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第四部 ついにもぐらとの死闘に臨むマルスの娘。そして、愛は永遠に。
70 ふりむけば、そこに!
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低い天井近くの明かり取りからは、ぼんやりと雨曇りの朝の陽が差していた。
ジュピターの言う通り、大聖堂の地下には司祭や修道士の姿はなかった。
深紅のトリコーヌの頭のてっぺんから黒光りするブーツの先まで。
国王の正式礼装である近衛騎兵連隊と同じ真っ赤な軍装のヤヨイは、薄暗い大聖堂の地下室でしばし聞き耳を立てた。
かすかなオルガンの調べに合わせ、男性の、歌が聞こえる。
これが、讃美歌?
ラテン語らしく、意味がよくわからない。こんなことなら、学生時代昼寝ばかりせずにもっとまじめに授業を受けておけばよかった。
それは、このような意味の歌詞だった。
平和を求めよう、エルサレムの。
平和を求めよう、愛する人の。
見よ、主の家族が 共に生きる。
何というよろこび、大きな恵み。
主の平和求め 共に祈ろう。
城壁の内にも、その外にも。
世界の平和を 求め祈ろう、
「地上に御国が 来ますように」・・・。
グラウンドフロアに上がる階段を上がるにしたがい明確に聞こえてくる歌声と共に、おぼろげながらヤヨイにも意味がわかってきた。
平和? エルサレム?
こんな、朝っぱらから、ミサ?
典型的なバシリカ型教会の造りである大聖堂。はるか上空から見下ろせば、大地に置いた十字架がそのまま天に向かって伸びたような造りになっている。
十字架の幹にあたる棟の中央に広い主身廊が南北に延びており、ヤヨイは、怪訝に思いつつ狭い石の階段を上がると主身廊の東西に沿う側廊の西に出た。立ち並ぶ柱の左手のはるか向こうに十字架にかけられたイエス・キリストの像がある内陣、この大聖堂の心臓部があり、複数の男性の歌声はその内陣の片隅に整列した司祭たちのものであることがわかった。プロテスタント系の司祭たちが着るシンプルな白の祭服のアルバではなく、その上に紫の、丈の短い金の刺繍入りポンチョのようなカズラを羽織った一団。
そして。
十字架の前の祭壇で十字を切る、黒のカズラに金の司教杖、そして同じく金のミトラを被ったのが大司教だ。
後姿だけだが、ヤヨイは初めてその姿を見た。
あれが、皇太后を誑(たら)し込んだ、「巨根」の持ち主か・・・。
あ、いや。それは今、どうでもいい。
そんな、どうでもいいことが頭を過った。
ふいに祭壇の前の大司教が振り向いた。まるで、ヤヨイの思念を感じたかのように。
ヤヨイと目が合った、ように感じた。思わず、ゾッとした。
それはまさしく、異形というに相応しい相貌。
もし、帝都のスブッラでこの顔に出合ったなら、すぐさま逃げ出したくなるような、グロテスクとも言いたくなるほどのものだった。無意識に目を逸らしたくなるほどなのに、逸らせない。任務のこともあるが、それ以上に、まるで怖いもの見たさのような、そんな魔力のような力が、ヤヨイを釘付けにした。その「感じ」は、あのメデューサの目を持った「もぐら」に対した折に感じたものに、似ていた。
讃美歌のBGMが表の馬蹄の響きと軍靴の音に搔き消された。
「急げ! もたもたするな!」
「国王陛下の御臨席に遅れるは末代までの恥! 皆の者、急ぐのだっ!」
反対の右手、大きく開かれた大聖堂の玄関ともいえる玄室の向こうの大通りを、この大雨の中完全軍装を整えた人馬の一団が通り過ぎていった。軍隊にしては華麗すぎる一隊。おそらくは、ノールの貴族の一族でもあろうか。
いったい、なんだろう。この大雨の中、何事が起ったのだ?
地下牢に幽閉されている間に、地上では何か異変が起こっていたのか?
「おや? バロネン! そのお召し物はいかがいたしました? もしや、ハーニッシュの蜂起に馳せ参じられるのでしょうか! 」
振り向けばそこに、あのメデューサの目の「もぐら」がいた。
ジュピターの言う通り、大聖堂の地下には司祭や修道士の姿はなかった。
深紅のトリコーヌの頭のてっぺんから黒光りするブーツの先まで。
国王の正式礼装である近衛騎兵連隊と同じ真っ赤な軍装のヤヨイは、薄暗い大聖堂の地下室でしばし聞き耳を立てた。
かすかなオルガンの調べに合わせ、男性の、歌が聞こえる。
これが、讃美歌?
ラテン語らしく、意味がよくわからない。こんなことなら、学生時代昼寝ばかりせずにもっとまじめに授業を受けておけばよかった。
それは、このような意味の歌詞だった。
平和を求めよう、エルサレムの。
平和を求めよう、愛する人の。
見よ、主の家族が 共に生きる。
何というよろこび、大きな恵み。
主の平和求め 共に祈ろう。
城壁の内にも、その外にも。
世界の平和を 求め祈ろう、
「地上に御国が 来ますように」・・・。
グラウンドフロアに上がる階段を上がるにしたがい明確に聞こえてくる歌声と共に、おぼろげながらヤヨイにも意味がわかってきた。
平和? エルサレム?
こんな、朝っぱらから、ミサ?
典型的なバシリカ型教会の造りである大聖堂。はるか上空から見下ろせば、大地に置いた十字架がそのまま天に向かって伸びたような造りになっている。
十字架の幹にあたる棟の中央に広い主身廊が南北に延びており、ヤヨイは、怪訝に思いつつ狭い石の階段を上がると主身廊の東西に沿う側廊の西に出た。立ち並ぶ柱の左手のはるか向こうに十字架にかけられたイエス・キリストの像がある内陣、この大聖堂の心臓部があり、複数の男性の歌声はその内陣の片隅に整列した司祭たちのものであることがわかった。プロテスタント系の司祭たちが着るシンプルな白の祭服のアルバではなく、その上に紫の、丈の短い金の刺繍入りポンチョのようなカズラを羽織った一団。
そして。
十字架の前の祭壇で十字を切る、黒のカズラに金の司教杖、そして同じく金のミトラを被ったのが大司教だ。
後姿だけだが、ヤヨイは初めてその姿を見た。
あれが、皇太后を誑(たら)し込んだ、「巨根」の持ち主か・・・。
あ、いや。それは今、どうでもいい。
そんな、どうでもいいことが頭を過った。
ふいに祭壇の前の大司教が振り向いた。まるで、ヤヨイの思念を感じたかのように。
ヤヨイと目が合った、ように感じた。思わず、ゾッとした。
それはまさしく、異形というに相応しい相貌。
もし、帝都のスブッラでこの顔に出合ったなら、すぐさま逃げ出したくなるような、グロテスクとも言いたくなるほどのものだった。無意識に目を逸らしたくなるほどなのに、逸らせない。任務のこともあるが、それ以上に、まるで怖いもの見たさのような、そんな魔力のような力が、ヤヨイを釘付けにした。その「感じ」は、あのメデューサの目を持った「もぐら」に対した折に感じたものに、似ていた。
讃美歌のBGMが表の馬蹄の響きと軍靴の音に搔き消された。
「急げ! もたもたするな!」
「国王陛下の御臨席に遅れるは末代までの恥! 皆の者、急ぐのだっ!」
反対の右手、大きく開かれた大聖堂の玄関ともいえる玄室の向こうの大通りを、この大雨の中完全軍装を整えた人馬の一団が通り過ぎていった。軍隊にしては華麗すぎる一隊。おそらくは、ノールの貴族の一族でもあろうか。
いったい、なんだろう。この大雨の中、何事が起ったのだ?
地下牢に幽閉されている間に、地上では何か異変が起こっていたのか?
「おや? バロネン! そのお召し物はいかがいたしました? もしや、ハーニッシュの蜂起に馳せ参じられるのでしょうか! 」
振り向けばそこに、あのメデューサの目の「もぐら」がいた。
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