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ボーンネルの開国譚

第一話 ボーンネルの開国譚

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『何か』がぽっかり空いた夢を見た。
 でももう、なくなってしまった『何か』はわからない。
 掴もうと手を伸ばしたが、そこにはもうない。
 もう戻ってこない、理由も無くそう確信し喪失感に襲われた。
 しかし目が覚めると体の全身が暖かくて心地よかった。
 そしてなぜか、懐かしかった。

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 二度寝をしようとした少女の真っ白なほっぺたを小さな狼が鼻でつつく。
 少女は小さく笑みを浮かべもう一度ゆっくりと目を開いた。

「おはようガル」

「ガゥ!!」

(あれ、どうしてこんなに嬉しいんだろ)

 そう思い記憶を辿るも思い当たる節はない。
起き上がるとガルが手に抱きついたままだった。

 ガルというその狼は綺麗な毛並みで小さくかわいらしいフォルムをしている。
 飼い主に絶え間ない愛情を注がれガルは優しく穏やかに育った。
 大きくあくびをしてその飼い主を見つめる。世界で一番大好きな人、ガルにとっては親友だった。
 会話はできないがガルはそう確信している。

 少女の名前はジンという。
 真っ白な髪に雪のような肌。宝石のような赤い瞳に端正な顔立ち。
 ガルにとってジンは自慢の存在だった。

「よしよ~し」

 ジンはしばらくガルをわしゃわしゃした後、ガルを胸の高さまで抱きかかえて立ち上がった。

「起きよっかぁ」

「ガゥ!」

二人が住むのは海の近くに建てられた小さな白い家。家の前には小さな墓石が置かれている。
家の前にある墓石にはまるで紫や白のドレスを着たような美しい花々が彼女を見守るように添えられていた。


 ジンが住む国の名前はボーンネル、ある英雄が眠る国である。

「ゼフじい、おはよう」

「おはようジンよく来たな、ガルもおはようさん。ゆっくりしていおいき」

 ゼフはまるで孫に話しかけるように優しい口調で、そして笑顔でこたえた。それにガルも軽く吠えて挨拶する。
 ゼフは鍛冶屋を営んでおり、この地域で唯一の鍛治職人だ。
 ジンは物心がついた頃には両親を失い、それからはこの世界の成人年齢である16歳までゼフに育てられたのだ。そのためゼフとジンは実際に血は繋がっていないものの本当の家族のような関係になっている。

「ロードの調子はどうだ? 何かあったらいつでも持ってくるんだぞ」

「大丈夫、今は家で休んでるよ」

 ロードはゼフが作成したジン専用の武器である。ロードのような名前を持つ武器は『意思のある武器』と呼ばれ、武器自身が意思を持ち所有者とだけ会話をすることができる特殊な武器なのだ。

 ジンがゼフの家でゆっくりしているとそこにカラカラと音を鳴らしながら誰かが入ってきた。コッツという名前でガイコツの見た目をしている。だか魔物ではない、ジンが生まれる前からずっとボーンネルに住んでいる一種の種族である。コッツは丁寧に挨拶するとゼフに話しかけた。

「ゼフさん、ここの腕の骨にヒビが入ってしまいまして。新しいものをいただけますか?」

 そう言ってコッツはヒビの入った右手の骨をゼフに見せた。
 コッツの骨は頭の先から足の先まで全て取り外し可能であり壊れるといつもゼフの元へと来るのだ。

「こりゃあまた派手にやらかしたなあ、取り替えられるからって無茶するなよ」

 ゼフは優しく笑うと奥から骨を取ってきてコッツに取り付けた。コッツはよく骨を壊してしまうのでゼフの鍛冶屋に骨のストックが置いてあるのだ。

「いえいえ、ご心配には及びません。先ほど薬草採集で森に入っていたのですがガーグに攻撃されましてね。いやあお恥ずかしい」

 ガーグは小型の魔物で多くの地域に生息している。
 現在確認されている魔物は人間により設立された「中央教会」により上からG、S、A、B 、C、Dとランク付けされており、ガーグはDランクに指定されているがガーグの上位互換であるガーグナイト、ガーグロードはそれぞれCランク、Aランクと定められているのだ。

「あっそうだ! クレースに呼ばれてるんだった。そろそろ行かないと」

「クレースさんにお呼ばれとは羨ましいですね、いやぁ私もお呼ばれされてみたいものです」

「そうか、気をつけてな」

「うん、また来るね」

 そしてジンはガルを抱きかかえてクレースの家に向かった。


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