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詩織のお願い

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 万事休す。

 僕は屁のつっぱりも出ないくらい追い込まれてしまったのである。

 

 そんな時、頭の中で雅博の声が聞こえてきた。

「拝んでお願いしろ。ダメもとじゃないか、あきらめちゃダメだ!」

 
 そうだ、雅博の言う通りじゃないか! 

 僕は、意を決すると座ってるベンチから立ちあがって詩織に言ったのだ。


「うん。そろそろ帰ろうか」

 もちろん、それは最終手段の“拝み”を行うためのフェイクであるのだが……

 僕は、詩織の手を握るとバス停に向かう振りをして、エンペラーの方向に足を向けて歩き出したのだった。


「ごめんね、もっと一緒にいたいのだけど……」

 歩きながら、詩織は申し訳なさそうに言ってくる。


「うん、仕方ないよ。逆に門限とかない女の子だとひいちゃうかも」

 当たり障りのないことを詩織に返す。

「ほんと、ごめんね」

「いいよ、いいよ。もう謝らないで……」

 

 そう、詩織に言いつつ、私はエンペラーのある脇道に入っていく。

 都合のいいことに、脇道を歩いているのは僕達だけであった。

 
 僕は、じょじょに気が早ってしまい歩く歩幅が大きくなっていた。

 眼前には、夜陰の中に煌びやかに輝く、ラブホテルエンペラーの姿が眩しく迫ってきているのだった。

 
 その時、詩織がバス停の方向と違うことに気がついた。

「祐一君、こっちじゃないんじゃない?」

 僕は、黙ってエンペラーに向かう。

「脇道入ったら、映画館の方に行っちゃうよ」

 
 ついに、詩織は私の握った手を離すと立ち止ってそう言った。

 僕は、この瞬間に決心がついた。


「ごめん、詩織。わざとこっちに来たんだ」

 詩織は突然の僕の言いように驚きを隠せずに言ってる意味がわからないようだ。

「正直に言うよ、詩織とHしたい! ずっと前から今日しかないと思っていたんだ。ダメかな?」

「……」

 詩織は僕の申し出に黙っている。

「好きなんだ! お願いします!!」

 僕は、詩織の正面に立つと、両手を合わせて情けないけど拝んでいた。


「……門限があるよ。お父さんに怒られちゃう」

 ようやく詩織が言葉を発してくれた。

「お願いします。お願いします」

 僕は、恥も外聞も捨ててオウムのように同じ事を繰り返していた。


「ベンチに座った時から、なんとなく言われるのじゃないかと思っていた……泊まりじゃなかったらいいよ。でも、一つだけ条件がある」

 僕は、詩織の「いいよ」に涙が出そうになる。しかし、いったい条件って……

 詩織の続きを待った。


「家に帰ったら、なんでも理由はいいから、一緒にお父さんに遅くなったこと謝ってくれる?」

 僕は、詩織の条件を聞いて、半立ちになっていた正宗が萎縮してしまった。

 
 頭の中では、顔すら想像の出来ない詩織の親父が、顔だけぼやけて仁王立ちしている姿が浮かんでしまう。
 しかも、腕を組んでお怒りの様子なのである。

 でも、答えは決まっていた。

「詩織、心配するな! 今見せたように親父さんに拝んで謝ってやる。だから、ホテルに行こう」

 そして、僕は詩織の返事を聞くまでもなく、再び手を握ると、エンペラーの正面入り口から堂々と敷地内に足を踏みいれたのだった。

 初めて、ラブホテルなる施設に足を踏み入れた僕は、期待と不安が入り混じる複雑な心境であった。

 期待の方は好奇心からくるものであってして、ラブホテルっていったいどんな所だろう? 
 と非常に興味がそそられる。それと同時に、今宵こそ詩織と一つになれる千載一遇のチャンスが訪れたことにワクワクしてしまう自分がいた。
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