ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

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中央教会編

四章 第二十話 いつか、きっと

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戦争は、突如として始まりを迎える。戦いの合図はこの戦争を引き起こしたエスピーテ国のメルバールを中心とした魔法使い達が魔法を使用したことによる急激な魔力濃度の変化であった。すでに住民の避難を済ませて常に厳しい警戒体制を敷いていた騎士たちの中でその変化にいち早く気がついたのは騎士団長のガレリアだった。

そして騎士達を鼓舞するように大剣を地面に突き刺した。
その振動は一気に周りに伝わり騎士達の注意は一瞬にしてガレリアに向かう。

「全員武器を構えろッ! はじまるぞッ!!」

ガレリアの強烈な覇気を纏った雷声で緊迫状態にあった騎士達は揃って防壁を見つめる。そして同時に騎士達は激しい熱風に包まれた。防壁からのその熱波は瞬く間にその場にいた騎士を呑み込むとともに防壁にはヒビが入る。

防壁の崩れ去る轟音とともに騎士達の目の前に現れたのはいとも簡単に街一つを破壊しかねないほどの炎の塊だった。メルバール率いる魔法使い達により結集された魔力で極級魔法が放たれたのだ。
「エーテリアス・フレア」と呼ばれるメガフレアの上位互換であるその魔法は中央の防壁をいとも簡単に破壊した後、周囲に爆風を発生させながら近づいてきた。

あまりにも急に放たれたその極級魔法を前に多くの騎士が呆気に取られる。目を見開いて驚く声すらも出ない騎士が多くいる中、エーテリアス・フレアの進行方向に一人、ガレリアは立っていた。

そして大剣を軽々と片手で持ち上げ剣に願うように両手へと持ち替えた。ガレリアの大剣は『意思のある武器』であり名前を「デルタ」と言う。

(いける?)

(ギリギリだな。でもいけるぜ)

「威殺し、潰せ。対象を無へと近似しろ」

ガレリアの声に応えるようにしてエーテリアス・フレアの周りの空間が歪み始める。

「収縮」

その歪みは次第に大きさを増し、囲い込むように発生した六つの歪みは炎の中心へと引き寄せられるように威力を殺しながら空間を押しつぶしていく。まさに一瞬の出来事。しかしながら多くのものがその光景に呆気に取られる中、エーテリアス・フレアはいとも簡単に小さくなってゆき、空気中に霧散していった。

「うぉおおおおッ!!!」

騎士達は歓喜の声を上げるが目の前に現れた光景を見て一気に現実に引き戻される。
防壁が破れ、そこから大量の魔物が入ってきたのだ。

「よっしゃ、行くぜ!」

「待てベオウルフ、様子がおかしい」

「えっ、どうしてAランクがあんなにいるの。ここは最高でもBランクのはずなのに」

「それになんだか、かなり荒々しい感じがするわ」

「魔物はエスピーテのものだ! 来るぞ!!」

「「うぉおおおオオオッ!!!」」

ガレリアの声に合わせて騎士長たちが各団に指示を飛ばし、騎士達全員が覚悟を決めた雄叫びを上げる。
各騎士団が現れた魔物達に分散しながら対応する中、ガレリアの騎士団は特に命令などを受けない。それぞれが戦場を駆け巡り、敵を蹴散らしていくのだ。そしてベオウルフ達三人はというとAランクの魔物を中心として戦場を疾風の如く駆けていた。

「チッ、なんか強えな。一発じゃ厳しいか」

「それに向こうの魔法使いからの援護射撃も邪魔だね、先にあっちをやろう」

「そうだな、ベオウルフ陽動を頼む」

「おう!」

最前線を超えて魔物を狩りながら中央の防壁まで辿り着き、崩れ去った防壁を飛び越えた。その三人の姿を見て周りの騎士達の士気も上がっていきこのまま有利に進められると全員がそう思っていた。しかしながらこれは戦争である。
そう簡単にいくはずもなく次の瞬間、地面に激しい地響きが走った。

「ベオウルフ! 前に出過ぎるな!! 周りを警戒して進め!!」

「ッ——」

一瞬の出来事だった。ベオウルフの立っていた地面が脆い砂のように崩れ落ちる。しかし同時にラグナルクに背中を強く押され、ラグナルクが地下へと落ちていった。

「ラーグ!!」

「ラグナルク!!」

「問題ない!! すぐに戻ってくるッ!!」

そう言い残してラグナルクは落ちていく。

(頼んだぞ、相棒)

ラグナルクとの一瞬のアイコンタクトでベオウルフは再び前を向いた。

「フィオーレ、行くぞ!」

「······分かった。ラーグはきっと大丈夫」

フィオーレは自分に言い聞かせるようにして同じく前を向いた。そして二人の近くにガレリアが現れた。

「多分地下にも何かしら仕掛けが用意されてるはずだ。他にも落ちた騎士がいるけど俺が助けに行くから大丈夫だ。ここは頼んだ」

「「了解」」

ガレリアの言葉に安心感を覚えつつ、二人は再び脆くなった地面に注意して相手までの距離を詰めていった。

そしてそんな二人の近くではエルサ達他の五人の騎士が圧倒的な力で魔物達を順調に狩りながら戦場を縦横無尽に移動していた。

「いたぞ、メルバールだ。アイツを潰せ!!」

ガーバルの声で全員の意識が一気に眼前の人物に集中する。

「待って、様子がおかしいわ!」

メルバールの顔はこちらをはっきりと見ていた。しかしながら不敵な笑み浮かべ顎を引いて注意深く迫り来る騎士の様子を観察していた。そして何かの呪文を静かに詠唱し始め、その笑みは不気味なほどに深くなっていく。

次の瞬間、アントは驚きの表情とともに自分の目の前に拳が迫ってくるのをはっきりと確認した。ゆっくりと見えたその拳の横にはガーバルの顔があったのだ。しかし避けようにも身体が動かない。

そして拳が触れた瞬間。現実に戻されたように引き伸ばされていた時間は戻り、急激な痛みとともにアントは吹き飛ばされた。

「アントッ!!!」

「ガーバル、あなた何を!!」

アントを殴ったガーバルはというと自分でも何をしたのか分からず、混乱と焦りの表情が顔を埋め尽くしていた。

「身体の自由が効かない!! 全員っ、俺から離れろ」

そしてガーバルは巨大な斧を持ち、暴れ始めた。まるで操られたように。

「皆さん、ガーバルさんは私に任せてください!! レイファさんアントを!」

「分かった!」

(なんという、醜い魔法)

「ハハハッ! 踊れ、我が軍として戦場の敵を蹴散らせ!!」

「メルバド、一人じゃ無理よ。私も手伝う」

「······はい。ですが気絶の方向で、ガーバルさんは心優しき私たちの仲間です。殺すわけにいきません」

「メルバドっ、エルサ、構わん。俺が喋れるうちに殺してしまえ。お前達を恨みはせん」

「何を言ってるの、必ず助けるわ」

しかし状況は最悪であった。周りの騎士達の多くもメルバールによって操られ、騎士同士の争いが既に始まっていた。

「どうしてッ殺すんだよぉおおッ!!」

「助けてくれッ!!」

「誰か止めてくれぇええ!!」

そんな悲痛な声が響く戦場はまさに地獄絵図であった。仲間同士の衝突に加え、迫り来る魔物達。遠距離から放たれる魔法攻撃の数々。逃げ場のない戦場においてその状況は騎士を絶望させるには十分すぎた。

そんな中、ガーバルとメルバド、エルサの戦いは熾烈を極めた。ガーバルの巨大な斧に対してメルバドは大槍、エルサはフィオーレと同じくレイピアを装備している。そのため力で言えば二体一ではあるが二人は不利的状況にある。

「メルバド、左脇腹だ! エルサ、避けろ!」

まだ意識のあるガーバルの声を聞いて戦闘を行うもののガーバルの技術力は高く、その状況でも二人と互角の戦いを繰り広げる。

(レイファとアントは無事ね。ベオウルフとフィオーレは前線で戦ってくれている。騎士団長とラグナルクが戻ればまだ勝機はある)

しかしガーバルの打撃は時間を追うごとに重たくなってゆき、一撃一撃が鋭くなっていった。更にガーバルは意識が飛びそうな中、必死で乗っ取られないように歯を食いしばっていた。

「構わんッ、殺せ。覚悟はできている」

ガーバルの言葉は二人にとってあまりにも重たかった。しかし戦っている最中もガーバルは苦しそうにうめきながら必死に入ってくる魔力に抵抗していた。

「フィオーレさん、私に考えがあります。ガーバルさんには現在魔力が体に入ってきています。ですので、私の魔力を流し込めばしばらくは身体が動かなくなるはずです。その隙に······お願いします」

「······分かったわ」

「メルバド! 魔法で錯乱からの上から叩きつけだ!」

「了解」

(エルサさん。貴方には······ 幸せでいてほしい)

ガーバルの魔法を避け、槍で斧を防いだメルバドはガーバルの巨体を押し付けた。そしてそのまま抵抗するガーバルを押して移動する。

「何をッ!」

「来ないでください! 貴方には、傷つけさせたくない」

抵抗する巨体を火事場の馬鹿力で押さえつけるメルバドの周りには猛烈な風圧が巻き起こりエルサは近づけなかった。ガーバルから腹に打撃をくらうがメルバドの周りは光に包まれ、力を振り絞るように詠唱を始めた。

「我は輪廻を脱する者ッ
 世の断りを歪め····神の定めに今、反かん。
 我が魂は、この世を再び彷徨い約束の時は呪いを超えて再び訪れん」

そう言い終えてメルバドは最後の力を振り絞るようにガーバルの身体ごと、半壊した地面目掛けて叩き潰した。

「メルバドぉおおオオオッ!!!」

(お別れは言いません。必ず、どれだけ時が過ぎようとも、貴方を)

メルバドは最後に、エルサの顔を指さし、笑って地下へと落ちていった。そしてエルサは放心するかのように最後に見せたメルバドの笑顔に涙をこぼしたのだった。
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