ボーンネル 〜辺境からの英雄譚〜

ふーみ

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ボーンネルの開国譚2

二章 第一話 果樹園でのひと時

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 魔導を極めるべく少年時代に時間を巻き戻したワシ――ゼフ=アインシュタインは、現在さらなる力をつけるため首都プロレアに向かっている。
 首都のある大陸を目指し船で海を渡っていたが、その最中、巨大な魔物クラーケンに襲われてしまった。
 少々苦戦を強いられたが、撃退に成功。だがギルド『蒼穹そうきゅう狩人かりゅうど』のリーダーであるミリィが船酔いでダウンしてしまい、あげくワシの背中にゲロを吐いてしまったのである。
 それ以降ミリィは自分の失態に落ち込み、ずっと暗い顔をしていた。町に着いて何とか立ち直ってくれたが……まったく、クラーケンよりむしろミリィの機嫌を直すことに苦戦したぞ。
 ともあれ、ワシはミリィを連れ、ギルドの仲間であるクロードとレディアのもとへ戻ってきた。

「あ、ゼフ君! こっちですよーっ!」

 ここは港町イズ。宿の外で待っていたクロードが、ワシらに気づいて大きく手を振って駆けてきた。
 クロードはミリィの変化に気づいたのか、嬉しそうに笑った。

「よかったですね!」

 そう言ってクロードは、ワシとミリィが繋いでいる手を両手で包む。
 にっこりと笑い、白い歯を見せるクロード。
 中々のイケメンだがそれは見た目だけで、実はクロードは女である。
 ちなみにミリィよりも出るところは出ている。

「あぁ、心配をかけたな。クロード」
「……ごめん、クロード」
「いいんですよ、ミリィさんが元気になってくれたのなら!」

 クロードの言葉にミリィは照れているのか、少し顔が赤い。
 イケメンスマイル恐るべし。

「そ、そういえばレディアはどうしたの?」
「レディアさんは宿の人と話をしてくれていますよ」

 そういえば以前ベルタの街で、ワシらに宿を紹介してくれたのはレディアだったか。
 おかげで交渉や大した手続きもせずに、長期で宿を利用できた。
 今回もレディアに甘えるとするか。
 考えていると宿のドアが開き、レディアが顔を出す。噂をすればなんとやら、だ。

「おっ、ゼフっちにミリィちゃん。……その調子だと無事に仲直りできたみたいね」

 口に手を当てて、ニヤニヤ笑うレディア。
 レディアは長身で巨乳の武器屋の娘である。
 恵まれた身体とその運動能力は戦いでもいかんなく発揮され、接近戦ではパーティ随一の戦闘力を誇る。
 ただ、少々下世話な性格をしているのがたまにきずであるが……ともあれ、二人がワシとミリィに気を遣ってくれて助かった。

「……ありがとう」

 礼を言うと、二人は優しく微笑んだ。
 不意に。
 きゅるるるる、と隣から力の抜けるような音が聞こえてきた。
 横を見ると、ミリィが赤い顔で無言のままうつむいている。

「あっはは、とりあえず宿は取れたし、ゴハン食べに行かない? 宿のゴハン、来たのが急すぎて私たちの分は作るの間に合わないらしいからさ」
「で、ですね! 行きましょう、ミリィさん!」
「……うん」

 赤い顔のミリィを引き連れ、ワシらは大通りに向かった。

「そういえばさ、宿の人に聞いたけど、首都への馬車は十日おきにしか出てないみたいよ?」
「次はいつだ?」
「ん~六日後かな」

 結構先だな。
 船で乗り合わせた商人のアードライは馬車でどこかへ行っていたが、まぁあいつは金持ちだからな。定期便の馬車に頼らずとも、手段などいくらでもあるのだろう。
 ワシらも馬車ではなくテレポートを使ってもいいのだが、そこまで無理をしたくない。
 この北の大陸の魔物はかなり強いし、移動で疲弊した状態で戦うのは危険だ。
 それにワシの記憶によれば、このイズ近辺にもいくつかダンジョンはあったはず。
 次の馬車までは、この町で修業していればよかろう。

「首都の近くのこの港町なら、美味しいものも食べられますしね」
「クロちゃんて、結構食べるのに太らないよねぇ~。育ち盛りなのかな~」
「ち、ちょっとやめてくださいよっ! レディアさんっ!」

 レディアがクロードの背中から覆いかぶさり、後ろから胸を揉みしだいている。
 そう言われれば、確かに成長しているような気がするな。
 クロードの方を見ていると、ミリィがワシの手を強く握り、じろりとにらみつけてきた。

「ゼフ……」
「おっと、いいニオイがしてきたな」

 そうこうしているうちに繁華街に辿りついた。辺りから旨そうなニオイが漂ってくる。
 久しぶりの陸での食事だ。
 素材の味を生かしたシンプルな魚料理も嫌いではないが、やはり手の込んだ料理は陸でなければ味わえんな。
 特にこのイズは世界中から様々な食材の集う町。色々と旨い物も食えるであろう。
 ミリィでなくとも腹が鳴るというものだ。
 歩きながら物色していると、白い壁の一際ひときわ大きな店が見えた。店の周りには長蛇の列ができている。

「うわぁ~すごいですね、これは……」
「すごい人気ねぇ。こんな行列、ベルタの街じゃ考えられないなぁ」

 クロードとレディアが感心したように声をあげる。
 しかし、ミリィは少し困ったような表情で店の張り紙を見た。

「二時間待ちって書いてあるけど……」
「……他の店を探そう」

 確かに相応に旨いのかもしれないが、食事のために何時間も並ぶなど非効率だ。
 少なくともワシには無理だな。
 きびすを返し他の店を探そうとすると、背後に立っていたクロードの胸にぽすんと弾かれる。

「クロード?」

 クロードの目は、路地裏の方へ向けられていた。
 振り返ってクロードの視線の先を追うと、暗い道にごそごそと動く小さな影が見える。
 子供? しかもあれは……

「獣人、か」

 獣人とは、この北の大陸に多く住む半人半獣の種族である。
 獣の耳や尻尾を持つ人々で、その違いは肉体だけでなく精神にまで及び、普通の人間に比べ精神がやや不安定だ。
 興奮すると、まるで獣のように衝動的に動くことが多い。
 しかし戦闘能力や索敵能力に優れ、冒険者として名を上げている者も数多くいる。
 特徴的なのはその瞳。普段は青色であるが、感情が高ぶると赤色に変わってしまうのだ。
 獣人の起源については、大地の呪いにより人間が姿を変えられた、というのが通説。
 この大地にはマナ――いわゆる魔力の素のようなもの――が溢れており、特に多くマナが溜まっているポイントがある。
 そこがダンジョンと呼ばれ、噴き出したマナが付近の岩や水、動植物を透過して魔物となるのだ。
 大昔、今でいうダンジョンに住み続けた人間が凝縮したマナの影響を受け、獣人の子供を産んだのだとか。それが魔物発生と似た仕組みであることから、「大地の呪い」と呼ばれている。
 その「呪い」の影響で、感情をコントロールするのが苦手な者が多いらしい。
 獣人は荒事に慣れている冒険者ならともかく、町の人々には受け入れられにくいのだ。
 子供のうちは特に大変であろう。
 路地裏の獣人族の子供らは、店が捨てる料理を貰おうとしているのか、各々おのおの鍋を抱えている。
 クロードはそんな彼らを、悲しそうな目で見ていた。
 一人旅でギリギリの生活をしていた頃の自分を重ねているのだろうか。

「ね、君たち。これ食べる?」

 ミリィがいきなり子供たちの輪に入っていった。その手にはいくつかの菓子が抱えられている。
 あれはミリィのおやつだ。腹を空かせた子供に食べさせようというのか。
 あんなことをしても何も変わらんというのに……まぁ好きにすればいいか。
 クロードも、持っていた食料をミリィとともに子供たちに分け与えている。
 はぁ、とため息をつくと、後ろからレディアの楽しそうな笑い声が聞こえた。

「二人とも優しいねぇ~」
「甘いだけだ。あんなものは自己満足にすぎん」
「あっはは、でもゼフっち笑ってるよ?」

 む、気づかなかったが頬が緩んでいたようだ。
 ぽりぽりと頭をかくと、両手を頭の後ろで組んだレディアが悪戯いたずらっぽく笑う。
 昔のワシならあんな行為は無駄と切り捨てて止めていただろうが、ミリィたちと一緒にいて、ワシも少し変わったのかもしれない。
 ……とはいえ、菓子や非常食で腹を膨らませるのは栄養のバランスも悪く、非効率である。
 ため息を一つ吐き、ミリィに群がる子供たちに一歩踏み出す。

「おい、お前ら」

 声をかけるが、子供たちはミリィから貰った菓子を一心不乱に口に入れている。
 ……こいつら。

「それだけでは足りぬだろう。もっと旨いものを食わせてやるからついてこ……」
「ほんとっ!?」

 ワシが言い終わらぬうちに、子供たちはこちらを振り向き、野獣のように眼を光らせた。
 ……こいつら。
 なんとも現金なことである。


 ぞろぞろと獣人族の子供たちを連れ歩き、あまり流行はやってなさそうな店に入った。
 道すがら、人々から好奇と侮蔑ぶべつの目で見られたが気にしない。
 げんそうな目で注文を取りに来る店員に、メニューの端から端まで注文した。
 そんな接客態度だから客が少ないのだぞ。
 料理が届くやいなや、がつがつとむさぼるように食べる子供たちを見ながら、ワシは焼いた鶏肉を頬張る。
 む、味は悪くない。
 パリパリとよく焼けた皮をんでいると、一人の少年がワシに視線を向けてきた。
 歳はワシより少し下といったところか。
 ついてくる時も、皆を率いている感じだった。恐らくこいつがリーダー格だろう。子供ながら中々気の強そうな顔で、目つきも鋭い。
 そういえばこの子供たちはボロの服を着ているが、きちんと洗ってはいるようで、そこまで臭いもない。
 少年は、じっと値踏みするようにワシの目を見ているかと思ったら、白い牙を見せて人懐っこく笑いかけてきた。

「にいちゃん、飯おごってくれてさんきゅーな!」
「礼はミリィに言え。ここはあいつのおごりだからな」
「ごほっ!」

 ワシの言葉に驚いたのか、ミリィは口に入れていたモノを呑み込んでむせた。
 けほけほと咳き込むミリィの背中を、クロードがでている。

「大丈夫ですか? ミリィさん」
「えほっけほっ……ゼフぅ……」
「冗談だ。ワシが持つ」

 むせるミリィを見て、くっくっと笑った。
 その様子を見た少年は、ワシのことをひじで小突いてくる。

「いや~、しかし兄ちゃん、こんな可愛い子を連れてうらやまし~ね~。このこの~」
「……言っておくが、いくらおだてても奢るのは今回だけだからな。そもそもお前ら、帰る家があるのだろうが」

 じろりと少年をにらみつける。

「いやーははは……ばれてた?」
「服もきちんと洗濯してあるし、路頭に迷っているにしては肌の色つやもいい。それなりの生活をしている証拠だ」
「えっ! そ、そうなの?」

 ミリィは気づいてなかったのか、驚いた顔をした。
 クロードはすまし顔でスープをすすっている。

「ボクは保護者の方にそういった行為を強要されてるのかと思いましたが」

 ……勘ぐりすぎだろうクロード。その発想はなかった。ちょっと怖いぞ。
 若干引きつつミリィと顔を見合わせていると、少年は立ち上がり、クロードをにらみつけた。

「シル姉はそんなことしねえよ!」

 怒声を上げる少年に、ワシも皆も驚く。
 少年の目は怒りに赤く染まり、白い牙がちらりと見えた。
 赤い瞳――これが獣人の気性の荒さというやつだな。暴れる前に眠らせたほうがいいか?
 そんなことを考えていると、少年は手で顔面を覆った。

「……っと……わりぃな」

 軽く謝った後、目をつむり、深呼吸を何度か繰り返す。
 ぶつぶつと何かを唱えているようだ。たかぶる気持ちを自力で抑えているのだろうか。
 待つことしばし、息を整えた少年はゆっくりと目を開いた。
 先ほどまで赤く染まっていた瞳は、青く澄んでいる。
 落ち着いた少年に、クロードはすまなさそうにぺこりと頭を下げた。

「……すみません。そういうつもりではなかったのですが、無神経でした」
「あぁいいよ、俺たちカッとなりやすくてさ。危うく飯をおごってくれた恩人に襲いかかるところだったぜ」

 心配そうなクロードに、安心しろとばかりに笑う少年。
 他の子供たちも一安心といった感じである。

「噂に聞いた以上に面倒な気性のようだな、獣人というのは」
「あーまぁね。だからシル姉には、人様に迷惑かけるなって言われてるんだ。んなことより飯食おうぜ! 飯!」
「あぁん! それ私のお肉なのにっ!」
「……ワシの奢りなのだが」

 たまにはこんな大人数での食事も悪くない。
 とはいえ子供たちは凄まじい食欲で、ワシらは料理にほとんど手をつけられなかった。
 特にミリィは子供たちの素早さに負けっぱなしである。
 追加で何か頼んだほうがいいかもしれない――そんなことを考えていると、少年の頭から生えた耳がピクリと動いた。

「やべ……シル姉だ。逃げるぞおめーら!」

 リーダー格の少年はそう言うと、両開きの窓を勢いよく開け、子供たちはの子を散らすように窓から飛び出していった。律儀なことに、最後の子供は窓を閉めていく。
 よくわからんが、保護者が来たらしい。
 獣人族は人間より感覚が鋭い。恐らく足音か何かを感じ取ったのだろう。
 一瞬にして今まで賑やかだったテーブルは静かになり、ワシらが呆然としていると、子供たちが出ていった窓がばたんと開いた。

「さんきゅーな! また会おうぜ!」

 少年がワシに挨拶し、また窓をばたんと閉じる。やはり律儀だ。
 皆と顔を見合わせていると、今度は飯屋の正面ドアが開いた。
 そこにいたのは、青い神官服を着た一人の少女。薄い桃色の髪を腰まで伸ばしている。
 押さえた胸を上下させながら、少女は荒くなった息を整えていた。
 少女が顔を上げると、その黒い瞳がワシを捉えた。

「え……っと……その……」

 店内の皆の注目の中、神官服の少女は一瞬言葉に詰まった。
 走ってきたのだろう、彼女の頬は赤らんでいる。
 そして店の惨状を目にした少女の顔は、みるみるうちに赤から青に変わっていった。
 ワシらのテーブルには食い散らかされた料理の数々。子供たちが飛び出していった時に落としたのか、床にも皿や料理が散らばっている。
 この少女が、あの少年の言っていたシル姉とやらだろうか。
 真っ青になり、冷や汗をたらたらと流していたかと思うと、店主に向かって大きく頭を下げた。

「申し訳ありませんでしたっ!」

 勢いよく下げられた頭を見て、店主はきょとんとしている。

「あの子たちがまた迷惑をかけてしまったみたいで……」

 謝りながらも上目遣いで店主を見る少女。
 それを見た店主は一瞬戸惑っていたが、何か思いついたのかニヤリと笑う。

「……シルシュさんよぉ、困るなぁ、ガキ共の世話はちゃんとしてくれねえとさぁ~」
「すみませんっ! すみませんっ!」

 ペコペコと謝る少女――シルシュに気をよくしたのか、店主はさらに口角を上げ、彼女に一歩近づいた。

「すみませんで済んだら、派遣魔導師はいらねぇんだよなぁ……」
「うぅ……ではどうすれば……?」
「俺はシルシュさんの誠意を見せてほしいんだよ。誠意を」
「せ、誠意……ですか?」

 困惑するシルシュに手を伸ばした店主は、彼女の肩を大きな手でつかんだ。
 シルシュは苦笑いを浮かべ、顔を引きつらせている。
 この親父、シルシュが誤解しているのを利用するつもりか。
 ……ったく、悪い奴もいるもんである。
 そもそもこの程度で、極悪犯罪者を取り締まる派遣魔導師が動くはずないではないか。

「その辺にしておけよ」

 ワシの声と共に、店主の眼前に火の玉が浮かぶ。
 ワシがレッドボールを念じたのだ。

「ま……魔導師……!」
「子供たちは何も悪いことをしていない。あんたが店主に謝る必要はないさ」

 シルシュはきょとんとした顔で、ばつの悪そうな店主とワシらを交互に見ている。
 つかつかと店主の前まで歩いたワシは、食事代を支払った。

「あの……?」
「ワシらが誘っておごってやったのだ。大層恐れられているようだな。シル姉とやら」

 くっくっとシルシュに笑いかけると、やっと事情が呑み込めたのか、その顔がまた羞恥に染まっていく。

「すみませんっ! すみませんっ!」

 今度はワシの方にペコペコと頭を下げるシルシュ。
 ふむ……このシルシュとやら、妙にぎゃくしんをそそるな。先刻の店主ではないが、確かにいじめたくなってくる。
 そんなことを考えていると、後ろから三人のちくちくとした視線を感じる。
 申し訳なさそうにするシルシュに、気にするなと手を振った。

「あの子らが繁華街で腹を空かせていたから奢ってやったのだよ。ただのお節介だ。気にすることはない」
「そ、そうなのでしたか。ありがとうございました」

 またもぺこりと頭を下げるシルシュ。
 さっきからペコペコし過ぎだろう。気にするなと言っているのだがな。
 レディアがシルシュに近づき、その肩をポンポンと叩く。

「まぁまぁ、シルシュちゃんだっけ? ほんとに気にしなくていいよ~」
「そうはいきません! 何かお礼を! 私にできることなら何でも言ってください! ……お金はないですけど……」
「ほう……何でもと言ったね?」
「ダメですよ、レディアさんてば……」

 きらりと目を光らせるレディアを捕まえ、シルシュから引きはがすクロード。

「そうだ、お礼ならこの町を案内してもらう、とかどうです? 首都への馬車が来るまで結構あるし、それまでここに留まることになるでしょうから」
「お、それいいね~! 港町には色々なものが集まる……面白いものもありそうだし♪」

 レディアは商人の血が騒ぐようだ。
 確かに、首都への経由点であるこの港町イズには、様々な人や物が集まる。
 ワシも前世で来たことはあるが、ゆっくり見て回ることなどなかったし、何か現地の人でしか知りえぬ珍しいモノもあるかもしれないな。
 クロードの言葉を聞き、シルシュは顔をほころばせる。

「それならお安い御用ですともっ!」

 そう言ってシルシュは、ぽんと胸を叩いた。
 強く叩きすぎたのか、けほんと一つ咳き込む仕草に少し噴き出してしまった。
 なんだ、あの少年が随分恐れているからどんなものかと思ったが、感じのよい少女ではないか。
 少々生真面目すぎるようではあるが。
 ミリィもくすくすと笑っている。

「ねぇゼフっち、とりあえず出ない?」
「そうですね。みんなの視線がちょっと気になりますし」

 二人とも店内の人たちの視線が気になるようだ。
 大して客もいないのだから、あまり気にしなくていいと思うのだがな。
 まぁ、ここに留まる理由もない。行くか。

「待ちな」

 外へ出ようとすると、店主がワシらを呼び止めてきた。
 後ろを振り向くと、一枚の紙をワシの前に突き出す。

「金が足りねぇぜ」

 少々足りなかったようである。
 その分の金を出すと、またもシルシュがワシに謝るのだった。


 先ほどの店を出て、まだ満足していないミリィが食事の続きをしようと言いだした。
 さっきはバタバタしてしまったし、シルシュとゆっくり話をするためにも別の店へ入ることにする。
 適当に注文を終えると、シルシュが軽い会釈と共に自己紹介をし始めた。

「申し遅れました。私、シルシュ=オンスロートと申します」

 シルシュの自己紹介に、ワシらも応える。

「ワシはゼフという」
「私、ミリィ=レイアードです。よろしくね、シルシュさん」
「ボクはクロードです」
「私はレディアでいいよん」
「よろしくお願いいたします、皆さん」

 皆が自己紹介を終えると、シルシュはまたぺこりと頭を下げた。
 クロードとレディアも会釈をし、ミリィが慌ててそれに続く。
 丁寧なのはいいが、少し堅苦しいな。

「町外れの教会でシスターをやっております。あの子らはウチで面倒を見ているのですが……どうにもやんちゃでして」

 申し訳なさそうに笑うシルシュの顔はどこか母親のようで、ナナミの町にいる母さんを思い出した。
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