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盲目の小説家 (恋愛)

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「いつも。悪いね」

「いいのよ、あなたお気になさらないで」

 妻が、私の横でワープロをうつ音が聞こえる。

「えーと、その前なんて言ったの? ごめんなさい、あなた早口だから……タイプがおいつかないわ」

「ああ~、ごめんごめん、結末あせちゃって、つい早口になったな」

 わたしが、早口で話した言い訳をすると、妻の笑い声がきこえた。

「いいのよ、いいのよ。早く完成させましょ」

 そう言って、妻は私の肩を軽くもんでくれた。



 実は、私は、目がみえない。

 三年前に、糖尿病を患ってしまい、合併症によって失明してしまったからだ。

 失明してしまってからというもの、妻は以前よりも私に、優しく接してくれた。

 目がみえなくなって、職を失い、ふさぎこんでいた私に生きるヒントをくれた。

「あなた、毎日退屈でしょ。なにか趣味をもちなさい。あ、そうだ あなた前から本読むの好きじゃなかった?今度は、あなたが小説書いてみるのってどうよ」

「だって、俺、目がみえないんだぞ。どうやって書くんだよ」

「バカねぇ~あなた、わたしがいるじゃない。わたしがタイプしてあげる」

 そういって、私と妻の執筆といった形の二人三脚が始まった。

 妻は私が働けなくなってから、生活を助けるために、朝だけ新聞配達をしてくれていた。

 妻は仕事が終わると、ずっと私の面倒を見てくれている。

 料理、洗濯、着替えにトイレの用足し、お風呂と数えあげたらきりが無い。

 

 ほんと、頭がさがる思いだ。

 それから、夜になると、私の執筆を手伝ってくれる。

 私はというと、暇な一日、ひたすら小説のアイデアばかり考えていた。

 小説が完成すると、必ず妻に感想を聞いてしまう。

「どうだ、面白いか? 感動するか?」

 妻は必ず言ってくれる。

「よかったわ~あなた才能あるんじゃない」

 妻のいってくれた事をまにうけてあいまっていた。

「どっか新人賞でも応募してくれないか――才能あるんだったら賞とれるだろう。賞とったら、出版してもらって、映画とかドラマになるだろう。お前も新聞配達なんかしなくてすむぞ」

 そんな、夢みたいな事を、私は真剣にいっていた。

「そうね、あなただったら、本当に売れっ子作家さんになれるかもよ。この作品なんか、いいんじゃない応募しときますね」

 そう妻はいってくれた。

 しかし、現実は甘くない。いつまでたっても新人賞もとれないし、出版の話もこなかった。

 私はそのうちに、妻が私に気をつかって才能があるなんて、嘘を言ってるじゃないかと思い出した。

 それで私は妻に無茶な事を言ってしまう。

「お前の意見はあてにならない。誰か俺の作品を読んでくれる人をさがしてくれ」と頼んだ。


「あなた知ってる。最近、携帯電話なんだけどね、小説の投稿サイトあるのよ。今度そこにだしてみましょう。そこだったら、すぐに感想とか作品の評価してくれるのよ」

「それは、いいなぁ~早速たのむよ」

 こうして、私は投稿サイトに作品を出してみた。



 毎晩、妻は、私が寝る前に投稿サイトに送った作品の感想評価を話してくれた。

「あなた、すごいわ。みなさん。あなたの作品楽しみにしてるんだって、全部読んであげたら、朝までかかってしまうわよ」

 妻が読んでくれる感想は、歯の浮くものばかりだった。

 そして、私は有頂天になっていた。



 そんな時、ひさびさに私の家に来客者があった。

 来客者は、以前私が勤めていた会社の同僚だった。

「久しぶりだなぁ。仕事がなかなか忙しかったもので―― 元気にしてたか?」

 と同僚は言った。

「ああ、元気だよ。そうだぁ、お前にみせたいものがあるんだ!」

 私は同僚に自慢したい気持ちがあって、投稿サイトに小説をだしてる話をした。

「なかなか、評判いいんだぞ。パソコンの中に感想入ってるから見てくれよ」

 同僚はパソコンを立ち上げて、感想をみた。

 そして、私に言った。

「おい。何も感想なんかぁ。ないぞ」

 私は頭が、真っ白になった。

 やっぱり、そうだったんだ。

 妻は私を気づかって、ずっと嘘をついていたんだ。

「どうした、お前、顔色悪いぞ」

 同僚が心配して、わたしにそう言った。

「うん、少しめまいがしてきたんで悪いが帰ってくれないか」

 と、私は言っていた。

「そうかぁ、またくるよ」同僚はバツが悪いのか、帰っていった。



 その日の夜。

 私は妻にあたりちらしてした。

「なんで、あんな嘘つくんだ。同僚に恥かいたじゃないか」

 妻は言い訳もせずずっと私の文句を聞いていた。

 しばらくして妻の嗚咽する声がきこえた。

 妻の泣き声を聞いて、私は我に返った。

 あぁ~おれはなんて馬鹿なんだ。

 どうして、優しい妻の気持ちをわかってやれないんだ。

 どうやら目が見えなくなっただけじゃなく、心まで盲目になってしまってるじゃないかぁ

 そして、妻に言った。

「すまなかったな、俺が悪かった。許してくれ」

 

 二人で抱き合って私は泣いた。

 妻との三十年の日々で一番悲しい夜だった。



 悲しい夜から、しばらくたったある日。

 わたしが、リビングでうたた寝していると、妻が興奮して、私を起こした。

「どうしたんだよ。そんなに慌てて」

「あなた、大変よ!さっきね。出版社から連絡あってねあなたの作品、新人賞に選ばれたのよ!」

「冗談だろう?」

「本当よ、新聞にも小さくでてるの。あなた見れないから、証明できないけど、今度は嘘じゃない。あなた、おめでとう!!」



 それから、三ヵ月後……

 私と妻は新人賞の授賞式に来ていた。

 式の司会者が私の名前を読み上げた。

 私は妻に手をひかれて壇上に目録を取りにいった。

 私の耳からは、場内の鳴り止まない拍手が聞こえている。



 妻との三十年の日々で一番嬉しい夜だった。

 そして、鳴り止まない拍手の中、壇上で妻と抱き合った。
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