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ジンとロードの過去編

第七話 不運な戦い

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時は少し遡り、ヘルメスたちがニュートラルドに攻め込んでいた時。その強大な力に意思たちはなす術なく蹂躙されていた。ある意思は逃げ惑い、またある意思は無抵抗に殺される。ニュートラルドに住む意思であっても、契約条件を満たせばわざわざ武器もしくは道具の意思となるという手順を必要としない。それに意思は一度武器か道具の意思となれば戦闘力がかなり上がってしまうため、それを知っていたヘルメスたちはニュートラルドに攻め込むことにしたのだ。

「皆さん! 遺跡に避難を!」

そんな中バイルドは意思たちを遺跡に避難させていた。しかしながらある二人の強力な意思は逃げ遅れて、ヘルメスたちの目の前に立っていたのだ。

「苦しい思いをしながら死んで記憶を失う、意思のある武器としてこちら側につく、お前たちの選択肢はこの二つだ。迷うまでもないだろう?」

そしてヘルメスたちの目の前に立つ「ウィルダム」と「ソーニャ」という二人の意思が追い詰められていた。

「ソーニャ、お前だけでも逃げるんだ。正直に言って勝てる見込みがない」

「何を言ってるのよ。私がそんな薄情な意思だと思ってるの?」

そして二人はヘルメスたちの方を向いて構える。二人は共にまだ諦めず敵に立ち向かう気力が残っていたのだ。

「フッ、意思風情が」

そして二人同時に攻撃を仕掛ける、中立の意思といっても弱いというわけではない。確かにウィルダムとソーニャは戦闘力としてはAランクの魔物に匹敵していたのだ。······しかし数分後、ウィルダムは全身に傷を追ってうつ伏せに地面に倒れ、ソーニャはタスネに髪を鷲掴みにされて持ち上げられていた。単純に相手が悪かったのだ。

「哀れよのう。おい女、お前がワシの杖に入ればこの男は逃してやるぞ」

ゼルファスは嘲笑うようにソーニャを脅す。

「わかっ······た、だから彼だけには、手を出さないで」

ソーニャは今にも消えそうな意識の中でそう言った。

「ダメだ······ソーニャ!」

「お前は黙ってろッ!」

「ぐはぁッ!」

しかしその声は届かず、必死に声を振り絞って止めようとするウィルダムのお腹をログファルドは思い切り蹴りで痛めつける。

「やめて······言う通りにするから」

「ふっ、初めからこうすればよかったものを」

そう言ってゼルファスはソーニャに触れ、目を閉じる。

「契約の時、我この者の武器に宿らん」

そしてこの瞬間、ゼルファスの杖は『意思のある武器』へと進化する。

「ソーニャッ!!」

ウィルダムが必死に叫ぶももうその声はソーニャには届かない。こうして意思の一人はゼルファスの『意思のある武器』として取り込まれてしまったのだ。

これにより、ゼルファスの戦闘力は大幅に上昇する。本来所持している魔力量は数倍まで跳ね上がり、それに伴い魔法の威力は格段に進化する。すでにAランク程度の魔物ならば造作のないレベルまで来ていたのだ。

そしてその光景を横で見ていたタスネは邪悪に笑い必死に逃げ惑っているであろう意思たちの姿を思い浮かべ、さらに笑みを深くする。
タスネはすでに「麗舞レイブ」という意思のある武器を所有しており、タスネに見合ったその細身の剣は見た目にそぐわず威力が高い。意思の宿っていない通常の武器ならば斧や大剣をも砕くほどの威力を秘めていたのだ。

「ハッハッハ、もう意思のある武器を手に入れたワシに敵などおらんわ。ヘルメスよ、このままアルムガルドまで攻め込んだらどうじゃ?」

「焦るなゼルファス、近いうちにその時は来るだろう」

そうしてゼルファスは大きな野望を胸にその時を待つのであった。



そして現在。

「······も、もうやめえてくれぇ! もう十分じゃろッ!?」

ゼルファスの頭にはすでに計画など頭になかった。ただただ助かる道を探すのに必死な状態で長年積み上げてきた威厳も何ももうそこには存在しなかった。先ほどまで威勢よくクレースに剣を向けていたタスネは今、ゼルファスの隣で後頭部を踏みつけられ地面に顔面を擦り付けられていた。美形だった顔は傷だらけになり、泥水や草がべったりと顔にくっつき本来あったはずの気品はかけらも感じられない。

「すみません······でした。私が、私が悪かった······です。たふけて、ください。もう······やめてください。おねがい、します」

自身が強者であるという絶対的自信と上品で気取った口ぶりはとっくに消え去り傷や泥でぐちゃぐちゃになった顔で涙を流しながら懇願するようにタスネはそう言った。

「その虫けらのような頭でよく考えろ、立場が逆になっただけだ。これはお前たちがやっていたことだろ、今更都合のいいことを言うな」

ゼルファスとタスネは二人で挑んだがクレースに手も足も出ず気づいた頃にはもうこの状況になっていたのだ。

(( 味方でよかった、本当に ))

目の前での戦いとも言えないものを見ていたキュートスとバイルドは心の底からそう思う。側から見ればもうどちらが悪者かなどわからない状況で二人は先程眼前で繰り広げられた光景を思い出す。

武器を構えた二人はタスネが前衛、そしてゼルファスが後衛にまわる遠距離にも近距離にも対応できる基本的な陣形だった。
作戦としてはまず杖を構えたゼルファスが炎魔法である超高火力の「ジークフレア」を発動させクレースにダメージを与えた後、タスネが追撃を仕掛けるという至って単純な戦法だった。
そしてゼルファスは無詠唱で一気にジークフレアを発動させ、巨大な炎の塊がクレースを襲う。しかしクレースの目の前まできたジークフレアは何故か爆発も何もせずピタリと動きを止めた後、ゼルファスの方へと帰ってきた。よく見るとクレースが高熱のジークフレアを顔色一つ変えず、片手で軽々と受け止めそのまま投げ返していたのだ。
あまりにも想定外かつ理不尽な攻撃に前衛にいたタスネはジークフレアに対応しきれずそのまま大火傷を負って倒れ、呆気に取られたゼルファスはその一瞬のうちに逆に追撃をかけられた。もちろん魔法を得意とするゼルファスが近距離戦で勝てるはずもなく、ジークフレアが放たれて1分も経たないうちに二人はクレースただ一人に大敗を喫したのだ。

「まずは無理矢理に契約した意思を解放しろ」

「わ、わかった待ってくれ」

クレースの言葉にゼルファスは大慌てで目を閉じる。契約の解消は至って簡単であり、両者の契約破棄が合意されれば意思は元の姿に戻るのだ。そしてゼルファスが目を閉じてしばらくするとゼルファスの武器が輝きだす。そしてその光とともに杖からソーニャは乖離する。

「出られた······の?」

辺りの状況をよく伺いながらソーニャは警戒するようにそう言った。

「はい大丈夫ですよ。こちらのクレースさんが助け出してくださいました」

「助かりました。本当にありがとうございます」

ソーニャは深々と頭を下げた。

「そうだ! ウィルダムという銀色の髪をした男の意思を見かけませんでしたか!?」

突然、ソーニャは慌てた様子で聞いてきた。ゼルファスの武器に宿った後、しばらく意識が途切れたためどういう状況になっているのかわからなかったのだ。

「ウィルダムさん? いいえこの辺りでは見かけませんでした」

「そうでしたか······突然で申し訳ないけど私は彼を探しに行きます、それでは」

「待て一人では勝てるはずがないだろう。私も人を探しているのだ、一緒に行こう」

そうしてクレースはソーニャを加えてジンとウィルダムを探すことにしたのだ。

(無事でいてくれ······ジン)

クレースは一人静かにそう願う。
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