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ボーンネルの開国譚
第十五話 優しい悪魔
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天界から下界、つまりジンたちのいる世界までパールは落ちていった。
絶望したパールは落下中、羽を広げようとはしなかった。
(もう、ミーナはいない。本当に独り······でも)
「ミーナが悲しむ」
パールはミーナのために羽を広げた。パールが生きようとする理由はそれだけだった。とはいえ、パールからすれば下界は未知の世界。天使や女神としか会ったことがないパールにとっては全員が悪魔のようなものであった。
「でも、悪魔は悪くない」
ミーナの言葉を思い出して、天使パールはゆっくりと地表に降り立った。
しかし不幸なことに降り立ったのは竜の草原。まともな会話ができるものなどおらず、話す余地もなく襲ってくるような魔物たち。
「やっぱり、もう誰もいない」
眼前の魔物たちはパールから感じる強大な力に怯んで近づこうともしない。
そして少女は本当に独りになった。
************************************
「もう誰も、誰も助けてくれないッ!」
怒りを見せつつもどこかに悲しみの見える少女の感情。
その全てが込められたような禍々しい魔力が凝縮しがジンたちに放たれた。
その魔力弾は周りの草木を枯れさせながら猛烈なスピードで接近する。
「ー雷震流、雷神の聖域」
クレースの『威雷』から生まれた雷の結界がその魔力弾を受け止めると凄まじい衝撃波が生まれた。クレース特有の雷が魔力を少しずつ削ったことによって魔力弾を相殺させる。
「クレースの威雷と相打ちかよ」
(格が違う······別次元だ)
リンギルは眼前の魔法を見て唖然となった。ただ息を呑み、見つめるしかなかったのだ。
クレースは久々の強敵に少し笑う。しかしクレースを制止するようにジンが手を出した。
「クレース、私がやる」
ジンのその言葉を聞いて、クレースは少し考えたように押し黙った。
「······ああ、わかった」
「おいジン! 流石にそれは危険だ。クレース、お前もどうしたんだよッ!」
トキワは驚きを隠せずに叫んだ。昔からクレースのジンに対する極度な過保護気質を知っているからこそ、クレースの言葉が信じられなかったのだ。
「大丈夫、なんとかするから」
「少し黙ってろ。何かあれば私が止める。お前はあの子を信じられないか?」
「············」
ジンは膨大な魔力を解放するパールに向かい歩き始めた。
パールは動揺し驚くがすぐさま風魔法を発動させて自身の周りを強力な魔力の渦で囲った。
「近づかないで!!」
必死に叫ぶがジンは構わず近づいていく。
パールは何故近づいてくるのかが分からなかった。
(どうして····ミーナ以外····みんな)
多分、この子が抱えている感情を私は知っている。
大切な人が突然いなくなった感情。その感情は痛い。
とてもじゃないけど誰かが横にいてくれないと耐えられないほどに。
それを知ってるから何も言わなくてもわかる。いいや、分かってあげたい。側にいてあげたい。
きっと誰も隣にいてくれなくなったんだ。私にとってのガルやクレースのような存在がこの子にはいなかったんだ。
「来ないでッ——!!」
パールの周りに発生した黒色の風はあたりの植物を枯れさせてさらに威力を増していった。
(ジン、逃げて)
直感的に危機を感じたロードはジンの頭にそう伝える。だがジンは止まらなかった。
(ロード、私を信じて)
パールの痛々しいほどの魔力の中を歩いていくジンを見て先ほどまで冷静を装い腕を組んでいたクレースに焦りの色が見えてきた。
(私は····どうして····)
パール自身何故自分がこのようなことをしているのかが、正直よくわからなかった。
近づいてほしくない、いっそのこと突き放して欲しかった。
「もうこれ以上近づいたら、本当にッ!!」
ジンはパールの展開する黒い暴風に入った。
魔力を纏った鋭い風により皮膚には傷がつき出血する。
「ならどうして、ここに道があるの」
「ッ——」
パールとジンの間にできた一本の道、少しズレれば黒い風に呑み込まれてしまう。
しかしその一本の道だけは二人を確実に繋いでいた、まるでパールの本心を表すかのように。
「わたしはッ!!」
溢れ出た涙は風で飛ばされていく。
だからこそパールの瞳はその姿をはっきりと捉えていた。
いいや、その姿から目を離せなかった。
(どうして····)
もう、何も言わなくてもわかっていた。
その一本道をゆっくりと踏み締めるように歩いていく。
パールの小さな心臓は激しく動悸し、心臓の音がうるさいほど聞こえていた。
「ッ————」
パールの目の前まで来ると、小さなその身体を優しく抱きしめた。
いつもガルを抱くようにゆっくりと包みこむように。
「もう······いるよ」
主語が欠けてしまったその言葉をパールは理解していた。『大切』を失ってしまった彼女がずっと言って欲しかったその言葉。知らない間にずっと求め続けていたその言葉。
「············」
言葉が出なかった。
パールは目の前で自分を抱きしめてくれるジンの姿にミーナの面影を見たのだった。
「······ぅん」
その瞬間、少女の感じていた驚きと恐怖は一瞬にして安らぎへと変わった。
それはミーナ以外から感じた初めてのあたたかさ。
少女は真っ暗な闇からあたたかい光に包まれるかのように心が満たされた。
そして目の前のあたたかい光に飛び込まずにいられなかった。
気づいた時にはジンの胸の中で大粒の涙を流し、泣きつかれたまま眠りについていたのだ。
絶望したパールは落下中、羽を広げようとはしなかった。
(もう、ミーナはいない。本当に独り······でも)
「ミーナが悲しむ」
パールはミーナのために羽を広げた。パールが生きようとする理由はそれだけだった。とはいえ、パールからすれば下界は未知の世界。天使や女神としか会ったことがないパールにとっては全員が悪魔のようなものであった。
「でも、悪魔は悪くない」
ミーナの言葉を思い出して、天使パールはゆっくりと地表に降り立った。
しかし不幸なことに降り立ったのは竜の草原。まともな会話ができるものなどおらず、話す余地もなく襲ってくるような魔物たち。
「やっぱり、もう誰もいない」
眼前の魔物たちはパールから感じる強大な力に怯んで近づこうともしない。
そして少女は本当に独りになった。
************************************
「もう誰も、誰も助けてくれないッ!」
怒りを見せつつもどこかに悲しみの見える少女の感情。
その全てが込められたような禍々しい魔力が凝縮しがジンたちに放たれた。
その魔力弾は周りの草木を枯れさせながら猛烈なスピードで接近する。
「ー雷震流、雷神の聖域」
クレースの『威雷』から生まれた雷の結界がその魔力弾を受け止めると凄まじい衝撃波が生まれた。クレース特有の雷が魔力を少しずつ削ったことによって魔力弾を相殺させる。
「クレースの威雷と相打ちかよ」
(格が違う······別次元だ)
リンギルは眼前の魔法を見て唖然となった。ただ息を呑み、見つめるしかなかったのだ。
クレースは久々の強敵に少し笑う。しかしクレースを制止するようにジンが手を出した。
「クレース、私がやる」
ジンのその言葉を聞いて、クレースは少し考えたように押し黙った。
「······ああ、わかった」
「おいジン! 流石にそれは危険だ。クレース、お前もどうしたんだよッ!」
トキワは驚きを隠せずに叫んだ。昔からクレースのジンに対する極度な過保護気質を知っているからこそ、クレースの言葉が信じられなかったのだ。
「大丈夫、なんとかするから」
「少し黙ってろ。何かあれば私が止める。お前はあの子を信じられないか?」
「············」
ジンは膨大な魔力を解放するパールに向かい歩き始めた。
パールは動揺し驚くがすぐさま風魔法を発動させて自身の周りを強力な魔力の渦で囲った。
「近づかないで!!」
必死に叫ぶがジンは構わず近づいていく。
パールは何故近づいてくるのかが分からなかった。
(どうして····ミーナ以外····みんな)
多分、この子が抱えている感情を私は知っている。
大切な人が突然いなくなった感情。その感情は痛い。
とてもじゃないけど誰かが横にいてくれないと耐えられないほどに。
それを知ってるから何も言わなくてもわかる。いいや、分かってあげたい。側にいてあげたい。
きっと誰も隣にいてくれなくなったんだ。私にとってのガルやクレースのような存在がこの子にはいなかったんだ。
「来ないでッ——!!」
パールの周りに発生した黒色の風はあたりの植物を枯れさせてさらに威力を増していった。
(ジン、逃げて)
直感的に危機を感じたロードはジンの頭にそう伝える。だがジンは止まらなかった。
(ロード、私を信じて)
パールの痛々しいほどの魔力の中を歩いていくジンを見て先ほどまで冷静を装い腕を組んでいたクレースに焦りの色が見えてきた。
(私は····どうして····)
パール自身何故自分がこのようなことをしているのかが、正直よくわからなかった。
近づいてほしくない、いっそのこと突き放して欲しかった。
「もうこれ以上近づいたら、本当にッ!!」
ジンはパールの展開する黒い暴風に入った。
魔力を纏った鋭い風により皮膚には傷がつき出血する。
「ならどうして、ここに道があるの」
「ッ——」
パールとジンの間にできた一本の道、少しズレれば黒い風に呑み込まれてしまう。
しかしその一本の道だけは二人を確実に繋いでいた、まるでパールの本心を表すかのように。
「わたしはッ!!」
溢れ出た涙は風で飛ばされていく。
だからこそパールの瞳はその姿をはっきりと捉えていた。
いいや、その姿から目を離せなかった。
(どうして····)
もう、何も言わなくてもわかっていた。
その一本道をゆっくりと踏み締めるように歩いていく。
パールの小さな心臓は激しく動悸し、心臓の音がうるさいほど聞こえていた。
「ッ————」
パールの目の前まで来ると、小さなその身体を優しく抱きしめた。
いつもガルを抱くようにゆっくりと包みこむように。
「もう······いるよ」
主語が欠けてしまったその言葉をパールは理解していた。『大切』を失ってしまった彼女がずっと言って欲しかったその言葉。知らない間にずっと求め続けていたその言葉。
「············」
言葉が出なかった。
パールは目の前で自分を抱きしめてくれるジンの姿にミーナの面影を見たのだった。
「······ぅん」
その瞬間、少女の感じていた驚きと恐怖は一瞬にして安らぎへと変わった。
それはミーナ以外から感じた初めてのあたたかさ。
少女は真っ暗な闇からあたたかい光に包まれるかのように心が満たされた。
そして目の前のあたたかい光に飛び込まずにいられなかった。
気づいた時にはジンの胸の中で大粒の涙を流し、泣きつかれたまま眠りについていたのだ。
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