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バックとリプトン
しおりを挟む次回作の宣伝が終わると、更に照明が落とされてスクリーンが宣伝の時より広がった。
いよいよ、映画の本編がスタートする合図である。
スクリーンには地球儀がグルグル回っていて配給会社のユニバーサルの文字が浮かびあがっていた。
約二時間後、映画を見終わった私は大いに興奮していた。
なぜなら、この映画がむちゃくちゃ面白かったからである。
映画が終わると、観客から拍手が起こるぐらいだったから、見た人は同じ気持ちに違いなかった。
おそらく、今まで見た映画で一番、ドキドキしてスクリーンに釘付けになったぐらいに傑作である。
タイムマシーンであるアメ車のデロリアンが疾走してタイムワープする時に流れる映画音楽が耳から離れない。さすが、制作総指揮がETの監督だけのことはある。
スピルバーグ万歳って気分であった。
しかも、主人公であるマーティことマイケル・Jフォックスから勇気をいただいた。
そして、確信したのである。
今宵こそ決めてやると!
映画館のロビー出入り口は観客の入れ替えの為に混雑していた。
僕達を含めた映画を見終わった観客は出口がはけるまでの間、列をなして待つ。
並んでる観客達はさきほど見た映画の感想で話が持ちきりだった。
「いいところで終わりやがって」とか「面白かった、続編って来年ぐらい上映するのかな?」と言う、反響の声があちこちから巻き起こっている。
僕達も、もちろん他の観客達と同じように映画の話で持ちきりだった。
「ドク最高! デロリアン乗りてぇ」
雅博が珍しく唾を飛ばしながら興奮していた。
「パート2上映されたら、また一緒に見にこようよね」
朱美さんが嬉しいことを言ってくれる。
僕と詩織は「うんうん」と朱美さんの言ったことに頷いていた。
そんな映画の話に夢中になってる間に先頭から順に出口に殺到する渋滞は解消していき、後ろから押しだされる形で外に飛び出した。
そんなわけで、映画の興奮冷めやらぬままに、レストランで夕食を食べるために劇場を後にした。
食事をとる場所は僕のたっての希望で紅茶の美味しい喫茶店ならぬ、リプトンという名のファミリーレストランに決めていた。
僕がリプトンが好きなのは、滅多に外食など連れていってくれない両親が誕生日に連れていってくれたことがあって、その時に食べたハンバーグがとても美味しかったからだ。
その時ばかりは、仲がいいのか悪いのか微妙な両親と僕がハンバーグによって意気投合して久々に家族団らん出来たという、いい思い出もリプトンに行きたい理由なのである。
映画館の外は、映画を見ている間にすっかりと日が沈み、夜のとばりとまではいかないものの薄暗くなっていた。
その薄暗さをかき消すかのように、街はまるで聖夜を祝うかのようにカラフルな電飾イルミネーションで彩られていて、映画を見る前の街の喧騒を忘れさせてくれるぐらいロマンチックに感じた。
「うわぁ、綺麗だね」
リプトンに向かう途中にあった煌びやかに着飾ったクリスマスツリーを見て、隣でしっかりと手を繋いでる詩織が感嘆の声を上げる。
その詩織の声を聞いて先頭を歩いていた雅博達も思わず立ち止まってツリーを見上げていた。
「なんだか、見てるだけで幸せな気分になれるわ」
朱美さんが白い息を吐きながら呟いた。
「雪が降ったら最高なんだけどな」
朱美さんの腰に手をまわしてる雅博が朱美さんの白い息を見て言った。
僕達はしばしの間、時間を忘れてツリーに見とれていた。
「そろそろ、行こうか」
雅博がツリーに魅了されてる僕達にかけられた魔法を解き、促すように言った。
「うん、腹も減ったしな」
僕は雅博に相槌を打って、詩織の手をひっぱり再び歩き出した。
詩織はツリーが名残惜しいのか、手を引っ張られながらも、時折後ろを振り向いて些細な抵抗を私に見せた。
そんな詩織を見て、つくづく女の子って幻想的でロマンチックなムードに弱い生き物なんだと思った。
僕はその事をしっかりと心の中に刻み、先頭を歩く雅博の姿を追いかけた。
リプトンに着いた僕達は、すぐにテーブル席に案内されて席についた。
クリスマスなのでここでもサンタの格好をしたウエイトレスが笑顔でメニューを持ってきた。
これだけ街中いたるところにサンタを見かけてしまうとサンタの安売りのような気がしてしまうが、女性サンタのミニスカートからでてる太ももを見てしまうと安売り大歓迎であった。
「お決まりになられましたらお呼びくださいませ」
ウエイトレスがそう言って立ち去る姿を、ついつい太ももに見とれてしまう。
「ちょっと、どこ見てるのよ? ちゃんとメニューみなさいよ!」
朱美さんが、雅博にむかってちゃちゃを入れた。
どうやら、雅博も僕と同じものを見ていたようだ。
「別に何も……見てないよ」
雅博はバツが悪そうに言い訳をしたのだが、「何も見てない」と言ってる時点で負けである。
男の本能だから仕方がないのだが、詩織に言われなかったので安心した。
「私、これにする」
詩織は、嬉しそうにはしゃいだ声でメニューに貼ってある料理の写真を指差した。
詩織が選んだものは、有頭海老フライとハンバーグのコンビネーションミックスディナースペシャルという舌を噛みそうなものである。
写真うつりのいい海老がつぶらなお目めで「あたいにしてぇ」と訴えかけてくるような気がした。
僕も、詩織に先をこされて気持ちが焦り、慌ててメニューに目を通した。
「ねぇ、詩織の美味しそうでしょ! でも真似しちゃだめよ」
メニューを見てる僕に、顔をよせて意地悪なことを言ってくる。
「なんで、真似しちゃだめなんだよ」
「だって、他のにしたほうが交換できて楽しめるよ」
詩織の言うことも最もであるが、どうにもさきほど目が合った海老の事が忘れられない。
しかも、メニューを全部見て思ったのだが、詩織の選んだものが一番お得で美味そうなのである。
しばらく、メニューと睨めっこしていた僕なのだが、やはり、ここは大好きなハンバーグと海老フライを選択した方が無難な気がして私は詩織に何を言われようとも一緒のものにすることに決めたのだった。
僕は「決めた」と言ってメニューを閉じた。
「祐一君、何にしたのよ?」
数分も経たないうちに僕が何を頼んだかわかるのに詩織は聞いてくる。
「なんでもいいだろ」
べぇと舌を出して誤魔化した。
「かわいくなーい」
すぐに詩織は、僕の真似をして舌をだした。
正直かわいかった。
「お決まりになりましたでしょうか?」
メニューを閉じたのをどこかで見ていたのか、さきほどのミニスカサンタが注文を聞きにきた。
雅博達の顔を見た。
「俺たちも決まったよ、お先にどうぞ!」
しゃべらずとも言いたいことがわかってくれるのは楽なものである。
早速に詩織がメニューを開けて、舌を噛みそうなメニューをすらすらとウエイトレスに告げた。
僕も、すかさず「俺も同じので」と舌を噛んだら嫌なのでどさくさに紛れて言った。
「やっぱり真似した」
僕の注文を聞いて詩織がぼそりと言った。
「私達も同じので」
雅博達カップルも私に助け舟をだすかのように同じものを選んだ。
結局、みんな海老フライのつぶらなお目めに心を奪われてしまったのに違いなかった。
使いなれないフォークとナイフが運ばれてきた後に、肉の焼ける香ばしい匂いがして注文した料理が運ばれてきた。
ジュウジュウと肉の焼ける音の横で、海老フライの頭が「どうだ」と言わんばかりに私に睨みをきかせていて実に食欲をそそらせたのだった。
僕達はディナーについていたアイスティーで乾杯をすると、おのおのに好きなものから口に運び舌づつみをうったのである。
食事をしながら、さっき見た映画の話などをしていると、朱美さんが突然気になる事を詩織に聞いた。
「ところで、詩織ちゃんって門限とかないの?」
門限ってものをすっかり忘れていた私にとっては衝撃的な質問であった。
詩織の答えいかんによっては、これからの計画がさよならになってしまうだけに詩織の返答が非常に気になるところなのである。
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