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筧 義松
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「……違うんですか?」と、義松は今度は期待を込めてたずねる。
「俺は~、両方いけちゃう。つっても、もう十年近く彼女なんていないけど」
「えっ? アオイさん、今いくつなんですか?」
てっきり二十歳そこそこだと思っていたが、十年前って一体いくつの頃の話だ。
「俺? 二十六」
「……へぇ」
「なんだよ、意外と年くってんなって? まさか店のプロフィール間に受けてんの?」
たしか、店のプロフィールは二十一歳とかになっていた気がする。
「年サバ読むのは女だけじゃないの~。何なんだろうね~、若いってだけで客の食いつきよくなるの。ま、俺の場合は昔からの常連ばっかりだから関係ないんだけど。店の方針?」
たしかにあれだけ予約を取るのが困難なのだ、わざわざ年齢を偽ってまで媚びる必要はないだろう。
「あんただって、風俗行ったことあるならわかるだろ? 年齢は勿論詐称、写真は修正しまくりだよ。あ、でもうちのプロフィール写真は無修正だから。阿部ちゃんがガラケーで撮ってくれた画質いまいちな無修正写真だから」
「阿部ちゃん?」
「うちのスタッフ。四十代くらいの、人当たりよさそうなおじさん。今日もいただろ?」
「ああ」
初めて「エルミタージュ」に来たとき、受付にいた男だ。どうやら阿部というらしい。
そのとき、先ほどの女の子が、ラーメンを持ってやってきた。
「スペシャル焦がし醤油です」
とにっこり笑って義松の前にラーメンの器を置く。
すぐにアオイの注文した焦がし味噌と餃子も運ばれてきた。
「タレ皿一個でいいよね。ラー油入れるよ? 六個だから、三個ずつね?」
三個ずつね? ……だと?
空腹だったらしいアオイはご機嫌な様子で、にこにこしながら言った。
店で見せる艶っぽい微笑や、義松をいじり倒すときのニヤニヤ笑いとは違う。
子どもみたいににこにこしている。
たしかに、この店の女の子は可愛い。
可愛い、けれど。今この目の前のアオイ以上に可愛い人間はきっと存在しないだろう。
今の彼は、ただの普通のオトコノコなのに。
「ほーいえばはぁ」
ラーメンを嬉しそうにずぞぞっとすすりながら、アオイが言った。
「……行儀、悪いですよ」
「今更だけど、キミ、名前は?」
義松の言うことは聞いていないようだ。
たしかに今更過ぎる。「はじめまして」で自己紹介をするような間柄ではない。
アオイは義松の名前も年齢も、普段どんな仕事をしているのかも知らない。それはもちろん、義松にも言えることだ(年齢はたった今知ったけれど)。
「筧です」
「それ、本名?」
「本名ですよ!」
「ふーん、下の名前は?」
「義松です。アオイさんは……偽名ですよね?」
「ん~、それはどちらとも言えるね~」
なんだソレは。
聞いても上手くはぐらかされるだけのような気がして、義松はそれ以上何も聞かなかった。
美味そうに餃子を頬張るアオイを見て微笑むと、自身のラーメンに乗っていたチャーシューを何枚か乗っけてやった。
あまりにアオイが可愛らしいので、つい餌付けしたくなったのだ。
しかし目を丸くした彼を見てしまった、と思った。
未使用の箸とは言え、いささか唐突だったかもしれない。味だって、味噌と醤油とで違う。自身のずぼらさを義松は即座に反省した。もしかしたらアオイは不愉快に思っただろうか。
しかし義松の心配をよそに、アオイは「いいの?」と目を輝かせる。
「……ええ。俺のには、いっぱい乗ってるんで」
スペシャルと言う名にふさわしく、義松のラーメンにはチャーシューも海苔も半熟卵も、アオイのラーメンの倍は乗っている。
「サンキュ!」
アオイはキラキラの笑顔を惜しげもなく振りまく。
接客中、一度だってこんな満面の笑みは見た事がない。
「あんたも早く食えよ、美味いからさ。麺伸びるぞ」
アオイに急かされ、義松は慌ててラーメンに手をつける。
ラーメンは文句なしに美味かった。
「俺は~、両方いけちゃう。つっても、もう十年近く彼女なんていないけど」
「えっ? アオイさん、今いくつなんですか?」
てっきり二十歳そこそこだと思っていたが、十年前って一体いくつの頃の話だ。
「俺? 二十六」
「……へぇ」
「なんだよ、意外と年くってんなって? まさか店のプロフィール間に受けてんの?」
たしか、店のプロフィールは二十一歳とかになっていた気がする。
「年サバ読むのは女だけじゃないの~。何なんだろうね~、若いってだけで客の食いつきよくなるの。ま、俺の場合は昔からの常連ばっかりだから関係ないんだけど。店の方針?」
たしかにあれだけ予約を取るのが困難なのだ、わざわざ年齢を偽ってまで媚びる必要はないだろう。
「あんただって、風俗行ったことあるならわかるだろ? 年齢は勿論詐称、写真は修正しまくりだよ。あ、でもうちのプロフィール写真は無修正だから。阿部ちゃんがガラケーで撮ってくれた画質いまいちな無修正写真だから」
「阿部ちゃん?」
「うちのスタッフ。四十代くらいの、人当たりよさそうなおじさん。今日もいただろ?」
「ああ」
初めて「エルミタージュ」に来たとき、受付にいた男だ。どうやら阿部というらしい。
そのとき、先ほどの女の子が、ラーメンを持ってやってきた。
「スペシャル焦がし醤油です」
とにっこり笑って義松の前にラーメンの器を置く。
すぐにアオイの注文した焦がし味噌と餃子も運ばれてきた。
「タレ皿一個でいいよね。ラー油入れるよ? 六個だから、三個ずつね?」
三個ずつね? ……だと?
空腹だったらしいアオイはご機嫌な様子で、にこにこしながら言った。
店で見せる艶っぽい微笑や、義松をいじり倒すときのニヤニヤ笑いとは違う。
子どもみたいににこにこしている。
たしかに、この店の女の子は可愛い。
可愛い、けれど。今この目の前のアオイ以上に可愛い人間はきっと存在しないだろう。
今の彼は、ただの普通のオトコノコなのに。
「ほーいえばはぁ」
ラーメンを嬉しそうにずぞぞっとすすりながら、アオイが言った。
「……行儀、悪いですよ」
「今更だけど、キミ、名前は?」
義松の言うことは聞いていないようだ。
たしかに今更過ぎる。「はじめまして」で自己紹介をするような間柄ではない。
アオイは義松の名前も年齢も、普段どんな仕事をしているのかも知らない。それはもちろん、義松にも言えることだ(年齢はたった今知ったけれど)。
「筧です」
「それ、本名?」
「本名ですよ!」
「ふーん、下の名前は?」
「義松です。アオイさんは……偽名ですよね?」
「ん~、それはどちらとも言えるね~」
なんだソレは。
聞いても上手くはぐらかされるだけのような気がして、義松はそれ以上何も聞かなかった。
美味そうに餃子を頬張るアオイを見て微笑むと、自身のラーメンに乗っていたチャーシューを何枚か乗っけてやった。
あまりにアオイが可愛らしいので、つい餌付けしたくなったのだ。
しかし目を丸くした彼を見てしまった、と思った。
未使用の箸とは言え、いささか唐突だったかもしれない。味だって、味噌と醤油とで違う。自身のずぼらさを義松は即座に反省した。もしかしたらアオイは不愉快に思っただろうか。
しかし義松の心配をよそに、アオイは「いいの?」と目を輝かせる。
「……ええ。俺のには、いっぱい乗ってるんで」
スペシャルと言う名にふさわしく、義松のラーメンにはチャーシューも海苔も半熟卵も、アオイのラーメンの倍は乗っている。
「サンキュ!」
アオイはキラキラの笑顔を惜しげもなく振りまく。
接客中、一度だってこんな満面の笑みは見た事がない。
「あんたも早く食えよ、美味いからさ。麺伸びるぞ」
アオイに急かされ、義松は慌ててラーメンに手をつける。
ラーメンは文句なしに美味かった。
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