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44 Have You Ever Seen The Rain? and One Love

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 わたしはその男が好きではありませんでした。どちらかというと、というよりは、積極的に、キライでした。

 マスターのような寛容も優しさもないので頼ることも出来ず、ヤンベ先生のような体力や知力や野望もないので仰ぐこともできず、ワシオ君やヤマギシ君のような若さや激しさも情熱もない、ナガノさんのような可愛げもおもしろさもない、ただの狡からくてイヤらしいだけの中年男でした。

 それがわたしの上司であり、わたしの支配者だったのです。

「今日も終わったらいつものホテルな」

 そう言われるだけで気持ちが悪くて鳥肌が立ちました。それなのに、定時が近づくとそわそわして、終業時刻と共に会社を飛び出し、ホテルの部屋に先着してバスタブに湯を張ったりしているのです。そうしているうちに、悲しいことに、欲情してくるのでした。

 あんな下らない、最低の男に辱められるというのが、堪らなく感じてしまっていたのです。


 

 大学を出て、専門とはほとんど関係のない一部上場のゼネコンに入社しました。それでも開発部門の総合職を志望し、当初はその予定でした。

 ところが一般の研修が終わって個別の部署での、今でいうOJTに毛が生えたようなものが始まるや、わたしの配属は総務部になっていました。当然、教育係の社員に事情を尋ねたのですが、

「キミの大学での成績や研修での様子などを総合的に勘案した結果と聞いている。不服なら上司に話すが、その結果さらに違う部署に転属になることもありうるからね。地方支社も含めてね」

 そう言われては引っ込むよりほかありませんでした。

 最初は来る日も来る日も電話応対とお茶汲みばかり。たまに他部署や社外への書類の配達があるだけで、退屈な毎日でした。それでも、他の会社へ就職した同級生たちに会ったり電話したりするたびにみんな同じような境遇、つまり、必ずしも希望通りの部署・職種にいるのではないことを知り、我慢の二字あるのみだと、耐えていたのです。

 男性社員からのお触りといった身体への接触や、

「今日のパンティーは白?」

「なんだお前機嫌悪そうだな。生理か」

 といった性的な言葉の嫌がらせ、セクハラは今日でこそ懲戒処分ものだと娘たちに聞いたことがありますが、当時はその程度のことは日常茶飯にありました。会社にもよるのかもしれませんが。特に建設系は女性が少なく、その傾向が顕著だったように思います。

 最もひどかったのが、度々ある飲み会でした。

 飲み会とは名ばかりで、数少ない女性社員をホステスにした男性社員だけの遊興でした。

 自分が飲むのは後回しで、ビール瓶やお銚子を常に手元に置き、男性社員たちの間をお酌して回るのはもちろんのこと、彼らの下らない話の相手や、臭い息や、やはり頻繁に行われるお触りに耐えねばなりませんでした。

「今度総務二課に配属になりましたハヤカワです。よろしくお願いします」

「ああ、キミがハヤカワかあ。デカいな。何センチある」

「174です。大学でバレーやってまして・・・」

「オレは何センチあるのかって聞いたんだ。大学のことなんか聞いてない。フン、四大出てるからってお高く留まりやがって。どうせ女なんか結婚したら会社辞めるんだからよ。四大なんて行く必要ねえんだよ!」

「まあまあ・・・」

 そうやって周りの人が間に入ってくれれば御の字でした。業種を問わず、当時はこういう下劣な人はけっして少なくなかったと思います。

 それに、今はどうか知りませんが、当時の建設関係は体育会系の強い会社が多く、新入社員は奴隷と同じでした。男性社員ならなおさらで、女のわたしよりさらにひどいパワハラに耐えていました。わたしはされませんでしたが、頭を張られる、ビンタやパンチなどしょっちゅうで、そうした光景を見るたびに首を竦めていたものです。

 日曜日だけがオアシスで、市ヶ谷の同期たちと誰かの部屋で愚痴をこぼし合ってお酒を飲むのだけが唯一の、心安らぐ気晴らしでした。

「とにかく、来年の新入社員が入って来るまではなんとか耐えようね」

 いつもそう誓い合ってお互いの肩を叩き、気の重い月曜日の朝を迎えるために各々の部屋に帰る。そういう日々を送っていました。

 でも、やはりわたしの堪忍袋の緒は、他人よりは切れやすかったのでしょう。

 ある飲み会で、度々セクハラしてくる隣の係の係長がわたしのお酌したビールをこぼしてしまったのです。それも、ワザと。

「す、すみません」

 一応は、謝りました。

「何してるんだ。拭けよ。スーツシミになったらどうするんだ!」

「ハイッ! すみません」

 おしぼりで拭こうとすると、

「お前のハンカチ使えよ。失礼だろうが!」

 どうしておしぼりが失礼になるのかわかりませんでしたが、クチゴタエするとまた煩そうなのでバッグのハンカチを探しました。ですが、どうしてかそれが見当たらなかったのです。あたふたしているうちに腕が掴まれ、強引にその男性社員のズボンの股間に引っ張られました。

「ハンカチも持ってねえのかよ。ホラッ! ここだよ、ここッ! ちゃんと拭け、オラァッ」

 彼は明らかに酔っていました。泥酔に近いほどに。しかし、日本という国は昔から泥酔者に寛容なのです。

 こめかみがブチっと切れる音がしました。

「てめえ、いい加減にしろよッ!」

 咄嗟に払った手が座卓の上のグラスに当たり、それが運悪く飛んで行き、直接の上司の上司である総務二課長の顔にヒットし、運悪く派手に割れ、さらに運悪く彼は頬に少し傷を作ってしまいました。

 わたしは翌月、そのゼネコンの子会社の、南の国の支社へ転籍の出向、つまり片道切符の島流しでトバされてしまったのです。会社の最大限の恩情。そう言われました。

「ふつう、ありえねえよ・・・」

 同じ部署のみんなから言われました。セクハラが、ではなく、わたしの反撃が、です。ガマンが足りなかったというのでした。

 その泥酔した男性社員には何のお咎めもありませんでした。その理由に呆れました。

「彼には家庭があるから」

 家庭のある、奥さんのいるような人が女性社員に自分の股間を触らせようとするんですかと言いたかったのですが、やめました。くだらないからです。当時は社員間の恋愛、結婚を前提にしたものではなく、既婚の男性と若い女性社員とのフリンなどが明るみになると、諭旨退職や転属になるのは決まって女性の方で、男性社員にはほとんどお咎めなしが当たり前でした。

 もちろん、退職も考えましたが、結局泣き寝入りしました。

「入社して初年度も終わらないうちに辞めるとあとが辛くなるよ」

 相談したヤマダさんに忠告され、泣く泣く会社の決定に従うほうを選んだのです。

「バカだね、ミオは。なんのためにタクヤと付き合ってたのよ。そんなの、テキトーにタマタマナデナデしとけばよかったじゃないの。アラ、カカリチョーご立派デスネ、とかお追従してさ。それが賢い女でしょうが。一二年総務で我慢して、しつこく開発に移動させてもらうようにアピールすれば、道も開けたかもしれないのに。そうやって経験とキャリアを積めば、何年後かにはあんたの専門が生かせる会社に転職することも出来たかもしれないのに・・・。

 ま、覆水盆に返らずよ。しばらく我慢するしかないね。それに新幹線ですぐじゃん。落ち着いたら、またパーッとハデに飲みに行こうよ・・・」

 ヤマダさんは全く変わっていませんでした。彼女と会うとクヨクヨ考えるのが馬鹿らしくなり、いつも元気をもらえました

 

 そんなわけで、わたしは都落ちしたのです。

 ちょっと前にソニーから画期的なポータブルカセットプレーヤー「ウォークマン」が発売されていました。出向先に落ちて行く鈍行列車の中で、その「ウォークマン」で聞いた、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの曲が心に沁みました。

 わたしは全てに投げやりになっていたのかもしれません。とにかくすべてがくだらなかったのです。仮に実家に帰ってもどこへ行ったとしても同じだろうと。

「キミのことは聞いてるよ。なに、悪いようにはしないって。オレがいいようにしてやるから。・・・その代わりさ・・・」

 出向先の営業部長がそう言いながら馴れ馴れしくわたしの肩や背中やお尻を撫でまわしてきました。

 ま、いっか・・・。

 恐ろしくくだらないけど、これで普通よりはだいぶいいお給料も貰えて、都落ちしたおかげで東京よりは広いアパートに東京よりは安い家賃で暮らせました。物価も東京よりははるかに安いのです。

 それで彼の言うがまま、なすがままにされて、そこにいることに甘んじていたのでした。


 

 そのホテルの部屋でわたしが待っていたのがその子会社の支社の営業部長で、わたしのお尻を触ってきた人でした。

 しばらくするとドアがノックされました。

 彼は、何度見ても何度聞いてもイヤらしさしか感じない見掛けと声の、脂ぎった、単なるスケベオヤジでした。


「待ち遠しかったか? ミオ・・・」

 はあ?

 なにが「待ち遠しかったか?」だよ。そんなことこれっぽっちも思ってねえよ!

 思うところはありましたが、もちろん口には出しませんでした。

 とにかく、全てがくだらないし、どうでもよかった。トバされて来てからずっと、自暴自棄になっていたせいでしょう。

「なにしてる。脱げよ」

 いつもの通り、返事もしませんでしたが、逆らいもしませんでした。逆らうぐらいならそこに居ませんでしたし、とっくに辞めていました。靴を脱ぎスカートを脱ぎストッキングを脱ぎしたところで待て、と言われました。

「きょうはここから始めるかね、うぃひっひっひ・・・」

「うぃひっひっひ」

「・・・」

 なんてイヤらしい笑い方だろうかと呆れ、ふざけて口マネしてやりました。あまりにもお下品でお下劣で自分の置かれている状況がくだらなすぎて、その笑い声を聞くだけでこっちも笑いたくなってきたのです。気が遠くなりそうでしたが、あえて自分を突き放しました。

 どうせ・・・。

 そんな気持ちでした。

 もういいよと。どうにでもしてくれと。

 軽蔑の眼差しで、営業部長としてのうのうと支社に居座っている、この無能な男を眺めました。

「なんだ。初めのころは恥じらいがあったのに。お前最近、なんだかふてぶてしいな」

「早く済ましちゃいましょ。部長だっておうちに帰らなきゃ、でしょ?」

「うちのには今日は取引先との飲み会で遅くなるって言ってきてある。安心しろ。たっぷり可愛がってやるから。うれしいか?」

 うれしいわけねえだろ! 誰が心配なんかするか!

 そう思いましたが、それも飲み込みました。

「まだシャワー浴びてないんだけど・・・」

「それがいいんじゃないか。ミオの汗の臭いがたまらん」

 この、ヘンタイが! 

 部長の臭い、分厚い唇が首筋を這い始めると、気持ち悪いことこの上ありませんでした。見る間に鳥肌が立ち、悪寒が走りました。

 あのマスターと似たような体形の男でしたが、マスターの場合は客商売ということもあり、身体はいつも清潔にしていましたし、髭や髪の毛の手入れも毎日欠かしませんでした。部長には、それがないのです。それに、マスターが、

「そんなめんどくせえことするかよ」

 と言っていたような、多分に変態的なプレイが大好きときていました。

 そしてそれよりももっとマズいことには、そのような最低の情況で、最低の男に弄ばれるのを繰り返されているうちに、私自身がそうしたプレイにハマり、感じ始めてしまっていたのです。ブラウスの上からゆっくりと乳房を揉まれ始めると、吐息が抑えられませんでした。

「・・・ああ・・・」

「お前もようやく馴染んできたな・・・」

「・・・いつも言ってるけどさ、ゴムだけはしてよ。もしナマでしたら、奥さんのとこに駆け込んで、自爆してやるから!」

「・・・おお怖っ。毎回ちゃんと着けてるよ。あとあと面倒だからな」

 そう言いながら彼の指が一番敏感なおっぱいの頂を擦り、そこが指でこね回されると刺激が背中を突き抜け、頭の後ろがゾワゾワし、快感が両足を降りて行って足の裏に突き抜けました。思わず足の指に力が入りました。

「前から思ってたが、お前、感度いいよな。よっぽど仕込まれたな。ズベ公ってのは、おまえのような女のことを言うんだろうな」

 フン! なんとでも言え。このスケベオヤジが!

 不思議なもので、部長を蔑めば蔑むほどに感じてきて昂ぶりが抑えきれなくなっていました。スリップがブラごとたくし上げられ、露になった両胸が痛いぐらいに揉みしだかれ、その後に彼の指がフェザータッチで肌を這いまわります。硬軟取り混ぜた刺激が、さらにわたしを追い込んでゆきました。

「ああっ、・・・はあん・・・あああん、・・・はああっ・・・」

 仕事はできないけれどそういうテクニックだけはあるオヤジでした。そしてその指がショーツのクロッチ越しにサッとそこを通り過ぎた時、わたしはまず一回目の軽い絶頂を迎えてしまいました。マスターに開発されすぎてしまっていたことが恨めしく感じもしました。

 いつもだとそれからすぐに下着を脱がされるのですが、その日はちょっと違いました。

 カバンから茶色い紙袋に包まれたものを取りだしてきて、わたしに見せました。

「先週通販で仕入れた。初お目見えだぞ。きょうはこいつでヒイヒイ言わせてやるからな」

 何度も言うようですが、この男は仕事はできないくせに、こういうオモチャの研究には余念が無かったのです。

 彼のお持物は、大きさと硬さではマスターやヤンベ先生やワシオ君やナガノさんに遠く及ばず、持続力も回復力も最低の落第生でした。それを補うために、そうしたオモチャに頼っていたのです。それで散々にわたしを責め、わたしが何度も絶頂して息も絶え絶えになるころに這入ってきて、思いを遂げるのです。もっぱらわたしの欲情はその惨めなシチュエーションとオモチャに対して湧いてくるのです。

 文字通り、新しいおもちゃを買ってもらって夢中になっている子供のように、部長は目を輝かせてその禍々しくて黒い、彼のお持物の三倍は長いオモチャを操作し、わたしにあてがいました。モーターの音があまりにも陳腐で、泣けてきました。こんなもので絶頂させられるなんて、と。

 それは、すでに一度絶頂させられた身体に惨いほどの強い刺激をくれました。

「はあああんっ!・・・」

 勃起し切ったおまめさんに、ショーツ越しとはいえ電撃のような刺激が加えられたのです。

「ああああっ!・・・」

「すごいだろ。高かったんだぜェ、これ」

 無粋な、最低の男でした。その男にいいようにされているわたしも、最低の女でした。

 それに加えて乳首が摘ままれギュッと潰されると、もうダメでした。おもわず折り曲げた膝が床に着きました。部長がそこに椅子を引っ張って来て、わたしは座面に上体を預けるほかありませんでした。ショーツ一枚のお尻を突き出したまま、部長のオモチャの刺激に耐えねばなりませんでした。

「おおっ、濡れてきたぞう。そろそろホンバン行こうかね」

 クロッチがずらされ、長いディルドの方を入り口にあてがわれ・・・。それはしばらく先端を割れ目に添ってぐにぐに行ったり来たりを繰り返していました。

「しかしアレだな、お前のここ。二十四にしちゃあ、使い込み過ぎだろう」

「はあーん、言わないでェ・・・」

「だってよ、めっちゃエロイわ・・・。さ、行くぞう・・・」

 その先がぐにゅ、ずるんと中に這入ってきました。

「・・・んああっ」

「へへっ・・・。オレがなんでパンツ履かせたままだったのかわかるか。こうするためだ」

 オモチャがぐにゅるんと目一杯にわたしの中に這入りこむと、あの振動する部分がおまめさんに触りました。開発され過ぎていたせいで、刺激に対してマジメで素直過ぎました。

「ぐは、はあああんっ!」

 電撃は身体じゅうを駆け巡り、足の裏から首の後ろにかけてが、熱く灼けるようでした。

 部長はショーツを引っ張りクロッチをオモチャの底部に被せると、それは容易に抜けなくなりました。その上でディルドの部分のスイッチを入れたのです。うぃんうぃんうねるディルドがわたしの中のいろんなところを刺激して、堪らない快感が襲ってきました。

「ああっ、・・・んはああっ!」

 オモチャを突っ込まれて悶えるわたしをみて満足している部長の顔を想像すると、さらに惨めさが襲い、萌えました。

「さあ、やっと出来たぞ」

 嬉しそうにシャツの袖で額の汗を払うと、部長はわたしの頭を持ち上げて椅子に掛けました。目の前に彼のお粗末なお道具がありました。

「お待たせしましたあん。ほら、ミオ。ご奉仕の時間だぞ」

「・・・ぐ、やだっ!」

「・・・なんで」

「部長のなんか、絶対やだっ!」

「ぜいたく言うな。これが楽しみでここまでしたんだぞ。してもらわんと・・・」

「やだって言ったら、やなのっ!」


 

 わたしはバスルームの鏡に向かって入念に歯磨きをしました。

「なあ・・・、こうして謝ってるじゃんかあ。機嫌直してくれよォ・・・」

「お断りします。この足で部長のお宅に行って奥様に何もかもぶちまけます。わたしもう、なにがどうなってもいいので・・・。人生捨てる覚悟ですから!」

「そんなこと言うなよォ。カンベンしてくれよ、それだけは・・・。なあ、頼むよ。ちょっと、調子乗り過ぎました。申し訳ありませんでした。この通りです。・・・な?」

 バスルームの鏡の中に、パンツ一丁で戸口で土下座する部長のぶよぶよの醜い姿が映っていました。全身汗びっしょりなのが余計にキモかったです。わたしの鉄拳をお見舞いされて腫らせた頬を抑えつつ、何度も額を床に擦りつける姿が滑稽で、みじめでした。

「もしかして部長、まさか、口封じにわたしを殺して山の中に埋めるとか考えてるんじゃないでしょうね。密かにどこかでスコップ買ってツルハシ買ってとか。それとも、袋に入れて海に捨てちゃうとか・・・」

 そこまで思い詰めてるんだぞ、と脅かしたのです。当然です。シャワーも浴びていない、汚いお粗末なものを口に突っ込もうとしたのです。いっそ噛み千切ってやろうかとさえ思ったぐらいでしたから。パンチ程度で済んで有難いと思ってくれないと困ります。

「バ、バ、バカ言うな! そんなこと、するわけないだろうが。何を言い出すかと思えば・・・。そんなの、ありえないだろう! まだ子供だってこれから大学に入れてやらにゃいかんし・・・」

「わかんないですよ。こんなこと平気でやる人だし。も、サイテーです。そうだ。警察にも行っておこうかな。会社の上司に地位を利用して脅されて暴行されました、強姦されました、殺されるかもしれません、助けてって・・・。部長は懲役。会社もクビ。奥さんだって部長のこと、タダじゃすまさないでしょうね」

「冗談じゃない! ・・・おいー。頼むって。なあ、ミオちゃん。許してよ。もう、絶対しないからさあ・・・」

 ペッと吐き出しては何度もガラガラうがいをしている間に、そろそろ許してやろうかな、という気分にはなりました。

「・・・そこまで言うなら、条件があります」

「・・・なんだよ」

「こんどの冬のボーナス、五万円上乗せしてください。それぐらいは部長の権限で何とかなるでしょ」

 いつまでやっててもキリがないので、それで手打ちにすることにしたのです。部長は心底からホッとしたように長い溜息をつきました。

「・・・それで、許してくれるの?」

「ゴマカシはなしですよ。後から他の子に確認しますからね」

「いいよ。わかったよ。お前の同期の子より五万上乗せする。その代わり、絶対内緒だぞ。・・・まあ、そのぐらいはなんとかなるな・・・」

「わたしこの後一度会社戻ります。何かありますか?」

「なんで?」

「ヨドガワ主任が今、話をしてます。それ次第で明日、忙しくなるので・・・」

「・・・ああ。そうだったっけ・・・」

 コイツ、それでも営業部長か? 部下の行動予定も把握してないのかよ、とムカつきましたが、それも今更なので、耐えました。

「では、失礼します」

「ほんと、頼むな。女房にだけは言わないでくれよ?」

「それと、部長。今度するならもうビジネスホテルはイヤ。壁が薄いから声もガマンしなきゃいけないし、だいたいここドライヤーもないから髪も乾かせないじゃん。会社の経費で落とすなんてセコイことするなら、もう部長とは遊ばない!」

 そう言い捨て、わたしはホテルの部屋を後にしました。

 偉そうにしていても、彼の立場が弱いのは若い社員でもみんな知っていました。

 支社長は本社かわたしのような親会社からの出向者が就任する習わしであることを。部長のような現地採用の、しかも四大卒でない者はせいぜい支社の営業部長止まりであることを。しかも彼は縁故採用です。オヤジさんが古参の県会議員らしくて、なんとかならんかと凡才の彼を連れて頭を下げに来たのだと古株のお局様から聞いていました。もしかすると、会社の雰囲気に我慢が出来さえすれば、片道切符での出向組であっても親会社からの総合職のわたしの方が彼よりも出世するかもしれないということを・・・。

 学歴偏重、会社の序列偏重の社風があったのです。ただし男女差別は歴然としてありましたから、出世の件については定かではありませんでしたけれども。

 ホテルの駐車場に駐めてあった、三万円で買った中古の軽自動車に乗り込み、エンジンをかけました。FMラジオから今の気分にまったくそぐわないレゲエの能天気な明るい曲調が流れてきて癪に障りました。それに歌詞の内容も、わたしを必要以上に後ろめたくしてくれて、イヤミっぽく感じました。


 

 一度罪を犯したら、その人はもう終わりなのかな

 教えてくれないか。僕はまだこの問いに答えが出せないんだ。

 この世のどこにも、咎人(とがにん)の居場所は無いのかな

 信じる者のために仕方なく犯した罪だとしても? ・・・


 

 フン!

 耳障りなラジオを消し、勢いよくアクセルを踏み込み、ムカつくホテルを後にしました。
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