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筧 義松Ⅲ
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アオイの出勤予定が出たのはそれから数日後のこと。
ブーッ、とメールの通知を知らせるバイブが鳴る。
震えたのは尻ポケットに入れていたプライベート用のケータイだ。こっそり確認すれば、アオイのブログの更新通知のメールだった。
出先から社に戻ってきたところだった義松は、トイレに駆け込みアオイのブログを確認する。先日のように、後ろから画面をのぞかれたりしないよう個室を選ぶ周到さだ。
『こんにちは~アオイです! ちょっとだけ久しぶりだね! お元気でしたか~? アオイはとっても元気だよ! ちょっと急なんだけど、今週の土曜日出勤しちゃいます♪ 久しぶりの出勤だぁ。時間は十一時から十八時の予定♪ みんなに会えるの楽しみにしてるね! AOI XXX』
土曜日か……。
義松は仕事用のケータイを開き、土曜日の予定がないことを確認する。
休みだ。よし、行ける。
義松はトイレの中で思わずガッツポーズをすると、ケータイを仕舞い、何食わぬ顔で仕事に戻った。
〝来月、すっごく楽しみにしてる〟――アオイが先月義松に向けてブログに記した内容だ。
アオイとは二度もラーメン屋に行き、次は肉だと約束した仲である。……いや、ただの客とキャストだ。本当に、誘ってもいいのだろうか。だが社交辞令など無縁そうなあのアオイが言うのだから、おそらく誘ってもいいのだと思う。
アオイが今週出勤する。つまり、今週誘ってもいいってことか?
その日の夜、義松はありとあらゆるグルメナビサイトをチェックした。
〝じゃあ次は肉とビール! な?〟
小首を傾げ、にっこり笑ったときのアオイの顔を思い出し、義松は「あ~っ!」と唸りながら両手で顔を覆った。可愛い。可愛い。可愛い。ほんっと可愛い!
他のライバルなんか知るか。義松はただアオイが好き。それだけだ。
土曜日、義松は気合を入れて早起きをした。
爽やかな秋晴れで、朝から洗濯をし部屋を掃除し、トイレも掃除する。まな板、急須や湯飲みまでも漂白に浸け、それでも時間は十時前だ。痺れを切らした義松は、いつも十時半ぴったりに予約の電話を入れるところ、フライングで十分前に電話をかけた。
プルルル……と呼び出し音が鳴ったことに、思わず拳を握る。だが問題は出てくれるかどうかだ。
プルルル、プルルル……固唾を飲んでそのときを待っていると、四度目のコールで阿部の『はい、もしもし~』という明るい声が聞こえた。義松はどっと安堵の息を吐く。
「あ、あの、予約をしたいんですけど……」
『ありがとうございま~す。オトコノコはお決まりですか?』
「アオイさんでお願いします」
『はい、お時間ご希望はございますか?』
「えっと……どの時間でも?」
『はい、まだどのお時間でもご案内可能ですよ~』
義松は思わずガッツポーズをした。
「じゃ、じゃあ! 五時から、Cコースでお願いします!」
『は~い、ありがとうございます。十七時の、夕方五時から、Cコースご予約ですね』
今回は初めて、最後のこの時間を自ら指定した。
50分間……時間いっぱいアオイの体を堪能し、そのあとさりげなく夕飯に誘う。あくまでさりげなくだ。『そういえばこの間の約束、今日このあとどうですか?』ってな具合に……。大丈夫だ、やれる。
前回のように、アオイが着替えるのを近くのコンビニの前で待ち、私服姿のアオイとともに、肉だ。焼肉でも焼き鳥でも肉バルでも、何でもいい。肉とビール、それさえあれば。
アルコールが入ってほんのり頬を染めたアオイを想像し、義松は思わず口元を抑えた。……いかん、ニヤける。
今夜のことを考えると、どうにも落ち付かない。結局、義松は出掛けるギリギリまでそわそわと部屋の掃除を続けた。おかげで部屋はピカピカだ。
義松は、予約時間の十分前にエルミタージュに到着した。
受付には阿部ではなく、八重歯の男が座っている。義松の顔を見るなり親しみのこもった笑顔を向けた。
「こんにちは、いらっしゃいませ~」
「あの……」
「はい、アオイさんでご予約のお客さまですね~! お待ちしておりました。本日オプションはいかがいたしますか?」
予約名を告げる前に前回同様先回りをされる。どうやらすっかり覚えられているらしい。接客業の鑑だと感心するが、やはり、少々恥ずかしい。
「オプションは……②と③と……あ、あと④をお願いします」
八重歯の男がニヤリと笑った。
「覚悟を決めたんですね?」
一体なんの覚悟だ。
しかし男の雰囲気に呑まれた義松は、いやに神妙な顔で「は、はい……」と返事をしてしまった。男も神妙な顔で頷いたあと、前回見せてくれたコスプレカタログを恭しく取り出す。
「どれにするか決めましたか? あ、すみませんチャイナのブルーのミニは、ちょうど今クリーニング中なんです。この赤のロングスリットの方ならあります。アオイさんの身長なら、丈もギリギリいけるかな。でもミニスカポリスも捨てがたいですよね~。男のロマンですよね~……」
アルバムをパラパラとめくりながら、義松以上に熱心に衣装を選んでいる男に面喰う。が、ミニスカポリスについては激しく同意したい。
「じゃあ……ミニスカポリスで」
「最良の選択ですね」
男はふたたび神妙に頷いた。
まんまと乗せられた感は否めないが、今の義松にとってこれは最良の選択である。もうアオイにいやらしく逮捕されちゃうことしか考えられない。……いかん、ニヤける。
そして今回コスプレをオプションで選択したのは、さりげなくアオイの「パンチラ可か不可か」問題を解決するためでもある。
さすがにショートパンツの隙間からパンツを覗き込む勇気はない。生☆着替えとミニスカポリスなら、さりげなく……あくまでさりげなく、パンチラを拝むことができるかもしれない。
ブーッ、とメールの通知を知らせるバイブが鳴る。
震えたのは尻ポケットに入れていたプライベート用のケータイだ。こっそり確認すれば、アオイのブログの更新通知のメールだった。
出先から社に戻ってきたところだった義松は、トイレに駆け込みアオイのブログを確認する。先日のように、後ろから画面をのぞかれたりしないよう個室を選ぶ周到さだ。
『こんにちは~アオイです! ちょっとだけ久しぶりだね! お元気でしたか~? アオイはとっても元気だよ! ちょっと急なんだけど、今週の土曜日出勤しちゃいます♪ 久しぶりの出勤だぁ。時間は十一時から十八時の予定♪ みんなに会えるの楽しみにしてるね! AOI XXX』
土曜日か……。
義松は仕事用のケータイを開き、土曜日の予定がないことを確認する。
休みだ。よし、行ける。
義松はトイレの中で思わずガッツポーズをすると、ケータイを仕舞い、何食わぬ顔で仕事に戻った。
〝来月、すっごく楽しみにしてる〟――アオイが先月義松に向けてブログに記した内容だ。
アオイとは二度もラーメン屋に行き、次は肉だと約束した仲である。……いや、ただの客とキャストだ。本当に、誘ってもいいのだろうか。だが社交辞令など無縁そうなあのアオイが言うのだから、おそらく誘ってもいいのだと思う。
アオイが今週出勤する。つまり、今週誘ってもいいってことか?
その日の夜、義松はありとあらゆるグルメナビサイトをチェックした。
〝じゃあ次は肉とビール! な?〟
小首を傾げ、にっこり笑ったときのアオイの顔を思い出し、義松は「あ~っ!」と唸りながら両手で顔を覆った。可愛い。可愛い。可愛い。ほんっと可愛い!
他のライバルなんか知るか。義松はただアオイが好き。それだけだ。
土曜日、義松は気合を入れて早起きをした。
爽やかな秋晴れで、朝から洗濯をし部屋を掃除し、トイレも掃除する。まな板、急須や湯飲みまでも漂白に浸け、それでも時間は十時前だ。痺れを切らした義松は、いつも十時半ぴったりに予約の電話を入れるところ、フライングで十分前に電話をかけた。
プルルル……と呼び出し音が鳴ったことに、思わず拳を握る。だが問題は出てくれるかどうかだ。
プルルル、プルルル……固唾を飲んでそのときを待っていると、四度目のコールで阿部の『はい、もしもし~』という明るい声が聞こえた。義松はどっと安堵の息を吐く。
「あ、あの、予約をしたいんですけど……」
『ありがとうございま~す。オトコノコはお決まりですか?』
「アオイさんでお願いします」
『はい、お時間ご希望はございますか?』
「えっと……どの時間でも?」
『はい、まだどのお時間でもご案内可能ですよ~』
義松は思わずガッツポーズをした。
「じゃ、じゃあ! 五時から、Cコースでお願いします!」
『は~い、ありがとうございます。十七時の、夕方五時から、Cコースご予約ですね』
今回は初めて、最後のこの時間を自ら指定した。
50分間……時間いっぱいアオイの体を堪能し、そのあとさりげなく夕飯に誘う。あくまでさりげなくだ。『そういえばこの間の約束、今日このあとどうですか?』ってな具合に……。大丈夫だ、やれる。
前回のように、アオイが着替えるのを近くのコンビニの前で待ち、私服姿のアオイとともに、肉だ。焼肉でも焼き鳥でも肉バルでも、何でもいい。肉とビール、それさえあれば。
アルコールが入ってほんのり頬を染めたアオイを想像し、義松は思わず口元を抑えた。……いかん、ニヤける。
今夜のことを考えると、どうにも落ち付かない。結局、義松は出掛けるギリギリまでそわそわと部屋の掃除を続けた。おかげで部屋はピカピカだ。
義松は、予約時間の十分前にエルミタージュに到着した。
受付には阿部ではなく、八重歯の男が座っている。義松の顔を見るなり親しみのこもった笑顔を向けた。
「こんにちは、いらっしゃいませ~」
「あの……」
「はい、アオイさんでご予約のお客さまですね~! お待ちしておりました。本日オプションはいかがいたしますか?」
予約名を告げる前に前回同様先回りをされる。どうやらすっかり覚えられているらしい。接客業の鑑だと感心するが、やはり、少々恥ずかしい。
「オプションは……②と③と……あ、あと④をお願いします」
八重歯の男がニヤリと笑った。
「覚悟を決めたんですね?」
一体なんの覚悟だ。
しかし男の雰囲気に呑まれた義松は、いやに神妙な顔で「は、はい……」と返事をしてしまった。男も神妙な顔で頷いたあと、前回見せてくれたコスプレカタログを恭しく取り出す。
「どれにするか決めましたか? あ、すみませんチャイナのブルーのミニは、ちょうど今クリーニング中なんです。この赤のロングスリットの方ならあります。アオイさんの身長なら、丈もギリギリいけるかな。でもミニスカポリスも捨てがたいですよね~。男のロマンですよね~……」
アルバムをパラパラとめくりながら、義松以上に熱心に衣装を選んでいる男に面喰う。が、ミニスカポリスについては激しく同意したい。
「じゃあ……ミニスカポリスで」
「最良の選択ですね」
男はふたたび神妙に頷いた。
まんまと乗せられた感は否めないが、今の義松にとってこれは最良の選択である。もうアオイにいやらしく逮捕されちゃうことしか考えられない。……いかん、ニヤける。
そして今回コスプレをオプションで選択したのは、さりげなくアオイの「パンチラ可か不可か」問題を解決するためでもある。
さすがにショートパンツの隙間からパンツを覗き込む勇気はない。生☆着替えとミニスカポリスなら、さりげなく……あくまでさりげなく、パンチラを拝むことができるかもしれない。
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