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ボーンネルの開国譚2

二章 第十一話 悔恨の集結

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鬼幻郷に遥か昔から建つその建物は百鬼閣と呼ばれ、ここにはかつて大量の鬼が住み着いていた。そしてその上層階。そこにはエルムの兄、シキと骸族のクシャルドという男の二人の姿があった。

「シキよ、鬼幻郷に侵入者が確認された······分かるな」

「分かっている」

シキと話す骸族のクシャルドはコッツのように全身がガイコツの姿をしており、背丈は鬼族のシキよりもひと回り大きかった。シキはクシャルドとその短い会話を交わした後、百鬼閣を後にしたのだ。


そして集落。

ガランやイッカクは驚いていた。先程まで沈んでいたエルムがいつの間にかジンと家から出てきてその顔にはいつも通りの笑顔が戻っていたからだ。

「落ち着いたか」

「はい。クレースさん、それに皆さんも、ご心配をおかけしました。私はもう大丈夫です」

「ジン、クレース。ここは食料が不足シテル。まずはそこから始めるベキ」

ボルは集落をひと通り見てやや痩せ型の集落の鬼達の姿が気になっていたのだ。集落のある土地は他の場所に比べても痩せた土地で十分な食料を確保することが難しかった。しかしその言葉にガランや集落の鬼達は不思議そうな顔をした。

「始めるとは、いったい······」

「ここは、元々みんなの場所だったんですよね?」

「はい······以前まではそうでした」

「だったら、ただ奪われたものを取り返すだけですよ。だから私たちとここを、鬼幻郷の全てを一緒に取り戻してませんか?」

ガランはその言葉の意味を理解するのに、数秒を要した。しかし目の前のジンのまっすぐな瞳を見て、その言葉をゆっくりと言葉にできない思いとともに噛み締める。

「······ですが、ここはもうすでに、ほとんど全ての場所が占領されて10年近く経ちます。それゆえ、おそらく敵はさらに増え、その数はいまや5万を超えているでしょう。貴方様たちをッ······エルムの恩人の方々をっそんな危険な目に遭わすわけにはいきませぬっ······」

「もう10年か、ゲルオードは少し前と言っていたのだがな」

「ゲルオードは数百年くらい生きてるカラネ」

「まあさすがに5万は長期戦だな」

しかしガランの不安や心配が込められた言葉を一切気にすることなくクレースたちは平然と話を続けた。その様子を見ていたイッカクはクレース達の目の前に立つ。

「おいあんたたち、敵はあんた達の想像を遥かに超える戦力を持ってやがる。攻め込んだところで、こっちがすぐに全滅してもおかしくねえんだぞ······それに俺としても、エルムの恩人のやつには死んで欲しくねえ」

少し口下手なイッカクのその言葉は確かにジン達を思いやってのものだった。そして周りの鬼達は心に何か重たい感情を感じつつも、唇をかみしめ拳をギュッと握るが皆その言葉には同じ意見だった。

「もう、私は皆さんのことを異国の知らない人だなんて思ってません。少し見てただけでみんなが優しくてここやここにいるみんなが大好きで、それを奪われた悔しさが分かります。だからもう、ここには私の命をかけも何も惜しくない」

「ジン。私だろ?」

「わたしもお」

「えへへ、そうだったね」

ガランはジンの言葉を聞いて両手を地面について目から涙を流していた。本当はずっと言って欲しかったのだ、手を差し伸べてくれる言葉を。本当はずっと助けて欲しかったのだ、ただ優しさが邪魔をしてうまく言葉にできなかったのだ。

「ッ······どうか私たちのッ、私たちの鬼幻郷を、取り戻してくださいませッ!······」

そして、ガランがその言葉を口にする。10年前全てを失い、今も尚奪われ破壊される全てのものを守るため遂にガランは意を決したのだ。やっと差し伸べてくれたその存在にガランは全てを託したのだ。さらに、ガランに続くようにイッカクやメルト、他の鬼達も頭を下げる。全員の心が悔恨の念によって一つになり、止まってしまった時計の針を全員で動かそうとしていたのだ。

そしてその様子を伺うように一つの影が近くにあった。

(エルムっ!?)

侵入者を追跡すべく集落のすぐ近くの物陰からその様子を見ていたシキは逃したはずのエルムが集落にいたことに驚きを隠せないでいた。しかしシキは周りの様子をしばらく観察して徐々に冷静になっていく。

(なぜエルムがここにいるんだ。確かにここから出したはず······)

しかしエルムの様子を確認したシキはジン達侵入者の数を確認して素早くその場を後にした。

「クレース」

「ああ、今はもう居ないようだが」

「私が始末して参りましょうか?」

「いや、大丈夫。こっちを攻撃してくる感じはなかったから」

「かしこまりました」

「ボル、食料の件どうしよう」

「多分、どこかに食料の保管庫があるハズ。そこから奪いにイク」

「おいおい、確かに数カ所敵の保管庫に食料はあるが、そこには何百っていう敵に幹部のヤツもいやがるんだぞ」

「大丈夫、僕がトキワと二人で殴り込みに行ってクル。ジン達はここにイテ」

「ぼ、ボル様二人では流石に危険でございます。せめて集落にいる戦士を連れていって下さい」

「大丈夫、信じて待っテテ。それと、全員敵ってことでいいんダヨネ?」

「は、はい」

「よっしゃ、歩いてばかりで退屈だったんだよ。さっそく行くかボル」

「では、これをお使いください」

そう言ってガランは鬼幻郷の一部が描かれ、敵の倉庫の場所が記された地図を手渡した。

「じゃあ、気をつけてね。ここで待ってるから」

ジンの笑顔を見て二人は集落を後にする。


「照れたろ、ボル」

「チョットネ」

そして二人は地図に記された食料庫のうち一番近くにある場所まで向かうことにした。


一方、トキワ達の向かう食料庫の周りは高い塀で囲まれていた。鬼幻郷には合計で三つの食料庫が存在しこの食料庫は第二食料庫と呼ばれ、ここではヒュード【人鳥】族と呼ばれる半分人間、半分鳥の特徴を持つ種族が守護をしていた。ヒュード族は人間の顔を持っているものの、背中には翼が生えて鋭い爪を持ち、人間ではありえないような超人的な視力を持つ。

そしてここでは、ガルミューラと呼ばれるヒュード族の幹部が侵入者の報告を受け、部下のもの達に伝令を飛ばして辺りは騒がしくなっていた。

「出現したのはすぐ近くだ! 警戒を怠るな!」

ヒュード族の者は空を飛び、はるか上空から辺りの様子を偵察していた。

「ガルミューラ様! 偵察部隊から近くで怪しげな二人の人間を確認したとのことです! どうやらこちらに向かって進んでいるようで、もう間も無くここへ辿り着きます」

「二人か、どうやら知能がないようだな。 よし、空撃部隊を向かわせろ。殺しても構わん」

「ハッ!」

そしてガルミューラの指示を受け、第二食料庫から武装したヒュード族が飛び立ってトキワとボルの元へと向かっていったのだ。
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