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筧 義松
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「俺は、店を出たあと、傘を忘れたことに気付いて戻りました。そのとき……ついでに、お手洗いを借りたんです。雑居ビルの四階にある、小さな店でした。それで……ちょうどお手洗いの前が女の子の控室だったみたいで……カーテン越しに、その……女の子たちの話が丸聞こえで……」
「ふーん。まあ、客の悪口とかな。そんで、あんたの話してたんだ。何言われたの?」
ま、おおよその想像はつくけど、とアオイは口元だけでニヤリと笑った。
だったら聞くなと思いつつ、その想像は大体当たっているんだろうなとも思う。
「仮性包茎マジ引くとか、粗チンすぎてウケる、とか……見かけ倒しって……」
もう何年も前のことだというのに、あのとき聞こえてきた品のないゲラゲラ笑いを今も忘れられない。
「ははーあ。まあ、なるほどね~」
アオイはなるほど、なるほど、と呟いてにやにやしている。あまり期待はしていなかったけれど、慰めの言葉ひとつもない。
「それ以来風俗は行ってません……」
「ほ~。あ、ねえ、まさか童貞じゃないよね?」
「ちっ……、ち、違いますけど……彼女にやっぱりあからさまにガッカリされて……」
「あ~ららら。それで、それっきり?」
「……そうですけど」
「いやぁ、せっかくの高身長のイケメンなのにもったいないなぁと思ってさ」
そしてアオイはカラカラ笑った。
「だからそんなに突っかかんなよ」
と、使用済みウエットティッシュを義松の手から奪ってゴミ箱に放ると、やや下がり気味の肩をばしんと叩いた。
「そんで? そこからキミはすっかり女性がトラウマってことかな?」
「トラウマってほどでは……ただあまり積極的に女性とそういう……深い関係にはなりたいと思わないだけで……」
「それ十分トラウマだからね。ふ~ん、それで男相手の扉を開こうとしてるわけね?」
「べっ、別にそういうわけじゃ……! ただ女の子は裏で何言ってるかわからないから怖くて……それで先輩が、同じ男ならその手の問題のデリケートさをわかってくれるだろうって……」
言われたのだが、このアオイにそんな気遣いは得られなさそうだ。
案の定「あーワリッ。俺の息子は立派だから、その手の悩み、わかってあげらんないの」とケラケラ笑った。
この男。
「元気出せよ。確かにキミの息子を見たら大抵の女はガッカリするだろうけど、ここに来たら俺が責任もって気持ちよくしてやるから、なっ?」
「……それ、慰めてます?」
もしそれで慰めてるつもりなら最悪だ。全然慰めになっていない。
「いや別に? 事実を述べた上で営業してる」
ほんとに、この男。
「あー、あんたが早漏過ぎるから、まだ三十分も残ってるよ」
いつの間にタイマーをセットしてあったのか。
サイドテーブルの上のキッチンタイマーに手を伸ばし、時間を確認したアオイがフンと鼻で笑った。
悪かったな、と思いつつ義松は純粋な疑問を口にした。
「50分も、皆さん何するんですか?」
義松の早漏が過ぎることを差し引いたって、一発ヌくだけに50分もかからない。
「んーおしゃべりとか? この店って風俗店のサービスとしては中途半端だろ。皆、癒しを求めてやってくんの。い・や・し。ほら、俺って癒し系でしょ?」
――自分で言うな。
「ちょっと、素直だね、キミ。思ってること全部顔に出てるよ?」
思ったことが露骨に顔に出ていたんだろう。
しかしアオイは気にすることなく無邪気に笑っている。
「だって……最初の色っぽい美人キャラはどこに行ったんですか」
「あれはよそ行き。接客用じゃん? 他にも色々あるよ、キャピ系弟キャラとか? そこはお客様のご要望に合わせますよ。曲がりなりにも、お金もらってるプロですし?」
「俺も一応客ですけど?」
「これが素ね? なんかキミ面白いし気に入っちゃった! 歳も近そうだし楽なんだもん。……あ、あと三十分間どうする? キミ、若いしもう一回くらいイけそうだよね?」
「えっ、二回もする人いるんですか?」
「そりゃあ、いるよぉ~。最初から延長一時間で予約して二回も、三回もする人とかも」
顔を引き攣らせた義松に、アオイは「キミも若いんだからイけるって」
そう言うなり、アオイは義松の上に乗っかってきた。
「Cコースってさ、上半身ヌードありなの。つっても、ゲイじゃないキミには男の乳首なんて興味ないかもしんないけど?」
アオイはおもむろにシャツを頭から脱ぐと、バランスの取れた上半身を晒す。思わず息を飲んだ義松の反応に、彼に跨ったアオイは満足げに唇の端を上げた。
男の裸なんて当然興味はなかった。
しかし、目の前に晒されたアオイの体に、義松はうっかり見惚れてしまった。
細いけど、華奢じゃない。綺麗に浮き出た鎖骨。厚みはないが、全体的にほどよく筋肉がついていて、腹筋はうっすら割れている。
そして何より、美味しそうにぷっくりと赤く熟れた乳首が……。
「お、もう復活。さすがワカモノ。どう? 俺の裸、興奮した?」
アオイはそのしなやかな腕を義松の首に回すと、小首を傾げて至近距離で顔を覗き込んでくる。
この男は小悪魔か、そうじゃなければ……いや、やっぱり小悪魔だ。
ドクン、と身体中の血が騒ぎ、ふたたび兆しはじめた小さなペニスも、わずかながら更に体積を増す。
――興奮した。
たしかに今、義松はこの目の前の男の裸体に興奮しているのだ。
返事の代わりに、アオイの胸に吸い寄せられるように唇を寄せれば――……。
「おっと、こっちは別料金」
するりと首に回っていた腕が離れ、体を反らして避けられる。
義松はきゅっと唇を結んだ。もう、頭の中は”そう”する以外の選択肢はない。
「……いくらですか?」
「千円也」
義松の反応なんてお見通しだったのだろう、アオイはしたり顔でそう言った。
アオイを乗っからせたまま、義松は腕を伸ばしてカゴの中のジーンズに手を伸ばす。尻ポケットの財布を取り出し、中を確認したが生憎と壱万円札と五千円札しかない。
義松は迷わず五千円札を取り出し、アオイに握らせた。
「おつり、ないけど?」
「いいです」
義松がそう答えると、わかっていたくせに。
白々しく尋ねたあと、アオイはにっこりと満面の笑みを浮かべる。
「キミ、サイコーだね」
――嗚呼、もう我慢できない。
次の瞬間、義松はその胸にかぶりついた。
その腰をしっかりと抱き、さっきのように避けられたりしないように。
突然かぶりつかれて驚いたアオイが、ハッと息をのむ音が聞こえた。
「ふーん。まあ、客の悪口とかな。そんで、あんたの話してたんだ。何言われたの?」
ま、おおよその想像はつくけど、とアオイは口元だけでニヤリと笑った。
だったら聞くなと思いつつ、その想像は大体当たっているんだろうなとも思う。
「仮性包茎マジ引くとか、粗チンすぎてウケる、とか……見かけ倒しって……」
もう何年も前のことだというのに、あのとき聞こえてきた品のないゲラゲラ笑いを今も忘れられない。
「ははーあ。まあ、なるほどね~」
アオイはなるほど、なるほど、と呟いてにやにやしている。あまり期待はしていなかったけれど、慰めの言葉ひとつもない。
「それ以来風俗は行ってません……」
「ほ~。あ、ねえ、まさか童貞じゃないよね?」
「ちっ……、ち、違いますけど……彼女にやっぱりあからさまにガッカリされて……」
「あ~ららら。それで、それっきり?」
「……そうですけど」
「いやぁ、せっかくの高身長のイケメンなのにもったいないなぁと思ってさ」
そしてアオイはカラカラ笑った。
「だからそんなに突っかかんなよ」
と、使用済みウエットティッシュを義松の手から奪ってゴミ箱に放ると、やや下がり気味の肩をばしんと叩いた。
「そんで? そこからキミはすっかり女性がトラウマってことかな?」
「トラウマってほどでは……ただあまり積極的に女性とそういう……深い関係にはなりたいと思わないだけで……」
「それ十分トラウマだからね。ふ~ん、それで男相手の扉を開こうとしてるわけね?」
「べっ、別にそういうわけじゃ……! ただ女の子は裏で何言ってるかわからないから怖くて……それで先輩が、同じ男ならその手の問題のデリケートさをわかってくれるだろうって……」
言われたのだが、このアオイにそんな気遣いは得られなさそうだ。
案の定「あーワリッ。俺の息子は立派だから、その手の悩み、わかってあげらんないの」とケラケラ笑った。
この男。
「元気出せよ。確かにキミの息子を見たら大抵の女はガッカリするだろうけど、ここに来たら俺が責任もって気持ちよくしてやるから、なっ?」
「……それ、慰めてます?」
もしそれで慰めてるつもりなら最悪だ。全然慰めになっていない。
「いや別に? 事実を述べた上で営業してる」
ほんとに、この男。
「あー、あんたが早漏過ぎるから、まだ三十分も残ってるよ」
いつの間にタイマーをセットしてあったのか。
サイドテーブルの上のキッチンタイマーに手を伸ばし、時間を確認したアオイがフンと鼻で笑った。
悪かったな、と思いつつ義松は純粋な疑問を口にした。
「50分も、皆さん何するんですか?」
義松の早漏が過ぎることを差し引いたって、一発ヌくだけに50分もかからない。
「んーおしゃべりとか? この店って風俗店のサービスとしては中途半端だろ。皆、癒しを求めてやってくんの。い・や・し。ほら、俺って癒し系でしょ?」
――自分で言うな。
「ちょっと、素直だね、キミ。思ってること全部顔に出てるよ?」
思ったことが露骨に顔に出ていたんだろう。
しかしアオイは気にすることなく無邪気に笑っている。
「だって……最初の色っぽい美人キャラはどこに行ったんですか」
「あれはよそ行き。接客用じゃん? 他にも色々あるよ、キャピ系弟キャラとか? そこはお客様のご要望に合わせますよ。曲がりなりにも、お金もらってるプロですし?」
「俺も一応客ですけど?」
「これが素ね? なんかキミ面白いし気に入っちゃった! 歳も近そうだし楽なんだもん。……あ、あと三十分間どうする? キミ、若いしもう一回くらいイけそうだよね?」
「えっ、二回もする人いるんですか?」
「そりゃあ、いるよぉ~。最初から延長一時間で予約して二回も、三回もする人とかも」
顔を引き攣らせた義松に、アオイは「キミも若いんだからイけるって」
そう言うなり、アオイは義松の上に乗っかってきた。
「Cコースってさ、上半身ヌードありなの。つっても、ゲイじゃないキミには男の乳首なんて興味ないかもしんないけど?」
アオイはおもむろにシャツを頭から脱ぐと、バランスの取れた上半身を晒す。思わず息を飲んだ義松の反応に、彼に跨ったアオイは満足げに唇の端を上げた。
男の裸なんて当然興味はなかった。
しかし、目の前に晒されたアオイの体に、義松はうっかり見惚れてしまった。
細いけど、華奢じゃない。綺麗に浮き出た鎖骨。厚みはないが、全体的にほどよく筋肉がついていて、腹筋はうっすら割れている。
そして何より、美味しそうにぷっくりと赤く熟れた乳首が……。
「お、もう復活。さすがワカモノ。どう? 俺の裸、興奮した?」
アオイはそのしなやかな腕を義松の首に回すと、小首を傾げて至近距離で顔を覗き込んでくる。
この男は小悪魔か、そうじゃなければ……いや、やっぱり小悪魔だ。
ドクン、と身体中の血が騒ぎ、ふたたび兆しはじめた小さなペニスも、わずかながら更に体積を増す。
――興奮した。
たしかに今、義松はこの目の前の男の裸体に興奮しているのだ。
返事の代わりに、アオイの胸に吸い寄せられるように唇を寄せれば――……。
「おっと、こっちは別料金」
するりと首に回っていた腕が離れ、体を反らして避けられる。
義松はきゅっと唇を結んだ。もう、頭の中は”そう”する以外の選択肢はない。
「……いくらですか?」
「千円也」
義松の反応なんてお見通しだったのだろう、アオイはしたり顔でそう言った。
アオイを乗っからせたまま、義松は腕を伸ばしてカゴの中のジーンズに手を伸ばす。尻ポケットの財布を取り出し、中を確認したが生憎と壱万円札と五千円札しかない。
義松は迷わず五千円札を取り出し、アオイに握らせた。
「おつり、ないけど?」
「いいです」
義松がそう答えると、わかっていたくせに。
白々しく尋ねたあと、アオイはにっこりと満面の笑みを浮かべる。
「キミ、サイコーだね」
――嗚呼、もう我慢できない。
次の瞬間、義松はその胸にかぶりついた。
その腰をしっかりと抱き、さっきのように避けられたりしないように。
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