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筧 義松
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オナクラ、エルミタージュの「ご紹介カード」なるものを押し付けられたのは昨日の会社の飲み会でのこと。風俗好きで知られている先輩からだ。
「オナクラ……? しかもこの店……え? 男しかいないの?」
義松とて風俗店の経験くらいある。だが、男が男の相手をする店があるなんて初めて知った。いわゆるゲイ風俗というやつだ。怪訝な顔をする義松に、その先輩はこそっと耳元で囁く。
「お前、包茎で悩んでんだろ? 恥ずかしくて風俗行けないって、言ってたじゃん」
義松はぎょっとしてその先輩の顔を見た。
「な、な、な、なんで……」
「お前自分で言ったんじゃん。先月の暑気払いでさ。……もしかして覚えてねーの? 結構酔ってたもんなぁ」
カラカラと声を上げて笑う先輩に、義松は声が出ない。口をハクハクさせていると先輩はますます笑った。
「何ソレ、金魚のマネ?」
「ちッ……! 違います!」
「ははっ、うそうそ、ジョーダン! 分かってるよ、大丈夫だって。お前がそのお悩みを告白したのは俺だけだし。俺も誰にも言わねーし。っつーか、仮性包茎くらい別に珍しくもねーだろ」
「ちょ! 先輩! 声が大きいです……!」
慌てて周りを見回すが、周りの同僚たちは各々の会話に夢中で義松と先輩の会話なんて聞いていない。ホッとしたところで、再び耳元で囁かれる。
「同じ男が相手だとさ、その手のデリケートな問題にオンナの子よりも理解あるし? きっと筧の心の傷も癒してくれるよ」
――男の風俗の中でも、断トツおすすめするのがココ。オトコノコのクオリティも高いし、サービスもいいし、なにより癒されるのよぉ。だから、ね。是非行ってみて? ……――なーんて、先輩の言葉にまんまと乗っかって、筧義松は素直に翌日の土曜日、そのオナクラ、エルミタージュとやらに「ご紹介カード」を持ってやってきた。
『これ持っていくとさ、入場料千円がタダになるから!』と、握らせてくれた「ご紹介カード」を受付で提示する。
「ご紹介でございますね。ありがとうございます」
受付には四十代と思しきスーツの男がおり、実ににこやかにカードを受け取ってくれた。
若干緊張のため肩に力が入っていたが、拍子抜けするほど優しげで清潔感のある上品な男の対応に、わずかながらホッとする。
受付の男は簡単にコース内容と、店のルール説明をしたあと「本日ご案内可能な子です」とポストカードサイズの写真の載ったプロフィールシートを見せてくれた。
流れは普通の風俗店と変わらないらしい。
義松はまじまじと写真を見た。女の子みたいに可愛くて幼い顔立ちの少年、明るい髪色の今どきの若者っぽい学生風の青年。健康的な肌色にほどよい厚みの胸板の、夏の海のライフセーバー風青年……。たしかに見目のよい若者が揃っている。
けれど……。
――この中から選ばなきゃダメなの? この中の誰かにヌいてもらうの?
男が好きな訳ではない義松には、いまいちピンとこない。
写真を前に義松がうんうんと悩んでいると店の電話が鳴った。
どうやら今現在、スタッフは受付の男一人だけのようだ。男は「すみません。失礼いたします」と一言断って電話に出る。
「はい……はい、はい、かしこまりました。いえ。……はい、またよろしくお願いいたします」
電話はすぐに終了した。
受話器を置くと、男はにこりと義松に微笑みかけた。
「お決まりになりましたか?」
「あー……いや、まだ。悩んじゃって」
「よろしければ、ご案内できる子が一人増えました。いつも予約でいっぱいになってしまうので、フリーで入ることは難しいんです。たった今予約のキャンセルが出たので、ご案内可能ですがいかがでしょうか?」
「じゃあ、その子でお願いします」
義松は写真も見ずに即決した。このまま写真を眺め続けていても、埒が明かない。
「コースはお決まりですか」
「えーっと、じゃあ、C? でお願いします」
「オプションはいかがいたしますか」
「あー……よく分からないので、いいです」
「かしこまりました。それではCコース、アオイさんでご案内します」
先に会計を済ませ「オトコノコの準備できましたらお呼び致します。そちらでかけてお待ちください」と、カーテンで仕切られた待合室に促される。
実家のウォークインクローゼットほどの広さしかないその待合室には、すでに先客が二人いた。どちらも四十代か、五十代か……。年齢が顕著に見た目に現れた二人だった。二人が端と端に座っているので、義松は若干気まずさを感じながらソファの真ん中に腰掛ける。
二人はすぐに受付の男に呼ばれ、店の奥、カーテンの向こう側に消えていった。
「アオイさんでお待ちのお客さま」
やがて、義松が呼ばれた。
「ごゆっくりどうぞ」
緊張気味に立ち上がった義松に、受付の男が微笑(ほほえ)んだ。
店の奥へと続くカーテンがシャッと開くと、シンプルなTシャツにショートパンツ姿の、美麗な青年が立っていた。
「はじめまして、アオイです」
にこりと微笑まれ、義松はハッと息を呑む。男に見惚れたのは生まれて初めてだ。「お部屋、ご案内しますね?」と、不意に手を取られぎょっとする。
アオイはくすりと笑うと、あからさまに狼狽えている義松の手を引き、部屋の前まで案内してくれた。
「こちらのお部屋でお願いします」
扉を開けて、部屋に入るように促される。
アオイの手が離れていくと、妙に寂しい気持ちになった。
待合室の冷房で義松の体はすっかり冷えてしまい、アオイの手がとても温かかったのだ。
靴を脱いで個室に入るとそこは四畳半ほどの小さな部屋で、ベッドとサイドテブールがあるだけだ。シャワールームの扉が目に入ったが、受付のときにシャワーを浴びる等のそんな説明はなかった。
アオイは義松の脱いだ靴を揃えて自身もスリッパを脱ぐと、ベッドに腰掛けた。そして所在なさげに立ったままの義松にトントンと隣を示し「座って?」と微笑んだ。
「もしかして緊張してる? こういうの、初めて?」
「え、あ、はい……初めて、です」
「ふふっ。こういうお店あんまり来ないの?」
「ないわけではないですけど……よく行くわけじゃ……。それに」
「男は初めて?」
「あ、はい……」
ギシギシと音がしそうなほどぎこちない返事しか返せない義松に、アオイはくすっと笑い「そんな緊張しないでよ?」とそっと肩に触れる。
「俺たち、年もたいして変わらなさそうだし? そんなに警戒しないでよ」
さりげない様子で肩に触れた手をそっと滑らせ、腕を伝って再び義松の手を握った。
「オナクラ……? しかもこの店……え? 男しかいないの?」
義松とて風俗店の経験くらいある。だが、男が男の相手をする店があるなんて初めて知った。いわゆるゲイ風俗というやつだ。怪訝な顔をする義松に、その先輩はこそっと耳元で囁く。
「お前、包茎で悩んでんだろ? 恥ずかしくて風俗行けないって、言ってたじゃん」
義松はぎょっとしてその先輩の顔を見た。
「な、な、な、なんで……」
「お前自分で言ったんじゃん。先月の暑気払いでさ。……もしかして覚えてねーの? 結構酔ってたもんなぁ」
カラカラと声を上げて笑う先輩に、義松は声が出ない。口をハクハクさせていると先輩はますます笑った。
「何ソレ、金魚のマネ?」
「ちッ……! 違います!」
「ははっ、うそうそ、ジョーダン! 分かってるよ、大丈夫だって。お前がそのお悩みを告白したのは俺だけだし。俺も誰にも言わねーし。っつーか、仮性包茎くらい別に珍しくもねーだろ」
「ちょ! 先輩! 声が大きいです……!」
慌てて周りを見回すが、周りの同僚たちは各々の会話に夢中で義松と先輩の会話なんて聞いていない。ホッとしたところで、再び耳元で囁かれる。
「同じ男が相手だとさ、その手のデリケートな問題にオンナの子よりも理解あるし? きっと筧の心の傷も癒してくれるよ」
――男の風俗の中でも、断トツおすすめするのがココ。オトコノコのクオリティも高いし、サービスもいいし、なにより癒されるのよぉ。だから、ね。是非行ってみて? ……――なーんて、先輩の言葉にまんまと乗っかって、筧義松は素直に翌日の土曜日、そのオナクラ、エルミタージュとやらに「ご紹介カード」を持ってやってきた。
『これ持っていくとさ、入場料千円がタダになるから!』と、握らせてくれた「ご紹介カード」を受付で提示する。
「ご紹介でございますね。ありがとうございます」
受付には四十代と思しきスーツの男がおり、実ににこやかにカードを受け取ってくれた。
若干緊張のため肩に力が入っていたが、拍子抜けするほど優しげで清潔感のある上品な男の対応に、わずかながらホッとする。
受付の男は簡単にコース内容と、店のルール説明をしたあと「本日ご案内可能な子です」とポストカードサイズの写真の載ったプロフィールシートを見せてくれた。
流れは普通の風俗店と変わらないらしい。
義松はまじまじと写真を見た。女の子みたいに可愛くて幼い顔立ちの少年、明るい髪色の今どきの若者っぽい学生風の青年。健康的な肌色にほどよい厚みの胸板の、夏の海のライフセーバー風青年……。たしかに見目のよい若者が揃っている。
けれど……。
――この中から選ばなきゃダメなの? この中の誰かにヌいてもらうの?
男が好きな訳ではない義松には、いまいちピンとこない。
写真を前に義松がうんうんと悩んでいると店の電話が鳴った。
どうやら今現在、スタッフは受付の男一人だけのようだ。男は「すみません。失礼いたします」と一言断って電話に出る。
「はい……はい、はい、かしこまりました。いえ。……はい、またよろしくお願いいたします」
電話はすぐに終了した。
受話器を置くと、男はにこりと義松に微笑みかけた。
「お決まりになりましたか?」
「あー……いや、まだ。悩んじゃって」
「よろしければ、ご案内できる子が一人増えました。いつも予約でいっぱいになってしまうので、フリーで入ることは難しいんです。たった今予約のキャンセルが出たので、ご案内可能ですがいかがでしょうか?」
「じゃあ、その子でお願いします」
義松は写真も見ずに即決した。このまま写真を眺め続けていても、埒が明かない。
「コースはお決まりですか」
「えーっと、じゃあ、C? でお願いします」
「オプションはいかがいたしますか」
「あー……よく分からないので、いいです」
「かしこまりました。それではCコース、アオイさんでご案内します」
先に会計を済ませ「オトコノコの準備できましたらお呼び致します。そちらでかけてお待ちください」と、カーテンで仕切られた待合室に促される。
実家のウォークインクローゼットほどの広さしかないその待合室には、すでに先客が二人いた。どちらも四十代か、五十代か……。年齢が顕著に見た目に現れた二人だった。二人が端と端に座っているので、義松は若干気まずさを感じながらソファの真ん中に腰掛ける。
二人はすぐに受付の男に呼ばれ、店の奥、カーテンの向こう側に消えていった。
「アオイさんでお待ちのお客さま」
やがて、義松が呼ばれた。
「ごゆっくりどうぞ」
緊張気味に立ち上がった義松に、受付の男が微笑(ほほえ)んだ。
店の奥へと続くカーテンがシャッと開くと、シンプルなTシャツにショートパンツ姿の、美麗な青年が立っていた。
「はじめまして、アオイです」
にこりと微笑まれ、義松はハッと息を呑む。男に見惚れたのは生まれて初めてだ。「お部屋、ご案内しますね?」と、不意に手を取られぎょっとする。
アオイはくすりと笑うと、あからさまに狼狽えている義松の手を引き、部屋の前まで案内してくれた。
「こちらのお部屋でお願いします」
扉を開けて、部屋に入るように促される。
アオイの手が離れていくと、妙に寂しい気持ちになった。
待合室の冷房で義松の体はすっかり冷えてしまい、アオイの手がとても温かかったのだ。
靴を脱いで個室に入るとそこは四畳半ほどの小さな部屋で、ベッドとサイドテブールがあるだけだ。シャワールームの扉が目に入ったが、受付のときにシャワーを浴びる等のそんな説明はなかった。
アオイは義松の脱いだ靴を揃えて自身もスリッパを脱ぐと、ベッドに腰掛けた。そして所在なさげに立ったままの義松にトントンと隣を示し「座って?」と微笑んだ。
「もしかして緊張してる? こういうの、初めて?」
「え、あ、はい……初めて、です」
「ふふっ。こういうお店あんまり来ないの?」
「ないわけではないですけど……よく行くわけじゃ……。それに」
「男は初めて?」
「あ、はい……」
ギシギシと音がしそうなほどぎこちない返事しか返せない義松に、アオイはくすっと笑い「そんな緊張しないでよ?」とそっと肩に触れる。
「俺たち、年もたいして変わらなさそうだし? そんなに警戒しないでよ」
さりげない様子で肩に触れた手をそっと滑らせ、腕を伝って再び義松の手を握った。
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