恋する彼のアパルトマン

吉田美野

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3.(リュカ視点)

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 みんなで杯を重ねながら、ジェイミーがときどきキッチンに引っ込んでおつまみを出してくれる。

 一度、手伝おうと席を立とうとしたミアを、ジェイミーは「こっちは大丈夫だからさ。お客さんはのんびり座っていてくれよ」とやんわりと押しとどめた。事前に聞いていたとおり、つまみはそのまま並べたり、切って出すだけの簡単なものばかりだ。実際、手伝うようなこともなく言葉どおり〝大丈夫〟なのだろうけれど、リュカはジェイミーとミアがふたたびキッチンでふたりきりにならなかったことに安堵した。とてもとても、安堵した。


 当初の予定とは違ったが、その夜はとても楽しいものになった。
 リュカ自身、もともと友人は多くなく、大学を卒業してからはほとんど連絡も取っていない。祖父が亡くなってからひとりでやっていくのがやっとだった。心に余裕がなかったリュカは、心配してくれた友人に返事をするのも億劫で、今思えば随分と不義理なことをしたと思う。

 ようやく蚤の市を巡って素敵なカップを見つけたり、仕事に関係のない本を楽しむ余裕ができた頃には、リュカはひとりだった。
 だから、こんな風ににぎやかに年を越すなんて本当に久しぶりのことだった。

 リーアムとセラは話し上手でもあり聞き上手でもあった。
 リュカが知らない学生時代のジェイミーの話を、面白おかしく話してくれたり(バツが悪いのか、不貞腐れたような顔のジェイミーもまた新鮮だった)、また最近のジェイミーの様子を聞かれたり。
 はじめはほとんど口を開かなかったミアも、お酒のおかげか、それともこの場に慣れたのか、ぽつぽつと口を開くようになった。

 ワインがなくなると、リーアムが「適当に探してきていいかい?」と言ってジェイミーの寝室に入っていって、間もなくワインを手に戻ってくるのがすこし不思議だった。寝室に家庭用のワインセラーでも置いてあるのだろうか。
 不思議と言えば料理もそうで、大きなお皿にジラルドの生牡蠣がたっぷりと乗って出てきたときは驚いた。「セラが手土産で持ってきてくれたんだよ」とジェイミーは言ったけれど、あの小さなキッチンのどこにこんなにたくさんの牡蠣がしまってあったのだろう? 不思議には思ったけれど、肉厚で濃厚な牡蠣とシャンパンの組み合わせにリュカはうっとりとしてしまって、些細なことは気にならなくなった。

 夜の十時を回った頃、花火を見るために出かけることになった。
 年が明けた瞬間上がる花火を、リュカはテレビ中継でしか見たことがないが、毎年大混雑だ。今から出掛けても花火が見える場所まで辿り着けるかわからないが、リュカはわくわくしながら一度自分の部屋に戻って出掛ける準備をした。

 いつものダッフルコートに耳当てをしてジェイミーの部屋に戻ると、リュカの姿を見て「マフラーはどうしたんだい」と言った。あっ、とリュカは声を上げた。部屋の中があたたかいし、急いでいたのでうっかりしていた。すぐに部屋に取りに戻ろうとするリュカに、ジェイミーが自分のマフラーを巻いた。深い青のマフラーは、ふんわりと柔らかくてあたたかい。

「僕、取りに戻るよ……?」
「いいから。これをしていて」

 結び目の位置が決まらないのか、ジェイミーは何度かやり直したあと「よし。うん、かわいいよ」と笑った。
「あ、ありがと……」
 リュカは照れくさくて、ふわふわのマフラーに顔を半分埋めた。マフラーは、柔らかくて、あたたかくて、そしていい匂いがした。
 オメガとして不完全なリュカには、アルファの匂いはわからないけれど、これがジェイミーの匂いか、と思うと幸福感に胸の奥がじんわり痺れた。
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