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筧 義松Ⅱ
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こうして今日も義松は、二週間ぶりに訪れた〝らーめんダイニング一行〟で、アオイと向かい合って座っている。
「俺、焦がし醤油~」
「……餃子ははんぶんこしますか?」
「いいの?」
小首を傾げるアオイに、ああもう可愛すぎると悶絶しながら、そんな様子はおくびもださず「もちろん、いいですよ」と義松は努めて爽やかに見えるように微笑んだ。
今日は朝から霧雨が降ったり止んだり。日中はかろうじて20℃を上回るものの、日が落ちればそれ以下になる。霧雨に加えて風が強く吹けば、もはや震えるレベルで寒い。
今日のアオイの私服は、そんな秋の入り口、不安定な気候を考慮してあたたかそうなパーカーを着ていた。肉厚な生地のフードがネックウォーマーみたいに首元をすっぽり覆っている。そこに顔を埋め、霧雨に濡れた額や頬をしきりに拭っている様子は猫のようだ。
義松は今回もスペシャル焦がし醤油を注文した。
注文を取ってくれたのもラーメンを運んでくれたのも、前回とは違う女の子だ。この子もずいぶんと可愛らしい子だ。
アルバイトをはじめたばかりなのだろう。十代のすべすべの白い頬をやや緊張で強張らせ、それでも笑顔を振りまこうとするひたむきな姿勢がいじらしい。
そんな彼女をにこにこしながら眺めているアオイがなんとなく気に入らない。こっちを見て欲しくてチャーシューを何枚かアオイの丼に乗せてやると、ようやくアオイは義松だけを見て嬉しそうに笑った。
「あの、アオイさんはなんで俺を誘ってくれるんですか?」
ラーメンをずるずると嬉しそうに啜っていたアオイは、心底不思議そうな顔をした。もぐもぐしながら「今日誘ったのはあんただろ?」と言う。
「今日は、そうですけど……なんで、俺と飯行ってくれるんですか?」
「ラーメン食いたい気分だから? 焼肉食いたい気分のときに焼肉誘ってくれたら行くけど」
そういうことじゃない。そういうことじゃなくて……。
しかしアオイがにやにやしているのに気付いて、義松はムッとした。質問の意図をわかっていて、わざとその言葉をくれないつもりだ。やはり底意地が悪い。
「言っただろ。あんたのこと気に入った、って。はい、これで満足?」
「満足……満足ですけど……」
その〝気に入った〟の詳細が、できれば知りたかった。
単にバイト終わりにラーメンを食べにいく飯友のような感覚なのか。いや、自身の手でヌいてやった客の男と、その直後に楽しく飯を食いに行くなんて――お客相手に普通の友人関係のようなことが成立するのだろうか。
ひょっとして、アオイは少なからず義松のことを特別視してくれているのではないか?
そんなわけないとわかっていても、悲しきかな、期待してしまうのが愚かな男心だ。
現に〝気に入った〟と言ってくれているわけだし(その真意は不明だが)嫌われていないことは確かだろう。
「なんだよ、不服そう」
「別に不服じゃないですよ」
「ふ~ん……餃子最後の一個もーらいっ」
「あっ! 俺の……」
むぐむぐと嬉しそうに餃子の最後のひとつを頬張るアオイを見ていたら、いろんなことがまあいいかという気がしてくる。さすが自称癒し系。
「アオイさん、今度は焼き肉に誘いますから、付き合ってくださいね」
「じゃあ肉の気分になっておく」
「約束ですよ?」
「ん」
アオイがどの程度本気で言っているのかもわからない。それでも実現する確証もない約束に、義松は胸をときめかせた。
まんまと踊らされてるな、と思う。
もう、取り返しのつかない深みまでハマっているではないか。
ペニスやタマもろとも、コロコロコロコロ……。
いいように転がされている自覚はある。だが、それでもいい。
「肉食うと、ビール飲みたくなるんだよな~。餃子もだけどさ」
「飲んでよかったんですよ?」
「ん、今日はいいや。明日も仕事だし。筧クンは酒飲める人?」
「まあ、会社の飲み会で潰れない程度なら……そんなに強くはないですけど」
「じゅーぶん! よし、じゃあ次は肉とビール! な?」
……その顔は反則だ。
小首を傾げ、にっこりするアオイは、もこっとしたパーカーのせいで普段よりも幼く見える。可愛くてたまらない。今すぐ抱き締めて「大好きです!」と叫びたいところだが、ありがたいことに義松の理性は正常に働いていたため、その熱い想いは心の中にそっと留めておくことにした。
「俺、焦がし醤油~」
「……餃子ははんぶんこしますか?」
「いいの?」
小首を傾げるアオイに、ああもう可愛すぎると悶絶しながら、そんな様子はおくびもださず「もちろん、いいですよ」と義松は努めて爽やかに見えるように微笑んだ。
今日は朝から霧雨が降ったり止んだり。日中はかろうじて20℃を上回るものの、日が落ちればそれ以下になる。霧雨に加えて風が強く吹けば、もはや震えるレベルで寒い。
今日のアオイの私服は、そんな秋の入り口、不安定な気候を考慮してあたたかそうなパーカーを着ていた。肉厚な生地のフードがネックウォーマーみたいに首元をすっぽり覆っている。そこに顔を埋め、霧雨に濡れた額や頬をしきりに拭っている様子は猫のようだ。
義松は今回もスペシャル焦がし醤油を注文した。
注文を取ってくれたのもラーメンを運んでくれたのも、前回とは違う女の子だ。この子もずいぶんと可愛らしい子だ。
アルバイトをはじめたばかりなのだろう。十代のすべすべの白い頬をやや緊張で強張らせ、それでも笑顔を振りまこうとするひたむきな姿勢がいじらしい。
そんな彼女をにこにこしながら眺めているアオイがなんとなく気に入らない。こっちを見て欲しくてチャーシューを何枚かアオイの丼に乗せてやると、ようやくアオイは義松だけを見て嬉しそうに笑った。
「あの、アオイさんはなんで俺を誘ってくれるんですか?」
ラーメンをずるずると嬉しそうに啜っていたアオイは、心底不思議そうな顔をした。もぐもぐしながら「今日誘ったのはあんただろ?」と言う。
「今日は、そうですけど……なんで、俺と飯行ってくれるんですか?」
「ラーメン食いたい気分だから? 焼肉食いたい気分のときに焼肉誘ってくれたら行くけど」
そういうことじゃない。そういうことじゃなくて……。
しかしアオイがにやにやしているのに気付いて、義松はムッとした。質問の意図をわかっていて、わざとその言葉をくれないつもりだ。やはり底意地が悪い。
「言っただろ。あんたのこと気に入った、って。はい、これで満足?」
「満足……満足ですけど……」
その〝気に入った〟の詳細が、できれば知りたかった。
単にバイト終わりにラーメンを食べにいく飯友のような感覚なのか。いや、自身の手でヌいてやった客の男と、その直後に楽しく飯を食いに行くなんて――お客相手に普通の友人関係のようなことが成立するのだろうか。
ひょっとして、アオイは少なからず義松のことを特別視してくれているのではないか?
そんなわけないとわかっていても、悲しきかな、期待してしまうのが愚かな男心だ。
現に〝気に入った〟と言ってくれているわけだし(その真意は不明だが)嫌われていないことは確かだろう。
「なんだよ、不服そう」
「別に不服じゃないですよ」
「ふ~ん……餃子最後の一個もーらいっ」
「あっ! 俺の……」
むぐむぐと嬉しそうに餃子の最後のひとつを頬張るアオイを見ていたら、いろんなことがまあいいかという気がしてくる。さすが自称癒し系。
「アオイさん、今度は焼き肉に誘いますから、付き合ってくださいね」
「じゃあ肉の気分になっておく」
「約束ですよ?」
「ん」
アオイがどの程度本気で言っているのかもわからない。それでも実現する確証もない約束に、義松は胸をときめかせた。
まんまと踊らされてるな、と思う。
もう、取り返しのつかない深みまでハマっているではないか。
ペニスやタマもろとも、コロコロコロコロ……。
いいように転がされている自覚はある。だが、それでもいい。
「肉食うと、ビール飲みたくなるんだよな~。餃子もだけどさ」
「飲んでよかったんですよ?」
「ん、今日はいいや。明日も仕事だし。筧クンは酒飲める人?」
「まあ、会社の飲み会で潰れない程度なら……そんなに強くはないですけど」
「じゅーぶん! よし、じゃあ次は肉とビール! な?」
……その顔は反則だ。
小首を傾げ、にっこりするアオイは、もこっとしたパーカーのせいで普段よりも幼く見える。可愛くてたまらない。今すぐ抱き締めて「大好きです!」と叫びたいところだが、ありがたいことに義松の理性は正常に働いていたため、その熱い想いは心の中にそっと留めておくことにした。
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