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ボーンネルの開国譚2

二章 第四十話 最愛を守るために

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「ガル、レイお姉ちゃん! ここはもう持たないからすぐに脱出するよッ」

閻魁が暴れた上、イルマーダとジンの激しい戦いが行われた百鬼閣はすでに半壊し、今にも崩れ落ちそうになっていた。

「ジン様、お疲れ様でした。私としたことが、つい見惚れておりました。すぐに全員を地上までお送りいたします」

「あっ、来てたんだゼグトス。ありがとう」

そしてゼグトスの転移魔法により全員が地上へと移動する。一階ではクレースがすでに発生源を壊したことにより、悪魔の数は減り、取り憑かれた魔物たちのほとんどが正常に戻っていた。


レイが治療魔法をかけていたヘリアルとトウライは二人とも無事に意識を取り戻し、その場でゆっくりと目を開いた。

「まさか、倒された相手に助けられるとはのう」

「勘違いするな、せいぜいジンの優しさに感謝しろ」

そしてヘリアルは少し安心したような顔で真っ青になった空を見つめていた。

「よっと」

「ジン~ッ!!」

地面に着地したジンにパールは真っ先に抱きつきにいった。

「えへへぇ」

「よしよし、頑張ったね······あっ」

パールはジンの胸に顔をうずめるとそのままがっしりと掴んで離れなくなりそのまま安心するように目を瞑った。

「疲れちゃったんだね」

すると、その場に何やら慌ただしい足音が聞こえてきた。

「ボルさんッ! 囚われていた人質は全員無事を確認できましたッ!!」

人質たちの救出に出ていた傭兵たちは皆で揃ってボルの前に跪いた。

(暑クルシイ)

「その人たちはどうしたの、ボル?」

「勘違いしないでジン。ごめん、なんとか説得して帰ってモラ······」

「ボルさんッ! 俺たちは全員で決めたんだ、命の恩人であるあんたに一生の忠誠を誓わせてくれッ!!」

「ジンに迷惑がカカル」

「いえ、迷惑はかけません! どうか、俺たちのことを下に置いてくださいッ! なんでもしますッ!」

「ボル、いいんじゃない? たくさんいた方が楽しいよ」

「······まあ、ジンがそういうなら仕方ナイ」

「「よっしゃああアアアッ!!」」

傭兵たちは歓喜の声を上げ、ボルは少し面倒くさそうにその歓声を聞いた。

「トキワ、他の場所はもうダイジョウブ?」

「ああ、ガルミューラのやつに確認したが、なんか助っ人が来たとかで無事だったらしいぜ」

(ふむ、おそらくベインだな。あいつ実はいいやつだったのか?)

いいや、閻魁が悪だったのだ。

「そういや、途中から機械兵の奴らこっちに寝返ってたよな。裏で誰かが操ってたのか?」

「ギルバルドという男だ。根は悪くない、おそらくアイツも騙されていたんだろう。どうか許してやってくれ」

そしてそこへひと仕事終えたクレースが何やら慌てた様子で戻ってき、そのままジンの方へと走っていった。

「ジンッ!」

クレースはパールごとジンを抱きしめると辺りを見渡す。そして羨ましそうにこちらを見つめるレイの姿を発見すると、ゆっくりと近づいていった。

「お前がレイか? ジンを手伝ってくれたようだな感謝する······だが」

クレースは腕を組みながら威圧するようにレイのことを見下ろした。

「く、クレース?」

「レイ、だと? お姉ちゃんなら普通私だろ。お前、いくらジンが抱きしめたくなるほど可愛くて、優しくて強くてかっこよくて綺麗で尊いからっていつの間にそんなに仲良くなってるんだ。許さんぞ、私は許さんッ」

「ジンのことを好きになるのは当たり前だろ、私はこれから死ぬまでジンの側にいるつもりだ」

「なっ、だ、だがジン流石にお姉ちゃんはダメだ。言うならせめて私にしろ」

「それもダメだろ。ではジン、私のことは呼び捨てにしてくれ」

「わかった、じゃあよろしくね”レイ”」

「ッ——その、呼び捨てもいいな」

顔を真っ赤にしたレイは口を震わせて下を向いた。

「そういえば、シキさんはどこに」

「······アイツ、あの身体でどこに行きやがった」

「ジンお姉ちゃん、お兄ちゃんをどこかで見たの!?」

「うん、確かにさっきまで近くにいたんだけど······」

するとその時、突然エルム達の頭の中に妖力波からの声が聞こえてきた。

(聞こえるかッ エルム、イッカク、メルト!)

(うん、ガランおじいちゃんどうしたの)

(集落に、コルトのやつが帰ってきたんじゃ! それだけじゃない、十年前に死んだはずのものたちが全員帰ってきたんじゃよッ!)

ガランは嬉しさが混ざったような興奮した声でそう言った。

(——ッ!)

その時、エルムは後ろでどこか懐かしい気配を感じた。

「お兄ちゃんッ!!」

「「シキッ!!」」

現れたシキにエルムは目に涙を浮かべ近づいていった。
そして迷うことなく全てを委ねるようにあたたかい胸の中に飛び込んだ。

昔寂しい時によく抱きしめてもらったその胸は今でもあたたかく、でもその腕は驚くほどに痩せ細っていて、今にでも壊れてしまいそうだった。

だがシキはその腕でエルムがどこかにいってしまわないようにしっかりと確実に抱きしめた。

「エルム、そのペンダント······持っててくれたんだな」

「うん! これは、お兄ちゃんがくれた私の宝物だから」

「······そうか、ありがとうなエルム。ジンから聞いたよ、お前が勇気を出して俺に会いにきてくれたことを」

エルムを抱きしめるシキの腕は震えていた。だがその顔にはあたたかい笑顔が浮かび、エルムの頭を優しく撫でた。

「お兄ちゃん、ごめんなさい。お兄ちゃんがひとりで辛いときに私はお兄ちゃんに甘えてばっかりでお兄ちゃんにだけ辛い思いをさせちゃって······」

「いいや、お前がいてくれたから俺はここまでやってこれたんだ。何も辛くなんてなかった。ただお前を守れれば、俺はそれでよかったよ」

その言葉を聞いてエルムは唇をギュッと噛んで感情が溢れ出てしまうのを必死に抑えた。そして笑顔でシキの顔を見上げる。

「お兄ちゃん、私、また昔みたいに一緒にご飯食べたいな、今度はジンお姉ちゃんたちも一緒に。
ジンお姉ちゃんはとっても料理が上手なんだよ。私たちにシチューっていう食べ物を作ってくれて、食べた瞬間みんな笑顔になるくらいに美味しかったの! 
それでねあの閻魁さんにも会ったんだよ! でも思った感じとは違ってとっても優しくて肩にも乗せてくれたの。
あと、ジンお姉ちゃんの住んでるところにお兄ちゃんと行ってみたい、きっといいところなんだろうなあ
だから····もっとッ、一緒に色々なところに行ってみたいっ。それでねッ、いっぱい遊んで疲れたら······昔みたいに、お兄ちゃんに頭を撫でてもらいながら眠りたい」

「············」

シキはもう一度強く、しっかりとエルムのことを抱きしめた。

(たとえ悪役になろうが、全てを犠牲にしてでも妹を守るのが兄貴だろ。自分のやったことに後悔なんてなんてないはずだろ。今、エルムが生きてる。そして今、俺の腕の中にいる。それだけで十分だろ?)

「—だからお兄ちゃん。どこにも、どこにも行かないでッ」

(でも、それでも······)

徐々にシキの瞳から光が薄れていった。風が吹けばすぐに消えてしまいそうな火のようにその光は静かにそしてゆっくりと瞳の中で揺れ動く。

「ごめんな、エルム。でも俺は守りたかったんだ。ここを、お前を含め、ここにいる····全員を······」

「どうして、どうして謝るのッ」

シキはその光を全て使って、真っ直ぐ涙で輝いていたエルムの瞳を見つめた。
そして最後の力を振り絞り必死に喉に力を込めた。

「エルム、俺はずっと、向こうでお前のことを····見守っている。だから、いつか幸せになったら空に向かって笑顔を見せてくれ。それと、最後に一つだけ······エルム、お前の兄貴になれたことが俺の人生で一番の誇りだった、ありがとう」

その言葉を言い終えて、シキの瞳からゆっくりと光が消えた。そしてエルムを抱きしめていた手がスルりと下に落ちていく。

(それでも、最後に妹の隣で眠るくらい、いいだろう?)

最愛の中で眠るその顔はどこか安心したようで幸せそうな笑顔をしていた。
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