期なのでしょうね。ゼグトスの魂胆が少しずつ見えてきたわ」
「姉さん、あの人型の」
そう話していると目の前を歩いてきたラルカの姿を見つけた。
「ええ、龍人族ね」
「御二方、お初にお目にかかります。ラルカと申します。ジン様からお話はお伺い致しました」
ラルカは二人の近くまで来ると丁寧にお辞儀し笑顔を見せた。
「初めまして、改めまして私はクリュスと言います。そしてこちらが妹のゼステナです」
「ラルカもジンの配下なの?」
「ええ。ですがジン様は配下という言葉をひどく嫌われます。ですので友達という言葉をよく使われますね」
(ああ、だからか)
「君は龍人族なのに、なぜ人間の下についたんだい? 人間からすれば龍人族なんて一生関わることすらないかもしれない上位の存在なのに」
「その、私の場合は一目惚れ······というのもありますが······あの方のことを見ていてください」
ラルカの目はどこか満足げでまるで自分のことかのように自慢げな様子だった。
「······へえ、わかった。ありがとうラルカ」
「ではまた、ラルカさん」
「ええ、私は洋服店を営業しておりますので興味があるようでしたらご来店ください」
そしてその後も二人は整然と整備された道を周りの活気のある声を、音を耳に入れながらも歩いて行く。
「あれ~かしら? 果樹園というのは」
二人の目の前にある果樹園は入り口からも華やかさが伝わってくるほどに細部に至るまで綺麗な花々が植えられていた。当初の頃よりもリエルやルースたちをはじめとしたエルフ族により果樹園の美しさは日を追うごとに磨きがかかり今ではボーンネルの一つの大きな名所となっているほどだった。
「うわ~綺麗だね!! ジンみたい!」
「そうね、美しいわ。中に飲食のできるところがあるみたいよ。憩いの場という看板のところらしいわね 」
二人が中に入ると既にジン、クレース、パール、ゼグトスの四人に加えてガルが窓際で日に当たりながら心地良さそうに眠っていた。
「あっ、二人とも!」
「あ~ッ! ジン~!」
二人が近くに座るとパールが不思議そうな目で二人のことをじっと見つめた。
「どうしたのかな? パールちゃんだっけ、ジンから聞いてるよ。それよりもこんな小さくて可愛い子ぼくもだっこしたいなあ。ねえ、ぼくの胸に飛び込んできて!」
「ジンしかいや」
「ちぇえ、ケチ~」
「あはは。それより二人とも何にする?」
「じゃあこの黄色い物体の上にハートの血がかけられたものを二つお願いします」
店に入るなり早々メニューに目を通していたクリュスはおそらくオムライスであろうメニューを注文すると嬉しそうに席についた。クリュスのメニューを見る目は輝いていたのだ。
「後でリラックススペースにも来てね。多分今日はそこに泊まってもらうと思うから。ボルの設計がすごくてね、とっても居心地がいいんだよ」
「ええっ!! 今日くらいジンの家に泊めてよ!」
「もし落ち着かないようなら来てもッ—」
「駄目だ。それに温泉や他の設備もそこには備わっている」
「ゼステナ、迷惑をかけてはいけないわよ」
「ええ、そもそも貴方はジン様に対する敬意が足りていません。お家にお邪魔するなど断じて許しません」
しばらくするとオムライスが運ばれてきた。このオムライスはヴァンとエルムが必死に試行錯誤を重ねてできた自信作だ。皿を包み込まんばかりのふわふわとした卵と食欲をそそるヴァン特製のケチャップ。それは見るものを魅了するように机の上で圧倒的な存在感を放っていた。
二人は思わずゴクリと息を呑み気づけば口にふわふわの卵を運んでいた。
そして同時に、目を見開き顔が緩んだ。
「うんまぁああい!!」
ゼステナだけでなくクールな顔を保っていたクリュスも綺麗な顔を緩め、満面の笑みを浮かべていた。
「このメニューはヴァンとエルムが考えたんだ。二人とも本当に料理が上手でね、夜遅くまで厨房にこもって本当に頑張ってくれてるんだあ。それにエルフのみんなはその味を完璧に再現してくれているから、本当にみんな頑張り屋さんなんだよね。私の自慢の友達だよ」
それを聞いてリエルたちは満更でもない様子で顔を赤らめていた。
「ジン、食事中ゴメン。ちょっとコレル?」
「わかった。それじゃあゆっくりしていってね」
ジンが出ていった後、テーブルにはゼグトスも含めた三人だけになったが、二人はオムライスに夢中のまま口にケチャップがついているのにも気づかずにただ黙々と口に運んだ。そして途中でクリュスはハッとなる。
「ね、ねえゼグトス。お代は~」
あまりにもオムライスが美味しかったため、値段が気になったのだ。あいにく現在は手持ちがなかった。お金がありませんというのは恥ずかしくまたゼグトスに何をされるか分かったものではなかったのだ。
「······はぁ。まあ貴方たちからは大金貨を十枚ほど頂きたいですが。いいですか、ここに住む者たちはあらゆる施設が無料で利用できます。もちろん貴方たちも例外ではありません」
「ふぇ、えええエエエッ!! こんな美味しい料理が無料で食べられるの!? 何回でも!?」
「自重してください」
「でもどうして。国としては大赤字ではないの?」
「いいえ、財政はエルシアさんが上手に回しておられます上に、本来ジン様が受け取るべきエピネール国からの莫大な財を全て国に寄付されました。そして、これは何度も止めはしたのですが······ジン様は王としての素晴らしい功績に見合ったお金を一切受け取っておられないのです。つまり無給で働いておられるのですよ」
「何それ、聖人じゃん」
「ええ、本当ならばジン様の素晴らしきお仕事は光金貨が何枚あっても足りないほどなのです。そう、存在しているだけでもありがたい。ジン様のおかげで一体どれほどの者が救われているのか、今の貴方たちにはわからないでしょうけれどもね」
それは言い過ぎではないかと思いつつも二人の食事を運ぶ手は止まっていた。
「じゃ、じゃああの子は何のためにそんなにも頑張ってるのさ」
「ジン様は、度が過ぎるほどにお優しいのですよ。それに加え、私たちのことを愛してくださっている。ならばジン様からの愛を何倍にもして返すのが私たち配下としての、言葉をお借りするなら友達としての役目。そうは思いませんか」
「フッ、貴方変わったわね。ジン様の影響かしら」
「ああそれとゼステナ。ジン様のお家に忍び込むことはやめておいた方がいいですよ」
「ゼグトスが止めるということ?」
「まあそれもありますが、クレースさんがいらっしゃいますから。クレースさんと戦えば私であってもあっさり負けてしまいますからね」
(あのゼグトスがこうもあっさりと)
「まあ他の攻め方を考えるからいいけどさ」
「ゼステナ。それよりも冷めてしまいますよ。早く食べてしまいなさい」
クリュスは美しい空色のハンカチで上品に口を拭きながらそう言った。
「ああ、それとボルさんは忙しそうでしたので私が具体的な仕事内容を教えます。一度で理解してくださいね」
そうしてクリュス、ゼステナ姉妹のボーンネルでの生活が始まるのだった。
「そ、そうは言ってもだな。もうそこには土地も空いてないし、それにクレースにも離れさせるように言われているもんでな」
現在エルダンはゼステナの住む家の土地選びに付き合わされ事態は難航していた。ゼステナとクリュスは姉妹で同じ家に住むということは決定したが、それでもなかなか始まらなかったのはゼステナがジンの家の隣に住みたいという願望を意地でも曲げなかったからだ。
「だいたいお前さん、どうしてそんなに拘るんだよ」
「夜襲うために決まっているじゃないか!! 遠いと行く途中に怪しまれるんだよ!」
「余計に駄目だ。第一、ジン様の家の近くは人気なんだ。もう埋まっている」
「そんなあ······それじゃあいつ襲えばいいって言うんだ」
「こらゼステナ。あなたの我儘で迷惑をかけるわけにはいきません。取り敢えずは海の見える場所にしておきましょう。それにジン様ならいつでも話しかけてくださいますよ」
「クリュス姉さんが言うなら仕方ないけどさあ······はあ、ジンいい匂いだったなあ」
「ゼステナったら。今はお仕えしている身なのですからその呼び方はやめなさい」
「でもクリュス姉、まだ忠誠を誓っているというわけではないんだよね。ぼくも姉さんも興味本位で来ただけじゃん」
(そ、そうなのか)
「じゃ、じゃあ俺は一旦失礼するぜ」
「はい、どうも御迷惑をお掛けいたしました」
少し焦るエルダンだったがその場を後にし、二人はそのまま会話を続けた。
「確かにそうね、さらに言うなら数百万年生きる私たちにとっては人間に仕えることはほんの一瞬の出来事かもしれない。でも私たちはジン様のことをまだ何も知らない、私にしては珍しく少し興味があるのよ。だからあなたも付き合いなさい」
「まあゼグトスがあそこまで下に出てるのは初めて見たしぼくも正直なところビックリしたよ。あんなに気位の高かったあいつが今では人間に心酔しきってる。まああの子はただの人間じゃないことは分かるけどね。それにトキワって人の考えた魔力波、あれは中々興味深いよ」
(これのことね)
(うん、それでクリュス姉)
(普通に喋らないの?)
(いやさあ、ぼく昨日のラテスのことが気になってて。あまり大きな声で話すことではないけどさ、言わないの?)
(まだ可能性に過ぎないもの。もし本当だとしても話せばゼグトスに殺されるかもしれないわ。それに······人間の寿命はほんの一瞬よ、いつ死ぬかも分からない。もしそれが運命なら、甘んじて受け入れるべきなのよ)
(姉さんがそう言うなら、ぼくは黙っておく)
「難しい話はもうやめましょう。それよりもここの施設はかなり充実しているわ。ジン様が言うには果樹園とやらで軽い食事ができるみたいよ。行きましょう」
「何それ! 行く行く!」
そして二人は一度話を中断し道を歩き始めた。姉妹である二人は目立つ髪の色、端正な顔立ち、女性にしてはかなりの高身長で歩くとかなり目立つ。会話をしながら歩く二人の姿はかなり絵になるのだ。
「住民は種族がバラバラだ、よく差別が起こらないものだね」
「そうね、確かに珍しいわ。でも心地が良いと思わない? 雰囲気がいいとゆうか、初めての感覚がしない?」
「まあね。そういえばゼグトスは何をやれって言ってたの?」
「ボルさんに詳しくは聞いてくれということだけど、多分外交や軍事とかかしら。まだジン様は王様になられて日が浅いとのことよ、かなり忙しい時期なのでしょうね。ゼグトスの魂胆が少しずつ見えてきたわ」
「姉さん、あの人型の」
そう話していると目の前を歩いてきたラルカの姿を見つけた。
「ええ、龍人族ね」
「御二方、お初にお目にかかります。ラルカと申します。ジン様からお話はお伺い致しました」
ラルカは二人の近くまで来ると丁寧にお辞儀し笑顔を見せた。
「初めまして、改めまして私はクリュスと言います。そしてこちらが妹のゼステナです」
「ラルカもジンの配下なの?」
「ええ。ですがジン様は配下という言葉をひどく嫌われます。ですので友達という言葉をよく使われますね」
(ああ、だからか)
「君は龍人族なのに、なぜ人間の下についたんだい? 人間からすれば龍人族なんて一生関わることすらないかもしれない上位の存在なのに」
「その、私の場合は一目惚れ······というのもありますが······あの方のことを見ていてください」
ラルカの目はどこか満足げでまるで自分のことかのように自慢げな様子だった。
「······へえ、わかった。ありがとうラルカ」
「ではまた、ラルカさん」
「ええ、私は洋服店を営業しておりますので興味があるようでしたらご来店ください」
そしてその後も二人は整然と整備された道を周りの活気のある声を、音を耳に入れながらも歩いて行く。
「あれ~かしら? 果樹園というのは」
二人の目の前にある果樹園は入り口からも華やかさが伝わってくるほどに細部に至るまで綺麗な花々が植えられていた。当初の頃よりもリエルやルースたちをはじめとしたエルフ族により果樹園の美しさは日を追うごとに磨きがかかり今ではボーンネルの一つの大きな名所となっているほどだった。
「うわ~綺麗だね!! ジンみたい!」
「そうね、美しいわ。中に飲食のできるところがあるみたいよ。憩いの場という看板のところらしいわね 」
二人が中に入ると既にジン、クレース、パール、ゼグトスの四人に加えてガルが窓際で日に当たりながら心地良さそうに眠っていた。
「あっ、二人とも!」
「あ~ッ! ジン~!」
二人が近くに座るとパールが不思議そうな目で二人のことをじっと見つめた。
「どうしたのかな? パールちゃんだっけ、ジンから聞いてるよ。それよりもこんな小さくて可愛い子ぼくもだっこしたいなあ。ねえ、ぼくの胸に飛び込んできて!」
「ジンしかいや」
「ちぇえ、ケチ~」
「あはは。それより二人とも何にする?」
「じゃあこの黄色い物体の上にハートの血がかけられたものを二つお願いします」
店に入るなり早々メニューに目を通していたクリュスはおそらくオムライスであろうメニューを注文すると嬉しそうに席についた。クリュスのメニューを見る目は輝いていたのだ。
「後でリラックススペースにも来てね。多分今日はそこに泊まってもらうと思うから。ボルの設計がすごくてね、とっても居心地がいいんだよ」
「ええっ!! 今日くらいジンの家に泊めてよ!」
「もし落ち着かないようなら来てもッ—」
「駄目だ。それに温泉や他の設備もそこには備わっている」
「ゼステナ、迷惑をかけてはいけないわよ」
「ええ、そもそも貴方はジン様に対する敬意が足りていません。お家にお邪魔するなど断じて許しません」
しばらくするとオムライスが運ばれてきた。このオムライスはヴァンとエルムが必死に試行錯誤を重ねてできた自信作だ。皿を包み込まんばかりのふわふわとした卵と食欲をそそるヴァン特製のケチャップ。それは見るものを魅了するように机の上で圧倒的な存在感を放っていた。
二人は思わずゴクリと息を呑み気づけば口にふわふわの卵を運んでいた。
そして同時に、目を見開き顔が緩んだ。
「うんまぁああい!!」
ゼステナだけでなくクールな顔を保っていたクリュスも綺麗な顔を緩め、満面の笑みを浮かべていた。
「このメニューはヴァンとエルムが考えたんだ。二人とも本当に料理が上手でね、夜遅くまで厨房にこもって本当に頑張ってくれてるんだあ。それにエルフのみんなはその味を完璧に再現してくれているから、本当にみんな頑張り屋さんなんだよね。私の自慢の友達だよ」
それを聞いてリエルたちは満更でもない様子で顔を赤らめていた。
「ジン、食事中ゴメン。ちょっとコレル?」
「わかった。それじゃあゆっくりしていってね」
ジンが出ていった後、テーブルにはゼグトスも含めた三人だけになったが、二人はオムライスに夢中のまま口にケチャップがついているのにも気づかずにただ黙々と口に運んだ。そして途中でクリュスはハッとなる。
「ね、ねえゼグトス。お代は~」
あまりにもオムライスが美味しかったため、値段が気になったのだ。あいにく現在は手持ちがなかった。お金がありませんというのは恥ずかしくまたゼグトスに何をされるか分かったものではなかったのだ。
「······はぁ。まあ貴方たちからは大金貨を十枚ほど頂きたいですが。いいですか、ここに住む者たちはあらゆる施設が無料で利用できます。もちろん貴方たちも例外ではありません」
「ふぇ、えええエエエッ!! こんな美味しい料理が無料で食べられるの!? 何回でも!?」
「自重してください」
「でもどうして。国としては大赤字ではないの?」
「いいえ、財政はエルシアさんが上手に回しておられます上に、本来ジン様が受け取るべきエピネール国からの莫大な財を全て国に寄付されました。そして、これは何度も止めはしたのですが······ジン様は王としての素晴らしい功績に見合ったお金を一切受け取っておられないのです。つまり無給で働いておられるのですよ」
「何それ、聖人じゃん」
「ええ、本当ならばジン様の素晴らしきお仕事は光金貨が何枚あっても足りないほどなのです。そう、存在しているだけでもありがたい。ジン様のおかげで一体どれほどの者が救われているのか、今の貴方たちにはわからないでしょうけれどもね」
それは言い過ぎではないかと思いつつも二人の食事を運ぶ手は止まっていた。
「じゃ、じゃああの子は何のためにそんなにも頑張ってるのさ」
「ジン様は、度が過ぎるほどにお優しいのですよ。それに加え、私たちのことを愛してくださっている。ならばジン様からの愛を何倍にもして返すのが私たち配下としての、言葉をお借りするなら友達としての役目。そうは思いませんか」
「フッ、貴方変わったわね。ジン様の影響かしら」
「ああそれとゼステナ。ジン様のお家に忍び込むことはやめておいた方がいいですよ」
「ゼグトスが止めるということ?」
「まあそれもありますが、クレースさんがいらっしゃいますから。クレースさんと戦えば私であってもあっさり負けてしまいますからね」
(あのゼグトスがこうもあっさりと)
「まあ他の攻め方を考えるからいいけどさ」
「ゼステナ。それよりも冷めてしまいますよ。早く食べてしまいなさい」
クリュスは美しい空色のハンカチで上品に口を拭きながらそう言った。
「ああ、それとボルさんは忙しそうでしたので私が具体的な仕事内容を教えます。一度で理解してくださいね」
そうしてクリュス、ゼステナ姉妹のボーンネルでの生活が始まるのだった。
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