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禅譲放伐
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吾輩はご主人と一緒に京の別宅に居るが……。
六月八日に大蔵卿局(大坂西の御所詰:豊臣氏女官)が前田玄以・石田三成・増田長盛・長束正家と山崎家盛(摂津国有馬郡三田城主)へ秀吉からの摂津国有馬地獄谷開削事業の停止命令を通知した。
六月十二日に小早川隆景が亡くなった。
六月十六日に小早川秀俊と秀包が堅田元慶宛で今度の「高麗渡海」は「遙々之事」であるので葬儀に参列出来ない旨を毛利輝元に誓書にして提出した。
小早川隆景は小早川家元就の三男で、兄弟に同母兄の小早川家隆元・吉川元春などがいる。竹原小早川家と沼田小早川家も継承して両家を統合して、吉川元春と共に毛利両川として戦国大名小早川家の発展に尽くした。小早川家水軍の指揮官としても活躍した。豊臣政権下では豊臣秀吉の信任を受け、文禄四年に発令された「御掟」五ヶ条と「御掟追加」九ヶ条において秀吉に五大老の一人に任じられた。実子はなく、木下家定の五男で豊臣秀吉の養子となっていた羽柴秀俊を養子として迎え、家督を譲っていた。
◇◇◇◇…………小早川秀俊が渡海する少し前
秀俊は驚きを隠せなかった。なぜなら隆景があっさりと小早川家の権力を、秀俊に譲ゆずる事を認めたからだ。てっきり隆景はこの状況になっても渋ると思っていたが、そんな事はなかった。
「い、いいのか?」
秀俊にとってこれは夢にまで見た展開だが、こうまであっさりと譲られると何か拍子抜した気分になってしまった。
「無論だ、これから家の運命をかけた大きな戦いくさが起こる可能性が高くなった事は理解した。ならそれに備えて準備をするべきだし、それにお前がもし織田信長なら、これ以上に適切な人物もおるまい。私は小早川家の血筋より、小早川家と言う家が子々孫々まで残る事の方が重要だと考えている。なのでお前がもし織田信長でも、あまりその事を気にはしない。
それにもし私の知っている輝元なら、この状況は乗り切れまい。おそらくどっちつかずな曖昧あいまいな態度をとり、小早川家を潰すか大きく傾ける。なのでむしろお前が信長であった方が、小早川家にとっては都合がいい」
「そ、そうか……分かってくれればよい。これから二人で手を組んでこの難局に立ち向かい、共に頂点を目指そう」
隆景の物分かりの良さに、秀俊は不気味ささえ感じた。
「いざとなったら小早川家のために、お前の指示に従う事もやぶさかではないが、しかし私はお前に全面的ににお前の言いなりになる気はない」
「……」
「私はお前とは違う道を行く事にする」
「どう言う事だ?」
「私はこの命をかけて徳川を抑え、お前がいずれ起こると言う戦を起こさせない様に全力をつくす!」
「無駄だそんな事が出来るはずがない。時代の流れと言うとてつのなく大きな流れの前では、いかにお前と言えども無力。徳川と豊臣はいずれ必ず覇権を賭けて雌雄を決する時が来る」
「それはお前と豊臣が争う気が満々だからだ。しかし他の大老は必ずしもそう思っていると思わない」
「前にも言ったであろう、好む好まざるに関わらずこの戦いくさは必ず起こる。それは儂と徳川以外の大老が望まない事だとしてもな。いい加減に子供様な駄々はこねずに、儂に力を貸せ」
「子供の駄々ではない。それに私は太閤殿下がせっかく統一してまとめ上げたこの国を、再び戦いくさが絶えない世にしたくはない。この太平の世を一日でも長く続くことを望んでいる」
「今の世は、秀吉が妥協を重ねた偽の平和だ。こんな物は太平の世など言わん」
「しかし私は秀吉様の家臣になり太閤殿下が作る世に賭けたのだ、家臣として主君の守っていた物を守るのは当たり前の事だろ」
「ふん、儂は秀吉を家臣にした覚えはあるが、秀吉の家臣になった覚えは全くない!」
秀俊は隆景の言葉を鼻で笑った。
「お前がその気はなくとも、私は太閤殿下の家臣になったのだ。だから豊臣の世を末永く続くことを望む。しかし争いが起る可能性も考えて、その時に備えてお前に小早川家の権力を移行する事にも同時に同意する。これが私の答えだ!」
隆景は真剣な眼差しで秀俊を見る。これが隆景の答えであり、これ以上は妥協しないと言う決意の現れだろう。それにもしもの時の為に、秀俊に権力を移行する事を認めた事は、秀俊の要求をのむ事になり彼の念願がかなったと言える。
「儂に権力を譲る事を同意するのだな?」
「そうだ。それに戦が起これば、お前と共に戦う事も約束する。しかし戦になった時の話だ」
「その言葉さえ聞ければいい。明日にでも小早川家の屋敷に重臣を集めるので、そこで儂に全てを任せる事を宣言しろ。それと一言だけ助言をしといてやるが、すぐにでも儂の予言した戦いくさは起こるので、無駄なあがきはしない事だな」
「ではお前が無駄と言った事をさせてもらおう。それと私の行動を邪魔する事はお前と言えども、決して邪魔させぬ」
「好きにしろ、お前はすぐに自分一人ではどうにもならない事を、理解するだろう」
「やっとこれで小早川が、儂の物になる」
信長は柄にもなく軽やかな足取りで、大坂の隆景の屋敷から大坂の小早川屋敷への帰路についていた。そして小早川の屋敷に帰ると。
「秀包」
「お呼びですか?」
「明日あす、義父上隆景から大事な話があるので、大坂にいる小早川一門の全ての家臣を大坂の小早川の屋敷に集めよ」
「かしこまりました」
秀包が頷くと秀俊は自分の部屋に戻っていった。そして自分の部屋に戻り、自分の部屋で小早川についての、今後の構想を練る事にした。
次の日。秀包がやって来ると。
「大坂にいる家臣達を集めました」
「そうか、では義父上隆景をこの屋敷までお呼びしろ」
「かしこまりました」
秀俊は大坂にいる小早川一門の家臣を全て集めると、自分は皆が集まっている部屋に行き、上座に座り隆景が来るのを待った。
半時後。
秀包が隆景を連れてくると隆景は信長の横に座った。すると隆景はしかっりと目を見開き覚悟を決めた様な顔をすると。
「今日集まってもらったのは他でもない。私も齢六十五になり最近では体の調子もあまり良くなく、政務を執とるのもおぼつかない時もある。そこで私は権限を秀俊に譲り、毛利本家を輝元に任せたいと思っている」
隆景の言葉に、その場にいた小早川の家臣達からざわめきが起こる。すると次は秀俊が。
「義父上の言った通り、儂が小早川の全てを任される事になった。しかし今は高麗との戦の最中で、政情も不安定で何が起きてもおかしくない。なので皆はこれ以上に気を引き締め、働いてもらいたい」
秀俊の言葉に集まった家臣は座礼をすると、秀俊は更に話しを続けた。
「そこでまず儂は始めの仕事として、筑前に急いで小早川の兵を集めようと思っている」
秀俊のその言葉に、家臣の一人が不思議な顔をしながら。
「なぜでございますか?」
「知っている者もいるだろうが、太閤殿下が再度の高麗征伐の総指揮官に儂を指名された。儂は釜山で指揮を執ることになる。その時、………」
秀俊はこれまでの高麗との経緯を話すと、今日一番のどよめきがその場から起こった。すると小早川の家臣達の表情が変わり、小早川の家臣達は勇ましい顔つきになり。ここに居る小早川の家臣達は、高麗で戦が起こる覚悟をしたのだった。
■■■■…………
織田信長のお気に入りの最側近だったにもかかわらず、天正十年に本能寺の変が起こると直後から秀吉に全面的に協力し、長久手の戦いでは家康の軍を蹴散らす活躍をしたものの、天正十八年に小田原征伐の自陣で突然疫病に罹り急死した堀秀政。
秀吉実弟でその政治力は兄を上回る抜群の手腕があり、全国統一の翌年天正十九年に諸大名や庶民たちから惜しまれながら病死した豊臣秀長。
信長が娘を嫁がせるほどのお気に入りで、秀吉・家康はもちろん誰もがその文武両面の才能を認めていた優れた武将で、家康がいる関東への北からの抑えとして東北の要である会津で九十二万石を秀吉から与えられました。しかし関白豊臣秀次が粛清される直前に惜しくも四十歳の若さで病死した蒲生氏郷。
偉大な祖父毛利元就が死んでから実質的に毛利家一族を動かしていたのは、彼だと言われるほどの実力者で、凡庸な甥で新当主である毛利輝元が信長に滅ぼされそうになった時も、秀吉との個人的な人間関係を巧みに構築し、一族最大の危機を見事に乗り越えさせた。しかし六十五歳で病死した小早川隆景。
この四人に共通していたのは病死。そして、戦いが強いのに加えて政治力があったこと。特に秀長と同等の諸大名からの人望があったとされるのが小早川隆景でした。
黒田官兵衛が、彼の死後に『これでこの世に賢人は一人もいなくなった…』と嘆いたところを見ても、単なる優れた政治力というものではなく、国家の将来や展望を常に見据えてるような良識豊かな人格者であったことが充分にうかがえた。
一緒に高麗から帰朝した二人の弟に見送られ、俊定は虎の間から太閤殿下が待つ広間に重い足取りで向かう。御目見えの取次を石田三成にお願いし、部屋を進んで二の間に行くと。
「信濃守だな。入りなさい」
ヒンヤリとした太閤殿下の声。広間は表御殿で最も豪華な部屋で大広間、大書院とも呼ばれている、
最も奥の床が一段高くなった上段の間に太閤殿下が座って、直接声を掛けて頂きました。
何と言い訳したものかと悩みながら、俊定は二の間に入った。
歴戦の古豪の威圧を持って睨まれつつ、俊定は座るよう促された。
「さて、まずは無事に帰朝できたことを喜んでおこうか。お前達が元気なことは、叔父として嬉しい」
「ありがとうございます」
ちっとも嬉しそうに聞こえない話しぶりで、秀吉は語りだす。また面倒を起こしおってこの馬鹿者、という心の声が聞こえてきそうな感じだ。
上段の間から脇息の上に両手を乗せ、その上に顔を乗せて座布団に深々と腰掛け、傍に小姓を従えている様は、どこから見ても堂々たる雰囲気である。
「私は、お前が筑前中納言の領地を豊かにしたい、と願ってくれているのを知っている。その為に色々と動いていることも知っている。お前の知恵や行動力も評価をしているし、実力を信頼してもいる」
「はい」
「だが、勝手を許した覚えはない。いつも言っていることだが、事前の相談をしろ。このあいだもそう教えたはずではなかったか?」
「ご迷惑をおかけして、すいません。そう言われていたことは覚えています」
太閤殿下の声は堅い。
今回俊定が小早川秀俊と秀包の代わりに隆景の葬儀に参列した事はしかたない。手紙で太閤と毛利輝元に伝えていたから、しかし、小早川家の養子とされた二人がそろって辞退した理由は一切聞いていない。
「私がお前から事前に相談を受けていたのは、辰之助が喪に服して名を変えるという話であった。違うか?」
「いえ、その通りです。小早川秀俊から小早川中納言秀秋にです」
「では、何故帰朝せぬのじゃ。そのことについては、私は一切の報告も相談も受けてはいないぞ」
今回の秀俊の行動で、秀吉が問題視した点が唯一そこである。
放っておけば何をやらかすか分からない秀俊に対し、常日頃から事前の相談、最中の連絡、事後の報告を徹底する様に教育するよう俊定に話してきたはずであった。
「それに関しては、不可抗力です」
「不可抗力?」
「はい。私にとっても、まさか殿が急に倒れて帰朝せぬとは思ってもいなかったのです。不義理を行うことは手紙に書いて事前に相談していましたし、経過についても逐次お伝えしていたつもりです」
「そうか、そうなるのか……」
硝石作りを領内の産業としたい、という俊定の意見に、秀吉は賛同している。領地を黒字体質にした功績は無視できるものではなく、その功労者たる人間がやりたいという次世代の産業育成。もろ手を挙げて賛同したのは言うまでもない。
当然、その経過報告や作業の事前相談であったり、問題点の報告であったりも受けていた。
硝石作りについては、確かに、事前の相談も、最中の連絡も、或いは行った事の報告も受けていた。 高麗では、伝統的に高床住居の床下で鶏や豚を多数飼育してきたため、ここに排泄された鶏糞、豚糞を床下に積んで発酵、熟成させ、ここから硝石を抽出した、突発的な事故だというのなら、それを叱るというのも難しい。想定していなかった事故に対処したことで、対処の仕方が不味かったと怒るならまだしも、対処しようとしたこと自体を怒ることは出来ようはずもない。
「今回の件は、事故として扱うしかないな。以後、二度とこのようことが起きないようにお前がしっかり気を付けなさい」
「わかりました。今後このようなことが起きないよう、事前に対策を行っておきます」
「当たり前だ。もう一度同じことで中納言が倒れてみろ。寧々が猛抗議で儂の所にどなりこむだろうし、お前は中納言の傅役から外されることになる。そうなっても、私は庇わないからな」
「以後、気を付けます」
秀俊に対しては、何もさせないことが一番の罰になる。これが最近の秀吉の認識である。
「はぁ、全く、毎度毎度……」
「叔父上、何だかお疲れの御様子ですね」
「あぁぁ!。ばかも~~ん……」
秀吉は徳川を北条と同じように倒そうと考えていたのに、家康は小田原を避け江戸に城を築き、策を講じられて高麗に出兵することになった。
ここで秀頼と秀俊に万が一のことがあると、天下は豊臣から徳川へと移ると警戒していたが、自分が病死するとは思っていなかった。
六月八日に大蔵卿局(大坂西の御所詰:豊臣氏女官)が前田玄以・石田三成・増田長盛・長束正家と山崎家盛(摂津国有馬郡三田城主)へ秀吉からの摂津国有馬地獄谷開削事業の停止命令を通知した。
六月十二日に小早川隆景が亡くなった。
六月十六日に小早川秀俊と秀包が堅田元慶宛で今度の「高麗渡海」は「遙々之事」であるので葬儀に参列出来ない旨を毛利輝元に誓書にして提出した。
小早川隆景は小早川家元就の三男で、兄弟に同母兄の小早川家隆元・吉川元春などがいる。竹原小早川家と沼田小早川家も継承して両家を統合して、吉川元春と共に毛利両川として戦国大名小早川家の発展に尽くした。小早川家水軍の指揮官としても活躍した。豊臣政権下では豊臣秀吉の信任を受け、文禄四年に発令された「御掟」五ヶ条と「御掟追加」九ヶ条において秀吉に五大老の一人に任じられた。実子はなく、木下家定の五男で豊臣秀吉の養子となっていた羽柴秀俊を養子として迎え、家督を譲っていた。
◇◇◇◇…………小早川秀俊が渡海する少し前
秀俊は驚きを隠せなかった。なぜなら隆景があっさりと小早川家の権力を、秀俊に譲ゆずる事を認めたからだ。てっきり隆景はこの状況になっても渋ると思っていたが、そんな事はなかった。
「い、いいのか?」
秀俊にとってこれは夢にまで見た展開だが、こうまであっさりと譲られると何か拍子抜した気分になってしまった。
「無論だ、これから家の運命をかけた大きな戦いくさが起こる可能性が高くなった事は理解した。ならそれに備えて準備をするべきだし、それにお前がもし織田信長なら、これ以上に適切な人物もおるまい。私は小早川家の血筋より、小早川家と言う家が子々孫々まで残る事の方が重要だと考えている。なのでお前がもし織田信長でも、あまりその事を気にはしない。
それにもし私の知っている輝元なら、この状況は乗り切れまい。おそらくどっちつかずな曖昧あいまいな態度をとり、小早川家を潰すか大きく傾ける。なのでむしろお前が信長であった方が、小早川家にとっては都合がいい」
「そ、そうか……分かってくれればよい。これから二人で手を組んでこの難局に立ち向かい、共に頂点を目指そう」
隆景の物分かりの良さに、秀俊は不気味ささえ感じた。
「いざとなったら小早川家のために、お前の指示に従う事もやぶさかではないが、しかし私はお前に全面的ににお前の言いなりになる気はない」
「……」
「私はお前とは違う道を行く事にする」
「どう言う事だ?」
「私はこの命をかけて徳川を抑え、お前がいずれ起こると言う戦を起こさせない様に全力をつくす!」
「無駄だそんな事が出来るはずがない。時代の流れと言うとてつのなく大きな流れの前では、いかにお前と言えども無力。徳川と豊臣はいずれ必ず覇権を賭けて雌雄を決する時が来る」
「それはお前と豊臣が争う気が満々だからだ。しかし他の大老は必ずしもそう思っていると思わない」
「前にも言ったであろう、好む好まざるに関わらずこの戦いくさは必ず起こる。それは儂と徳川以外の大老が望まない事だとしてもな。いい加減に子供様な駄々はこねずに、儂に力を貸せ」
「子供の駄々ではない。それに私は太閤殿下がせっかく統一してまとめ上げたこの国を、再び戦いくさが絶えない世にしたくはない。この太平の世を一日でも長く続くことを望んでいる」
「今の世は、秀吉が妥協を重ねた偽の平和だ。こんな物は太平の世など言わん」
「しかし私は秀吉様の家臣になり太閤殿下が作る世に賭けたのだ、家臣として主君の守っていた物を守るのは当たり前の事だろ」
「ふん、儂は秀吉を家臣にした覚えはあるが、秀吉の家臣になった覚えは全くない!」
秀俊は隆景の言葉を鼻で笑った。
「お前がその気はなくとも、私は太閤殿下の家臣になったのだ。だから豊臣の世を末永く続くことを望む。しかし争いが起る可能性も考えて、その時に備えてお前に小早川家の権力を移行する事にも同時に同意する。これが私の答えだ!」
隆景は真剣な眼差しで秀俊を見る。これが隆景の答えであり、これ以上は妥協しないと言う決意の現れだろう。それにもしもの時の為に、秀俊に権力を移行する事を認めた事は、秀俊の要求をのむ事になり彼の念願がかなったと言える。
「儂に権力を譲る事を同意するのだな?」
「そうだ。それに戦が起これば、お前と共に戦う事も約束する。しかし戦になった時の話だ」
「その言葉さえ聞ければいい。明日にでも小早川家の屋敷に重臣を集めるので、そこで儂に全てを任せる事を宣言しろ。それと一言だけ助言をしといてやるが、すぐにでも儂の予言した戦いくさは起こるので、無駄なあがきはしない事だな」
「ではお前が無駄と言った事をさせてもらおう。それと私の行動を邪魔する事はお前と言えども、決して邪魔させぬ」
「好きにしろ、お前はすぐに自分一人ではどうにもならない事を、理解するだろう」
「やっとこれで小早川が、儂の物になる」
信長は柄にもなく軽やかな足取りで、大坂の隆景の屋敷から大坂の小早川屋敷への帰路についていた。そして小早川の屋敷に帰ると。
「秀包」
「お呼びですか?」
「明日あす、義父上隆景から大事な話があるので、大坂にいる小早川一門の全ての家臣を大坂の小早川の屋敷に集めよ」
「かしこまりました」
秀包が頷くと秀俊は自分の部屋に戻っていった。そして自分の部屋に戻り、自分の部屋で小早川についての、今後の構想を練る事にした。
次の日。秀包がやって来ると。
「大坂にいる家臣達を集めました」
「そうか、では義父上隆景をこの屋敷までお呼びしろ」
「かしこまりました」
秀俊は大坂にいる小早川一門の家臣を全て集めると、自分は皆が集まっている部屋に行き、上座に座り隆景が来るのを待った。
半時後。
秀包が隆景を連れてくると隆景は信長の横に座った。すると隆景はしかっりと目を見開き覚悟を決めた様な顔をすると。
「今日集まってもらったのは他でもない。私も齢六十五になり最近では体の調子もあまり良くなく、政務を執とるのもおぼつかない時もある。そこで私は権限を秀俊に譲り、毛利本家を輝元に任せたいと思っている」
隆景の言葉に、その場にいた小早川の家臣達からざわめきが起こる。すると次は秀俊が。
「義父上の言った通り、儂が小早川の全てを任される事になった。しかし今は高麗との戦の最中で、政情も不安定で何が起きてもおかしくない。なので皆はこれ以上に気を引き締め、働いてもらいたい」
秀俊の言葉に集まった家臣は座礼をすると、秀俊は更に話しを続けた。
「そこでまず儂は始めの仕事として、筑前に急いで小早川の兵を集めようと思っている」
秀俊のその言葉に、家臣の一人が不思議な顔をしながら。
「なぜでございますか?」
「知っている者もいるだろうが、太閤殿下が再度の高麗征伐の総指揮官に儂を指名された。儂は釜山で指揮を執ることになる。その時、………」
秀俊はこれまでの高麗との経緯を話すと、今日一番のどよめきがその場から起こった。すると小早川の家臣達の表情が変わり、小早川の家臣達は勇ましい顔つきになり。ここに居る小早川の家臣達は、高麗で戦が起こる覚悟をしたのだった。
■■■■…………
織田信長のお気に入りの最側近だったにもかかわらず、天正十年に本能寺の変が起こると直後から秀吉に全面的に協力し、長久手の戦いでは家康の軍を蹴散らす活躍をしたものの、天正十八年に小田原征伐の自陣で突然疫病に罹り急死した堀秀政。
秀吉実弟でその政治力は兄を上回る抜群の手腕があり、全国統一の翌年天正十九年に諸大名や庶民たちから惜しまれながら病死した豊臣秀長。
信長が娘を嫁がせるほどのお気に入りで、秀吉・家康はもちろん誰もがその文武両面の才能を認めていた優れた武将で、家康がいる関東への北からの抑えとして東北の要である会津で九十二万石を秀吉から与えられました。しかし関白豊臣秀次が粛清される直前に惜しくも四十歳の若さで病死した蒲生氏郷。
偉大な祖父毛利元就が死んでから実質的に毛利家一族を動かしていたのは、彼だと言われるほどの実力者で、凡庸な甥で新当主である毛利輝元が信長に滅ぼされそうになった時も、秀吉との個人的な人間関係を巧みに構築し、一族最大の危機を見事に乗り越えさせた。しかし六十五歳で病死した小早川隆景。
この四人に共通していたのは病死。そして、戦いが強いのに加えて政治力があったこと。特に秀長と同等の諸大名からの人望があったとされるのが小早川隆景でした。
黒田官兵衛が、彼の死後に『これでこの世に賢人は一人もいなくなった…』と嘆いたところを見ても、単なる優れた政治力というものではなく、国家の将来や展望を常に見据えてるような良識豊かな人格者であったことが充分にうかがえた。
一緒に高麗から帰朝した二人の弟に見送られ、俊定は虎の間から太閤殿下が待つ広間に重い足取りで向かう。御目見えの取次を石田三成にお願いし、部屋を進んで二の間に行くと。
「信濃守だな。入りなさい」
ヒンヤリとした太閤殿下の声。広間は表御殿で最も豪華な部屋で大広間、大書院とも呼ばれている、
最も奥の床が一段高くなった上段の間に太閤殿下が座って、直接声を掛けて頂きました。
何と言い訳したものかと悩みながら、俊定は二の間に入った。
歴戦の古豪の威圧を持って睨まれつつ、俊定は座るよう促された。
「さて、まずは無事に帰朝できたことを喜んでおこうか。お前達が元気なことは、叔父として嬉しい」
「ありがとうございます」
ちっとも嬉しそうに聞こえない話しぶりで、秀吉は語りだす。また面倒を起こしおってこの馬鹿者、という心の声が聞こえてきそうな感じだ。
上段の間から脇息の上に両手を乗せ、その上に顔を乗せて座布団に深々と腰掛け、傍に小姓を従えている様は、どこから見ても堂々たる雰囲気である。
「私は、お前が筑前中納言の領地を豊かにしたい、と願ってくれているのを知っている。その為に色々と動いていることも知っている。お前の知恵や行動力も評価をしているし、実力を信頼してもいる」
「はい」
「だが、勝手を許した覚えはない。いつも言っていることだが、事前の相談をしろ。このあいだもそう教えたはずではなかったか?」
「ご迷惑をおかけして、すいません。そう言われていたことは覚えています」
太閤殿下の声は堅い。
今回俊定が小早川秀俊と秀包の代わりに隆景の葬儀に参列した事はしかたない。手紙で太閤と毛利輝元に伝えていたから、しかし、小早川家の養子とされた二人がそろって辞退した理由は一切聞いていない。
「私がお前から事前に相談を受けていたのは、辰之助が喪に服して名を変えるという話であった。違うか?」
「いえ、その通りです。小早川秀俊から小早川中納言秀秋にです」
「では、何故帰朝せぬのじゃ。そのことについては、私は一切の報告も相談も受けてはいないぞ」
今回の秀俊の行動で、秀吉が問題視した点が唯一そこである。
放っておけば何をやらかすか分からない秀俊に対し、常日頃から事前の相談、最中の連絡、事後の報告を徹底する様に教育するよう俊定に話してきたはずであった。
「それに関しては、不可抗力です」
「不可抗力?」
「はい。私にとっても、まさか殿が急に倒れて帰朝せぬとは思ってもいなかったのです。不義理を行うことは手紙に書いて事前に相談していましたし、経過についても逐次お伝えしていたつもりです」
「そうか、そうなるのか……」
硝石作りを領内の産業としたい、という俊定の意見に、秀吉は賛同している。領地を黒字体質にした功績は無視できるものではなく、その功労者たる人間がやりたいという次世代の産業育成。もろ手を挙げて賛同したのは言うまでもない。
当然、その経過報告や作業の事前相談であったり、問題点の報告であったりも受けていた。
硝石作りについては、確かに、事前の相談も、最中の連絡も、或いは行った事の報告も受けていた。 高麗では、伝統的に高床住居の床下で鶏や豚を多数飼育してきたため、ここに排泄された鶏糞、豚糞を床下に積んで発酵、熟成させ、ここから硝石を抽出した、突発的な事故だというのなら、それを叱るというのも難しい。想定していなかった事故に対処したことで、対処の仕方が不味かったと怒るならまだしも、対処しようとしたこと自体を怒ることは出来ようはずもない。
「今回の件は、事故として扱うしかないな。以後、二度とこのようことが起きないようにお前がしっかり気を付けなさい」
「わかりました。今後このようなことが起きないよう、事前に対策を行っておきます」
「当たり前だ。もう一度同じことで中納言が倒れてみろ。寧々が猛抗議で儂の所にどなりこむだろうし、お前は中納言の傅役から外されることになる。そうなっても、私は庇わないからな」
「以後、気を付けます」
秀俊に対しては、何もさせないことが一番の罰になる。これが最近の秀吉の認識である。
「はぁ、全く、毎度毎度……」
「叔父上、何だかお疲れの御様子ですね」
「あぁぁ!。ばかも~~ん……」
秀吉は徳川を北条と同じように倒そうと考えていたのに、家康は小田原を避け江戸に城を築き、策を講じられて高麗に出兵することになった。
ここで秀頼と秀俊に万が一のことがあると、天下は豊臣から徳川へと移ると警戒していたが、自分が病死するとは思っていなかった。
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しかもこの乙女ゲームは、未知の第3部まであり、先が読めない事ばかり。
意地悪で傲慢な悪役令嬢から、お人よしで要領の悪い公爵令嬢になったアリアナは、頭脳だけを武器にロリコンから逃げる為に奮闘する。
だけど、アリアナの身体の中にはゲームの知識を持つ「私」以外に本物の「アリアナ」が存在するみたい。
さらに自分と同じ世界の前世を持つ、登場人物も現れる。
しかも超がつく鈍感な「私」は周りからのラブに全く気付かない。
そして「私」とその登場人物がゲーム通りの動きをしないせいか、どんどんストーリーが変化していって・・・。
一年以上かかりましたがようやく完結しました。
また番外編を書きたいと思ってます。
カクヨムさんで加筆修正したものを、少しずつアップしています。
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