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しおりを挟む突然現れた総一を、俺は「あぁ、そうですか」と簡単に受け入れる事はできなかった。
目覚めたら、どこにも総一の姿はない。総一を恋しく想うあまりに見た夢だったのだ……なんて展開を、俺は恐れていた。
その反面、そんなオチを期待していた。
だって、死んだはずの総一がウチで朝から味噌汁を作っているなんて。
あまりにも非現実的だ。
基本的に朝はパン派のこの家では、目が覚めて味噌汁の良い匂いがする……なんて事はまずない。
鼻歌交じりにダシ巻き卵を焼いている学ランの男の背中を、俺は不思議な気分で眺めた。
本人の申告では「幽霊みたいなもの」らしいが、どう見たって生身の人間に見える。
「おはよう泰知」
背後に立つ俺にいつから気がついていたのか。
菜箸片手にくるりと振り返った総一は炊飯器を指さし言った。
「米は炊けてる。食べる分だけ自分でよそえ。ダシ巻きももう出来るぞ。今日は一限からだろ? さっさと食って学校行けよ」
……しかし、この非常事態に学校へなど行っている場合だろうか。
「サボるつもりか。学生の本分だろうが。授業料勿体ないし、飯食って早く行けって。遅刻するぞ」
心を読まれたのかと、ギクリとする。
感情の機微に聡い男ではあった。
しかし死んだ筈の総一が、今こうして存在するのだ。そんなトンデモ展開がアリなら、それくらいのトンデモ能力が備わっていても不思議じゃない。
「お前は分かりやすいんだよ。考えてる事がダダ漏れ」
「そんな事……」
「あるよ。ほら早く食えって」
「そうだな……授業料勿体ないし……」
俺は素直に頷き、朝飯を食べて学校に向かった。
☂
目が覚めて、全部夢だったらどうしよう。
家に帰って、総一が消えていたらどうしよう。
全部、俺の妄想だったらどうしよう。
総一が現れてから、俺はずっと不安だった。
朝、あいつの作った飯を食べてから学校に来た。
確かに、総一は存在している。
なのに家に帰ったら総一はもういない気がして……居てもたってもいられず、俺は改札を抜けるなり傘も差さず雨の中を飛び出したのだった。
息を切らし帰宅した俺を見て、総一は鼻で笑った。
「そんなに慌てなくても、まだ消えたりしない」
そうか消えないのか。まだ。
「早く家に入ったら? いつまで突っ立ってるつもりさ」
縁側から家の中に入ると、さっきまでの霧雨からザァザァと叩きつけるような強い雨に変わった。
「良いタイミングで帰ってきたな。本降りになる前で良かった」
霧雨とは言え、傘も差さずに走ってきたら全身びしょ濡れだ。
前髪は額にぺっとり張り付き、毛先から眉間をつうっと雫が伝う。ぐいとおざなりに顔を拭えば、総一がぎゅっとその端整な眉を寄せた。
「風邪引く前にちゃんと拭け。それとも風呂入るか? お湯溜めようか」
総一はウチのばあちゃんより世話焼きだ。
「なぁ」
「ん?」
「お前の手、温かかった」
「はあ?」
昨日「早く入れ」と、俺の手を引いた総一の体温を思い出す。
総一の眉根が更に寄った。
「お前、幽霊じゃないの? 幽霊って温かいモンなの?」
「……相変わらずバカな質問だな」
総一がふんと鼻で笑う。
一瞬ムッとするものの、総一が俺に向ける優しい目とバッチリ視線が絡まると俺は何も言えなくなってしまう。
お前、昨日もそんな目をしていたな。
どうしてそんな目で俺を見るんだ?
緩慢な動作で、腕が伸びてくる。
総一の掌が、俺の頬をそっと撫でた。俺自身が冷えている事も相まってか、総一の掌は熱いくらいだ。
「やっぱり、体冷えてるぞ」
「……質問の答えになってないぞ」
総一の視線から逃れるように、俺は目を伏せ一歩下がった。
そっと触れていただけの総一の掌が、離れてゆく。総一は俺の反応に小さく笑っただけだった。
「さしずめアジサイの精ってところかな」
「……何ソレ。生き返ったわけじゃないの」
「死んだ人間は生き返ったりしないよ、おバカさん」
総一は柔らかく微笑んだ。
「初めてのキスも、こんな雨の日だったな」
外は相変わらず、叩きつけるような雨だ。
俺は無言で総一を睨みつける。
初めてのキスも何も、あれが最初で最後だった。
再び、腕が伸びてくる。
手の動きを目で追いながら、俺は無意識に顎を上げる。総一は小さく笑い、その温かい掌で俺の冷え切った頬を包んだ。
徐に総一の整った顔が近付いてくる。
「泰知、やっぱり先に風呂に入ってこい。その間に夕飯の支度をしておくから」
総一はすぐに何でもない様子で、台所に向かう。
夕飯まで作ってくれるのか。それは有難い……っていやいや、そうじゃなくて。
唇と唇が触れ合ったのは一瞬の事だった。
かつて、1度だけ交わしたキス。
あの時はもっと互いを貪るような激しいキスだった。
あの時も心臓が捩れているのではないかと思う程、嬉しくて苦しくて、でもやっぱり嬉しくて全身が歓喜に震えた気がする。
それがどうだろう、今は苦しくて苦しくて、ただ苦しいばかりで堪らない。
総一の唇の熱が、冷えた体にやけに残っていた。
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