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ツリーの前でねばってみた
しおりを挟むツリーに向かう道中に、飲食店の軒先にあるベンチを発見した。
遠くでツリーが見えることから、ここでも十分にいいムードになれることは想像出来るってものである。
逆にツリーの前まで言っても、人がきっと大いに違いないし、ムードどころじゃなくなる可能性だってあることを考えると、ベンチで座ってツリーを見ていた方が得策だと考えたのであった。
「詩織、ちょっとそこのベンチに座ろうか」
「うん。いいよ」
詩織は素直にベンチに座ってくれた。
近くに自販機が見えたので、詩織を座らせて僕は自販機に走った。
自販機に小銭を投入してホットのアップルティーを買う。
だいぶ、外が冷え込んできたので、アップルティーの缶の熱は心地よく感じられた。
白い息を吐き出して、詩織の待ってるベンチに戻った。
「どうぞ。アップルティー好きだろ?」
「うん、ありがとう」
僕と詩織はベンチで体を、寒いので密着させる形で座った。
ベンチに座ると、遠くでツリーが私の予想したように幻想的な光を放っているのが見える。
しばしの間、無言でツリーに見とれていた。
「ほんとに綺麗だね」
詩織がしばしの沈黙を破るかのように呟く。
「うん」
僕は小さく頷くと、詩織の肩に手をかけた。
手をかけながら、なかなかにいいムードになってきたことに満足感を覚え、このクリスマスデートの締めに入ろうとしているのであった。
僕は詩織の肩に置いた手をスライドさせて、詩織の背中ごしから腕を通す形で手を右腰にまわした。
詩織の小柄な体が腕に包み込まれるような感覚がする。
詩織をラブホテルに連れ込むためのムード作りに徹しないといけないので必死なのであった。
「今日は――いちばん素敵なクリスマスだったよ!」
僕は詩織の目を見てキザっぽい台詞を言ってみる。
けっこう、自分でも感情を込めて言ったので決まったのではないか思う。
「うん、詩織も祐一君とのクリスマス楽しかったよ!」
すぐに詩織は嬉しいことを返してくれた。
それを聞いて僕は、そうだろ、そうだろうとも。
と自己満足に浸ってしまうのである。
雅博達と楽しく過ごした時間をはじめとして、映画も面白かったし、食事も美味かった。それに、詩織にお気に入りのプレゼントまで渡したんだ。
だから、詩織は……私と一緒に過ごせて楽しいのに違いないのだ。
詩織の瞳を見つめて次の言葉を待った。
しかし、お互いの目が合っただけで、詩織の口からは何も発せられず、しばしの沈黙が流れる。
いくら待っても、詩織は少し首を傾げているだけだ。
うーん? どうやら、まだ目と目で気持ちが通じあってはいないようである。
僕は、さきほどよりもさらに1、5倍くらいキザなことを言ってみた。
「ずっと、このまま時が止ってくれたらいいのに……」
今度は見つめるのに加えて、悲しげな表情を足してみた。
詩織の腰に回した手にも力を入れて、詩織の体を自分の方に引き寄せた。
「うん、そうだね」
詩織はあっさりと同意してくれた。
でも、それだけで……また沈黙が訪れる。
僕は眼力をこめて、さらに詩織の瞳を見つめた。
そして、目と目が通じ合えと念を込めたのだった。
すると詩織は、念が変な方向に通じたのか、「祐一君、さっきから見つめているけど――顔に何かついてる?」と興ざめするようなことをおっしゃって下さったのだ。
僕の眼力は、所詮その程度のものだと思い知らされた気がして凹んでしまう。
さらに詩織は追い討ちをかけるようなことを言ってくれた。
「祐一君、時間が止るで思いだしたんだけど……ところで今何時?」
今、何時って……衝撃的なお言葉である。
「祐一君と一緒にいると時間を忘れるくらい楽しいんだけど、そろそろ、門限が……」
詩織は時間を忘れると言って、しっかり門限の時間を気にしているのではないか。
僕は、デート中からずっと止ってる時計に目をやって「20時前です」と告げた。
ユリ・ゲラーもびっくりの適当さである。
「もう、そんな時間なの。祐一君、帰ろっかぁ」
詩織の口からは一番言わせてはいけない言葉が、僕のやる気とは裏腹に無情にも発せられたのだった。
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