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ボーンネルの開国譚

第二十四話 エルダンの覚悟

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 ゲルオードがいなくなった後、閻魁の放っていた張り詰めた空気は消え去り落ち着いた様子を見せていた。

「ふぅ······」

 クレースは安心したように息を吐き出し組んでいた腕をほどくとジンの元へ駆け寄った。
 正直、途中でゲルオードをやろうと思っていたのだ。

「ジン、怪我はないか?」

「何をおっしゃるんですかクレースさん、ジン様が圧倒していましたよ」

「ジン、帰ろ」

「あはは、もうちょっと待ってねパール」

 そんな一行の前に誰かが慌てた様子で空から近づいてきた。先ほどまで後退していたダロットである。その顔に先程見せていたような余裕はない。

「おい閻魁、何をしている。さっさとそいつらを片付けろ。俺の言うことは絶対だぞ!」

 焦ったようにダロットは叫んだ。他の魔物は役に立たないと悟ったダロットは閻魁だけでも駒として扱いこの状況をどうにかしようと考えていたのである。

「ん? 我知らんわ。誰だ貴様」

「は? なんだとぉッ!!」

 その言葉にダロットは怒りをむき出しにする。唯一の希望である閻魁を失ったダロットはどうすることもできない。先ほどまでの異次元とも言える戦いを見てプライドの高いダロットですらどうにもならないと考えたほどである。

「クソ、いつかお前らは後悔するぞ」

「うわ、カッコ悪りぃ捨て台詞だなぁ」

 トキワはダロットを煽る。しかし今のダロットに反撃する手段など持ち合わせていないのだ。
 ダロットは溢れ出る怒りを抑え、すぐにどこかへ消えてしまった。

「ジン、追いかけなくていいの?」

「うん、大丈夫。あの魔物を倒すのはエルダンだから」

 そのためダロットには特に何もせずそのまま放置することにした。
 閻魁の顔を見ると少し困惑しているようだけど多分大丈夫だ。

「全く、勝手に話を進めおって。我の意思を尊重しろ人間。まあ封印されなければ良いのだがな」

「ごめんごめん。あとその大きな体どうにかならない?」

「ふぅむ、仕方ない」

 それを聞くと閻魁は自身の放つオーラを抑えた。すると煙と共に巨大な閻魁の体は人族の大人のサイズほどまで縮んでいった。頭に一本の角を生やし鍛え上げられたような筋肉質な体。顔は人間のようでありまるで鬼族と人族のハーフのようであった。

 裸になった閻魁にゼグトスはすぐさま服をかけた。

「おぉ、これで生活はできそうだね」

「少しはマシな姿になったな」

「ま、まあ我レベルになればこのくらいはな!」

 先ほどまで一方的にクレースに罵られていたため閻魁はその言葉を聞いて少し顔を赤らめた。

「何を照れている、気色悪い」

「そうだ、エルダンは大丈夫かな」

 周囲の魔物はいつの間にか一体もおらず集落も中にいた剛人族も無事であった。
 そしてすぐ近くの集落で休んでいたエルダンの様子を見に行くことにしたのだ。

 集落にある建物の中でエルダンは落ち着いた様子をしてコッツの隣で眠っていた。ジンたちが入ってくるのを見るとコッツは安心したような顔をする。

「ご無事で何よりです皆さん。エルダンさんはひどい怪我でしたがなんとか落ち着いてきたようです」

「よかった、しばらくゆっくりさせてあげないとね」

 一緒に入ってきた閻魁はエルダンのことを見るなり汗をかきながら周りを見た。

「えっ、これってもしかして我のせい?」

「大丈夫、閻魁からすれば敵を攻撃しただけだから安心して。きっとエルダンも許してくれるよ」

 それを聞いて閻魁はホッとした表情を見せた。そして集落にいた剛人族の安否をよく確認した後、剛人族にお礼をされてその日は集落で一晩過ごすことにしたのだ。


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 ——そして翌日

 エルダンは集落の部屋の中でハッと目を覚ました。

「ここは······集落の中か」

 全身に感じていた痛みは大分マシになっていた。周囲を見渡すと一人、男がエルダンのすぐそばで座りながら眠っていた。

「誰だ」

 強敵であると一瞬で悟ったエルダンは少し痛む重たい身体を起こした。すると音に気付いたその男は目を覚ました。

「おう、起きたか。大事はないか?」

 人間の姿になった閻魁である。

「お前はまさか、閻魁か!?」

 エルダンは現在の姿の閻魁からも禍々しいオーラを感じると『牙震』を手に取り、警戒したがその瞬間頭に声が響いてきた。

(エルダン、この者は一晩中横でお前の様子を見てくれていたのだ。安心しろ)

「ダロットはどうなった?」

「ああ、あいつなら逃げおったわ」

「どういうことだ? なぜお前は敵対していないのだ」

「我はもう敵対する気はない。ジンの仲間になったからな」

 閻魁はエルダンの方をよく見て嬉しそうに、自慢げにそう言ってきた。

「何? お前がどうして」

「我はもう数千年も生きてきたが······初めて仲間になってくれと言われたのだ」

 閻魁は嬉しそうに、だが何か考え込むような顔をする。
 ずっと誰からも恐れられて忌み嫌われていた閻魁は誰かから必要にされるという感情が分からなかったのだ。

「認められるというのは、腹の底から嬉しいものだな」

 一切の嘘を感じられないエルダンは小さく笑みを浮かべた。

「お前、根はいい奴だな」

「な、何を言う我は老若男女、誰もが恐れ慄く閻魁であるぞ」

 焦ったように言う閻魁はまんざらでもないような顔をする。
 するとそこにジンたちが入ってきた。

「起きたんだねエルダン、体は大丈夫?」

「ああ、すまなかった。閻魁とも話をしたぞ。本人も仲間になれてうれしっ——」

「だあーッ! 何もなかったぞ」

 エルダンが言い終わる前に焦ったように閻魁は大声を上げた後、クレースが真剣な顔で話題を切り替えた。

「それはそうとだ。集落にいた剛人族は無事だ。だがダロットに奴に操られていた少なからず犠牲が出てしまった」

 思い出そうとせずもその光景が頭に浮かんできた。
 ダロットに踏み躙られ倒れ伏していた仲間の姿。
 いくら呼び掛けても一切動かず冷たくなっていく仲間を前に何もできなかったのだ。

「俺はッ–—」

「ごめんエルダン。守れなくて」

「······いいや、責任は全て俺にある」

「もう誰も死なせないから」

 自然とエルダンの顔には笑みが浮かんだ。

「······わかった、それに約束はまだ果たされていなかったな。俺も、それに他の剛人族の奴らも、きっとジン殿の国の一員になることを望んでいるだろう。是非とも協力させてくれ」

 その顔には、仲間の意志を受け継ぎ覚悟を決めた男の顔があったのだった。
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