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第四部 ついにもぐらとの死闘に臨むマルスの娘。そして、愛は永遠に。

79 故郷の絆、夫婦の絆

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 大聖堂の西は王宮。残る三方は全て通りを挟んで政府の役所や豪商・貴族の屋敷が埋めていた。

 グロンダール卿のスタッフたちは目立たぬよう配慮しつつ、そのすべてに人員を配置。文字通りアリの這い出る隙も無いほどの包囲体制を敷いていた。

 卿もまた自ら陣頭指揮を執るべく大聖堂表の大蔵省の建物の2階に陣取り、アンドレを従えて事の次第を見守っていた。

 ハーニッシュの一斉蜂起は想定外の事態であったが、もともとはグロンダールが絵図を描いた計画である。偶然かどうかはわからぬ。たまたまアクションチームの修羅場とハーニッシュの蜂起とが重なっただけだ。

 だが、事がここまで大きくなれば、もう一刻の猶予もない。

 縦に長い細い窓からガラス越しに通りをじっと見下ろしていた彼は、時折スキンヘッドを巡らして暗い空を見上げた。激しかった雨は少しずつ止みつつあった。

「もぐら」はもう雲隠れなどはしない!

 こんな千載一遇のチャンスをムダにするわけがない。ハーニッシュの巨大な軍事力を背景に、「ノルトヴェイト」という旗頭まで手に入れ、この際一挙に王国を乗っ取ろうと表に出てくるはず!

 グロンダールは、この一事に、賭けていた。

 すると。

 監視部屋としていた一室に黒い官服の男が飛び込んで来た。

 彼はすぐそばに控えていたアンドレに何やら耳打ちした。

「グロンダール卿! 」

 アンドレが抑えた声を上げた。

「王宮の守りに着いていた近衛部隊からの報告です! 3騎ほどが包囲を突破、こちらに向かっているそうです! 3騎の内一人は例の『もぐら』の手下のようです、ペール、とかいう。捕縛しますか? 」

 グロンダールは即座に命じた。

「よし、捕らえよ! ただし、隠密に、だ。手に余らば、撃ち殺せ!」

 もう何度もヘタを打っているアンドレは、ボス直々の指令に神妙に頷き、その監視部屋になっている大蔵省の一室を出て行った。


 


 


 

 ぱんっ!

 ペールはノラの横面を軽く張った。

「女の出る幕じゃないよ! ゴルトシュミットの館に帰っ・・・」

 だが、ノラも負けてはいなかった。ペールの言葉が終わらないうちに彼女の拳が彼の頬に炸裂した。痛さよりも驚きの方が勝った。

「・・・ノラ」

 このノラが、こんなに気性の激しい女だったなんて!

「わたしはあんたの妻! どこまでも夫と一緒に行くわ!

 連れてって! あんたが乗せてくれないなら、こっちの人のに・・・、きゃ!」

 強引にノラの手を引いた。

「バカだよ、お前は! 大バカだ! 」

「ええ、バカよ! バカの夫の妻だもん!」

 2人の目が、絡み合った。

「連れて行けよ、ペール」

 ここまで共に来たハーニッシュの旧友、フィンにヨー。

 その一人ヨーがニヤニヤ笑った。

 もう一人のフィンも、

「連れてくなら早くしろ! 追手が来るぞ! 」

 それで、ノラを後ろに乗せ、再び大聖堂を目指した。

 掘割を巡る石畳を少し行けば、大聖堂はもう目の前だった。

 内務省の建物を右手に見て、帝国銀行の区画を過ぎれば左手にそれがある。

 だが。

 帝国銀行支店の陰から、黒い官服のトリコーヌの端と黒い銃身が覗いているのを見つけた。

「待て! 」

 ペールは咄嗟に手綱を引き馬を止めた。馬はペールとノラを振り落とす勢いで前脚を挙げたが、左手にいたフィンの横を、

 ダン、ピュンッ!

 ライフルの弾が掠めた。

 3騎は人通りもない建物の間の路地に一時身を隠した。

 狭い石畳の路地の上、細い雨雲から落ちてくる雨はもうだいぶ小降りになっていた。

「くそっ! こんなところにまで防衛線かよ! 」

「どうする、ペール? 」

 だが、ペールにももう、手がなかった。

 ノール陸軍の正式銃は、帝国では「十式アサルト・ライフル」と呼ばれていたボルトアクション式の銃だった。

 先代の帝国皇帝の御代の半ばに採用された歩兵銃で、有効射程が400メートルはある。だが今上陛下即位後まもなく、さらに射程が長く性能の良い「二式アサルト・ライフル」が採用されたために、友好国であるノールに旧銃が払下げになったのだった。

 それでも、帝国製だけにハーニッシュの持つ滑空銃に比べれば性能ははるかに段違いにいい。迂闊に出ていけばおそらくは3騎ともすぐにやられる。

 幼馴染のヨーがペールの肩を叩いた。

「こうしよう!

 俺たちが先に出て敵の注意を引く。その間に、お前はノラと一気に大聖堂まで駆け抜けろ! 」

「ヨー・・・」

「そうだ。そうしろ、ペール! 早くしないと近衛の奴らが追ってくるぞ! 」

 もう一人のフィンも、まだソバカスの残る笑顔をペールに向けた。

「神の教えに背き、里を裏切って無体ばかりしていたお前が、初めて神の御心に従い里のために働いている。

 ノルトヴェイト様と一緒に戻ってきたお前を、一番喜んでいたのがクリスティアンだったんだぜ? さすが、オレの親友だって」

「お前たち・・・」

「泣くなよ。お前の奥さん、ノラの前だろ? 」

 フィンは笑った。

「ここで行かないと、ホントに戦争になる! 里の人たちも、たくさん死ぬ。それに、先に神の御許に旅立ったクリスティアンの気持ちもムダになるだろ?

 ノルトヴェイト様なら、絶対にいくさを止めて下さる。

 お前の幼馴染として、それを援けるのが神の御意志に叶う行いなんだ。

 行け、ペール! 」

「お前たち・・・」

 はみ出し者と言われたオレのために、そこまで・・・。

 永く疎外感を感じていたペールは、男泣きに泣いた。そばにいたノラが、掌で夫の涙を拭い、その雨で濡れた肩に頬を寄せた。

 ペールのハラは固まった。フィンとヨーの湿った黒い肩を抱いた。

「じゃあな、ペール! 立派に、役目を果たせ! 」

 そして、ヨーも馬の手綱を取り黒の鍔広帽を被りなおした。

「俺たちが出たら、すぐに出ろ! 神の御加護を、な! 」

 そして二人は前後し、蹄鉄を鳴らして路地を出て行った。

 ペールも、起った。

「ノラ、行くぞ!」

「はい!」

 愛する妻を後ろに乗せ、ペールも表に出た。

 雨の石畳、冷たく暗い路地に、何発かの銃声が響いた。

 
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