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番外編、圭吾と零

お隣さん

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その日、少し早めに次男のりおとお昼ご飯を食べていたところにインターホンが鳴った。
「なんだろう?ちょっと待っててね」
りおは手づかみでさつまいものお団子を食べていたが、零が席を立つとそれを放り投げて泣き出した。
「も~、ちょっとだから…」
と言いつつこのまま泣かれるのも嫌なので、仕方なく連れて行く。
「はい」
とドアホンを取り、返事を待つ。
すると、一見男女の区別がつかないような細い声で
「突然すみません、隣に越してきた桐谷です」
と言われた。
そういえば最近、昼間に物音がすると思っていたのだ。
ドアを開けると、柔らかい雰囲気の男性が立っていた。
「初めまして~花嶺です」
零が笑顔で挨拶をすると、桐谷はふわっと笑った。
「初めまして、改めまして桐谷です。
最近隣に引っ越してきたのでご挨拶をと思って…」
慣れていないのか、文末があやふやだ。
年齢は零より年下に見えるし、全体的に細身なのでこのふっくらしたお腹は恐らく妊娠中だからだろう。
「わざわざありがとうございます。
うちは子供が二人いるので、うるさかったら遠慮なく言ってくださいね」
零は桐谷さんに合わせて、あまり堅苦しい敬語は使わない。
「あのっ、いえ…うちも来年の春に子供が産まれる予定で…」
自分から聞くことではないと思ったが、桐谷さんはやはり妊婦だ。
それも、零と同じ男性。
「そうなんですね、おめでとうございます。
僕も母親なので、困ったことはいつでも聞いてくださいね」
向こうも やっぱり! と思ったようで、嬉しそうに笑った。
手に持っていた菓子折りを渡され、ありがたく受け取ると桐谷さんはぺこぺこと会釈をしながら次の挨拶へと向かった。

「ってことがありまして」
夕飯中、圭吾に今日あったことを話す。
「そうなんだ、うれしいね~」
幼稚園に通う長男のゆいも、
「あかちゃん?!」
と嬉しそうだ。
りおははやくに夕飯を食べたので、リビングの端に子供用の小さな布団を敷いて仮眠中だ。
「やっぱり、僕たちと同じですかね~」
花嶺夫婦は国の制度により初対面で入籍している。
男性でも妊娠できるという人は少なく、今よりも更に稀だった時代に妊娠可能な男性が差別されないように作られた制度だ。
基本的に高校を卒業したタイミングで10ページにも及ぶアンケートを受け、全てにおいて相性のいい相手を選んでもらうのだ。
夫となる男性のほとんどが政治家の息子で、それもこの制度が作られた当時自ら妊娠可能な男性と結婚したいという男性があまりにも少なかったため、政治家達が率先してその制度に申し込み、息子を強制結婚させたというのだ。
「わからないけど、赤ちゃんが無事に産まれるといいね」
圭吾はそう言って、ゆいの口の周りを拭いた。

翌日、りおをベビーカーに乗せ公園に行くと、昨日の桐谷さんがベンチに座ってサンドイッチを食べていた。
「こんにちは~」
桐谷さんは驚いて、急いでサンドイッチを飲み込もうとする。
「あ、喉に詰まるといけないのでゆっくり…」
桐谷さんはブンブンと首を縦に振り、何度か咀嚼して飲み込んだ。
「今日はあったかいですね~」
お隣いいですか?と聞いて零もベンチに座る。
桐谷さんは水筒を取り出し、お茶らしきもので水分補給をした。
「そうですね、この前まで寒かったから、なんかうれしくって…」
お散歩がてらプチピクニックに来ていたらしい。
りおが興味津々に
「あ~う~」
と声を出すので、ベビーカーから降ろして膝に乗せた。
すると、桐谷さんの方に手を伸ばす。
「こらこら」
零が止めるが、桐谷さんは微笑んで
「どうしたのかな~」
と言った。
りおを通して少しだけ話しやすくなったようで、何歳ですか?とか、お名前は?と質問をしてくる。
一歳で名前はりおだと言うと、にこにこと微笑んでりおに話しかける。
零から見ても、桐谷さんは小柄でかわいらしい妊婦さんだ。
「今何ヶ月ですか?」
今度は零から質問すると、桐谷さんは8ヶ月目に入ったところだと教えてくれた。
「そっか~、じゃあすごいぽこぽこ蹴る頃かな」
零も、ちょうどその時期に胎動が激しくなった。
「そうなんです!昨日スーパーで思いっきり蹴られて、思わず声が出ちゃって…」
零もわかるわかる、と言って、2人で笑った。
「でも良かったです。慣れない場所に引っ越してきて、妊婦さんはいても女性ばかりでなかなか話しかけずらくて」
零もゆいを妊娠してすぐはそのことに悩み、夜な夜な一人で泣いていた。
慣れない妊婦の体に精神も安定せず、圭吾には相当心配されていたのだ。
「平日のお昼なら基本はこの子と家にいるから、いつでも遊びに来てください。
お茶でも飲みながらお話しましょ~」
こういう子には少し強引なくらいがいいことを、零は知っている。
自分がそうだったのだ。
そう言うと、桐谷さんは下の名前がいとということを教えてくれたので、零も下の名前で呼んで欲しいと伝える。
それから寝てしまったりおをベビーカーに戻し、3人で近くのスーパーに寄ってから帰った。
___________________

少しだけ続きます~
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