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序章 転生

#1 二度目の人生

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 幼い頃から不思議な『想い』を持っていた。
それはフワフワと曖昧で時折、胸を締めつけ、脳裏に焼きつき、体に強く、深く、刻み込まれている。

――『美桜みお

誰か分からない、青年の笑顔と愛しい声で呼ばれる名前と共に。


 「リーシェ」

これは自分の名前だ。
慣れ親しんだ声に呼ばれて、枕代わりにしていた腕から顔を上げる。
目の前にはきつく眉間に皺を寄せた、世の中ではイケメンの部類に入る幼馴染の顔があった。
黒髪に銀色の瞳。端正な顔つきに引き締まった身体。昔から剣をたしなんでいるからか、制服を着ていても分かる二の腕の筋肉は女子好みに仕上がっている。

「また寝てたのか?」

いくら幼馴染とはいえ、お昼休みに入ったばかりで多くの生徒が教室に残る中、つんつんと頬を突かないでほしい。
本人はからかっているつもりでも、周りの視線は嫉妬のそれなのだ。特に女子。

「ほっといてよ」

「……。さっきの授業で出されたプリント。今日の放課後までじゃなくて昼休みまでに変わったが、お前は終わるんだな?」

「え、なにそれ!? 聞いてない!」

思わず立ち上がると、幼馴染・ジンは可笑しそうに「ぷっ」と噴き出した。

「お前、分かりやす過ぎ」

「うっさい! もう、なんで起こしてくれないのよ」

「ほっといてくれって言わなかったか?」

「それは起きた後でしょうが!」

机の中をガサガサと漁る間、ジンはずっと「ふっ」見下すように笑っていた。
その様子を女子は嫉妬の視線を私に、笑う姿もカッコイイという視線をジンに向けていた。

(この意地悪な奴のどこがいいのか分からないわ、ホント)

「ほら、これ」

差し出されたのは二枚のプリント。
一枚目は名前爛に何も書かれていない課題のプリント。二枚目には細かく授業の内容が掛かれており、課題のヒントも要所に詳しく書かれていた。

「先にカフェテリアに行ってる。早く終わらせろよ」

「うっ…ありがとう」

ポンポンと二回頭を撫でるのはジンの癖だ。嫌ではないので素直に応じる。
いつも意地悪だがこういう所は悪くないと思う。

「いや、これは上げて落とすの逆パターンなんじゃ? もしそうならとんだ策士だな」

その策にはまった奴の言う台詞でないのだが言わずにはいられない。

「早くやれ。」

「はい」

いつもの仏頂面で教室を出ていったジンを見送り、プリントと睨めっこすること10分。ヒントのお陰で何とか躓かずに全ての問題を解くことが出来た。

「終わったぁ~。あ、リュイちゃん。これって誰先生だっけ?」

「あ、それはスイニー先生だよ。私これから先生の所に行くから、ついでに出しておこうか?」

「え、いいの?」

彼女はこのクラスになって初めて話した子だ。
ミルクティー色の癖っ毛と琥珀色の瞳、小柄な体型と無邪気な性格から「なんか栗鼠みたい」と一部の男子から人気がある。

「まかせて! ちゃんと届けるよ! リーシェちゃんの単位は私が守る!」

リュイは微笑むとグッと拳を握った。

(うん。男子じゃなくてもこの可愛さにはイチコロです)

ついギュッと抱きついてしまう。その途端、頬を赤らめてあたふたする姿も可愛いかった。

「そうだ。次の召喚術の授業で実際に召喚してみようかって先生が話してるの聞いたよ」

「ホント!?」

「うん! どんな召喚獣が出てくるか楽しみだよね」

この学園には普通科、魔法科、騎士科の3つがある。

普通科は基礎的な魔法と魔法文化について、後は自国の財政や近隣諸国との関係などを学ぶ。因みに私、リュイ、ジンもこの科に在籍している。
けど歴史について学ぶことが多くて、正直この科に入ったのは失敗だったとも思えてきた今日この頃。

魔法科はその名の通り魔法に関してを重点的に学ぶことが出来る。特にこの学園は『召喚術』に力を入れて教えている。何でも学園長が簡単な召喚術を編み出した調本人だ、という噂がある。本当かどうかは分からないけど。

騎士科は在籍している生徒の殆どが将来『騎士』になる、なりたいという人だ。教われる内容としては剣術と体術が基本。後は魔法と剣をどう組み合わせて強大な敵と戦うかを学んでいる。聞いた話によると「実習」という名の過酷な模擬戦や合宿があるらしい。

私たちは召喚術について学ぶコースを選んでいる。
どの科に入ろうとも選んだコースによっては他の科で習うことを本格的に学べるという仕組みなのだ。
それなら科を分ける必要はあるのかと思ったけど、どうやら学園経営の問題が関わってくるらしい。そこら辺の事情はあえて皆、触れていない。
在籍している身としては学べる項目が増えて嬉しいから特に気にしてないのだ。

「そして、あわよくば使い魔の契約を…ふふ」

「リーシェちゃん…笑顔が黒いよ。それに召喚術って呪文を間違えたりしたらとっても危険なんだよ? それは散々、ドルミン先生に言われてきたことでしょ?」

「大丈夫、ちゃんと分かってるよ」

この学園を選んだのも召喚術を学ぶためだ。
五つ歳の離れた兄が連れている使い魔のあまりの可愛さに、自分だけの召喚獣がほしいと思ったのが切っ掛け。不純な理由だという文句は受け付けない。
学びたいと思う心が大切なのだ(兄の言葉である)。
召喚術は発動するための過程が難しく、この国では学べる学校が6つしかない。
他の一般に部類される学校でも基礎的な日常生活に必要とされる魔法は教えている。
しかし「魔法を深く学ぶ」ことを両親に反対されていた私は、自宅から一番近いここ――デウィスベント学園を選んだ。
殆どの学生が入学と同時に学生寮に入るのだが、自宅から通う人も少なくない。私もその一人だ。

「まあ、何かあってもリーシェちゃんなら大丈夫だよね。なんたって召喚術に関しては成績いいもんね!」

「一言多いぞ、リュイちゃん」

「えへへっ。それじゃあ、また後で!」

「うん、ありがと」

大事そうに私のプリントを抱えて、リュイは教室を出て行った。
その後に続いて私もジンの待つカフェテリアに向かった。


――「ん?」

カフェテリアの入口に人だかりを見つけて立ち止る。見ればその殆どが顔を赤らめた女子生徒であった。それも制服の色が黒、ということは魔法科だ。
因みに白が騎士科、普通科は灰色だ。

「先日の精霊語の授業での…!」

「あら、その話よりもこの間の実技の話を…!」

聞こえてくる会話から察するに、誰かに質問をしているようだ。それも張り合うように。
そういえばこんな光景を入学式の時、中庭で繰り広げられているのを見た気がする。あれは確か――

「皆さん落ち着いてください。ここはカフェテリアの入口ですし、他の方々のご迷惑になってしまいます。場所を移しませんか?」

女子の声を遮ったのは凛とした男性の声。
ちらりと女子たちの間から見えたのは金髪碧眼の美少年スマイル。目を合わせた者(特に女子)を一撃で倒せるほどの威力を持つ笑顔の少年は三年のフィデリオ・ゼーゲンベルク先輩。
かの有名なゼーゲンベルク公爵家の次男で、別名「学園の王子様」。そのまま過ぎないか、というツッコミは散々聞いたのでスルーだ。

(やっぱりでしたか…)

入学式と同じ光景を目の当たりにして、思わずため息を吐く。

「…!」

その時、女子勢に囲まれながら移動を始めた先輩と目が合う。
とりあえず会釈しておく。すると先輩は一瞬目を丸くした後、ふわりと微笑んだ。
自意識過剰と言われるかもしれないが、他の生徒に向けるそれとは明らかに違う。

(なんでだろ?)

不思議に思いながらも後ろ姿を見送っていると、不意に襟首を掴まれる。

「お前はいつまで俺を待たせるんだ」

「スミマセンでした…」

そのままジンに引きずられる形でカフェテリアに入ったのだった。


――午後になり、私は校庭にいた。服装は灰色の生地に碧色の刺繍が入ったブレザーと同じ色のズボンを男子が、女子はスカートだ。
召喚術コースを選択している人は多いため、科ごとに分けて授業をしている。
そのため、今ここにいるのは普通科所属の人だけで、数にして二十人。
少数のため校庭いっても、場所の半分以上は同じ時間に授業をやっている剣術コースが使っていた。

「それではこれより、召喚術の実践を行います。隣との距離を十分に取った上で各自、先程配布した供物とする魔石を地面に置きなさい」

ドルミン先生の指示で皆が距離を開け始める。

「あ、リーシェちゃん! あれ見て」

隣にいたリュイが距離を開ける前に、剣術コースの方を指さす。
その先では一対一の模擬戦を終えた、男子が二人。一人は地面に膝を着く騎士科の人だろう白の制服で、もう一人は息が乱れた様子もない灰色の制服の生徒――ジンだった。

「ジンくん騎士科の人に勝ったのかな? すごいね!」

「まあ、アイツは剣バカだからね」

「そこの君たち! 早く広がりなさい!」

「「は、はい!」」

慌てて距離を取った私は、足元に“青色の石”を置く。
石自体に魔力が宿った物を魔石という。これを糧に魔術を使うことで、術者は魔力の消費を抑えられたり、大きな術を発動することが出来る。

「準備、出来たようですね。ではその魔石に片手を触れ、召喚呪文を唱えないさい。ここでの注意は必ず触れる前に自身の血を一滴、落としておくのを忘れないように」

指示に従い、皆が予め渡されていた針で人差し指の先を刺す。
そして魔石に血を垂らした後、ゆっくりと右手を添えて目を閉じた。

「“我らと種を異なりし者よ”」

「“血と糧を捧げ 汝との契約を望む”」

呪文を唱え始めると触れた部分から魔石が光を放つ。
それは光の波となって、私の足元に広がっていった。一メートルほど広がると、それは円を作り、複雑な文様が浮かび上がる。

「“真名を持ち 我が声に応えたまえ”」

次の瞬間――円に沿って光が天へと昇る。
光の帯に囲まれる中、ゆっくりと立ち上がり、目を開ける。
魔石の砕け散る音と共に、目の前に召喚されたモノが姿を現すはず…だった。

「わ、わっ! はじめまして、えっと…!」

「うおぉ…まじか」

「え、あ、ちょ、そこはくすぐったい!!」

至るところで喜びや戸惑いの声が上がる。
それもそのはずで、さっきまで生徒と先生しかいなかった場所に教科書でしか見た事の無い生物が出現したのだから。
輝く角や翼がある馬、足や尻尾に宝石をつけた狼、鳥と獣が融合したような獣など様々だ。

「り、リーシェちゃん! わ、わた、私の召喚獣…この子、カーバンクルかも!?」

はしゃいだ声を上げたリュイが駆け寄ってきた。
その腕の中では兎のような大きさの身体と耳、ピンク色の栗鼠のような尻尾。額に赤い宝石が埋め込まれた可愛い生物がいた。

「供物として捧げたのも真っ赤な魔石だったし、もしかしたらと思ったけど……って、リーシェちゃん?」

心は強く出来てる方だと思ってた。けれど今は無性に泣きたい気分だ。

「あの、えっと、リーシェちゃんの召喚獣は……どこ?」

「そんなの私が聞きたいよ!!!」

思わず叫んでしまえば、周りも(ご丁寧に召喚された方々も)私を見る。
確かに召喚呪文も発動過程も間違えていない。
他の授業はどうでもいいが、この授業だけはと必死に覚えたのだ。間違えるはずがない。けれど――目を開けた時、私の召喚獣はいなかった。

「どういう事でしょう…。供物は消えていますし、本来なら術は成功したと断言していいはずですけど……」

ドルミン先生もこんなことは初めてだと顔に出して地面を見つめる。
リュイも心配そうに私を見ていた。

「せ、先生!! こ、これ、どうしたら!?」

一人の生徒が召喚した蛇に絡みつかれ、悲鳴を上げる。それに呼応するように、他の生徒も似たような声を上げ、現場は混乱状態だった。

「と、とりあえずシュトラさんは脇で見学を! その内ひょっこりと現れるかもしれませんしね! 私は皆さんに『使い魔の契約』の仕方をお教えしてきます!!」

「え、ちょっ!」

焦ったように困り顔の生徒の元へ駆けていった先生に声を掛ける暇はなく、私はため息を吐くとその場に座り込んだ。

「大丈夫?」

隣に座ったリュイの腕の中では安心しきった顔でカーバンクルが眠っていた。

「可愛い子が来て、よかったね」

「……。大丈夫だよ! リーシェちゃんの召喚獣ちゃんは…えと、そう! 迷子なんだよ! だから時間は掛かるかもだけど、必ず来てくれるよ! 絶対!!」

前かがみに力説するリュイが面白くて、つい笑い声を上げてしまう。

「もう、またバカなこと言ってるって思ったでしょ!?」

「ふふ、違うよ。ありがと、元気出た」

「えへへ」

自分でも思っていた以上に落ち込んでいたらしい。
リュイと微笑み合っていると、きっとそうなんじゃないかと思えてきた。

「迷子だなんて、ホント人騒がせな召喚獣だわ!!」

半分八つ当たりで叫んだその時。

「何か光ってない?」

「え? どこどこ??」

「ほら、あそこ」

空に浮かぶ白い光を放つ何かを指差すも、リュイには見えていないのかキョロキョロするばかりだ。だが不思議に思う間もなく、光は急速に落下を始める。

「リュイちゃん、逃げて!!!」

一直線に“私”目掛けて降ってくる。咄嗟に隣にいたリュイを突き飛ばす。

――ドオオォン!!

大きな地響き、そして砂埃が舞う。

「シュトラさん?! ベルディさん!?」

ドルミン先生の声がする。

「リーシェ!!? リュイ!!」

騒ぎを聞きつけたのか、剣術コースの面々が駆けてくる足音と焦ったジンの声も聞こえた。

「わ、私は平気。リーシェちゃんが助けてくれて…」

近くでリュイの震えた声も聞こえた。無事なようで安心した。でも突き飛ばしたことを謝らないと、と思って俯せになっていた身体を起き上らせようとした。
けれど目の前がグラリと揺れ、また倒れそうになる。

《…貴女はやはり非常識な方ですね》

エコーがかかったような男性の声が耳元で聞こえた。
すると体温のない手に引き寄せられ、不意に身体が軽くなる。

「あ…」

顔を上げると、そこには天使がいた。
意識が朦朧としているから幻覚かと思った。でも後ろには天使を象徴する白い羽があるし、水色に近い銀色の髪と光の角度で色の違う瞳、着ている服も白いタキシードでとても品があった。

「この世のものとは思えない、というのはこういうのを言うのではないだろうか」

《な、なに恥ずかしいこと言ってるんです。というか、まさか…私のこと、忘れているんですか?》

声に出ていたらしい。天使は恥ずかしげに頬を赤く染めたかと思うと、真剣な顔つきで顔を覗き込んで来た。

「えっと…こんなイケメンの知り合いはいなかったと思うのですが?」

《……。》

そう言った途端、天使は黙り込んでしまう。
何か失礼なこと言っただろうか。というかいい加減、止んでくれ砂ぼこりさん。目が痛い。

《やはり記憶・・が……。なら、私が力を使っても良いわけですね》

「はい? どういうこと…って、いきなりなんで目隠しなんです? まあ、砂のせいで痛かったので助かりますが」

《はあ、本当に貴女と話していると調子が狂います。と、言っても貴女は忘れているんでしたね――笠木美桜さん》

――ドクン。心臓が反応する。いや、もっと奥だ。まるで『魂』がその名に反応しているようだ。

《貴女の使命と“前世”のことを思い出してください》

目を覆う彼の手から温かな光が溢れる。
それは視界を白く埋め尽くし、私の意識は光の中に溶けていった。


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