【完結】【やりちん】僕の青春グラフィティ。ノスタルジーな昭和チェリーボーイの卒業物語

カトラス

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いなくなった詩織

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 僕は、緊張して損をしたと思いながら、時間をあけて電話することにした。

 それから、一時間後に再度、詩織の自宅番号を回す。

 ほどなくして「プゥ、プゥ……」の信号音。

 誰と、長電話してるのだろうと思いつつ、さらに二時間後に電話をかける。

「プゥ……」またしても、話し中の信号音のみであった。

 僕は、その後、夜中の10時まで、頃合を見て詩織の家に電話をかけたが全て話し中であったのだ。

 こんなことは、今までで初めてのことである。

 

 いくらなんでも、四六時中に誰かと電話で話してるなんてことはありえない。考えられるとしたら受話器が外れているとしか思えなかった。

 

 とりあえず僕は、学生が女の子の家に電話出来る時間では無くなったので、これ以上電話することは諦めることにした。

 明日になれば、詩織は元気な姿で登校してくれるだろうと自身に言い聞かして、その日は眠ることにしたのだった。



 次の日になって、詩織の教室の前にたって彼女の登校を待った。

 

 詩織のクラスの同級生達が怪訝な顔をして、僕を見たとしても、そんなことは気にしない。

 とにかく、詩織の笑顔が見たかった。花道を合格したことなんてどうでもいいのだ。

 ただ、詩織の元気な姿さえ見れればそれでいいのだ……

 しかし、いくら待っても詩織は登校してこなかった。

 

 詩織のいない退屈な学校が終わると、すぐに帰宅して、昨日と同じようにダイヤルを回す。

 相変わらず、受話器から聞こえてくるのは、聞きたくない話し中の信号音のみであった。

 

 結局、その日も詩織の声は聞けなかった。

 それから、次の日も、その次の日も詩織は学校を休んでいた。


 電話をしても結果は同じで、詩織には繋がらなかった。

 そして、詩織が休んでから五日目の土曜日の朝、僕はとんでもない事を知ることになったのだ。

 それは、もはや日課となりつつあった詩織の登校を教室前でしていると、詩織と仲のいい女友達が、僕の悲痛な姿を見かねて話しかけてきたのだった。



「詩織どうしたんだろうね? 私も心配だから先生に聞いてみたんだけど…… 連絡ないみたいだよ! 先生も来週になったら詩織の家に行くって言ってたけど」

 詩織の仲良しから、その事を聞いて、今までもたげていた不安が一気に爆発した。

 きっと、詩織の身になにかあったのだと、頭の中で警鐘が鳴り響いている。

 

 僕は、いてもたってもいられない気持ちになったので、その場から走りだすと職員室に向った。

 そして、担任の先生に体調が悪いと、嘘を言って早退することにした。

 

 理由は勿論、詩織の自宅に行く為である。

 先生に早退の許可を貰った僕は、正門を飛び出すと詩織の自宅に全速力で走って向った。

 

 心臓がバクバクと血液を激しく送っているのが感じられる。

 いつも、二人でゆっくりと手を繋いで帰っていた道を、足がもつれそうになりながら、僕はひたすら走ったのであった。

 そして、10分もしないうちに詩織の自宅前に到着することが出来たのだった。

 もう、息はすっかり上がってしまい、その場に座りこみたい心境である。

 それでも、僕は、詩織の事が心配なので肩で息をしながら玄関口のチャイムを押した。

 しかし、誰も出てこないし、返事も無かった。

 

 何度も何度もチャイムを押した。

 でも、誰も出てこないのだ。


 そのうちに、僕のすっかり上がってしまった息がおさまり、冷静な気分になった時にあることに気がついたのだった。

 それは、詩織の家の表札が跡形もなく無くなっているのだ。


 それと、玄関のドアに何かベタベタとたくさんの紙が貼られているのであった。

 僕は、その紙を確かめるべく、玄関のポーチを開けてドアの前に行くと、貼ってある紙を見た。

 

 そこには、“差し押さえ物件”とか“金返せ”などと、とんでもない事が書かれていたのだ。

 それを、見た瞬間にバカな私でもだいたいの事は察しがついたのであった。

 こんなことになった理由は分からないが、分かっていることは詩織も、詩織の家族も、この家にはもう……いないってことである。

 僕は、なんだか詩織のおかれてしまった状況があまりに哀れに思えてしまって、気がつくと泣きながら、ドアに貼られた紙を剥がすと、ビリビリに破いてしまっていた。

 

 そして、その場に座りこんでしまい、意味もなく空を見上げたのだった。

 空は私の晴れない気持ちと同じようにどんよりと雲っていたのであった。

  


 僕は、どれくらいの間、座り込んでどんよりとした空を見上げていたのだろうか。

 気がつくと、曇り空からは雨ならぬ冷たい雪が舞い降りてきていた。

 肌につくと、すぐに水分になってしまう霙雪を体中に浴びながら、僕は、一ヶ月前のクリスマスイブの事を思い出していた。

 そういえば、あの日も詩織の自宅にきた途端に雪が降り出してきたのだった。

 ただ、あの時の雪はすぐに解けないぼたん雪で聖夜を演出してくれる素敵なものだったが、今は僕の心をさらに痛めつけるだけの水分を多く含んだ冷たいものでしかないのであった。

 

 頬についた涙か霙かわからないものを手で拭うと、頭を整理してみた。

 よくよく、考えてみるとこのような事になってしまう予兆はあったのだ。

 そう、聖夜の日に、詩織との別れ間際に聞いた「もう、ダメなんだよ!」と詩織の父親が発した悲痛な叫びが全ての始まりではなかったのだろうかと…… 

 思い起こせば、あの日以来、詩織の様子はどこかおかしかった。
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