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発熱
しおりを挟むそれは、話しかけてもぼっと考えこんでいたり、返事が遅れたりと、ふだん一緒にいることが多い僕にしか分からないであろう些細なものであったが、どこか塞ぎこんで元気のない詩織がいたから。
きっと詩織は家族に起こった問題を一人抱え込んでいたのに違いない。
そんな状態であったにも関らず、詩織ときたら、僕に心配をかけたら受験に支障をきたすと思ったのだろう。
悩みなどおくびに出さずに努めて僕に対しては明るく装っていたのではないだろうかと想像が出来てしまう。
それなのに、僕ときたら花道受験後のご褒美に舞い上がってしまい気がついてやることが出来なかったのだ。
詩織の彼氏としては失格だ。
色欲に溺れてしまった猿野朗ではないかと激しい自己嫌悪に苛まれるしまう。
降りしきる霙雪の中を、自身の不甲斐なさの罰として傘も差さずに濡れて帰ることにした。
寒風が嫌な音をたてて霙を宙に舞い散らせながら体に浴びせてくる。
そして身体の露出してる部分に霙を付着させると、すぐに水分に変化させ容赦なく体温を奪っていくのであった。
それは、まるで霙が一粒、一粒、私の肌で解ける度に「お前のせいだ! 猿野朗」と罵られてるような気分にさせてくれている。
また寒風の「ヒュー、ピュー」と音が、詩織が「祐一君、助けてぇ」と泣き叫んでるように聞こえてきて、心を締め付けたのだった。
でも、これぐらいのことなど、詩織のおかれているであろう状況を考えれば甘いものである。
気づいてやれなかった罰としてずぶ濡れになりながら家路についた。
体がすっかり冷え切ってしまったので、すぐに風呂を沸かして入ることにした。
風呂に浸かりながら、どうか今日あったことが夢であってくれと願いながら、すっかり右曲がりにしょげかえってる正宗をつねってみた。
もちろん、夢じゃないので痛さがすぐに伝わってきた。
詩織がいなくなってしまった現実を受け入れなければいけない辛さから、また涙がこみ上げてくるのだった。
風呂から上がると、電話の前に立ち詩織の自宅の番号を回していた。
繋がらないのは分かっているのだけど、もしかしたら、詩織が元気な姿で電話に出てくれて明るく「祐一君、何いってるの? きっと悪い夢でも見ていたのよ!」とありえないことを言ってくれるのではないかと期待してのことだった。
しかし、受話器から聞こえてくるのは、話し中の信号音から変わって「現在、お客様のご都合でおかけになった――」と言う味気ないガイダンスが流れるだけであった。
詩織があの家から完全にいなくなったことを決定づけるには十分すぎるものであるのだった。
ほどなくして、母親がパートから帰ってきて夕飯を作ってくれたが、全く喉に通らなかった。
そんな、僕の様子を見て「祐一、顔が真っ赤だよ。熱でもあるんじゃないの?」とおでこに手を当てて心配してくれた。
おでこから手を離すと、母親は「祐一、熱測りなさい! おでこが熱いわよ」と言って体温計をもってきてくれた。
僕は、母親にそう言われて初めて全身の倦怠感を覚えたのだった。
脇に挟んだ体温計を見てみると、私の体温は38度の後半部分を示していた。
それを見て、さっきまでは体温が霙雪で奪われて低いはずなのにとバカな事を思っていたのだった。
母親は僕から体温計を奪って確認すると、「早く、寝て休んできなさい」と怖い顔をして言った。
熱のためかフラフラしながら自室に戻るとベッドの上に横になった。
横になると、なんだか天井がグルグル廻っているような感じになって気分が突然に悪くなり始めた。
しばらくして、母親は冷たいタオルをもってきて、おでこに当ててくれた。
「しばらくは、受験の事は忘れて寝てなさいよ」
母親は、そう言うと部屋をあとにして出ていった。
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