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中央教会編

四章 第二十三話 城下戦

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ベオウルフの雷怒咆は天を貫くように天使族の光を消し去った。

周りにいた天使族は驚きの表情を浮かべつつも、警戒するようにしてベオウルフを睨んだ。しかしながら、萎縮するような大勢の眼光はベオウルフの闘争心をさらに掻き立てて、ニヒリと笑い煽るように全員を睨み返した。まさに圧倒的な強者から発せられるその余裕は味方に安心感さえも与える。

「ゼーラ、住民を避難させろ。避難が終わるまで俺が全員の相手をする」

「了解」

ベオウルフの声で、絶望の淵にいた民は光に照らされた。その短いたった一声がこの状況においてどれだけ意味のあるものなのかは興奮とともに武者震いを抑えられない騎士達を見れば十分に分かることであった。

ゼーラは言い淀んだり、ベオウルフを止めたりすることなくただ言われた通りに動いた。主君に対する絶対的な信頼感と忠誠心がそうさせたのだ。

「剣帝よ、いくら貴様でも我ら天使族を含めた軍勢に一人で勝てると本気で思っているのか? 奢りは我が身を滅ぼすことになるぞ」

「知るか、勝手に俺の国に入って何偉そうにしてんだよ。誰だてめえ?」

「我が名はバスコ。上級天使である」

それを聞いて再び煽るような笑みをが思わずこぼれた。

「上級程度で乗り込んできたのかよ。地上にいる奴等のが強えんじゃねえか?」

先程から確実にこちらが有利な状況にあると考えていたバスコだったが、ベオウルフの余裕そうに見せる笑みを見るにつれ徐々に不安に駆られていった。それとともに自分が小馬鹿にされたことに対する苛立ちも少し出てくる。

「人間が、気高き天使を上回るなど有り得ぬ。お前も同様だ、お前もいずれッ—」

「あーあー分かった分かった。それとさっきからよお」

「——?」


バスコの視界から突然ベオウルフの姿が消えた。あまりにも急に目の前から消えた為焦りの色を隠すことができないまま、首を振りながら辺りを見渡した。それは僅か数秒の間のことだった。

そして再びベオウルフのいた方向を振り返る。

「見下げてんじゃねえよ、殺すぞ」

背後から強烈な殺気とともに聞こえたその声に血の気が引いた。
そして同時に、バスコは顔の骨が歪んだ感覚を体験する。ゆっくりとスローモーションのように思えたその瞬間は耳からプツンと音が消えたタイミングで途切れ衝撃波は顔から身体全身を伝わった。

硬い地面に猛烈なスピードで顔から落ちていき、鈍い音を響かせてその場に倒れ込んだ。

「ッ———!!!」

剣怒ケンド

空中にとどまっていた天使族は驚く暇もなくその大多数が上空で気絶し堕ちていった。その僅か数秒の間で天使族の余裕は無くなり同時に地上の敵も動き出す。

(ラグナルクが見えねえ。気配は····チッ、多すぎて流石に無理か)

天使族は地上に堕ちるとすぐにその身体は光に包まれ消えていった。下級の天使ではこの世に存在する肉体が不安定な為、大きな衝撃を受ければこのようになる。しかしながら天使族はその後も無尽蔵のごとく空からの光とともに出現してきた。

「ベオウルフ様、避難は完了しました。動けます」

ゼーラの横にはミルファ達他の騎士が武器を取りその場でベオウルフの命令を待っていた。

「天使族は全員任せろ。国への被害はゼロにする。黒ずくめの奴らは任せたぞ」

「「ハッ!!」」

その命令で騎士は動き出す。絶望的かと思われた状況はただ一人の登場により勝機へと変わったのだ。

「あの五人は私、シャド、ミルファ、バルバダ、キャレルの五人でそれぞれ相手を。敵は全員かなり練度が高いわ。騎士長達を中心に対処して!」

全員が雄叫びをあげ、これから始まる戦いに全力を尽くそうとする中、男はひとり泣きそうになっていた。

(えッ、一人? 一人で戦うの? ちょっとゼーラさん! 俺死んじゃいますって!! 無理無理、あんな黒い怖そうな人と戦いたくないよお)

心の中で口が達者なその人物はシャドである。そしてどうやらその焦りと混乱が顔に出ていたようでミルファが心配そうな顔で覗き込んできた。

「シャド、大丈夫?」

「大丈夫だよ」

キリッとしたキメ顔でそう返した。だが内心では心臓がバクバクで今にも発狂し逃げ出したい気分だった。そうしなかったのは目の前の存在の為である。そして吸い込まれるようにミルファの瞳をほんの少しの間だけ見つめた。自分でも驚くほどに身体の震えが止まった感覚がした。そして気づけば自然と自身の大剣に手を当てていた。

(勝てる、そう勝てたらきっと夜はミルファちゃんの膝枕だ。間違いない、耳掻き付きだ、囁き声もお願いしよう。うん。そんな気がする)

そう妄想をしながら眼前の敵を見つめた。敵はフードを脱ぎその男はシャドのことを見てニヤリと笑った。

「お前が相手か? 随分と弱そうな体つきだな。それでも騎士か?」

(うっわ、最悪だよイケメンだ。しかも鬱陶しい俺が一番嫌いなタイプのイケメンだ。······ん? でも待てよ、見かけたら殴りかかりたくなるようなイケメンも、普段は殴れもしないし、斬ることもできない。でも今は? 斬ってもいい、殴ってもいい。······そうだ)

「日頃の恨みを全て当てればいい」

突然、不敵な笑みを浮かべてそう言ったシャドに男はえも言えない不安を感じた。そして同時に魔力銃を二丁取り出し装填した。

シャドのすぐ隣にいたミルファの相手が持っていた剣は少し変わった形をしていた。中央のあたりから剣先にかけて刀身がカーブしており、ミルファにとっては初めて見る剣だったのだ。

「あらあら、まだ若いわねぇ。お嬢さん」

舌で口元を舐め回しながらミルファのことをジッと見つめていた女はローブを外すとかなり身軽な服装をしていた。踊り子が着るような服で身軽さ、素早さを重視したと思われるその服装は鎧を身に纏っていたミルファと比べればかなりの軽装だった。

「わたくしの名前はストレアよ。あっちのイケメンはルーベル。こう見えて私たち付き合ってるのよ」

「なっ、それがどうしたのよ」

「まあ、顔を赤くしちゃって可愛らしいこと」

(うっわ、リア銃かよ。リアルに銃で撃ち殺したい奴ら、略してリア銃ってやつね)

ミルファは何事もなかったように剣を構えた。そして一歩目の踏み込みと同時にストレアの首元を捉え、高速で突く。しかし防御のしにくいその攻撃はそのまま通ったかと思いきや金属音とともにミルファの剣がピタリと止まった。

「厄介ね······」

歪曲したストレアの剣の剣先は絡まるようにしてミルファの攻撃を止め一瞬で威力を殺したのだ。二人の剣は凌ぎ合いバックステップで距離をとった。

「シャド、二人で戦いましょうか」

「えっ、あっ、ふぇええ!?」

「おそらく協力した方が勝機は高いわ」

「わ、分かった」

(やったぁ!!)

「らしいわよ。どうする? ダーリン」

「構わない、そうするか」

そしてシャド、ミルファ対ストレア、ルーベルの二対二の戦いが始まろうとしていた。



一方ゼーラ、バルバダ、キャレルの三人は残り三人を相手取る。この三人はバランス型のゼーラ、パワー型のバルバダ、スピード型のキャレルと、役割を分けて戦えばどのような敵であってもそれなりの対応ができる。
しかし今は状況が違った。目の前にいる敵の少なくとも一人は薄々誰か分かっていたからだ。

フードを取り、顔を見せた人物はベイガルであった。そしてその顔を見た瞬間、ゼーラの顔には怒りが現れその士気は一瞬にして憤怒の念へと変わる。

(冷静でいようと思っていたけれども······駄目ね。感じたことがないくらいの怒りが急に胸の奥から込み上げてくる。アイツの顔を見る度にラダルスの優しい笑顔が頭から離れなくなる。悔しさが、怨みが、無力な自分に対する怒りが止められない)

「ゼーラ、俺もあの野郎のことは殴り返したいが、今は任せる。だから残りの二人は俺とキャレルに任せろ」

「······ええ、分かったわ」

しかし残り二人がローブを外すと三人の顔が少し曇った。そこにはギシャルに加え、ラグナルクの姿があったのだ。

「あの親玉、ローブで魔力を隠していたのか。道理で見つからないはずだ」

「剣帝様はたった一人であの数を相手取ってんだ。俺らが意地を見せねえと部下としての示しがつかねえ」

「分かってる」

(僕らがするのはただの時間稼ぎ。正直言って相手は化け物だ)

しかしその不安を拭うようにして明るい声が響き渡った。

「トウッ!!」

空中で一回転しながら何度もキメ顔を見せつつその男は現れた。スタッという効果音を自分の声で発し、笑みを見せる。

「グラム様!?」

「そう! 僕さ!! ヒーローは遅れてやって来る。つまりこの僕はみんなのヒーローさッ!!」

普段ならイラッときそうな高くうるさいくらいの声もこの時ばかりは非常に頼りのある声に聞こえる。そしてグラムはバルバダとキャレルを指さした。

「君たちボーイズはそっちの敵を、このボーックはご老体を相手するとしようか!!」

「「了解!!」」

そうしてこちらでも戦闘が始まり、城下での戦場は加速していった。
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