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はじめまして

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予定日まで残り二日、圭吾は零の唸り声で夜中の二時に目が覚めた。
「うぅ…いった…むり…はぁ…ゔ…」
圭吾は慌てて目を覚ます。
「零、どうしたの?!」
額に汗を滲ませながらお腹を抑える零。
どうやら陣痛が始まったようで、圭吾はごくりと唾を飲む。
そうか、この時が来たのか。
とりあえず電気をつけ、産婦人科の指示通り陣痛の間隔を計る。
痛みが落ち着いている間に水を飲ませ、病院へ連絡するなど、圭吾は忙しくしていた。
突然、零がハッとしたような表情をし、シーツをぎゅっと掴んだ。
「は…破水…した…」
初産なので慌てるのは想定内だったが、落ち着いていられるわけもない。
その後、何が起こっているかもわからないうちに、
二人の子は産声をあげた。
陣痛が始まってから13時間、零は痛みに喘ぎながら無事出産を終えた。

「はじめまして…ママだよ」
出産を終えた零はこれまでにないほど美しく、まるで聖母マリアのようだと、圭吾は思った。
それと同時に、何もできなかった自分を悔やんだ。
なんでもするつもりでいたが、いざとなると旦那にできることは少ない。
だが、その少ないできることをやるかやらないかでは、大きな差がある。
実際、零は何度も諦めたくなったが、圭吾の支えに勇気づけられ、無事に産んであげることが出来た。
「零…本当にお疲れ様…」
赤ちゃんよりも、零よりも、圭吾の方が涙を流している。
「もう、パパったら泣き虫さんね、唯くん」
零が赤ちゃんの名前を呼ぶと、圭吾は再び涙を流す。
圭吾は人生で、
これほどまで感動したことはなかった。
自分の愛する妻が、自分の子を産んでくれたこと、
そしてそれを自分は見ることが出来たこと。
長い道のりだったが、あっという間のことのようにも思える。
二人の子、唯は色々な検査があるので、
一度零と圭吾とは離され、
零は漸く眠りにつくことが出来た。
圭吾は、出産の余韻でなかなか落ち着くことが出来ない。
ガラス越しに唯を眺めていると、自分はこの子のために、なんでもできる、そう思った。

「零、体調はどう?」
唯を出産して二日目、母子同室の許可が出たため、唯は零の腕の中で眠っている。
「うん、ちょっと後陣痛で辛かったんですけど、
唯と圭吾さんの顔を見てたら、もうなんか全部大丈夫になってきました」
すっかり母の顔になって微笑む零に、
圭吾は逞しいな、と思う。
母乳も無事出ているので、唯は三時間ごとに目を覚まし、零の乳に吸い付く。
唯の吸い付く力は思ったより痛くて、赤ちゃんってすごいな、と思う。
ほにゃほにゃと泣いているのがかわいい。
我が子なら、きっと何をしていてもかわいいのだろうけど。
食事はとても豪華で、初めに出てきた時は声に出すほど驚いた。
病気で入院、というわけではないので、栄養をつけるためにも豪華な食事が振る舞われる。
零はそれを数日前のように少しずつ、ではなく、たっぷり胃に入れられるのがうれしい。
なんだかんだでこの10ヶ月、しっかりと食事を楽しんだことはなかったのだ。
三時間毎の授乳で眠気はあるが、これも家に帰り圭吾との二人三脚になれば改善されるだろう。
完母を希望しているわけではないので、圭吾があげるときはミルク、零があげるときは母乳、という形で半分ずつくらいになるよう圭吾と事前に話していたのだ。
圭吾は退院まで毎日病院へ足を運び、一人が寂しいと零に甘える。
「なんだか赤ちゃんが二人いるみたいですね」
と笑う零に、
「零から産まれたかった…唯くんずるい…」
と思わず苦笑いしたくなるようなことを言う。
圭吾もこの10ヶ月、零の身体と精神を一番に考え、常に気を張っていた。
その心配が少し減ったことで、一気に甘えたモードが発動したのだろう。
零はまた、もうほんとに赤ちゃんですね、と笑う。





「ようこそ唯くん!そして零、本当に本当におかえり~!」
退院した零と唯を、圭吾が元気よく迎え入れる。
唯は眠っているのでとりあえず用意していたベビーベッドに寝かせ、二人でソファーに座り、寄り添う。
「なんかこういうの、久しぶりですね」
「ほんとだね、零も唯くんも元気で何より」
本当にうれしそうにしている圭吾が愛おしくて、零は溢れんばかりの母性で圭吾の頭を優しく撫でた。
「あれ?唯の服の水通し、してくれたんですね」
見ると、大量のベビー服が吊るされている。
唯が産まれる前から、定期的に圭吾が買ってきていたものだ。
「うん、これは俺の仕事かなって。
零もやりたかったなら申し訳ないけど…」
「いいえ、実はちょっと油断していて、予定日よりも早く生まれるとは思ってなかったんです。
だから、本当は予定日の前日くらいに水通しする予定で…」
じゃあ、やってよかった。と圭吾は微笑む。
「こんなに小さな服だけど、
ちゃんと唯くんを包んでくれるものなんだよね。
唯くんが大きくなった時、これを見て、自分はここからこんなに大きくなったんだなって思って欲しくてさ。
そんなことを考えてたら、零から止められてたことも忘れて、こんなにたくさん買ってた」
そうだったんですね…と零。
「たしかに、赤ちゃんはなにかと服を替えないといけない場面が多いし、多くて困ることは無いですよね」
一枚一枚、二人で大事に畳む。
ベビーベッドはリビングと寝室に一つずつ置いてあり、その他にも部屋の隅々まで唯を育てるための物が置いてある。
一つ一つを零と圭吾の二人で慎重に選んだ。

-これからパパとママと、唯くんで。
たくさん笑いあって生きていこうね。
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