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ボーンネルの開国譚

第八話 両親の愛

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 しばらくして、みんなでエピネールにある酒場に来ていた。
夜なのでかなりの人で賑わっている。家の近くには酒場がないのでどこか新鮮だ。
酒場に入るとクレースに多くの視線が集まり数人に話しかけられていた。

「おう、獣人の姉ちゃんじゃねえか。昨日はスッキリしたぜ」

 酒場で飲んでいる客は感謝するようにそう言ってきた。

「大したことない、それよりもこの国の兵はなんだ。騒ぎを起こしたわりにまったく見つからないぞ」

「それは衛兵の奴らも悪いやつばかりじゃねえってこった。だからあんたたちを見かけても見てみぬふりしてくれるやつもいるんだ」

「そうか、まだまだ捨てたものではないな」

「それでジンはもう酒飲めんのか?」

 席に座ると、ヴァンがそう聞いてきた。

「うん、一応飲めるけどあんまり飲まないようにしているんだ」

「なんだ? 酒は弱いタイプか?」

「ヴァン、ジンに酒を飲ませるな。私が壊れるぞ」

「??」

 ジンではなくクレースが壊れる。その意味がよく理解できなかったがひとまずは自分の料理を頼んだ。

「でもよかった。少しの間いただけでわかるよ。この国にはいい人がたくさんいる。でしょ? クレース」

「ああ、そうだな」

「あんた、本当ジンにベタ惚れだな。もしかしてできてるのか?」

「ああ、出来てる」

「出来てない」

 ジンはキッパリ言うとガルを抱きかかえて注文をした。

「アップルジュースとミルクください」

 クレースは嬉しそうに隣の席に座ると軽めの食事を注文した。



「美味しかったね」 

 ガルはコクりと頷いた。
 食事を終え席を立とうとする。するとそこへ何やら慌てた様子でエルシアが酒場に入ってきた。

「ここにおられましたか。実はベルベット公爵がジン様達を匿っていないかとエピネール商会を疑っているようでして。もうすぐ商会まで来るそうなのです」

「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」

「急ごうクレース」

 すぐさま商会に向かうと、何やら入り口で騒ぎが起こっていた。
 入り口には数十人ほどの衛兵。
 ただならぬ雰囲気で商会にいた者達は何事かと外に出てきていた。

「ここにおるのを知っておるぞ、あの獣人の女を早く出せ!
 こちらにはメルバールがおるのだぞ!」

 ベルベットは不敵な笑みを浮かべるとメルバールの方を自慢げに指さした。
 指さす方向には白髪頭で杖を持った男が杖を持ち立っていた。
 当然その場にクレースはおらずどうすることもできないという状況。

 と、そこにクレースたちが入ってくる。

「お、おまえぇーッ!」

 その姿を見つけるなりベルベットは声を荒げて怒鳴ってきた。

「なんだ、うるさいやつだな。お前如きがジンと同じ空気を吸うな。お前の臭い息がジンの鼻に入ったらどうする」

「あははぁ」

「ベルベット様、ここは私にお任せを」

「そ、そうであったな、メルバール」

 ベルベットは勝ちを確信したかのようにクレースを見てくる。

「なんだ老いぼれ? お前がメルバールか?」

「フン、わしはかのメルバール家現当主、メルバール・ロッドである。
 まあよい。これから死ぬものたちに名乗るべきでもなかったのう」

 メルバールは杖を両手で持つと詠唱を始めた。

「杖に宿りし我が魔力よ、我の名の下に暴風をおこせ」

 仰々しく自慢げに詠唱をするメルバールは、詠唱中隙だらけであった。

「威力と詠唱時間が釣り合ってないと思う」

 ジンはメルバールの巻き起こした風が広がる前にロードで切り裂いた。
 魔力を微塵も纏っていない斬撃に風は打ち消されメルバールは驚愕する。

「なにッ!? この杖にはメルバール家代々に伝わる魔力が込められているのだぞ!」

「じゃあ、それよりロードの方が強かったね」

「何をほざくかッ、この小娘が!!······ッ!?」

 再び杖を構えたはずが杖は地面に落ちていた。
 視界は黒い雷を捉え何が起こったかも分からず呆然となる。

「ー雷震流らいしんりゅう雷獣の怒号ライジュウノドゴウ

 強烈な稲光が虎の姿となりメルバールを襲う。先程放った魔法など比にならないほどの威力。メルバールの足はすくみその場で動けなくなっていた。

「!!」

 メルバールはなすすべもなくその場で腹部を切り裂かれる。
 真っ赤な血を吐き出したが何をされたのかすら分からない。

「わ、私の体がァッ!」

 ただ一つ確かなのは攻撃をくらったということのみ。
 メルバールは自分の腹部に一気に治癒魔法を流し込んだ。
 しかしクレースから受けた雷撃が治癒魔法の上からさらにダメージを与えてさらに傷がひどくなる。
 それにつれてメルバールは魔力を次第に失い、やがて動かなくなった。

「何が小娘だ、老害」

「はっ、ハア!? メルバールだぞ! 我が国が誇る最強の魔法使いだぞッ!」

 混乱するベルベットにヴァンはまっすぐ近づいていく。

「お前は覚えてねえだろうがなぁ! 12年前、お前は俺の両親を殺したんだよ!!」

 ヴァンは歯を食いしばり睨みつける。
 大好きだった両親の仇。それが今目の前にいる。
 ヴァンの我慢は限界まで来ていた。

「そ、そんな者、余が覚えている訳ないだろ。まったく馬鹿な親であるな。余に無礼を働いたのだろう。其方とて勝手に、惨めに死んでいった親を憎んだであろうよ、哀れであるな」

「テメェッ······」

 限界を超え握り締めていた拳で殴りかかろうとしたその時であった。

「ぶほぉうッッ!!」

 ヴァンの隣にいた人物にベルベットは十メートルほど吹き飛ばされ、顔面から鈍い音をたてて着地した。

「じ、ジン!?」

「お前は······何を言っているんだ? 惨め? 憎む? 親の愛にそんな感情でこたえる子どもがどこにいるんだ」

「ジン······」

 その言葉を聞きヴァンの中で何かが吹っ切れた。

「そうだ······母さんは、いつでも俺を優しく抱きしめてくれたッ。俺の父さんは悪さをした俺を叱ってくれたッ—
 そんな両親の、いったいどこを憎むんだよッ!!
 俺は······父さんと母さんの子どもに生まれた自分が誇らしい」

 何とか起き上がったベルベットは怒気を放ち近づいてくるヴァンに畏怖を感じた。

「ヒッ! く、来るな愚民ごときが余に触れようとするでないわ!」

「哀れなやつだ? お前は親の愛を知らねえんだろうな」

「よ、余を誰と心得る。余を傷つければ国王が黙っとらんぞ」

「もう終わりが見えてる国王なんて今更怖かねえよ!」

 ヴァンはすでにボコボコになったベルベットの顔面をぶん殴った。
 意識が薄れていたベルベットは顔をぐちゃぐちゃにして倒れ込む。

「かっこよかったぞ」

「い、いやぁそれほどでッ——」

「ジン」

「そ、そうだよな! ジンかっこよかったぜ!」

 ヴァンは誤魔化すようにしてクレースの方を振り返った。
 そして大きく深呼吸をしジンの方を向くと深くお辞儀をする。

「ありがとよ、ジン。お前は俺の気持ちをまっすぐに言ってくれた。お気づかされたよ。本当にありがとう」

「さすがジ私の妹だな」

「ち、違うよ。でもこれからが大変だよ。行こクレース····クレース?」

「ジン、私の後ろにッ」

「えッ——」

 突然クレースに掴まれ後ろに移動させられた。
 一瞬何が起こったかと混乱するがその理由はすぐさま明らかになる。
 感じたことのないような種類の魔力。間違いなくメルバールよりも強い。

「絶対に離れるなよ」

 クレースは刀を抜き深い集中とともに臨戦態勢をとっていた。
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