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中央教会編

四章 第十六話 過去との確執

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(······ここは、どこだ)

黒い空間に吸い込まれていったハルトは気がつくとほとんど周りの様子が見えないほどの真っ暗な空間にいた。取り敢えずは状況を把握するために感知系の魔法で周りを警戒するが、特に目立ったようなことはなく、辺りはただ不気味な静けさに包まれていた。

「ッ——」

そんな中、急に目の前にラグナルクが現れハルトは腰に携えていた剣を抜き取り構えた。

「ここはどこだ。なぜ俺だけを連れてきた」

「慌てるな若人。お前はあの贋作を誘き寄せるための囮に過ぎん。それに、お前はもう自由に動くことは出来んからな」

「なっ」

ラグナルクがハルトの身体に目をやる。その瞬間、ハルトの足首はまるで自我を持ったような発光した足枷に捕まれその場で身動きが取れなくなった。そして魔力を凝縮させその足枷を外そうとするもビクともしない。

「無駄な抵抗はやめろ。それは天使族が使用するものだ。そう易々とは取れん」

「天使族だと? なぜお前がこんなものを持っている」

その返答に応えることなく、ラグナルクは前を向いてゆっくりとハルトに近づいていった。そしてそのタイミングでハルトの周りには鉄格子が現れ、一瞬で完成したその牢屋の中に閉じ込められてしまったのだ。

「お前はもう助からない。近いうちに処刑の日を取り決める、それまで待っておけ。恨むなら無能な剣帝を恨むのだな······すでにお前の命運は私の手にある。どうだ、お前をこの状況まで陥れた人物に対する恨みは? 無能な主君を持ったな、同情するぞ」

「黙れ、お前は剣帝様の強さを理解していないだけだ」

「強さだと? 何も守れないものに強さなどあるわけなかろう。たとえ自己を犠牲としても他人を守ることができる者、それを強い人間と呼ぶのだよ。ならば騎士の歩くべき真の道というものがお前にも分かるだろう」

「······お前は昔、騎士だったのか。どこで道を踏み外した」

「昔の話だ。今はもう人を殺しても何も感じぬ。守る存在から逆の立場になっただけだ、そこに大した差はない」

その瞳は光を吸収するように暗かった。それと同時にハルトはラグナルクからどこか底知れないような深い闇を感じたのだ。まるで二度と取り戻せないような何かを失い、心が空いてしまったようなラグナルクはもうハルトに目をやらない。そのまま反対方向を向いて暗闇の中へと消えていったのだ。



「クソッ! 見つからねえ」

ベオウルフは感知魔法でなんとかしてハルトの居場所を突き止めようとしたが、何一つとしてハルトの居場所へと続く手がかりが得られなかった。証拠を一切残さないように初めから計算し尽くしたラグナルクの完全なる作戦勝ちとなったのだ。

(俺は何をやってるんだ。敵の情報を知らずに立てた作戦も始まってすらいなかった。それどころか、俺がいて部下を一人連れ去られて······お前はこんな俺を見たら怒るよな)

「すまないね、ベオ君。あの筋肉ムキムキ男を殴った時についた魔力を調べてみたんだけどこの量じゃあ手がかりにはなりそうにないね」

「いいや、構わねえ。すぐにでも助けに行かねえとハルトの身が危ねえ。多分だがメスト大森林の魔物はいなくなるだろう。俺達の攻撃に備えてそこに全戦力を投じるはずだ」

「だがベオ君。君の感知魔法でも見つからないとすると、少し無理があるんじゃないのかい?」

「······賭けてみるか。なあ、ロンダートの奴は今いるか? いたらここに連れて来てくれ」

「かしこまりました」

ベオウルフが部下にそう頼みしばらくすると顔を青ざめた様子のロンダートが強ばった顔でその場に現れた。

(な、なんだ。あの一件以降俺は何もやっていないぞ······もしかして酔っている間に何かやったか? 昨日はかなり飲んでその後はそのまま寝たよな······えっ、もしかして浮気してるのバレた!? 剣帝様に!?)

そんなことを考えながらさらに顔色が悪くなっていくロンダートをよそにベオウルフは毅然とした態度で話を始めた。

「お前、この前にボーンネルに行った時、誰か感知系の魔法が得意そうなやつがいなかったか。それもかなりの練度でだ。大まかでいい、化け物揃いっていってたよな。魔法の練度が高そうなやつに覚えはねえか?」

(よ、よかったあバレてない。魔法? そういえばあんな密度の高い極大魔力弾を一瞬でつくってたやつがいたな)

ロンダートは内心ホッとしながらも以前殺されそうになった時に目の前にいたゼグトスを思い出した。

「えっ、ええ!! おりましたとも! 一瞬にして極大魔力弾を練り上げたものがおりました! あの者ならばおそらく魔法全般を得意としているかと思われます」

「そうか、助かった。聞きたかったのはそれだけだ、下がっていいぞ」

(ふぅ、心臓が止まるかと思った)

そしてそのままロンダートは安心した様子で戻っていった。

「どうする気だい? そのボーンネルとやらへ行くのかい?」

「そうだな······ゼーラとミルファを向かわせる。お前は万が一に備えてどっかに行くんじゃねえぞ」

「············ハハハッ!!」

グラムの返事に少し不安を感じながらも早急にゼーラとミルファを呼び出し、それぞれの騎士団を率いさせて早速ボーンネルへと向かわせることにしたのだ。



ゼーラとミルファがギルメスド王国から出発してしばらく経った後、ジンの元へは元エピネール領にいるガルミューラから魔力波で連絡が入ってきた。

(ジン様、メスト大森林からこちらに向かう者達を確認しました。紋章を見る限り前回来た者と同じギルメスド王国からの騎士だと思われます。数はおよそ100。先頭にいる二人の騎士の魔力量はやや高めです。どうされますか)

(分かった、すぐに行くね。敵対している感じ?)

(いいえ、大丈夫かと。何かあればこちらで止めておきます)

(うん、待ってて)

「クレース、ギルメスドから誰かが来たみたい。今ガルミューラのいる場所に向かってるって」

「いッ——」

「私も行く」

クレースが嬉しそうに言葉を発しようとした瞬間、ドアが開きレイが入ってきた。そしてその流れで、この間ゼグトスが設置した転移魔法陣を使い、ボーンネル商会へと一瞬にして移動したのだ。
エルシアに事情を説明して念の為住民を非難させると、ガルミューラの言う通り100人ほどの騎士達が馬に乗り鎧を来てこちらに向かって来ていた。

遠くから離れたところで見ていると騎士団の先頭の者が赤い紋章が刻まれた旗が掲げられた。

「大丈夫だ。あれは話し合いを意味する」

レイがそう言ったためギルバルドの機械兵を起動させることなく、北側を囲っていた壁の門を開いた。先頭にいたゼーラはこちらに一礼するとゆっくりと乗っている馬で近づいてきて馬から降りると丁寧にお辞儀をしてきた。

「お初にお目にかかります。私はギルメスド王国、剣帝直属騎士団「八雲朱傘」序列四位のゼーラと申します」

「同じく序列六位のミルファです」

「初めまして、ジンって言います。えっと······王様····やってます」

「貴方様がジン様でしたか。先日は我が国の騎士が大変ご迷惑をおかけいたしました。代わって謝罪いたします」

ゼーラは謝罪し頭を上げると何やら不思議そうにジンの隣にいたレイの顔を見た。そしてそれに気づいたレイはハッとなり顔を背けた。不自然に顔を隠すレイにゼーラはますます不思議そうにしてレイの顔を覗き込んできた。

「······もしかしてあなた、レイなの····」

その言葉を聞いて諦めたようにレイはため息をついた。

「ああ。久しぶりだな、ゼーラ」

少し照れくさそうにするレイの目の前でゼーラの目頭は少し熱くなった。

「ここに····いたのね。今まで心配してたんだから」

「知り合いか?」

「ああ、昔世話になった」

「まあその話は後だ。まずは要件を聞こうか」

クレースの言葉を聞きゼーラの顔は深刻になる。

「申し訳ありません、少し取り乱しました。要件としては貴方様方にある敵の居場所を発見していただきたく思い、恐れながら参上した次第でございます。先日の件もあり誠に勝手に思われるかも知れませんが、何卒協力していただきたく思います」

そう言ってゼーラとミルファは深々と頭を下げた。

「それは、メスト大森林で混乱を引き起こした黒幕か?」

「左様でございます。現在国内にも緊張が走っており日々警戒態勢で防衛にあたっております」

「今も······まだ八人か?」

少し顔が強ばりながらもレイは恐る恐るそう聞いた。

「······ラダルスは亡くなったわ。この一件を調査して····敵にッ、殺された」

「····兄貴は何をしてるんだ」

「どうか責めないであげて。それに今、貴方のお兄さんは敵に一人で連れ去られたわ」

「ッ—」

レイは顔に一瞬だけ驚きの表情を見せたがすぐに元に戻り冷静な様子でゼーラを見つめた。

「残念だが、今感知系の魔法が得意なやつは留守にしている。すまないが力にはなれない」

そう冷たく言い放った。そしてレイの言葉を聞きミルファが口を開く。

「貴方はッ、お兄さんが心配じゃないの!?」

「ミルファッ! 口を慎みなさい」

「ッ—」

「私にはもう、この命を犠牲にしてでも守りたい存在ができた。······だから、私は兄貴を助けに行くつもりはない」

まっすぐミルファの瞳を見つめ、レイは淡々としてそう述べたのだった。
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