ソルヴェイグの歌 【『軍神マルスの娘』と呼ばれた女 4】 革命家を消せ!

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第四部 ついにもぐらとの死闘に臨むマルスの娘。そして、愛は永遠に。

77 運命が定める旧友との別れ

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「ノールの革命児『もぐら』」をめぐる物語はほどなくクライマックスを迎える。

 この物語に関わった多くの人間の運命、そしてそれぞれの時間と空間が、ある一点に向かって急速に終結し、凝縮しつつあった。

 帝国ならば運命を司る三女神モイラ(Μοῖρα, Moira)の為せる業なれど、ここはノール。彼らの運命もまた、キリストの神が差配するものなるか、それとも、全く別の神の御手になるものなるか。


 


 


 

 一時は王国軍の前衛をやり過ごしはした。だが、ヤツらはしつこかった。

「オレたちはイングリッド様に、バロネン・ヴァインライヒ様にお願いしてこの無意味な戦争を止めるために行くんだ! 」

 今そんなゴタクを並べたとしても、誰も聞きはしないだろう。

 しかし、元々はペールの吐いた些細なウソから起きたこと。

 もし、隣で騎走しているクリスティアンが全てを知れば、

「その引き金を引いたのはお前じゃないか! お前がそれ言う?! 」

 と怒るに違いない、小さいが、重大なウソ。

 だが、既にペールはもう、そんな責任などは微塵も感じてはおらず、むしろ滑稽なほどの使命感に燃えていた。

 オレがハーニッシュと王国を救うんだ! と。

 事実、いまペールは、ノールの未来を左右するかもしれない位置にいた。それを思うと沸々と興奮が湧いてくる。その高揚感が彼を衝き動かしている原動力だった。

 ずっと彼が夢想してきた『ビッグな男』。それはもう目の前。というよりも、今ペールはノール一『ビッグ』になっているはず。少なくともその夢は叶いつつあった。

 しかし、『ビッグ』になって、それから、どうするのだ? お前はこのノールをどうしようというのだ。

 その大切な肝心のビジョンについては、まったく考えを持ち合わせてはいなかったのだけれども。

 古今東西。こういう人間はいつもいた。打ち上げ花火さえハデならそれでいいという革命家や、旧文明の末期には特に。世の中をひっかきまわして、みんなが大騒ぎすればそれでいい。『バズればいい!』というだけの人間が。

「ペール! 見えてきたぞっ!」

 またもクリスティアンの大声がペールの陶酔を破った。

 街道を逸れた小径は石畳に変わり、農家の家並みが商店や民家に変わり、その向こうに旧市街を取り囲む雨に煙る城壁が見えてきた。

 心なしか雨脚も弱まり、背後の西から光が差し、ペールの行く手を、明るい未来を照らし出してくれるような気がした。

 だが、家並みの終わるころ、城壁の下に、灰色の軍服を着た人影が忙しそうに動き回り、そのそこかしこに華麗な衣装を身に着けた姿が見えた。

 後衛の部隊だ。それに貴族たちも!

 万が一、ハーニッシュたちによって前線が突破された時に備え、後詰として配置についているものと見て取れた。

 小径の出口、真正面の歩兵の一群がペールたちに気づいた。大声を上げた兵の周りに続々と他の兵がやってきて皆銃を構えつつこちらを睨んでいるのが見えた。

 このまま突破するのは、無理だ。

「止まれーっ! 」

 手綱を引いて馬を止めた。クリスティアンも他の幼馴染たちも皆ペールに倣って彼のそばに寄った。

「・・・どうする? 」

 ペールは、決断した。

「二手に分かれる! オレは右から南門へ。クリスティアン、お前は左から西門へ向かえ! 城壁の中に入ってしまえば旧市街の警備は手薄なはず! イングリッド様の、バロネンの顔はわかるな? 」

 クリスティアンは、雨のしずくの下たる鍔広帽の下で頷いた。

「もしオレがやられたら、お前がイングリッド様を見つけ出して確保しろ。そして、両軍が向かい合う前線にお連れするんだ。いいな、頼んだぞ! 」

「ペール・・・」

 幼馴染同士、しばし、見つめ合った。そして、他の友達たちとも。

「お前にはずいぶん世話になったな。いろいろ、ごめんな・・・。

よし、行けっ! 死ぬなよ、クリスティアン!」

 ペールは旧友の肩を叩いた。そして数騎を連れて右手の路地に入っていった。

 それを見届け、クリスティアンもまた、左手の方に馬のアタマを巡らせ、路地に入った。


 

 ガキのころから何かとお騒がせで困らせてばかりいるヤツだった。

 もちろん、何度も諫めた。

「いい加減にタイドを改めないと里に居られなくなるぞ! 」と。

 そしてついには庇いきれなくなり、アイツは里をオン出された。

 それ見たことか! 

 でも、憎み切れなくて、アイツが里に帰ってくるたびに、会ってはいた。

 そのはみ出し者のペールが、一族にとって神にも次ぐ御方と共に現れたことは、幼馴染としてとても誇らしい出来事だった。

 今馬を駆っている仲間たちも、クリスティアンと同じ思いで馳せ参じてきたのだ。

 是非ともノルトヴェイト様を見つけ出し、かつてのクラウス様のように我が一族の旗印に立っていただく! 

 そうすれば、今までのペールの乱行も全部帳消し! アイツも報われる。里のみんなに認められる!

 そうすれば・・・。

「クリスティアン! 」

 並んで騎走していた友が怒鳴った。

 小径の向こう、雨の煙の彼方に歩兵部隊の灰色の軍服たちが膝撃ちの構えで布陣しているのが見えた。

 横に逃れる路地はなかった。

「クリスティアン! 」

 古いペールの幼馴染は、祈った。

 神よ! 願わくばペールの祈りをお聞き届けください!

 そして、このノールに、真に神の治め賜う国を来らせますよう・・・。


 

 ズダダダーンッ!

 ズダダーンッ!

 

 ノール陸軍近衛歩兵連隊の一小隊は、ハーニッシュ族の斥候隊の一部を殲滅することに成功した。

 降り続く雨がいずれも黒装束の若者の一団が流した血を洗い流し、旧都の小径、中央の窪んだ石畳を流れて行った。


 


 


 🎬


 


 

 ウィキペディアより

「モイラ(古希: Μοῖρα, Moira)は、ギリシア神話における「運命の三女神」である。幾つかの伝承があるが、クロートー、ラケシス、アトロポスの3柱で、姉妹とされる。

 モイラは単数形で、複数形はモイライ(古希: Μοῖραι, Moirai)。

もともとギリシア語で「割り当て」という意味であった。人間にとっては、「寿命」が割り当てられたものとして、もっとも大きな関心があったため、寿命、死、そして生命などとも関連付けられた。また出産の女神であるエイレイテュイアとも関連付けられ、やがて運命の女神とされた。」


 


 

 作中掲載の画は、ポール・トゥマン(英語版)の19世紀の絵画『運命の三女神』
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