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シン
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しかし熱はなかなか下がらず、望は翌日もひたすら寝て過ごした。
授業もバイトも休み、亘は望の代わりにシフトに入った。バイトのあと様子を見に行くと、望は起きていて「おかえり」と笑った顔は、すっかりいつもどおりだ。
「起きてて大丈夫なのかよ」
「うん、ちょっと頭フワフワするけど、もう元気。亘、俺の代わりにバイト入ってくれたんだよな、ありがと」
亘は素っ気なく「別に。俺が働きたかっただけだし」と言ったが、望は嬉しそうににこにこしていた。
「それよりみんな心配してたぞ。これ、見舞いの品」
亘はコンビニの袋を掲げて見せた。バイト帰りに持たされたのだ。中身はプリンに、ゼリー飲料に、スポーツドリンクだ。
望は困ったように笑った。
「みんなに心配かけて悪いことしたな」
「そう思うんだったら、もう少し働き方考えろよ。俺から見ても、望は働きすぎ」
「あ、そうそう。そのことなんだけどさ、亘、ちょっと相談があんだけど……」
「相談?」
「うん……あ、でもその前にこれ食べよ?」
コンビニ袋をごそごそ漁り「俺、これがいい~」と、数ある見舞いの品の中から焼きプリンをご機嫌に手にする。亘は苦笑した。
「元気になったようで何より」
「元気になったよ。亘のおかげで」
照れているのがバレないように、亘はコンビニの袋をがさがさ漁り、望の言葉は聞こえないフリをした。
「――でさ、俺今回のことで考えたんだけど、このままのペースでバイトをしながら学校行くって、無理があるんだよね。まだ一年だよ? これからインターンとか就活とかもあるしさ」
「たしかにな、体調崩して授業休んだら元も子もない」
焼きプリンを頬張りながら力説する望に、亘はうんうんと相槌を打つ。
「だからさ、もっと割のいいバイト探そうと思うんだよね」
「割のいいバイトって?」
「ん~、夜のお仕事的な?」
「はっ?」
思わぬ回答に、亘は素っ頓狂な声を上げた。
「夜の仕事って……正気か?」
「だってまっとうな仕事してたら、いつまで経っても稼げないよ」
「それって……つまり、ホストとかってこと?」
「一応選択肢には入ってる」
「それって未成年とか学生でも雇ってくれんの?」
「それはこれから調べる」
「すげー酒とか飲まされたりするんじゃないの? それこそ体壊すだろ」
「う~ん、そこなんだよね~……」
望は顔もいいし、愛想もいい。人を惹きつける魅力がある。金を払ってでも望に会いにくる女は、きっと大勢いるだろうが――亘の心配をよそに「酒は楽しく美味しく飲みたいよね? 無理して飲まされるお酒は嫌だな~」なんて呑気なことを言っている。
そして望は真剣な顔でモバイルの画面を操作し「夜のお仕事」を探しはじめた。
亘はそれを横で眺めながら、見舞いの品の中からスポーツドリンクを開けた。
しばらくして、目ぼしいものが見つかったのか「あっ、ねえ亘。ここは?」と嬉々として画面を見せてくる。それを見て亘は、ぎょっとした。
「はっ!? 風俗じゃん!」
「でも、手コキだけみたいだよ?」
「そういう問題か?」
「そういう問題じゃないの?」
「だって……あれだろ? 他人のちんこ扱く仕事ってことだろ? だいたい、そういう〇〇だけ~簡単、安心、安全~っていうの、絶対あやしいって! 絶対裏あんじゃん。バックにヤクザついてたりさ、結局もっとヤバいことやらされたりするんじゃねーの?」
「亘詳しい~」
真剣に忠告しているというのに、望はけらけらと笑って「あ、でもなんかちゃんとしたお店っぽいよ?」と店のホームページを開いて見せた。
客向けのページの料金案内にも、キスやフェラといったオプションの項目は見当たらない。大きく〝風俗特殊営業届け出済店ですので安心してお遊びいただけます〟と書いてある。風営法がどういうものかはよく知らないが、ドラマやなんかで警察が未許可の風俗店なんかに乗り込むシーンを見たことがある。
「ねえねえ、亘。一緒に一日体験、行ってみない?」
「はあっ⁉ やだ、ぜってーやだ! 行くなら望ひとりで勝手に行けよ!」
「またまた~興味あるくせに。な? 一緒にいこ?」
「俺はい、や、だ!」
何が悲しくて他人のちんこシコんなきゃなんねーの?
断固拒否だ。
しかし亘の抵抗は虚しく、結局望の勢いに乗せられて、週末にふたりは揃ってその店に一日体験に来た。
面接は控室にて社長の後藤田がふたりまとめて担当した。
年齢不詳の後藤田は男ぶりがよく、亘のような若造の目から見ても既製品ではないのは明らかな、ウール混の仕立てのよいジャケットを着こなしている。
しかしそれは面接と呼べるほどのものではなかった。
少し言葉を交わしたあと、後藤田が「うん、いいね! ふたりとも採用!」と言った。
面接の予約をするため電話した際には『お友達同士で応募してくれても、ふたりとも採用になるとは限らないけど、そこんとこ大丈夫?』と念押しされたが、呆気ないほど即採用である。
いっそのこと不採用になりたかった亘だが、もう後戻りはできない。
「もしかして、プレイ中に勃っちゃうかもしれないけど、お客さんに触られないように気を付けてね」
――いや、男相手に勃つわけないだろ……。
亘は絶望的な気持ちになった。面接のあとは主に、仕事の流れの説明を受けた。前のめり気味の望とは反対に、説明を受ければ受けるほど、亘は今すぐ逃げ出したくなる。
授業もバイトも休み、亘は望の代わりにシフトに入った。バイトのあと様子を見に行くと、望は起きていて「おかえり」と笑った顔は、すっかりいつもどおりだ。
「起きてて大丈夫なのかよ」
「うん、ちょっと頭フワフワするけど、もう元気。亘、俺の代わりにバイト入ってくれたんだよな、ありがと」
亘は素っ気なく「別に。俺が働きたかっただけだし」と言ったが、望は嬉しそうににこにこしていた。
「それよりみんな心配してたぞ。これ、見舞いの品」
亘はコンビニの袋を掲げて見せた。バイト帰りに持たされたのだ。中身はプリンに、ゼリー飲料に、スポーツドリンクだ。
望は困ったように笑った。
「みんなに心配かけて悪いことしたな」
「そう思うんだったら、もう少し働き方考えろよ。俺から見ても、望は働きすぎ」
「あ、そうそう。そのことなんだけどさ、亘、ちょっと相談があんだけど……」
「相談?」
「うん……あ、でもその前にこれ食べよ?」
コンビニ袋をごそごそ漁り「俺、これがいい~」と、数ある見舞いの品の中から焼きプリンをご機嫌に手にする。亘は苦笑した。
「元気になったようで何より」
「元気になったよ。亘のおかげで」
照れているのがバレないように、亘はコンビニの袋をがさがさ漁り、望の言葉は聞こえないフリをした。
「――でさ、俺今回のことで考えたんだけど、このままのペースでバイトをしながら学校行くって、無理があるんだよね。まだ一年だよ? これからインターンとか就活とかもあるしさ」
「たしかにな、体調崩して授業休んだら元も子もない」
焼きプリンを頬張りながら力説する望に、亘はうんうんと相槌を打つ。
「だからさ、もっと割のいいバイト探そうと思うんだよね」
「割のいいバイトって?」
「ん~、夜のお仕事的な?」
「はっ?」
思わぬ回答に、亘は素っ頓狂な声を上げた。
「夜の仕事って……正気か?」
「だってまっとうな仕事してたら、いつまで経っても稼げないよ」
「それって……つまり、ホストとかってこと?」
「一応選択肢には入ってる」
「それって未成年とか学生でも雇ってくれんの?」
「それはこれから調べる」
「すげー酒とか飲まされたりするんじゃないの? それこそ体壊すだろ」
「う~ん、そこなんだよね~……」
望は顔もいいし、愛想もいい。人を惹きつける魅力がある。金を払ってでも望に会いにくる女は、きっと大勢いるだろうが――亘の心配をよそに「酒は楽しく美味しく飲みたいよね? 無理して飲まされるお酒は嫌だな~」なんて呑気なことを言っている。
そして望は真剣な顔でモバイルの画面を操作し「夜のお仕事」を探しはじめた。
亘はそれを横で眺めながら、見舞いの品の中からスポーツドリンクを開けた。
しばらくして、目ぼしいものが見つかったのか「あっ、ねえ亘。ここは?」と嬉々として画面を見せてくる。それを見て亘は、ぎょっとした。
「はっ!? 風俗じゃん!」
「でも、手コキだけみたいだよ?」
「そういう問題か?」
「そういう問題じゃないの?」
「だって……あれだろ? 他人のちんこ扱く仕事ってことだろ? だいたい、そういう〇〇だけ~簡単、安心、安全~っていうの、絶対あやしいって! 絶対裏あんじゃん。バックにヤクザついてたりさ、結局もっとヤバいことやらされたりするんじゃねーの?」
「亘詳しい~」
真剣に忠告しているというのに、望はけらけらと笑って「あ、でもなんかちゃんとしたお店っぽいよ?」と店のホームページを開いて見せた。
客向けのページの料金案内にも、キスやフェラといったオプションの項目は見当たらない。大きく〝風俗特殊営業届け出済店ですので安心してお遊びいただけます〟と書いてある。風営法がどういうものかはよく知らないが、ドラマやなんかで警察が未許可の風俗店なんかに乗り込むシーンを見たことがある。
「ねえねえ、亘。一緒に一日体験、行ってみない?」
「はあっ⁉ やだ、ぜってーやだ! 行くなら望ひとりで勝手に行けよ!」
「またまた~興味あるくせに。な? 一緒にいこ?」
「俺はい、や、だ!」
何が悲しくて他人のちんこシコんなきゃなんねーの?
断固拒否だ。
しかし亘の抵抗は虚しく、結局望の勢いに乗せられて、週末にふたりは揃ってその店に一日体験に来た。
面接は控室にて社長の後藤田がふたりまとめて担当した。
年齢不詳の後藤田は男ぶりがよく、亘のような若造の目から見ても既製品ではないのは明らかな、ウール混の仕立てのよいジャケットを着こなしている。
しかしそれは面接と呼べるほどのものではなかった。
少し言葉を交わしたあと、後藤田が「うん、いいね! ふたりとも採用!」と言った。
面接の予約をするため電話した際には『お友達同士で応募してくれても、ふたりとも採用になるとは限らないけど、そこんとこ大丈夫?』と念押しされたが、呆気ないほど即採用である。
いっそのこと不採用になりたかった亘だが、もう後戻りはできない。
「もしかして、プレイ中に勃っちゃうかもしれないけど、お客さんに触られないように気を付けてね」
――いや、男相手に勃つわけないだろ……。
亘は絶望的な気持ちになった。面接のあとは主に、仕事の流れの説明を受けた。前のめり気味の望とは反対に、説明を受ければ受けるほど、亘は今すぐ逃げ出したくなる。
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