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火炎蝦蟇

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 ご主人が忍術育成学校の演習場で子供相手に剣の稽古を付けているが、相手は真面目に決闘だと思っているようだ。
 しかし、真剣を持った主とはレベルの差が有り過ぎるのだが。
 やがて、野次馬があつまりだした………。

◇◇◇◇………… 富田宗高(小太郎)
 演習場の中央に二十丈程の距離を置いて、二人は向かい合った。

「小太郎!なめるな~~!?」

「はい、いつでもどうぞ」

「おぉぉりゃぁぁ!」

 その言葉と同時に、秀秋が【忍術三重化】【忍術無詠唱化】【忍術持続時間延長】【身体強化】【敏捷上昇】も重ねて俺の方に攻めて来る。

(遅い!)

 一瞬で小太郎の間合いに飛び込み、そのまま最速の打ち下ろし。小太郎は下がることなく、逆に前に刀を突き出してさばく。最もスピードが乗るポイントに来る前、秀秋の力が乗り切っていないポイントでさばく。

 そうしなければ、相手の打ち下ろしでを真面に受けては安物の刀では、刀ごと折られる不測の事態が起こることすらあるからだ。刀でさばき、秀秋の手を狙って刃を返す。だが、片手を刀から外してかわす秀秋。その片手のままで横薙ぎ。

 重心を後ろにそらし、上体だけで軽くかわす小太郎。足の位置は変えないまま、重心を前に戻し、そのまま打ち下ろす。

それを身体ごとかわし、秀秋は全力の二段突き。

小太郎は、最初の突きをかわし、二連目の突きをかわしつつ、下から逆袈裟に切り上げる。それをギリギリ秀秋はかわす。

この間、わずか数秒。いったん仕切り直しである。

「すごいな小太郎!」喜色満面とはこの事。心の底から嬉しそうな声を、琥珀は小太郎にかけた。

「いや、いや……」いや、忍術は一切使っていないし、全力ではない。軽く相手に合わしているだけなのだ。

「あの飛び込みをかわせる者はいないぞ」そういうと、秀秋は周りを見回した。

小太郎もそれにつられて周りを見回すと、観客席にちらほらと教官らしき者が数名いる。
(まさか、今のが全力か?)

「あれに反応したということは、もしかして、あのスピードの飛び込みを経験したことがある?」

「ええ……、ちょっと」(いやいや、普通だろう)

「なるほど……ならば、次は超音速の本気でいく!」

「ちょ……」

小太郎が言い終わる前に、再び……今度は超音速の飛び込みらしい。

しかもそこから振るわれる刀の速さが……、

(確かにさっきよりも速いが……)

 先ほどよりも、刀を振る速さ自体が五割増しくらいになっているのだ。さすがに、このスピードをかわしきるのは不可能と本人は思っていそうだ。
 さらに、刀が前でさばくのも難しくなってくる。スピードが最も乗るポイントで受けると、意外と重い刀であることがわかった。(秀秋くんは小さいのに、なんだこの重さ……)

 最初の剣戟では、さばいてからの反撃も出来ていたが、今では牽制の突きや薙ぎを放つことはあるが、それはあくまで牽制。だが、防御に徹した小太郎は、まさに余裕である。
 結局、小太郎の鉄壁の防御を破ることは出来なかった。防御に徹した小太郎はそれほどなのである。

 それほどなのであるが……、
(くぅ~これは厳しい。まるで刀を竹刀で受け続けているかのような……)
 鉄壁の防御ですら、受けてる刀が破綻しかけていた。ほんの僅かでも集中力を別のことに使えば、その瞬間に刀が折れてしまうからである。

 だが……、
(だが、秀秋さんは使っている。【身体強化】【敏捷上昇】で、腕の振り、足の運び、あるいは身体の移動すらも、全てのスピードを上げている……)

 それは子供が後先考えず、精一杯頑張ってる忍術の制御。刀すらも剣術強化で威力を増しているため、斬撃が異常に重いのだ。

 しかし、体力も技術も所詮は子供。小太郎の相手には……勝つためには尋常ならざる手が必要なのだろうが……だが小太郎はせっかくのこれほど頑張ってる相手である。

 相手に貴重な体験を……。

 思えば、師匠に稽古をつけてもらっている自分を見たようで、この剣戟で、その性根を叩きなおせるのだとしたら、まさに僥倖。

 その変化は、ほんの僅かずつであった。一番その変化を感じていたのは、もちろん小太郎である。
その変化とは、『刀の完全な破綻へ』である。
 これまでも、ギリギリしのいでいたが、さすがに限界が来ていた。無理な受けを繰り返したために、刀がまずい。

(これはさすがに厳しいか……)
 そして破局。

 秀秋の左薙ぎ払いを受けた際、刀の強度に完全に余裕がなくなり、流すではなく受ける羽目になった。
 その瞬間、刀が折れ、「おりゃぁああーーーーあッ!!!」

 雄叫びを上げる彼を見据える。それと同時に、俺は感じ取った。秀秋もまた、決して弱くはない。むしろ優秀である。それは今までの攻防を見ればすぐにわかる。が……それは学生の中ではと付け足す他ない。

 そしてその攻撃は、火術を連鎖させたものであった。降り注ぐ火炎の世界。すでに演習場は完全に紅蓮の世界と化していた。そして地面は融解といかないまでも、完全に焼け焦げるほどになっていた。
 だがもちろん、その炎は永続的に続くわけでもない。

 彼が狙っているのは直撃だった。でも今の俺には……届き得ない。なぜなら、右手には富田江の刀が握られていた。

「……」

 黙って攻撃をかわし続ける。刀は低く構えて地面と平行にして、次々とくる火術の波の中を縫うようにして、駆け抜ける。

 俺は先ほど、自分の限界を少しだけ取り払った。ここまで来てしまえば、完全に出し惜しみをしている場合ではないだろう。
 もちろん、『心得:言魂』を使用することはないがその片鱗はすでに見せつつあった。

「何……あれ?」
「どうなっているんだ?」
「あいつは本当に名ばかり有名人なのか?」

 そんな声が周りから聞こえてくる。でも今、音はいらない。すでに俺の脳は無駄な情報を削ぎ落とし始めた。
 特有の感覚。これこそ、飛彩の教えと六道で磨きに磨いた実戦技術だ。

「くそッ!! くそッ!!  くそったれがぁああーーーーあッツ!! 止まりやがれぇええーーーーえッ!!」
 喚く。
 すでに感情の制御はできていない。それは忍術にも如実に現れる。
 感情により生み出されたその連鎖忍術は、大人にも匹敵するだろう。一度に降り注ぐ、火炎の雨。それが複数回重なり、その数は増え続ける。目の端で周囲を捉えると、観戦している生徒にもその忍術は届いているようだが……どうやら最低限の自衛はできているようだった。しかし、秀秋は完全に制御ができていない。周囲の環境など御構い無しに、ただ感情のままに忍術を紡ぐ。

 また忍術とはある程度性格的な要素も関係しており、外向性の高いものは火属性を内向性の高いものは氷属性を得意とする傾向もある。特に彼の場合は前者であり、この忍術によほど自信があるのだろう。

 重ねていく攻撃の規模は徐々に増していく。すでに地面は灼けている箇所がないほどに、この場は紅蓮の炎に支配されていた。

 でも俺は、ある忍術を使いながら躱していく。もちろんそれは、身体強化の忍術ではない。普段から鍛練しているからこそできる芸当。
 おおよそ、他の術師が見れば俺はこの炎の雨の中を掻い潜り、さらには炎の海の中を進み続けているようにも見えるだろう。

「どうしてッ!!? なんで当たらねぇんだょよーーーおおッ!!」

 感情により暴発した忍術は確かに数は多い。でもその質は落ちる。忍術に淀みが生じてしまうからだ。おそらく、忍術の中が狂い始めているのだろう。それは忍術という現象として、この世界に顕在化するも……すぐに掻き消えてしまう。地面にはくっきりとその足跡は残るが、俺にダメージを与えることは決して叶わない。

 『術の構築の構成術式が甘い』飛彩がこの場にいれば、そう言っていたに違いなかった。

「……さて、様子見はここまでだな」
 俺は改めてそう呟く。すでに底は見えた。おそらく彼の一番得意としている忍術も予測できている。俺が次に取る行動から、彼が何をするかまで、イメージ化は完了している。

 瞬間、ダッと地面を思い切り蹴ってそのまま秀秋の方へと直線的に駆けてく。すでに彼は剣を捨てており、忍術の構成に全てを割いている。
 そうして全ての攻撃をことごとく躱して迫る俺を見て、彼が取る行動は一つ。間違いなく、切り札を出してくるだろうと。

「へへへ……もう知らねぇ……どうなっても、知らないからねぇッ!!!」

 依然として叫び続ける秀秋が選択したのは、口寄せの忍術。
 それは名前の通り、忍術の中でも大規模な使役獣を呼び出すものを指し示す。それこそ、膨大な忍術の術式を書き込み、この世界に具現化するものだ。

「火炎蝦蟇。蝦蟇太郎ぉーーおッ!!」
 彼が両手を空に掲げると、顕現するのは炎のガマガエル。
 それが天から俺に向かって、降り注ぐ。それは今までの比ではない。ちょうど俺を覆うようにして向かってくるカエル。その忍術のはおそらく幾重にも重ねがけてあり、一見しただけでもその技量の高さが容易に分かるほどだ。秀秋は決して弱くはない。だが……まだ未熟だ。それはあの文禄の役を生き抜いてきた俺だからこそ、分かる。それは驕りではなく、純然たる事実。

 そしてバックリと口を開るようにして、そのまま俺を飲み込もうとしてくるも……。
 あぁ、知っている。知っているとも。

 上級忍術口寄せ。その中でも、大規模忍術。それが火炎蝦蟇。対象を捕捉して、追尾し続ける炎のカエルだ。それこそ、この担い手はあまり多くはない。特に学生でこれを使用できるのは、破格の才能と言っていいだろう。

 しかし、才能だけに驕ってしまえば術師の限界はすぐに見えてしまう。俺よりも才能のある師匠でさえ、自分に異常なまでの、それこそ強烈な努力を強いていた。一つだけあればいいのではない。複数の要素を絡み合わせることで、術師とは大成するのだ。

「……懐かしいな」そう呟く。
 あの戦場ではこの規模の忍術はむしろ普通だ。俺はそんな中を駆け巡り、戦ってきたのだから。
 だからこそ、対処法などとっくに心得ている。

「フウッ……」

 頭上を見据えると、そのままある言霊をこの刀に投げかける。『江ちゃんお願い!』実際に、忍術を元から存在している物質に組み込む技術は存在している。しかし、今はこれが一番。
 そして俺はそのままこの自分の持っている刀を、その巨大な炎のカエルに向かって薙いだ。躊躇なく、何の恐れなもなく、ただ当たり前の所作としてそれを選択した。
 たとえ自分を飲み込み、灼きつくす紅蓮の龍であっても俺の中に躊躇という言葉は存在しない。あまりの勢いにその熱波が身体を容赦なく灼いていこうとするが、この程度ならば自制はできる。直接炎で灼かれている訳ではない。
 またこの忍術を目の前にして剣ごときで対応するなど、非現実的。多くの者がその話を聞けば、笑ってしまうだろう。でも今の俺ならば、そんな到底ありえないことさえも、できてしまう

「……こんなものか」

 ブンッ、と刀を振り直すとその炎のカエルは完全に雲散霧消。

 文字通り俺は、上級忍術を切り裂いたのだ。火炎蝦蟇。蝦蟇太郎が通過した跡は、その忍術の規模の大きさを物語っている。焼け焦げている地面に、僅かに融解している箇所もある。才能と努力。その二つがあってこそ、この領域にたどり着ける。秀秋は怒りと憎しみという感情を起因にしたとはいえ、この大規模忍術を制御したのは賞賛に値するだろう。

 だがその火炎蝦蟇。蝦蟇太郎は完全に雲散霧消し、パラパラと舞う氷の粉は完全に彼の敗北を意味していた。

「ななっ……あ……は…は…!?」

 忍術の過度の行使により欠乏症になっているのか、彼は地面に手をついてそのまま後ずさる。その目には信じられないものを見たという恐れがあった。まるで、同じ人間とは思えない……それこそ化け物でも見ているような双眸だ。それを見て、今更何も思うことはなかった。(隣の江ちゃんが冷たい目で此方を睨んでいる方が気になる……が)

 自分が化け物であるということは、とうに自覚しているのだから。 
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