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ボーンネルの開国譚2

二章 第二十六話 パールの思い出

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(さっきの音は一体? 上から聞こえたが······最上階のあたりか)

先程の爆音は百鬼閣の4階にいたレイの上の方から聞こえてきた。
百鬼閣は全部で7階層の構成となっている。そしてそのそれぞれに配置されていた者達のほとんどは一階からの侵入者を迎え撃つために下の階に降りていた。

「報告! 3階の牢屋の鍵が何者かにより全て解錠されておりますッ!」

「······そうか。グラトンは何をしている」

「グ、グラトン様はただいま一階の敵の迎撃に向かわれました」

「はぁ、あの脳筋野郎······まあいい」

「レイ様····その、人質の捜索はよろしいのでしょうか」

「まあ、正直言ってわざわざ殺す必要などないだろ。アイルベルが勝手に始めたことだ、私も迎撃に出る。おいギルバルドお前もいくか?」

「いいや、俺はここで少し機械兵達を操縦しておく。後から向かう」

ギルバルドは少し納得のいかないような顔を見せてそう言った。

「そうか、なら頼んだぞ」

そしてレイは下の階へと降りていった。

一方、2階に向かったジンの目の前には数十体の魔物達が防具や武器を身につけ、辺りに散らばっていた。

「うっ、ちょっと臭いね」

「バぅ」

2階層では魔物達が大慌てで移動した痕跡が見られいくつもの襖が地面に落ちていた。辺りには鼻がツンっとするような魔物達の異臭が漂っており、この階層は普段から魔物達の住処となっているようだった。
低ランクの魔物は全員出払らっているようでその場にはリザードマン(地竜族)、ゴブリン(緑鬼族)と呼ばれる知能を持った魔物がおり、その種族の中でもAランクほどの上位個体が数多く存在した。

「おい、そろそろ俺たちも行くか?」

「レイ様の命令が降りてないからなあ。取り敢えず待機でいいだろ」

下の階で激しい争いが繰り広げられる中、魔物達は割と呑気な会話をしていた。

「閻魁はもう少し上かな。あまり騒ぎを起こしたくないから静かに行こっか、おいでガル」

そう小さな声で言うとガルは再び小さくなりジンに抱きかかえられた。

(そろーっと)

静かに息を殺して上階へと続く階段を探そうと一歩目を踏み出す。

ーしかし不運にもガルの尻尾がロードに引っ掛かる。

(あっ)

ロードの持ち手部分が下を向いて腰につけていた鞘からするりと抜け落ち地面へと向かっていく。
手を伸ばしたがギリギリのところで間に合わず地面に落ちたロードはカランカランっという音を辺りに響かせた。

(ごめんロード!)

(大丈夫、ただ····)

「あっ」

その音に気づいて一斉にジンの方へと視線が集まった。

「ん? 誰だ嬢ちゃん。こんな所にいると危ないぞ」

リザードマンの一人がそう話しかけてきた。

(ここは、なんとか····)

「あ、えっと、幹部の人に呼ばれたけど道が分からなくて」

「そうかそうか、なら向こうの角を右に曲がった所だ。気をつけてな」

すんなりとリザードマンの男はジンに道を教え、ゴブリン達も温かい目でジンのことを見た。

(ジン、子ども扱いされてるね)

(やっぱり、そうかな)

そして教えられた通りの道を進むと3階に続く道が見えてきた。

「なあ、あんなかわいい子ここにいたか? レイ様を凌いでたぞ」

「そう言われてみれば····まあいいだろ、可愛かったし」

「おい! お前乗り換えなんて真似すんなよ!?」

ジンの後ろでは百鬼閣の中でいつの間にかできていた、「レイ様を崇める会」のメンバーの会話が聞こえていた。


一方、百鬼閣の外ではクシャルドが骸骨兵を無尽蔵のごとく召喚し、それに他の魔物部隊も加わりなんとか足止めをしていた。

「かなり数が多いな、私ははやくジンと合流したいのだが」

「わたしの魔法で一気に倒せるけど、ジンにおこられちゃうからいやだ」

「ボルはどうやら終わったみたいだな」

左手に赤い血のついたボルがガルド鉱石の壁を叩き割ってクレース達のいる方へとやって来た。

「傭兵はもう攻撃シナイッテ」

ボルの後ろには先程まで襲ってきていた傭兵達がボルに向かって跪いていた。

「どういう状況だ?」

「こっちにつくラシイ、知らないケド」

「「我ら傭兵部隊を貴方様たちの傘下に加えていただきたい」」

傭兵達は口を揃えてそう言った。

「じゃあここに囚われてる人質たちを探してキテ」

「「了解いたしました」」

「ハァ」

珍しくため息をついたボルはこの場から傭兵達を遠ざけるようにそう命令した。
そして傭兵達は先程向かっていた方角からくるりと向きを変えて再び百鬼閣へと戻っていった。

「パール、さっき言ってた魔法だが、今ならお前の魔法を使っても構わんぞ。どんな魔法なんだ?」

「まだ上手にはできないけど、ジンに魔法を教えてもらってたとき、できるようになった。ジンと一緒に····えへへ」

パールは嬉しそうに笑って前にあったことを思い出した。



「パールは魔力がたくさんあるから、その分魔法の扱いが難しくなっちゃうね」

「でもがんばる」

「いざという時にパールが怪我するのはイヤだから、今日は攻撃系の魔法をしよっか。私の真似をして、同じ魔力を練ってみてね」

ジンは魔力を練り上げると右手に赤色の魔力が生まれた。

「パール、一回これをやってみよっか」

「うん!」

パールが同じように魔力を練り上げると、その右手には赤色ではなく、真っ白な光属性をもった魔力が生み出された。

「うまくいかない」

「大丈夫だよパール。もう一回やってみッ····パール!?」

パールが生み出したその光は手から消えることなく輝きながら大きくなっていった。

「······もどせない」

「お、落ち着いてねパール。すぐになんとかするから」

(まずい、ロードこれ消せる?)

(うん、僕なら問題ないよ)

「パールじゃあこっちに向けてそれを投げてみて」

「ダメぇ、ジンがケガする」

しかしパールは泣きそうになりながらそれを拒否する。しかし光の玉となったそれはさらに大きくなり、内に秘める魔力を増していく。

「あっ」

しかしながら耐えきれなくなったパールはうっかりとそれを離してしまった。
そして光の玉はスッとジンの方へと向かっていく。

「ジン!!」

「ロード・オブ・ヴォイド【虚無の王】」

虚無空間へと向かっていった光の玉はその空間に干渉する。
しかし徐々に力を弱めていき、やっと光の玉は空間の中へと消えていった。

「ふぅ、危なかった」

「ジン、ごめんなさい。怪我してない?」

目に涙を浮かべながらパールはジンに抱きつきに行った。

「大丈夫。でもこの魔法は流石に封印だね」



「ーっていうことがあったの」

「ほう、ジンの虚無空間に干渉したか······」

「ならその魔法私に打ってこい」

「へ?」

「エッ」

その言葉にボルも思わず心の声が漏れた。

「流石にキケン。多分ゼルタスでも吸収しきれナイ」

「安心しろ、力を調整してあいつらにぶつけるだけだ」

「あとでジンに言われてもクレースがわるいって言うからね」

「······敵が悪い」

「じゃあボク離れとくね」

そしてボルはその場から離れた。
ここにクレースが考えた前代未聞の作戦が始まろうとしていたのだ。
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