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第四部 ついにもぐらとの死闘に臨むマルスの娘。そして、愛は永遠に。
71 王宮に突撃するノラ
しおりを挟む降り止まぬ雨の中。
門番のグンダーが御す馬車に乗って、ノラは王宮に向かった。
あの美麗な男装のイングリッド様には及ぶべくもないが、ノラもまた借り衣ではあってもキリリとしたコートも凛々しい男装のまま、目深に被ったトリコーヌの下の目に緊張を漂わせつつ、窓外を流れる大雨の旧市街の街並みを見やった。
早朝でもあるし、大雨でもある。それに王都に迫る危機の噂は、きっと市街の壁伝いに市民の口から耳へと伝わっているのだろう。人通りはなかった。
わたしのせいだ! わたしの責任だ!
そもそも、彼が良からぬものたちと付き合っているのを止めなかったからだ。ペールの言うがままに、イングリッド様や旦那様のことを彼に漏らしていた。その天罰が故郷の総決起となって現れたのだ。
大粒の雨が水しぶきを立てて落ち続ける街路を見下ろすノラ。その美しくも険しいエメラルドの瞳の奥には、それしかなかった。
この上は、是非ともイングリッド様にお目にかかり、この騒動を沈めていただく。それがせめてもの償いだ、と。
馬車は王宮をめぐる城壁にかかる跳ね橋に着いた。
今しも、近衛兵の一団が跳ね橋を渡って城外へと出て行った。彼らの跳ね上げる泥水を浴びるようにして、馬車が王宮に入ろうとしたところを、城門の衛兵に止められた。
「止まれ! 馬車を止めろ!」
常ならばただのお飾りにすぎぬと思っていた衛兵が銃を構えるのを初めて見た。
どう、どうっ!
グンダーは手綱を引き、ペダルのブレーキを踏んだ。
駆け寄る衛兵よりも、大雨をものともせずにキャビンから降り立ったノラが背筋を伸ばして面を上げる方が早かった。白い頬を雨粒が容赦なく叩いた。
「ゴルトシュミット卿の屋敷から来ました、バロネン・ヴァインライヒ様付きの侍女です。
子爵閣下がバロネンのお戻りがないことをご懸念に及びわたしを遣わしました。この上はバロネンにお目にかかり、王宮からの御退出にお供申し上げたく参りました。これが子爵閣下の委任状です! 」
「だが、今王都に向かってハーニッシュどもが進軍してきている。何人たりとも無用の者を通すなと言明されているのだ!」
二人いた衛兵の一人が尊大に顎を上げ、居丈高にノラを見下した。
「無用の者ですって?!」
見上げるような長身の衛兵に、ノラは食って掛かった。
「バロネン・ヴァインライヒは帝国貴族ですよ?! しかも、畏れ多くも、国王陛下の賓客ですよ?! その従者を無用の者呼ばわりして追い返したとあれば、帝国との間に大問題が起きるわ! あなたの首が飛ぶかも」
尊大な衛兵の咽喉仏が大きく上下した。
「ねえ、どうするの? 通すの? 通さないの?
ハッキリなさいよっ! 」
ハーニッシュを追放された、どこにでもいるような、ただの田舎娘。一世一代の名演を遂げた、瞬間であった。
「そっ、なっ、・・・し、しばし、しばし待て!」
担った銃を放り出す勢いで、衛兵の一人は大急ぎで王宮の袖にある衛兵屯所に駆けて行った。
「いいわ、グンダー。出して! 」
ハーニッシュ出の、しかも追放された田舎の小娘のくせに・・・。
そう思い込んでいたグンダーの、ノラへの見方は一変、180度変わった。
なんという、肝の太さだろうか!
グンダーは、舌を巻いた。
こんな雨の中、はるばる西の居留地から銃を持ってやってくるハーニッシュといい、このノラといい・・・。
下男として長年ゴルトシュミット家に仕えてきた。ごく普通のノール人だから、ごく普通に神を信じる、あるいは信じているフリをしてきた。そういうスタンスからすれば、この娘とその里であるハーニッシュの、あまりのドグマの強さについて行けないような気持ちになる。
しかし、旦那様の命もある。
グンダーは掛け声をかけ、ピシリと鞭を鳴らした。
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