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筧 義松Ⅲ
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――パンチラ可……ただしキャストによる、ってなんだ……?
筧義松は、休憩中に開いたエルミタージュのホームページを前に、真剣に悩んでいた。
見られるものなら、アオイのパンチラは見たい。いつもショートパンツをはいているアオイなら、体操座りでもしてくれれば……もしかしたら、チラっと見えるかもしれないが。しかし〝キャストによる〟とはどういうことだろう。パンチラを拒否される可能性もあるということだろうか。客に乳首まで吸わせておきながら、パンツを出し惜しみするのだろうか? わからない。
だが、オプションには〝生☆着替え〟なるものもある。
目の前で着替えればチラどころではなくもろ見えになってしまう。それはいいのだろうか? それに、コスチュームの中には際どいミニスカートもあった。客がそれを指定すれば、パンチラを披露せざるをえないのではないか。
何にせよ、だ。
――アオイさんのパンツ、見たい。
「筧、なーに見てんだ?」
「うわあっ!?」
突然両肩にのしかかった重み。義松は飛び上がるほど驚いた。
「おっ、エルミタージュじゃん? 筧くん……さてはキミ、目覚めたね?」
「ちょっと、人のスマホ勝手に見ないでくださいよ」
「いやぁ、だってさっきから難しい顔して唸ったかと思えば突然ニヤけだすし。結構ヤベー奴よ? 女かと思ったら……お前、あれから通ってんだ?」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべているこの人こそ、エルミタージュのご紹介カードを義松に握らせた張本人だ。来月名古屋本社に転勤になる先輩から営業先を引き継ぐため、今日は朝から彼と一緒に得意先を回っている。
「……別に、そういうわけじゃ」
「隠さなくてもいいのよ~? 誰がお気に入り? ユキくん? ソウくん? あっ、麗ちゃんっ⁉」
「…………アオイさんです」
答えるまでしつこく食い下がってくるであろうことは簡単に予想がつく。義松は煩わしい応酬を事前に避けるため、苦々しく思いながらも正直に答えた。
「えっ! うっそ、アオイちゃんっ? よく予約取れるな、お前! 俺でも一回しか入ったことないのに!」
……一回はあるのか。
彼も、アオイの肌をいやらしく撫で回し、乳首を吸ったのだろうか。
仕方のないこととはわかっていても、目の前の先輩に対して抱いてしまうのは嫉妬だ。
「仕事中にこんなの見てるとは大胆め」
「今は休憩中でしょ? それを言ったらタバコ吸ってる先輩はどうなんですか……」
蕎麦屋で遅めの昼食を済ませたあと、一服いれたいという彼のためにコンビニに寄ったところだ。
外に設置された灰皿の前で一服する先輩を待つ間、義松はふたり分の缶コーヒーを買い、立ち読みをしながら待っていた。
そのとき鳴ったプライベート用のケータイ。ポケットから出して確認すると、エルミタージュからのメルマガが届いている。十月のキャンペーンで、「リピーター様限定! 指名料半額」のご案内だった。画面をタップし、義松はエルミタージュのホームページに飛んだ。ブログの更新があってもなくてもアオイのページを一日一回は眺めるのが習慣になっている。そこでふと目についたのが、料金案内のページに記された一文だ。おそらく何度も目にしたことがあるはずだが、気にも留めていなかった。
『すべてのコースでパンチラ可(ただしキャストによる)』
そういえば、アオイのパンチラを拝んだことがないという事実に気付いた義松は、雑誌コーナーの前で真剣すぎるほど真剣に悩み、背後から忍び寄ってくる先輩の存在にも気付かなかった。
「休憩はもう終わり! さ、行くぞ筧! 今から湘南までドライブだ」
「はぁ……遠いな……」
「いいから早く乗れよ~!」
助手席に乗り込み、運転席の先輩にコーヒーを一本渡す。
「おっ、サンキュー! ……で? 筧はアオイちゃんにガチハマりしてんのね。不憫なやつ」
「なんで不憫って決めつけるんですか……」
「なんでって、それ聞くか?」
「……聞かなくても、言いたいことはおおよそ」
義松がむっつりと答えれば、車を発車させるなり呵々と笑った。
「お~、物分かりがよくなったじゃん。素人童貞にはアオイちゃんは荷が重いわ」
「ちょっと! いつの間に俺は素人童貞になったんですか先輩! 違いますよ! 童貞でもないし、玄人さんと本番したこともないです!」
「玄人!」
何がツボにハマったのか、先輩は涙が滲むほど笑っている。それでもハンドルを握る腕は安全運転、だ。文句の一つでもつけてやるつもりだった義松は、苦虫を噛み潰したような顔で運転席を横目で睨んだ。
アオイが義松の手に負えないだろうことは、百も承知だ。強力なライバル(と、勝手に思っているが、おそらく間違いない)のシンは友人としてアオイと親しいようだし、学生の頃からエルミタージュで働いているというアオイには、昔からの常連客も多いはず。
まったくの未知であるアオイの私生活においてだって、彼に好意を寄せる人間が(男も女も、だ)いてもおかしくない。
アオイの次の出勤スケジュールは未定だ。店のカレンダーにもブログにも、まだ何の告知がない。
九月は二回も店に行った上、食事までともにしてしまった(ラーメン屋だけれど)(別にラーメン屋が悪いというわけではない)。そのせいだろうか。少し贅沢になってしまったのかも知れない。早くアオイに会いたくて会いたくてたまらない。……連絡先さえ知らないというのに。覚えず深い溜め息を吐いていた。
「何だよ、そんな辛気臭いツラすんなよ。そんなに俺とのドライブが嫌なわけ?」
「違いますよ、悩めるお年頃なんです、察してください」
ハンドルを握りながら、先輩はふたたび呵々と笑った。
「アオイちゃんにハマっちゃった責任の一端は俺にあるからなぁ。まあ、話くらい聞いてやるぜ!」
「はあ……結構です」
風俗通いが趣味のこの先輩は、この度の転勤を機に、かねてより交際していた女性と結婚することが決まっている。風俗通いも止めるかと思いきや、今から結婚式貯金と並行して、こっそりと風俗へそくりをはじめたらしい。最低だ。納谷橋・錦・金津園と東海地区の名だたる風俗街を網羅すべく、節約のためにタバコの本数も劇的に減らした。「禁煙は俺には一生無理だ」と言っていたにもかかわらず。最低だ。
筧義松は、休憩中に開いたエルミタージュのホームページを前に、真剣に悩んでいた。
見られるものなら、アオイのパンチラは見たい。いつもショートパンツをはいているアオイなら、体操座りでもしてくれれば……もしかしたら、チラっと見えるかもしれないが。しかし〝キャストによる〟とはどういうことだろう。パンチラを拒否される可能性もあるということだろうか。客に乳首まで吸わせておきながら、パンツを出し惜しみするのだろうか? わからない。
だが、オプションには〝生☆着替え〟なるものもある。
目の前で着替えればチラどころではなくもろ見えになってしまう。それはいいのだろうか? それに、コスチュームの中には際どいミニスカートもあった。客がそれを指定すれば、パンチラを披露せざるをえないのではないか。
何にせよ、だ。
――アオイさんのパンツ、見たい。
「筧、なーに見てんだ?」
「うわあっ!?」
突然両肩にのしかかった重み。義松は飛び上がるほど驚いた。
「おっ、エルミタージュじゃん? 筧くん……さてはキミ、目覚めたね?」
「ちょっと、人のスマホ勝手に見ないでくださいよ」
「いやぁ、だってさっきから難しい顔して唸ったかと思えば突然ニヤけだすし。結構ヤベー奴よ? 女かと思ったら……お前、あれから通ってんだ?」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべているこの人こそ、エルミタージュのご紹介カードを義松に握らせた張本人だ。来月名古屋本社に転勤になる先輩から営業先を引き継ぐため、今日は朝から彼と一緒に得意先を回っている。
「……別に、そういうわけじゃ」
「隠さなくてもいいのよ~? 誰がお気に入り? ユキくん? ソウくん? あっ、麗ちゃんっ⁉」
「…………アオイさんです」
答えるまでしつこく食い下がってくるであろうことは簡単に予想がつく。義松は煩わしい応酬を事前に避けるため、苦々しく思いながらも正直に答えた。
「えっ! うっそ、アオイちゃんっ? よく予約取れるな、お前! 俺でも一回しか入ったことないのに!」
……一回はあるのか。
彼も、アオイの肌をいやらしく撫で回し、乳首を吸ったのだろうか。
仕方のないこととはわかっていても、目の前の先輩に対して抱いてしまうのは嫉妬だ。
「仕事中にこんなの見てるとは大胆め」
「今は休憩中でしょ? それを言ったらタバコ吸ってる先輩はどうなんですか……」
蕎麦屋で遅めの昼食を済ませたあと、一服いれたいという彼のためにコンビニに寄ったところだ。
外に設置された灰皿の前で一服する先輩を待つ間、義松はふたり分の缶コーヒーを買い、立ち読みをしながら待っていた。
そのとき鳴ったプライベート用のケータイ。ポケットから出して確認すると、エルミタージュからのメルマガが届いている。十月のキャンペーンで、「リピーター様限定! 指名料半額」のご案内だった。画面をタップし、義松はエルミタージュのホームページに飛んだ。ブログの更新があってもなくてもアオイのページを一日一回は眺めるのが習慣になっている。そこでふと目についたのが、料金案内のページに記された一文だ。おそらく何度も目にしたことがあるはずだが、気にも留めていなかった。
『すべてのコースでパンチラ可(ただしキャストによる)』
そういえば、アオイのパンチラを拝んだことがないという事実に気付いた義松は、雑誌コーナーの前で真剣すぎるほど真剣に悩み、背後から忍び寄ってくる先輩の存在にも気付かなかった。
「休憩はもう終わり! さ、行くぞ筧! 今から湘南までドライブだ」
「はぁ……遠いな……」
「いいから早く乗れよ~!」
助手席に乗り込み、運転席の先輩にコーヒーを一本渡す。
「おっ、サンキュー! ……で? 筧はアオイちゃんにガチハマりしてんのね。不憫なやつ」
「なんで不憫って決めつけるんですか……」
「なんでって、それ聞くか?」
「……聞かなくても、言いたいことはおおよそ」
義松がむっつりと答えれば、車を発車させるなり呵々と笑った。
「お~、物分かりがよくなったじゃん。素人童貞にはアオイちゃんは荷が重いわ」
「ちょっと! いつの間に俺は素人童貞になったんですか先輩! 違いますよ! 童貞でもないし、玄人さんと本番したこともないです!」
「玄人!」
何がツボにハマったのか、先輩は涙が滲むほど笑っている。それでもハンドルを握る腕は安全運転、だ。文句の一つでもつけてやるつもりだった義松は、苦虫を噛み潰したような顔で運転席を横目で睨んだ。
アオイが義松の手に負えないだろうことは、百も承知だ。強力なライバル(と、勝手に思っているが、おそらく間違いない)のシンは友人としてアオイと親しいようだし、学生の頃からエルミタージュで働いているというアオイには、昔からの常連客も多いはず。
まったくの未知であるアオイの私生活においてだって、彼に好意を寄せる人間が(男も女も、だ)いてもおかしくない。
アオイの次の出勤スケジュールは未定だ。店のカレンダーにもブログにも、まだ何の告知がない。
九月は二回も店に行った上、食事までともにしてしまった(ラーメン屋だけれど)(別にラーメン屋が悪いというわけではない)。そのせいだろうか。少し贅沢になってしまったのかも知れない。早くアオイに会いたくて会いたくてたまらない。……連絡先さえ知らないというのに。覚えず深い溜め息を吐いていた。
「何だよ、そんな辛気臭いツラすんなよ。そんなに俺とのドライブが嫌なわけ?」
「違いますよ、悩めるお年頃なんです、察してください」
ハンドルを握りながら、先輩はふたたび呵々と笑った。
「アオイちゃんにハマっちゃった責任の一端は俺にあるからなぁ。まあ、話くらい聞いてやるぜ!」
「はあ……結構です」
風俗通いが趣味のこの先輩は、この度の転勤を機に、かねてより交際していた女性と結婚することが決まっている。風俗通いも止めるかと思いきや、今から結婚式貯金と並行して、こっそりと風俗へそくりをはじめたらしい。最低だ。納谷橋・錦・金津園と東海地区の名だたる風俗街を網羅すべく、節約のためにタバコの本数も劇的に減らした。「禁煙は俺には一生無理だ」と言っていたにもかかわらず。最低だ。
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