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筧 義松Ⅱ
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「あれ――」
腹も膨れてそろそろ店を出ようかというとき、不意にアオイが声を上げた。不思議に思った義松はアオイの視線を辿って顔を上げる。
ふたりのいるテーブルの脇を、新たに店に入ってきたらしい客が通った。黒髪短髪の青年――年はアオイと同じくらいだろうか――はふたりに気付くと軽く目を見開き、それから顔を顰めた。ぱっちり二重の可愛らしい顔立ちだが、その目を眇め、不機嫌な様子を隠しもしない。
「なんだよ。いつの間にかいないと思ったら、来てたのかよ」と、ふんと鼻を鳴らす。
どうやらアオイの知り合いらしい。
「ごめんね~シンちゃん延長入っちゃったでしょ? バイバイ言うタイミングもなくてさ。あれ、麗ちゃんもいる。今日出勤だっけ?」
〝シン〟と呼ばれた男の後ろには、さらに連れがいた。アオイは〝ウララ〟なんて呼んでいるが、男だ。神経質にメタルフレームの眼鏡を押し上げる。
たしかに綺麗な顔立ちをしている。しかし、なんだか陰気な雰囲気である。
「ふたりが出勤するって聞いたから、終わった頃にみんなで飯行こうって亘に誘われてわざわざ出て来たんだよ。それより……この格好のときにその名前で呼ぶのやめてくれない?」
「ははっ! ごめん、武士クン」
〝シン〟に〝麗〟……聞き覚えはないが、会話の内容から察するに、ふたりともエルミタージュのキャストだ。
そういえば、店のホームページのキャスト一覧にその名前を見たことがあったかも知れない。ホームページに載っている写真は顔部分にはモザイクがかかっている。店に行けば無料でアルバムは見学できるが、アオイ以外にはまったく興味がないので義松は見たことがない。
「こちらは……友達?」
値踏みする気配を隠しもせず、シンが義松をジロジロと無遠慮な視線を寄こす。居心地の悪さに身動ぐ義松とは対照的に、アオイはケロリと答えた。
「ううん、お客さん」
「はあっ!?」
素っ頓狂な声を上げたシンは、今にも食ってかからん勢いだ。もちろん、アオイにではなく義松に。
「何してんだよ!」
「何って、飯食ってただけだし。仲良しだもんね、俺たち。ね~筧クン?」
「えっ!? え、ええ……はぁ、まあ……」
しどろもどろに答えた義松にシンの鋭い視線が刺さる。
「筧クンって……ああ、この前の新規のやつか……」
どうやら向こうは、義松のことを知っているらしい。不機嫌にフンと鼻を鳴らす。
それはもはや敵意だった。
義松に対する不審と嫌悪を隠しもしない。客と外で会うことは、そんなにもタブーだったのだろうか。しつこくアオイに付きまとっている客だと思われているのかもしれない。
シンの視線に義松はますます居心地が悪い。でも、と義松は自分に言い聞かせた。最初に誘ってくれたのはアオイの方だ。そこは自信を持っていい。
「ふたりとも早く席ついたら? 店員さん困ってるよ。俺らもう出るし。じゃ~ね~」
このやりとりに飽きたのか、アオイが伝票を持って席を立つ。
「筧クン、ほら、行こっ」
「え……あっ、はいっ!」
義松も席を立つと、シンと麗に目礼をし、慌ててアオイのあとを追った。
「アオイさん、すみません、お金っ」
さっさと会計を済ませ店の外に出てしまったアオイを追いかける。すたすたと足早に歩く様子は、どことなく不機嫌に見えた。
「いいよ、この間奢ってもらったし」
「でも――」
「いいってば。次は奢ってもらうからさ」
アオイは「な?」と、ようやく足を止め振り返った。その笑顔を見たら、不機嫌に感じたのは気のせいじゃないかと思えてくる。
しかし先ほどのシンの態度に不安を覚えた義松は、ためらいがちに「でも」と言った。
「あの……俺、やっぱり、あんまり誘ったりしない方がいいですよね……」
今度こそ、アオイはあからさまにむっとして不機嫌に見せた。
「何でだよ。シンちゃんが言ってたこと気にしてんの? いいよ、あんなの気にしなくって。肉食いに行くんでしょ?」
「でも……」
「でもでもうるさいなぁ。俺と飯行きたくないってこと?」
「ちっ、違います! 行きたいです!」
「じゃあいいじゃん。もうこの話はなし!」
「はい……」
「じゃ、俺こっちだから。またね、筧クン」
駅に向かう義松とは反対方向に歩き出したアオイを見送り、その背中が見えなくなると、ようやく義松も歩き出す。雨は止んでいた。
腹も膨れてそろそろ店を出ようかというとき、不意にアオイが声を上げた。不思議に思った義松はアオイの視線を辿って顔を上げる。
ふたりのいるテーブルの脇を、新たに店に入ってきたらしい客が通った。黒髪短髪の青年――年はアオイと同じくらいだろうか――はふたりに気付くと軽く目を見開き、それから顔を顰めた。ぱっちり二重の可愛らしい顔立ちだが、その目を眇め、不機嫌な様子を隠しもしない。
「なんだよ。いつの間にかいないと思ったら、来てたのかよ」と、ふんと鼻を鳴らす。
どうやらアオイの知り合いらしい。
「ごめんね~シンちゃん延長入っちゃったでしょ? バイバイ言うタイミングもなくてさ。あれ、麗ちゃんもいる。今日出勤だっけ?」
〝シン〟と呼ばれた男の後ろには、さらに連れがいた。アオイは〝ウララ〟なんて呼んでいるが、男だ。神経質にメタルフレームの眼鏡を押し上げる。
たしかに綺麗な顔立ちをしている。しかし、なんだか陰気な雰囲気である。
「ふたりが出勤するって聞いたから、終わった頃にみんなで飯行こうって亘に誘われてわざわざ出て来たんだよ。それより……この格好のときにその名前で呼ぶのやめてくれない?」
「ははっ! ごめん、武士クン」
〝シン〟に〝麗〟……聞き覚えはないが、会話の内容から察するに、ふたりともエルミタージュのキャストだ。
そういえば、店のホームページのキャスト一覧にその名前を見たことがあったかも知れない。ホームページに載っている写真は顔部分にはモザイクがかかっている。店に行けば無料でアルバムは見学できるが、アオイ以外にはまったく興味がないので義松は見たことがない。
「こちらは……友達?」
値踏みする気配を隠しもせず、シンが義松をジロジロと無遠慮な視線を寄こす。居心地の悪さに身動ぐ義松とは対照的に、アオイはケロリと答えた。
「ううん、お客さん」
「はあっ!?」
素っ頓狂な声を上げたシンは、今にも食ってかからん勢いだ。もちろん、アオイにではなく義松に。
「何してんだよ!」
「何って、飯食ってただけだし。仲良しだもんね、俺たち。ね~筧クン?」
「えっ!? え、ええ……はぁ、まあ……」
しどろもどろに答えた義松にシンの鋭い視線が刺さる。
「筧クンって……ああ、この前の新規のやつか……」
どうやら向こうは、義松のことを知っているらしい。不機嫌にフンと鼻を鳴らす。
それはもはや敵意だった。
義松に対する不審と嫌悪を隠しもしない。客と外で会うことは、そんなにもタブーだったのだろうか。しつこくアオイに付きまとっている客だと思われているのかもしれない。
シンの視線に義松はますます居心地が悪い。でも、と義松は自分に言い聞かせた。最初に誘ってくれたのはアオイの方だ。そこは自信を持っていい。
「ふたりとも早く席ついたら? 店員さん困ってるよ。俺らもう出るし。じゃ~ね~」
このやりとりに飽きたのか、アオイが伝票を持って席を立つ。
「筧クン、ほら、行こっ」
「え……あっ、はいっ!」
義松も席を立つと、シンと麗に目礼をし、慌ててアオイのあとを追った。
「アオイさん、すみません、お金っ」
さっさと会計を済ませ店の外に出てしまったアオイを追いかける。すたすたと足早に歩く様子は、どことなく不機嫌に見えた。
「いいよ、この間奢ってもらったし」
「でも――」
「いいってば。次は奢ってもらうからさ」
アオイは「な?」と、ようやく足を止め振り返った。その笑顔を見たら、不機嫌に感じたのは気のせいじゃないかと思えてくる。
しかし先ほどのシンの態度に不安を覚えた義松は、ためらいがちに「でも」と言った。
「あの……俺、やっぱり、あんまり誘ったりしない方がいいですよね……」
今度こそ、アオイはあからさまにむっとして不機嫌に見せた。
「何でだよ。シンちゃんが言ってたこと気にしてんの? いいよ、あんなの気にしなくって。肉食いに行くんでしょ?」
「でも……」
「でもでもうるさいなぁ。俺と飯行きたくないってこと?」
「ちっ、違います! 行きたいです!」
「じゃあいいじゃん。もうこの話はなし!」
「はい……」
「じゃ、俺こっちだから。またね、筧クン」
駅に向かう義松とは反対方向に歩き出したアオイを見送り、その背中が見えなくなると、ようやく義松も歩き出す。雨は止んでいた。
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