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筧 義松Ⅲ
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モコモコした衣類によって肌を隠したアオイは、さっきまでエロエロポリス姿で義松のペニスを可愛がっていた人物とは思えない。そのギャップ、筆舌に尽くしがたい。
しばらく歩いて、義松はあっと声を上げた。
「アオイさん、すみませんっ。ちょっとコンビニ寄ってもいいですか?」
「ん? いいけど」
財布の中に、現金があまりないということを失念していた。
さっきコンビニに寄ったのは、なにも立ち読みや時間潰しのためだけではなかったはずだ。店選びのことで頭がいっぱいでついうっかりしていた。「すみません、すぐなんで! 待っててください!」と断って、義松はちょうど目の前に見えたコンビニに駆け込んだ。
ATMに並ぶ、現金をおろす。時間にしたらほんの一分前後だ。
たったそれだけの時間、アオイをひとりにしただけなのに。
コンビニから出てきた義松は愕然とした。短いスカートを穿いた若い女の子がふたり、アオイに話しかけている。
「アオイさんっ!」
ナンパされているのだ、と気付いた瞬間、焦りと苛立ちでカッとなった。
つい声を荒げてしまい、アオイの腕を強く掴む。突然声を荒げた義松に驚いたように、アオイは目を瞬かせた。しかしそれもほんの一瞬のことだ。
「あー……こういうことだからさ、ごめんね~」
アオイはへらりと笑って女の子に謝った。義松は構わず「行きますよ」とさらに引っ張る。女の子が目を丸くして、「え」とか「あ」とか言っている間に、義松はアオイを連れ去った。
「筧クン~、そんな引っ張んないでよ~ちょっと強引~」
揶揄するような響きの声に、義松はハッとする。
腕を強く掴んだまま、ずんずんと進み、気付けば予約した店を通り過ぎようとしていた。
「あ……すみません。痛かったですか……?」
「いんや、大丈夫だけどさ。んもぉ、筧クンってば、ヤキモチ?」
「……そうですよ。アオイさん、女の子にもモテるんですね」
この辺りは飲食店も多く並ぶ繁華街だ。駅前には若者も多い。アオイのような見目のいい青年がひとりで立っていたら、声を掛けられてもおかしくはない。ライバルはシンや、他の客だけではないのだ。
アオイが喉の奥でくつくつと笑う。
「言っとくけど俺、女の子にはそんなモテないからね? 筧クンみたいに背も高くないしさ」
「でも、さっきの子たちは――……」
「あれ、あんた狙いだと思うよ~筧クン」
「えっ!?」
「それなのに、あんなおっかない顔してさ~」
堪えられない、といった風情で、とうとうアオイはケラケラと声を上げて笑った。
まさか、あの若い子達が自分目当てとは思いもよらない。以前の義松であれば、ひょっとすると喜んだかもしれない。今はただ、勘違いが恥ずかしいやら安心したやらで、そんな考えには及ばなかった。
「だって……普段のアオイさんのモテっぷりを見ていたら……心配にもなります。あ、お店、こっちです」
義松はアオイの腕を引いたまま、表通りから一本細い道に入った。
目的の店はすぐそこだ。
店内はナチュラルカラーの木がベースとなった、明るく清潔感のある和食屋といった雰囲気だ。一枚板のカウンター、テーブル席、奥に格子で仕切られた半個室の座敷がいくつかある。
「へぇ、ここ焼き鳥屋なの? おしゃれ~」
ふたりは半個室の座敷に案内される。土曜日とあってカウンターまで満席だ。このタイミングで席が空いていてよかった。
あたたかいおしぼりを握りしめ、アオイが「俺ビール~」と上機嫌に言った。
「すみません、とりあえず生ふたつ下さい。あ、あと鶏皮ポン酢」
「お、いいチョイス~」
アルバイトらしい若い女の子がにっこり笑って「かしこまりました」と去って行く。
「可愛い子だね~」
女の子をニコニコしながら見守るアオイに、義松はむっつりと黙り込む。……しかし途端にケラケラ笑いだしたところを見ると、ただからかわれたようだ。
「筧クン、俺のこと好き過ぎ! さっきもすごい必死だし」
「そりゃあ……」
そりゃあ、好きですよ。
だてにアオイさんにチンコ触ってもらうために金払ってませんよ。
あんたのケツ触って興奮したり、パンツのナカのナカまで想像して勃起しませんよ。
……そりゃあ、必死にもなりますよ。
しかしアオイは義松の熱の籠もった視線には気付かない。
彼の興味はすでに義松からメニュー表へと移っていた。
「とりあえずもも、皮、つくねは必須な。筧クン、タレ派? 塩派? 俺塩派なんだけど、いい? あっ、筧クン! フォアグラ大根だって~何このオシャレメニュー! 美味いかな? 頼んでもいい?」
他人から好意を向けられることに慣れきっているアオイには、こんな粗チンの客ひとりの劣情ごとき、大した問題ではないのだろう。
メニューを見て無邪気に楽しんでいるアオイを、微笑ましく思うと同時に、苛立ちとも焦りともつかない感情を覚える。
生ビールが運ばれてくると、適当に串物を頼み、アオイと義松は乾杯をした。
「念願の肉デートに~」
アオイは小首を傾げ、ひどく魅力的な笑顔でジョッキとジョッキをごつんとぶつけた。
そうだこれはデートだ。
そんな言葉ひとつに義松がどれほど浮かれているかなんて、アオイは思いもよらないだろう。
義松はジョッキを一気に半分まで呷る。アオイが「筧クン、いい飲みっぷり~!」と囃した。
しばらく歩いて、義松はあっと声を上げた。
「アオイさん、すみませんっ。ちょっとコンビニ寄ってもいいですか?」
「ん? いいけど」
財布の中に、現金があまりないということを失念していた。
さっきコンビニに寄ったのは、なにも立ち読みや時間潰しのためだけではなかったはずだ。店選びのことで頭がいっぱいでついうっかりしていた。「すみません、すぐなんで! 待っててください!」と断って、義松はちょうど目の前に見えたコンビニに駆け込んだ。
ATMに並ぶ、現金をおろす。時間にしたらほんの一分前後だ。
たったそれだけの時間、アオイをひとりにしただけなのに。
コンビニから出てきた義松は愕然とした。短いスカートを穿いた若い女の子がふたり、アオイに話しかけている。
「アオイさんっ!」
ナンパされているのだ、と気付いた瞬間、焦りと苛立ちでカッとなった。
つい声を荒げてしまい、アオイの腕を強く掴む。突然声を荒げた義松に驚いたように、アオイは目を瞬かせた。しかしそれもほんの一瞬のことだ。
「あー……こういうことだからさ、ごめんね~」
アオイはへらりと笑って女の子に謝った。義松は構わず「行きますよ」とさらに引っ張る。女の子が目を丸くして、「え」とか「あ」とか言っている間に、義松はアオイを連れ去った。
「筧クン~、そんな引っ張んないでよ~ちょっと強引~」
揶揄するような響きの声に、義松はハッとする。
腕を強く掴んだまま、ずんずんと進み、気付けば予約した店を通り過ぎようとしていた。
「あ……すみません。痛かったですか……?」
「いんや、大丈夫だけどさ。んもぉ、筧クンってば、ヤキモチ?」
「……そうですよ。アオイさん、女の子にもモテるんですね」
この辺りは飲食店も多く並ぶ繁華街だ。駅前には若者も多い。アオイのような見目のいい青年がひとりで立っていたら、声を掛けられてもおかしくはない。ライバルはシンや、他の客だけではないのだ。
アオイが喉の奥でくつくつと笑う。
「言っとくけど俺、女の子にはそんなモテないからね? 筧クンみたいに背も高くないしさ」
「でも、さっきの子たちは――……」
「あれ、あんた狙いだと思うよ~筧クン」
「えっ!?」
「それなのに、あんなおっかない顔してさ~」
堪えられない、といった風情で、とうとうアオイはケラケラと声を上げて笑った。
まさか、あの若い子達が自分目当てとは思いもよらない。以前の義松であれば、ひょっとすると喜んだかもしれない。今はただ、勘違いが恥ずかしいやら安心したやらで、そんな考えには及ばなかった。
「だって……普段のアオイさんのモテっぷりを見ていたら……心配にもなります。あ、お店、こっちです」
義松はアオイの腕を引いたまま、表通りから一本細い道に入った。
目的の店はすぐそこだ。
店内はナチュラルカラーの木がベースとなった、明るく清潔感のある和食屋といった雰囲気だ。一枚板のカウンター、テーブル席、奥に格子で仕切られた半個室の座敷がいくつかある。
「へぇ、ここ焼き鳥屋なの? おしゃれ~」
ふたりは半個室の座敷に案内される。土曜日とあってカウンターまで満席だ。このタイミングで席が空いていてよかった。
あたたかいおしぼりを握りしめ、アオイが「俺ビール~」と上機嫌に言った。
「すみません、とりあえず生ふたつ下さい。あ、あと鶏皮ポン酢」
「お、いいチョイス~」
アルバイトらしい若い女の子がにっこり笑って「かしこまりました」と去って行く。
「可愛い子だね~」
女の子をニコニコしながら見守るアオイに、義松はむっつりと黙り込む。……しかし途端にケラケラ笑いだしたところを見ると、ただからかわれたようだ。
「筧クン、俺のこと好き過ぎ! さっきもすごい必死だし」
「そりゃあ……」
そりゃあ、好きですよ。
だてにアオイさんにチンコ触ってもらうために金払ってませんよ。
あんたのケツ触って興奮したり、パンツのナカのナカまで想像して勃起しませんよ。
……そりゃあ、必死にもなりますよ。
しかしアオイは義松の熱の籠もった視線には気付かない。
彼の興味はすでに義松からメニュー表へと移っていた。
「とりあえずもも、皮、つくねは必須な。筧クン、タレ派? 塩派? 俺塩派なんだけど、いい? あっ、筧クン! フォアグラ大根だって~何このオシャレメニュー! 美味いかな? 頼んでもいい?」
他人から好意を向けられることに慣れきっているアオイには、こんな粗チンの客ひとりの劣情ごとき、大した問題ではないのだろう。
メニューを見て無邪気に楽しんでいるアオイを、微笑ましく思うと同時に、苛立ちとも焦りともつかない感情を覚える。
生ビールが運ばれてくると、適当に串物を頼み、アオイと義松は乾杯をした。
「念願の肉デートに~」
アオイは小首を傾げ、ひどく魅力的な笑顔でジョッキとジョッキをごつんとぶつけた。
そうだこれはデートだ。
そんな言葉ひとつに義松がどれほど浮かれているかなんて、アオイは思いもよらないだろう。
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