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ポンポン山の自販機

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 さすがにポンポン山というだけあって舗装されている一般道でも山道に変わりなく、勾配を登る度に体中から汗が噴出し下着にひっつく感じがして気持ち悪かった。

 また、ビニ本を買うときに面ばらしないようにサングラスとマスクをしているので、視界は悪いし、マスクは呼吸するたびに鼻にひっつき息苦しく、とても辛いものであった。

 このような思いまでしてペダルをこぐのは、一重にエロ本、いや、まだ見ぬ無修正ビニ本のためにほかならない。

 しかし、人間の成長というものはつくづく不思議なものだと僕は思う。

 初めて、小学生じぶんにエロ本に出会った時は、嫌悪感を覚えたものが、いまでは自らこのように額に汗かき、学習塾も「体調が悪い」と言って抜け出して、自転車など誰もこいでいない峠の山道をビニ本自販機目指してペダルをこいであるからのだからである。

 小学生の時に感じたエロ本の不快感はいったい何だったのかと思わず笑ってしまうではないか。

 思うに、あの当時は体も心も未熟だったので、あのような本がグロテスクに感じてしまったのだろう。

 でも、いまは違う。

 よりグロテスクであろうと思われる、まだ見ぬ、ぼかし、モザイクの先が見たくてたまらない。

 体のあそこは、もう、すっかり成人男子と同じ物になっている。

 心の方も自ら求めているのだから、もうすっかり男になったということなんだと思った。

 僕はそのようなことを考えながら、ペダルをこぎ続けた。

 部活が終わってから慌しく、塾に顔だけ出して、ポンポン山に挑んでいるからして、体力と精神力が限界に近づいてきてるのが自分でもわかる。

 それでも、ぼかしの先のまだ見ぬ世界が待ってると思えるからこそ、なんとかこの最悪な状態にも耐えることができるのであった。クラクションを鳴らされ続けながら、坂道を登りきると道が平坦になった。

 恐らく、ポンポン山の中腹はこのあたりだと感じながら、気力を振り絞って自転車を走らせる。もう、あたりはすっかり暗くなってしまっていた。

 

 もう少しのはずだ、負けてたまるかと思った時、前方にビニ本自販機の明かりがぼんやりと見えたのであった。

 ビニ本自販機は、先輩の言っていたようにバス停の横のスペースに二台設置されていた。

 ビニ本の自販機以外にもジュースの自販機やちょっとした食べ物、カップヌードルやハンバーガーの自販機も何台か並んでいた。どうやら、近くにトラックの仮眠専用レーンが設けてあるからして、ここはちょっとしたドライバーの休憩所も兼ねているようであった。

 

 とにかく、喉がカラカラに乾いていたので、はやる気持ちを押さえながら自販機でファンタオレンジを買った。一気に炭酸を喉に流しこむと、爽快感とともに、気分が少しおちついたのであった。

 そして、ジュースを飲み終えると、僕はいよいよ目的のビニ本自販機の前に立った。

 幸いなことに、私以外はこの場所にいるものはいなかった。

 時々、舗道を車が通りすぎる程度なので、ここの自販機をわざわざ選んだ甲斐があったというものだ。



 まずは自販機を私は物色してみた。

 ビニ本自販機はビニ本の表紙部分だけが自販機のパネルに張り付いていて、その横に番号と値段が書いてある。

 ジュースの自販機とは違ってお金を入れてから、好みの本の番号を押すものであるみたいだ。一台の自販機に対して番号は12までふってある。つまり12冊のビニ本が私をむかえてくれているのだ。

 どの本の表紙も女性が私を買ってといわんばかりにセクシーなポーズをとっている。ほとんどがセーラー服やナースの格好をしていて股間に熱いものを感じさせてくれるものであった。

 

 正直、どれを買っていいものかと迷ってしまうラインナップである。

 ビニ本のタイトルもアンナの日記とか紫陽花の雨、エデンの雌豹、シスターナース等、文学小説のタイトルを思わせるようなものから意味不明なものなどバラエティーにとんでいた。

 また、タイトルの横に書かれてる煽り文句も、溢れ出す蜜ツボに容赦なく……とか、こじあけられた女子高生の秘肉など、購買意欲をかきたてるものばかりなのある。

 しかも、どの本もぼかし一切なしとか、完全無修正と書いてあるではないか。

 

 僕は全部欲しいと思ってしまったわけなのであるが、所持金が三千円しかないので、値段を見ている限り二冊を買うのがやっとというところであった。

 しかし、学生の身分であるからして、いつまでも迷ってる時間と金がないので、一番そそられるものを買うことにした。

 確かその本のタイトルは、“つぼみのままに“というものであったと思う。

 何がつぼみなんだろうと言う好奇心と表紙の写真が私好みの女性でセーラー服を着ているのが購買のポイントだったのであった。値段は千二百円である。

 僕は財布からなけなしの伊藤博文を出して、自販機に投入したのであった。 

 すぐに千円札は自販機に吸い込まれていった。

 
 自販機内で整列している何冊かのビニ本は札が投入されたのを確認したようで、「私を買ってぇ」と言わんばかりにピンク色に番号ボタンが点灯する。

 

 目的の文学小説ばりのビニ本ランプはまだ点灯していないので、続けざまに小銭を投入する。

 

 すぐに、“つぼみのままに”のボタンが点灯した。

 あとは、僕がボタンを押すだけで、文学ビニ本が手中に入るのであった。いや、入るはずだったのだ……

 

 僕は、逸る気持ちを抑えつつ、ビニ本購入のボタンを押す。

 初めてのビニ本購入の為かボタンを押す手が汗ばんでいるのを感じた。

 ボタンを押すと、押したところが何度かチカチカと点滅して、少し大きな自販機の作動音が聞こえてくる。



 さぁ、いよいよ“つぼみのままに”が手に入ると私は取り出し口を見つめた。

 しかし、ビニ本は出てこなかった。
 熱い視線で取り出し口を見つめても、ビニ本は出てこないのだ。

 もう自販機の作動音はとっくに止んでるので、本来なら取り出し口にビニ本が無ければいけないはずなのだ。

 

 僕は何度もボタンを連打したが自販機は沈黙したままだった。念のために、五分は取り出し口を見つめたのだが結果は同じであった。

 

 こ、これは……間違いなく自販機に金だけ喰われてしまったのだ。

 

 私の頭の中は軽いパニックに陥ったのである。
 脳裡では、この自販機にたどりつくまでの労力がよぎった。

 

 暗い峠道を、坂のために重くなったペダルを必死にこぐところや、車に邪魔だと言わんばかりにクラクションをならし続けられた姿がよみがえるのである。

 

 何のために、塾までズル休みしたのか意味がないではないか。

 僕は、自販機に腹が立ったのと、もしかしたら内部でビニ本が引っ掛かってる可能性があると思ったので、思いっきり自販機を蹴っ飛ばしてやった。


 すると、最悪なことに防犯機能が作動したらしく、耳をつんざく警報音が自販機一帯に鳴り響いたのである。

 自販機からけたたましく鳴る警報音が、私の心の中で「早く逃げろ」と警鐘を鳴らしていた。

 でも、このまま逃げ帰ってしまったら泣き寝入りになってしまうのではないか。

 一生悔いが残ってしまうのではないだろうかとも思ってしまう自分がいるのだ。

 その時、もう一台のビニ本自販機が目に映った。


 僕は警報音が鳴り響く中、あり金全部を自販機に急いで投入していた。

 何個かのボタンが点灯している。さきほどのようにじっくりと選んでる時間は無いので、点灯してるビニ本の表紙を軽く見て選んだ。とりあえず、セーラー服が目に入ったので、その本に決めた。

 ちゃんと出てきてくれよと祈るような気持ちでボタンを押す。

 

 今度はさきほどと違って作動音の後にガシャと物が落下する音がした。

 

 おそる、おそる取り出し口を覗いて見ると、そこには、ビニールに包まれた本が顔を出していたのだった。

 本の表紙には真っ赤な字でオールカラー、完全無の文字が躍っていたのであった。

 本のタイトルは“桜の散る頃に”というものだった。

 


 僕は興奮を押さえながらビニ本を鞄に詰め込むと、自転車にまたがり、警報音の鳴り響いている自販機を後にした。

 帰りの気分は爽快だった。

 行きと違って、坂が下りで風を切って自転車を走らせていたので気分がいいのもあるのだが、やはり念願のビニ本が入手出来たって事の割合の方が大きい。

 

 一度目は予期せぬ出来事が起きて自販機に金だけ喰われてしまったことなど忘れさせてくれるぐらい気分は高揚していたのであった。

 下り坂を自転車の速度を上げながら、僕は思った。

 

 早く家に帰って、くつろいだ状態でじっくりとビニ本を拝みたいものだと。
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