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筧 義松Ⅱ
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アオイの言ったとおり、エルミタージュのホームページには在籍しているオトコノコすべてのプロフィールと、各々のブログが見られるようになっていた。
義松は早速アオイのページをお気に入り登録し、ブログが更新されるとメールで通知がくるよう設定した。
どうやら案外筆マメな性格らしい。
月に一度か二度の出勤の割に、ブログの更新は頻繁だ。過去の記事を見ていると、週に一度は必ず更新している。ときには週に三度四度と、他の在籍キャストと比べても更新は多かった。内容は日常の何気ない事が中心だ。必ず写真も載っていて、昨晩食べた夜食や、道端で出会った猫。アオイ自身が写っていることはほとんどないが、ときどき私服の足元や、掌が載っていた。
更新をマメにチェックしていたおかげで、九月も終わりに近付いたある金曜日の夜。明後日の日曜日に急に決まった出勤も、見逃すことはなかった。
日曜日の朝、十時半になった瞬間に義松はエルミタージュに電話をした。しかし、やはりというべきか、電話は一発では繋がらない。
同じようにアオイのブログをマメにチェックしている男が、一体どのくらいいるのだろう。……想像したくない。
ようやく繋がった五度目の電話。『はい、もしも~し!』と元気よく電話に出たのは、声の感じからしておそらくあの八重歯の男だ。
「あの、アオイさんで予約をしたいんですけど」
『アオイさんですね、ありがとうございます。アオイさんは、っと……えぇっと、十八時からでしたらご案内可能です』
「あ、じゃあそれでお願いします」
『コースはいかがいたしますか?』
「えっと……あの、Cコース、大丈夫ですか?」
『もちろんです。ではアオイさんで、十八時からCコースですね! かしこまりました。それではお名前とご連絡先、もしくは会員番号を伺ってもよろしいですか?』
通話終了のボタンを押し、義松はどっと溜め息を吐いた。よかった、無事に予約が取れた。
二度目に店に赴くまでには、様々な葛藤があり、なかなか踏み切ることができなかった。
だが、もう認めよう。アオイは魔性だ。人たらしだ。
義松はすっかりハマってしまった。認めざるを得ない。
「いらっしゃいませ~」
予約時間の十分前に店に着くと、八重歯の男が人好きのする笑みを浮かべて出迎えてくれた。
予約の名前を告げる前に「アオイさんでご予約のお客さまですね?」と先回りされる。この男と顔を合わせるのはまだ二度目のはずだが、すでに覚えられてしまったのだろうか。
店の人間から常連扱いを受けるのは悪い気はしない――が、風俗店においては必ずしもその限りではなかった。
気恥ずかしさが勝り、男の顔を正面から見ることができない。
義松はまるで面接練習のように、男のネクタイの結び目辺りに視線を彷徨わせ「あ、えっと、はい……」とぼそぼそと答えた。
「アオイさんで十八時からCコースお取りしてます。本日オプションはいかがいたしますか?」
「えっと……じゃあ②と③で」
「はい、②番のおっぱい舐めと③番のちくび舐めですね~」
……お願いだから、復唱しないでほしい。
受付に他に誰もいないのがせめてもの救いだ。
料金を支払い、笑顔の男に「では、お呼びしますのでこちらでかけてお待ちください~」と待合室に促される。
後ろに待っている人はいない。ずっと気になっていた件について、義松は思い切ってたずねてみることにした。
「あの……ちなみに、コスプレって――……」
みなまで言う前に、八重歯の男の目がきらりと光った。
「コスプレですね! いろいろありますよ~! チャイナとか、ミニスカポリスとか~」
コスプレ衣装カタログ――L判サイズの写真が入るアルバムだ――をおもむろに取り出すと、ぺらぺらと捲り義松に見せてくれた。嬉々としているのは気のせいではないだろう。
写真はこの店で撮影したようだ。
おそらく〝阿部ちゃんがガラケーで撮ったやつ〟なのだろう、画質が荒い。
首から上の写真はないが、おそらくキャストだと思われる男が、各衣装を着てポーズを取っている。
義松はぺらり、ぺらりとアルバムを一ページずつ捲っていく。かなりの数だ。
そして、誰の趣味なのか、ミニスカがやたらと多い。警察官や、アーミースタイル、スーツなど、ごくごく普通の男性向けの衣装もある。だが圧倒的に多いのは女装用の衣装だった。
しかしモデルを務めているアルバムの中の男はみなたくましい。まったくもってそそられない。
「ちなみにアオイさんなら、これとか……あとは、これとかどうでしょう? 脚キレイだから絶対似合いますよ~!」
そういって指さされたのは某社の客室乗務員の制服にそっくりな〝すちゅわーです〟と、ピンクがけばけばしい『お色気ナース』だ。
たしかに、アオイであれば……イイかもしれない。
「クリーニング中で、今店にないものもあるんですが、だいたいはご用意できますよ~。いかがでしょう。追加します?」
真剣に悩みはじめた義松に、受付の男はにこにこと微笑んでいる。しかし「じゃあ、これで」と〝すちゅわーです〟を指さそうとしたとき。入り口のベルが鳴り、店に人が入ってくる気配がした。男が義松の背後に向かって「いらっしゃいませ~」と朗らかに挨拶をする。
義松はハッとして、伸ばしかけた指をさっと引っ込めた。
「えっと……とりあえず今回は結構です」
「は~い、また是非お願いします……こんにちは~、シンさんご予約のお客さまですね」
人懐っこい笑顔を次の客へと向けたので、義松はすごすごと待合室に引っ込んだ。
あの受付の男。へらっとした緊張感のない笑顔にうっかり騙されていたが、なかなか侮れない。
とんでもなく営業上手な上に、義松だけではない、客の顔をよく覚えているようだ。
義松も営業職として、見習いたいところだ……が、風俗店においては、やはり気まずい。
義松は早速アオイのページをお気に入り登録し、ブログが更新されるとメールで通知がくるよう設定した。
どうやら案外筆マメな性格らしい。
月に一度か二度の出勤の割に、ブログの更新は頻繁だ。過去の記事を見ていると、週に一度は必ず更新している。ときには週に三度四度と、他の在籍キャストと比べても更新は多かった。内容は日常の何気ない事が中心だ。必ず写真も載っていて、昨晩食べた夜食や、道端で出会った猫。アオイ自身が写っていることはほとんどないが、ときどき私服の足元や、掌が載っていた。
更新をマメにチェックしていたおかげで、九月も終わりに近付いたある金曜日の夜。明後日の日曜日に急に決まった出勤も、見逃すことはなかった。
日曜日の朝、十時半になった瞬間に義松はエルミタージュに電話をした。しかし、やはりというべきか、電話は一発では繋がらない。
同じようにアオイのブログをマメにチェックしている男が、一体どのくらいいるのだろう。……想像したくない。
ようやく繋がった五度目の電話。『はい、もしも~し!』と元気よく電話に出たのは、声の感じからしておそらくあの八重歯の男だ。
「あの、アオイさんで予約をしたいんですけど」
『アオイさんですね、ありがとうございます。アオイさんは、っと……えぇっと、十八時からでしたらご案内可能です』
「あ、じゃあそれでお願いします」
『コースはいかがいたしますか?』
「えっと……あの、Cコース、大丈夫ですか?」
『もちろんです。ではアオイさんで、十八時からCコースですね! かしこまりました。それではお名前とご連絡先、もしくは会員番号を伺ってもよろしいですか?』
通話終了のボタンを押し、義松はどっと溜め息を吐いた。よかった、無事に予約が取れた。
二度目に店に赴くまでには、様々な葛藤があり、なかなか踏み切ることができなかった。
だが、もう認めよう。アオイは魔性だ。人たらしだ。
義松はすっかりハマってしまった。認めざるを得ない。
「いらっしゃいませ~」
予約時間の十分前に店に着くと、八重歯の男が人好きのする笑みを浮かべて出迎えてくれた。
予約の名前を告げる前に「アオイさんでご予約のお客さまですね?」と先回りされる。この男と顔を合わせるのはまだ二度目のはずだが、すでに覚えられてしまったのだろうか。
店の人間から常連扱いを受けるのは悪い気はしない――が、風俗店においては必ずしもその限りではなかった。
気恥ずかしさが勝り、男の顔を正面から見ることができない。
義松はまるで面接練習のように、男のネクタイの結び目辺りに視線を彷徨わせ「あ、えっと、はい……」とぼそぼそと答えた。
「アオイさんで十八時からCコースお取りしてます。本日オプションはいかがいたしますか?」
「えっと……じゃあ②と③で」
「はい、②番のおっぱい舐めと③番のちくび舐めですね~」
……お願いだから、復唱しないでほしい。
受付に他に誰もいないのがせめてもの救いだ。
料金を支払い、笑顔の男に「では、お呼びしますのでこちらでかけてお待ちください~」と待合室に促される。
後ろに待っている人はいない。ずっと気になっていた件について、義松は思い切ってたずねてみることにした。
「あの……ちなみに、コスプレって――……」
みなまで言う前に、八重歯の男の目がきらりと光った。
「コスプレですね! いろいろありますよ~! チャイナとか、ミニスカポリスとか~」
コスプレ衣装カタログ――L判サイズの写真が入るアルバムだ――をおもむろに取り出すと、ぺらぺらと捲り義松に見せてくれた。嬉々としているのは気のせいではないだろう。
写真はこの店で撮影したようだ。
おそらく〝阿部ちゃんがガラケーで撮ったやつ〟なのだろう、画質が荒い。
首から上の写真はないが、おそらくキャストだと思われる男が、各衣装を着てポーズを取っている。
義松はぺらり、ぺらりとアルバムを一ページずつ捲っていく。かなりの数だ。
そして、誰の趣味なのか、ミニスカがやたらと多い。警察官や、アーミースタイル、スーツなど、ごくごく普通の男性向けの衣装もある。だが圧倒的に多いのは女装用の衣装だった。
しかしモデルを務めているアルバムの中の男はみなたくましい。まったくもってそそられない。
「ちなみにアオイさんなら、これとか……あとは、これとかどうでしょう? 脚キレイだから絶対似合いますよ~!」
そういって指さされたのは某社の客室乗務員の制服にそっくりな〝すちゅわーです〟と、ピンクがけばけばしい『お色気ナース』だ。
たしかに、アオイであれば……イイかもしれない。
「クリーニング中で、今店にないものもあるんですが、だいたいはご用意できますよ~。いかがでしょう。追加します?」
真剣に悩みはじめた義松に、受付の男はにこにこと微笑んでいる。しかし「じゃあ、これで」と〝すちゅわーです〟を指さそうとしたとき。入り口のベルが鳴り、店に人が入ってくる気配がした。男が義松の背後に向かって「いらっしゃいませ~」と朗らかに挨拶をする。
義松はハッとして、伸ばしかけた指をさっと引っ込めた。
「えっと……とりあえず今回は結構です」
「は~い、また是非お願いします……こんにちは~、シンさんご予約のお客さまですね」
人懐っこい笑顔を次の客へと向けたので、義松はすごすごと待合室に引っ込んだ。
あの受付の男。へらっとした緊張感のない笑顔にうっかり騙されていたが、なかなか侮れない。
とんでもなく営業上手な上に、義松だけではない、客の顔をよく覚えているようだ。
義松も営業職として、見習いたいところだ……が、風俗店においては、やはり気まずい。
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