恋する彼のアパルトマン

吉田美野

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2.隣人の距離

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 リュカの部屋に戻ると、部屋中がモミの木の香りでいっぱいだった。
 荷物を置いてすぐに食事に出掛けたので、木はまだネットに包まれたままだ。ネットを外すと、香りはますます強くなった。枝葉が横に大きく広がって、なかなかの存在感を放っている。
「すごい匂いだね」
 この香りを嗅ぐと、クリスマスが近づいてきたという感じがする。
「クリスマスが近づいてきたって感じ」とリュカが目を細める。
 まったく同じことを考えていたジェイミーも頬を緩めた。
 久しぶりに出すというオーナメントは、彼の祖父が若い頃に集めたというアンティークだ。リュカが気に入って買い足したものも、いくつか入っているらしい。繊細なガラス細工でできたリース、木彫りのクリスマスベルと天使、陶器製のキャンディ。ひとつひとつ、大切にしてきたのだろうことが伺える。
 ふたりで飾りつけを終えたあとは、リュカがショウガと蜂蜜をたっぷり入れたアップルティーを淹れてくれた。暖炉の前でゆっくりしているうちに、いつの間にか眠っていたらしい。
 キッチンの方から、リュカの気配がする。
 食欲をそそる、美味しそうな匂いも。
 何度か瞬きを繰り返し、纏わりつく眠気を振り払う。リュカが顔をのぞかせた。
「あ、ジェイミー。起きた?」
「うん。たった今。いい匂いがする」
「もうすぐ夕食の支度ができるよ。お腹は空いてる?」
「うん。何か手伝うことは?」とたずねながらジェイミーは立ち上がる。
「んー、それじゃあ飲み物を選んでくれる?」
「今夜のメニューは?」
「サーモンのアーモンドパン粉焼き」
「いいね」
 リュカの部屋にもワインやビールの買い置きはあるけれど(ジェイミーといっしょに食事をするようになって、その量は増えた)、この間トランクから発掘した中に、ちょうどよさそうなワインがあったはず、とジェイミーはワインを取りに一度自分の部屋に戻った。
 ボトルを手にリュカの部屋に戻る。扉を開けた瞬間、青々としたモミの木と、オーブンから出したばかりの香ばしい料理の香りがジェイミーを包んだ。
 しばらくその香りにうっとりとしていると、玄関にひょっこりとリュカが顔を出す。ジェイミーの顔を見てにっこりと笑う。
「おかえり、ジェイミー。もう食べられるよ」
 モミの木、サーモン(よだれが出そうなほどいい匂いだ)、余韻に、古い紙とインク、それから蜂蜜。
 幸せの匂いだ、と思った。
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