上 下
31 / 229
ジンとロードの過去編

第四話 それぞれの戦い

しおりを挟む

「······ここは」

目を開けると、先ほどまで森の中だったはずがいつの間にか開けた広い草原の上にいた。あたり一面青々とした草が海のように綺麗になびいている。しかしながらその草原には先ほどの森の面影など微塵もなかったのだ。

「あれ、さっきまで······」

ジンの隣にいたはずのクレースはいなくなっていた。

(あのヘルメスって言ってた敵が全員を別の場所に飛ばしたんだ)

すると何かがジンの足に優しく触れた。

「ガル!」

どうやらガルは私と同じ場所に転移されたようなのだ。
嬉しそうにして甘えるガルをしばらくわしゃわしゃした。どんな状況でもガルをわしゃわしゃするのは楽しいのだ。

「ジン! ガル!」

するとそこに声をあげて安心したようにフィリアが駆け寄ってきた。

「フィリア、よかった!」

「大丈夫ですか? 目を開いたら全く知らない場所に転移していたので驚きました。それにクレースさんたちの姿が見当たりません」

「うん。私もここはどこか分からないけど、クレースたちならきっと大丈夫だよ」

するとそこに何かの気配が近づいてきた。ヘルメスが目の前に現れたのだ。龍のような鱗が体の部位に見られるヘルメスは龍人族という種族であった。そしてその横にはケルスタイトがピッタリとくっつくようにしながらジンたちを威嚇していた。

「お前、その年でかなりの魔力を持ってるようだな。うまく隠しているようだが、俺にはわかるぞ」

「クレースたちはどこ」

まるでその圧を何も気にしないようなジンの言葉を聞いてヘルメスは少し笑った。

「やけに落ち着いているな。だが安心しろ、いずれお前たちは皆同じ場所へ行くことになる。今は自分の心配をしていろ」

そしてケルスタイトはガルのことを鋭い目つきで睨んでいた。

「こんな小娘にちっさい狼、すぐに倒せる。つまらない」

ガルは毛を逆立てて睨んできたケルスタイトを睨み返す。そしてその瞳にケルスタイトは感心するような笑みを見せた。



一方クレースはキュートスとバイルドと共にすぐ近くに湖がある遺跡の入り口近くに飛ばされていた。遺跡の入り口は至る所が損傷しており、ひどく古びていた。

「ジン! どこだ!!」

クレースは焦ったように辺りを見回して必死にジンの姿を探したが辺りにジンの気配はしなかった。

「あなたは先ほど助けて頂いた」

そんなクレースにバイルドが話しかけてきた。

「ああ、お前はフィリアの。そっちのやつはもう大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。だが別々に飛ばされたようだ。鳴々とフィリアが見当たらない」

先ほどまで意識を保つのがやっとだったキュートスはフィリアの魔法によりすっかり元の状態に戻っていた。

「伏せろ!」

突然クレースが叫ぶと周りに大きな爆発が引き起こり、湖の穏やかだった波が激しく揺らぐ。

「チッ、面倒じゃの。先ほどの獣人が相手とは」

「大丈夫ですわよゼルファス、注意すべきはあの獣人のみ、他の二人は足手まといですもの」

三人の目の前に現れたのはタスネとゼルファスであった。

「おい、どうなったんだ。あのヘルメスとかいう奴がやったんだろ」

クレースはキレ気味にそう聞いた。

「ヘルメスの転移魔法だ。お主が大事そうにしておった小娘は今頃ヘルメスとケルスタイトと戦っておるだろうな」

ゼルファスは煽るように嘲笑ってそう言った。


「······チッ、殺す」

((うわ、こわ))

キュートスとバイルドは同時にそう思うも、同時に味方でよかったと思うのであった。

「あ、あの、ここの遺跡は他の意思を隠れさせた場所なのです。ですので被害は最小限に抑えてください。えーっと、」

「クレースだ」

そしてクレースは威雷を手に取った。クレースの怒りは荒波のように威雷へと伝心し、刀身は黒く禍々しい雷を纏って辺りの雰囲気を緊迫させる。

「その『意思』は!? クレースさんあなたその方と契約なさっているのですか?」

「ああ、そうだが何か?」

「あの『威雷』と!? 『威雷』は武器の意思の中でも最上位に位置する強い意思であるぞ。『開闢の意思』という言葉を聞いたことがないのか?」

そう二人は興奮の混じる驚いたような口調で聞いてきた。

「『開闢の意思』? 知らんな」

(お前すごいのか?)

(いえ、別にそれほど)

そう謙虚で腰の低い感じで威雷は答えた。しかしその会話を聞いていたゼルファスは少し焦りを隠せないように息を呑む。

「お取り込み中悪いですけど、そろそろ行かせてもらいますわよ」

タスネは持っていた剣を構えてクレースの方を向いた。

「タスネ、油断するな。今の話が本当ならば······地面に膝をつくのは確実に我らであるぞ」

ゼルファスは長い人生経験で溜め込んできた膨大な知識により、『開闢の意思』という存在自体を知っていたのだ。それは武器と道具の『意思』でそれぞれ世界に8つしか存在しない特別な『意思』。その多くが場所も分からず、存在しているかも不明な存在であるがそれらが宿る意思のある武器、道具は計り知れないほどの異常な能力を持つということだけはゼルファスの記憶に強く残っていた。

二人の方へ向かい歩くクレースの足取りはゆっくりながらもバチバチと音を立てて歩いた跡は焼け焦げたように黒くなっていた。




「ん? どこだここ?」

トキワとボルは鳴々とともにニュートラルドの地下に転移させられていた。

「怖い、ここどこ?」

辺りは薄暗く、いかにも魔物が出てきそうなその場所でボルは確かに不気味な何かの気配を感じ取っていた。

「大丈夫ダヨ」

ボルは幼い鳴々のことを安心させようとするが、感じ取っていた不安は忽然として三人の目の前に現れる。

「ウッ!」

その瞬間、鳴々が息苦しそうに喉を押さえる。

「おい、大丈夫か······うっ。なんか気持ち悪いな」

三人の周りに黒い煙が充満する。その黒い煙は3人を呑み込み徐々に大きくなっていく。

「ボル! そいつを背負って走れ!」

「ワカッタ」

ボルは鳴々を背負ってトキワと共にその場から急いで立ち去るが、黒い煙は三人から離れることなく足に絡みつくように追ってくる。

「鬱陶シイ」

「ボル、伏せろ! 一気に焼き尽くす!」

少し開けた場所まで来るとトキワは後ろを振り返って「炎」を構えた。黒い煙はより濃く、大きくなりさらに猛烈な速度で近づいてきた。

「炎流(エンリュウ)!!」

「炎」から出た炎の渦はすぐにその空間の温度を上昇させ、一気に煙の奥まで放たれた。そして流れるように空間を移動し、渦を中心にして素早く煙を収束させる。
そして足音もなく、誰かが現れる。

「中々に面白い技だ。人間」

黒い煙を体に纏ったその者は薄暗い辺りの色に同化するかのようにして現れた。
人のような肌は見られず、実態が掴めないような目の前の存在に二人は警戒をする。

「トキワ、ちょっと相手しテテ。この子の治療するカラ」

しかしボルは完全に警戒を解き、鳴々を安全な場所で横にさせた。

「舐められたものだ。まあいい、それに······さっさと起きぬかログファルド、いつまで眠っている」

そしてその黒い煙の近くで先ほどまでクレースに気絶させられていたログファルドがむくりと立ち上がった。

「わかってるわファンネル。チキショウ、さっきの女·····絶対に許さねえ」

ログファルドは悔しそうにしながらも激怒したように鋭い歯をギリギリと鳴らし、トキワの方を睨む。

「ハッ、笑わせんぜお前。どうせ同じようにぶん殴られんのがオチだろ。てめえなんてクレースのただのかませ犬なんだよ」

「なんだとッ!?」

トキワの煽りにログファルドは怒りで顔を歪める。それほどまでにトキワの煽り性能が高かったのだ。

「落ち着け、すぐにこいつらを倒してあの獣人を全員で痛めつければいいだろ」

「ああ、わかってんじゃねえか。その口ギッタギタにしてやんぜ」

しかしその会話に一切興味を示さず黙々と鳴々を治療していたボルは鳴々の頭をヨシヨシと言いながら少し撫でるとトキワの横に立つ。

「もう大丈夫ソウ。それよりジンが心配だから、ここからすぐにデナイト」

「ほう、我の煙を治療したか。お前は優秀な治癒魔術師なのだな」

その言葉を聞いてトキワは横でハンマーを持ちながらログファルドたちに恐ろしい眼を飛ばすボルを見て笑った。

「へっ、お前正気か? どう見ても戦闘系だろ。てめえは脳みそまで煙なのかよ」

「ほざくなよ! この人間風情がぁ!」

その言葉についに冷静を装っていたファンネルまでキレる。

そして三つの場所で戦いが繰り広げられようとしていたのだ。
しおりを挟む

処理中です...