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第四部 ついにもぐらとの死闘に臨むマルスの娘。そして、愛は永遠に。

67 ノールの危機

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 街道でハーニッシュの蜂起を発見した内務省の監視要員が旧市街を取り囲む城壁の中に飛び込むやいなや、知らせを受けた官庁街や宮城周辺はにわかに騒然となった。

「近衛騎兵連隊は可及的速やかに出動! できるだけ王都郊外でハーニッシュを捕捉、戦線を構築せよ! 第一第二軍団も追って出動し戦線補強に勤めよ!

 彼らをオスロホルムに近づけるな! なにがなんでも郊外でハーニッシュを足止めするのだっ! 」

 さらに勢いを増した早朝の大雨の中。

 オスロホルム近郊の王都防衛の近衛、及び第一第二軍団の駐屯地に、大雨の中集合ラッパが高らかに吹奏された。

 兵舎からは騎兵の赤、歩兵の青の軍服姿の兵たちが一斉に吐き出され、練兵場のぬかるんだ地面はたちまちに多くの兵たちのブーツや馬の蹄で踏み散らかされ、こねまわされ、泥水を跳ね上げた。

 そうして、数百、数千をはるかに越す数個連隊の兵たちが隊列を組んで駐屯地を出、その横を大量の泥しぶきを上げながら騎兵隊が疾走していった。


 


 

 一方。

 王宮では早朝にも拘わらず主要な閣僚が招集され閣議が行われていた。

 議題はもちろん、ハーニッシュ一斉蜂起、である。

 グロンダール卿もまた黒い官服を着ける暇も惜しむように王宮に馳せ参じ、通例の広間ではなく国王の書斎「プロシュトルム(晴嵐)の間へと案内された。

 グロンダール卿の内心は穏やかではなかった。

 これは明らかに想定外だ。

 昨日の夕方の段階ではヤヨイが突然姿を現した「もぐら」と遭遇し、ひとまずアクセルが彼奴と接見するところまでは掴んでいた。

 これはいよいよミッションのクライマックスが近いぞ!

 もちろん、悠長に休んでなど居るわけがない。オフィスでアタック隊からのその後の

報告を今か今かと固唾をのみつつ、夜中まんじりともしないで待っていたのだ。

 それが、思いもよらぬハーニッシュ蜂起の知らせ!

 まさか、これも彼奴の、「もぐら」の作戦なのか?

 すぐにアンドレ以下主だった者たちを走らせた。

 知らせは事実であり、今、数十郷に及ぶというハーニッシュ族の動員できる兵力の1/3、十万に近い人数が街道をここオスロホルムに向かって進撃中、という。

 おそらくはもう30マイルほどの距離には迫っているだろう。

 アタック隊の動向も気になるが、これは王国の目前の危機だった。

「晴嵐」の間に真っ先に飛び込んだのが彼だった。

 16歳の若き国王スヴェン27世はすでに起きていて、ナイトガウン姿ではあったが執務室のデスクに悠々と着座していた。国王の背後、長身の侍従クリストフェルが立っている横には中庭に面した窓があった。雨は勢いを増し雨粒が叩きつけられてガラスを流れ落ちて行った。

 突然の変事に動揺を見せているかとも予想はしていたが、あにはからんや。

 青年王は落ち着いた風情で侍女の供するコーヒーを含み、

「ああ、グロンダール卿。朝早くから大儀である」

 鷹揚と声をかける余裕さえ見せた。

 ソファーを勧められもしたが、もちろん、謝辞した。言わば危機管理大臣ともいうべき立場としては、それが最低限の礼儀であろう。

 グロンダールは国王背後のクリストフェルを一瞥した。彼は、真のボスである秘密警察長官にかすかに顎を動かした。やはり帝国のマルスに関する動静はまだ掴めてはいないようだ。

 やがて・・・。

 内務大臣シェルデラップ卿、外務大臣ワーホルム卿、陸軍大臣ビョルンソン大将ら全閣僚が執務室に入ってきて、国王に会釈しデスクの周りに佇立した。

 それはさながら旧文明の末期、世界を支配した大帝国であるアメリカ合衆国を統治した大統領の、「ホワイトハウス」なる官邸にあったという執務室オーバルオフィスもかくやと思わせる光景だった。

 ナイトガウン姿の若き獅子は厳かに立ち上がり、額に掛かる金髪を掻き上げた。

「みな、揃ったようだな」

 ゆっくりと一同を見回した国王は厳かに口を開いた。

「朝早くから大儀である。仔細は内務省の使いから聞いた。

 かねてより予想された懸案事項ではあるが、緊急に対応すべき重大事件が起こったようだ」

 そして、若獅子は、宣言した。

「今、賊徒どもは王都に30マイルほどの近くまで進撃しているという。

 賊徒どもの目的はわからぬ。が、これを迎え撃ち、この神聖なる王都オスロホルムを守り参らせるのは余のノール国王たる義務である。

 よってここに、余自ら近衛軍団を率い、賊徒どもの鎮定に当たらんとするものである!

 みな、しかとそう心得よ。そして、この神聖なる王都防衛に各自万全を期せよ!

 よいな、ビョルンソン大将! よいな? 卿ら!」

 昨年即位したばかりのころはあまりにも若すぎるのを危ぶんでいたものだ。

 だが、どうして、どうして!

 いつもなら、国王に軽挙があれば苦言を幾重にも甘菓子に包んで上奏するシェルデラップも、この威厳高き若き君主の胆力に敬服したように見える。おそらくは、事前に打ち合わせたものなのだろうが。

 彼自ら、

「ははーっ・・・」

 深く頭を垂れ、他の閣僚たちも彼に従って心服した。

「では、各省協力してこの国難に対応せよ! これにて閣議を終わる。

 ノールに神の恩寵のあらんことを!」

 そうして、各大臣は急ぎ「晴嵐」の間を退出しかけた。

「シェルデラップ卿、ワーホルム卿、そして、グロンダール卿はしばしお残り頂けますか?」

 内務外務の大臣と共に、グロンダールもまた国王の許に残った。

「卿ら、もっと近くへ」

 3人の閣僚は国王のデスク近くに寄った。

 国王は声を落とした。

「卿らにだけ伝えておく。

 実は、昨日王宮に招いたヴァインライヒ女男爵が、後宮の母上に表敬に行ったまま、未だ戻っていない」

「・・・なんですと?」

 真っ先に反応したのはワーホルムだった。

「よもやとは思ったが、退出を催促させに後宮に使いさせたクリストフェルも頑なに追い返された。

 まさか、今回のハーニッシュの一件に関わりのあることとも思えぬが、仮にも帝国の貴族を・・・。となりでもしたらさらに重大な国際問題を引き起こすことになろう。余はそれを恐れている。

 そこで、卿らに頼みたい。

 いにしえよりの因習もあろうが、この際、強制的に後宮を探索し、バロネンの所在をつまびらかにするのが得策だと考えるのだが。どうであろう?」

「いかにも! 陛下の仰せのごとく。それが今もっとも肝要でございまする!

 この際、バロネンに間に立っていただき、いにしえの故事のごとく、ハーニッシュをして鎮める役を担っていただければ!」

「臣も同じく。おそらくは今回のハーニッシュの蜂起にはバロネンに関わる何らかの情報の齟齬か、あるいは何らかの謀略があるものとも推察できまする。あまりにもタイミングが良すぎる。その背景を明らかにするためにも、それは必要なことでありましょう」

 いつもならなにかと反駁しあう外務内務の両大臣がそろって国王の提案に賛同した。

 グロンダールは深く感じ入っていた。

 補佐と保護を兼ねて貼り付けていたクリストフェルの地道な薫陶もあったであろうが、若獅子は立派な君主に成長した。国家の一大事の傍ら、細かい配慮まで為すに至っていたとは!

 あの色情狂の淫蕩な血の遺伝は、子の代に至って胆力のある優れた君主を育てたようだ。

 わたしの目に狂いはなかった。彼ならば、この後も立派に国を統べることができよう。

 グロンダールは、まるで我が子のたくましい成長を喜ぶ父のような感慨を抱いた。

「では、陛下。恐れながらその儀は我が特別警察にて取り扱いいたしまする。表立って内務省が動けば、後々各省庁の下僚どもにも要らぬ憶測を生みましょうゆえ」

 ここで内務省に勝手に事を運ばれては困るのである。ここは是が非でもグロンダールが直接ハンドリングし、現状を把握せねば。

 今はアタック隊のミッションが最優先なのだ。

 アサシン・ヤヨイの状況を最も知りたいのは、彼なのである。

「よし、わかった。だが、グロンダール卿。努めて穏便に、内密に頼むぞ」

「かしこまりましてございます、陛下」

 当然ながら、シェルデラップ卿もワーホルム卿も、

「こんな皇太后の腰ぎんちゃくなどに一任してよいのか」

というような眼で睨んだ。

 まあ、いい。

 今に、恐らくはここ一両日中にはわかることだ。

 

 そうして、グロンダールもまた「プロシュトルム」の間を出た。

 退出するとき、クリストフェルを一瞥した。

 長身の侍従はかすかに顎を動かした。

 よし!

 急がねば!


 
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