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第四部 ついにもぐらとの死闘に臨むマルスの娘。そして、愛は永遠に。

66 ハーニッシュ、一斉蜂起!

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 おおっ!

 見えたぞ!

 あの7つの丘の、愛すべき娘の明るいオーラが見えた!

 

 まだ暗い空の下。

 大聖堂のツインタワーの西側のてっぺん、十字架の上に止まっていた大鷲は、激しい雨に打たれつつ、歓喜した。

 彼にしか見えないが、王宮と大聖堂の間の地の下から、眩いほどの光が溢れているのを感じ取れたのだ。


 

 ふう・・・。あんな所にいたとは!

 しかし、返す返すも腹立たしい!


 

 彼は止まない雨を降らせる分厚い雲の上を睨んだ。

 人知の遠く及ばない、気の遠くなるほどの長い年月を生き抜いてきた彼だ。人間たちには大雨でも、この程度のものならどうということもなかった。

 しかし、気分が悪い!

 このわたしに、しかも頭ごなしに用を言いつけるとは!

 まったくもって、不愉快極まるっ!

 しかし・・・。

 あの娘を助け出せたのはよかった! 今後どれほどの活躍をするかわからない、あのような素晴らしい、若くて可愛い女はそうはいるものではない。あの「雷の神」とやらにはむしろ礼を言うべきなのかもしれないが・・・。

 まあ、いい。

 気を取り直して体と翼に含んだ雨のしずくをばさばさと振り落とした時。

 おや?

 大鷲はまた別の違和感に気づいた。

 あの儚げで悲し気なオーラの若い女だ。

 西の7つの丘の娘が黄金の輝きを持つとすれば、東の地の悲し気なオーラは銀の鈍い厳かな光を放っていた。

 あの娘が、泣いているのか。

 なぜ、泣いているのだ。

 あの小癪なカミナリの神とやらのリクエストも達成したし、7つの丘の可愛いオーラの娘の居場所も掴んだ。

 こんな冷たい不快な雨の下からは一刻も早く飛び立っていつもの清々しい雲の上に飛び立ちたいのに、なぜか気になってしまう。

 あの可愛い金髪の娘が泣いておるのなら、見守ってやらねば!

 大鷲は、自らのスケベ根性に、負けた。

 大聖堂の尖塔の上から飛び立った大鷲は、旧市街を取り囲む城壁のはるか上を飛び越え、港の近くの新市街へと向かった。


 


 


 


 


 

 夜を徹して降り続く雨の中。

 屋根裏部屋の粗末なベッドの中で、ノラは一睡もできずに涙で赤く腫らした目を擦った。

 ひどい言い方で喧嘩別れしたペールのことを考えていて眠れなくなってしまっていた。でも、強く言わないとわかってくれないと思ったのだ。 意地でも連れ戻せばよかった。だけど、たとえ連れ戻しても彼はわかってはくれない、と。その堂々巡りに胸を痛ませていた。

 しかし、眠れないのはそのせいばかりでもなかった。屋敷の中が一晩中ゴトゴトとした物音で落ち着かなかったのだ。

 まだ、イングリッド様がお戻りになっていないんだわ。

 いったい、どうしたのかしら。

 


 

 新市街のゴルトシュミット邸は昨夜から騒然としていた。

「まだかっ! まだ王宮へ使いした者は戻らぬのか! 従者のアクセルとも連絡が取れぬのか!」

 夜じゅう何度も書斎に呼びつけられた執事のエリックは白髪の下に疲労の色を浮かべて主人に対し首を垂れた。

「まだ戻らぬようです、旦那様」

「まったく、王宮はどうなっておるのだっ! 仮にも国王家の賓客、しかも帝国貴族であるぞ。招いておいて一晩中音沙汰も寄越さぬなど、なんたる怠慢! なんたる無礼!

 もしバロネンの身に何かあってみろ。国際問題になるぞ! 

 ええい、もうよい! 

 この上は私自ら王宮に乗り込もうぞ!」

 あわよくばバロネン・ノルトヴェイトを立ててニィ・ヴァーサ朝を復活させ、このゴルトシュミット家も陽の当たる家格へと引き上げよう。そんな目論見を抱いているゴルトシュミットだから、そのかけがえのない女男爵が前日から丸一晩も何の音沙汰もなく王宮へ行ったきりになっていることに気が気ではなくなっていた。

 エリックを払うように書斎を出てゆこうとするゴルトシュミットを、老練で忠義の執事は必死に押しとどめた。

「旦那様、お気持ちお察しいたしまするが、せめて夜が明けるまでお待ちください。陽も登りきらぬうちに王宮へ押し掛けるなど、大変な無礼にあたります。悪くすれば要らぬ疑いをかけられて官憲の目を引いてしまうことになるやも。もしそんなことにでもなればなんと致しますか。もうしばらく、もうしばらくお待ちください!」

「もうこれ以上待てぬと申しておるっ!」

 だんな様!

 と、廊下を駆けながら声を張り上げる者があった。

「グンダーが戻りました」

「戻ったか! わかった、すぐ行く! 」

 ゴルトシュミットと執事は急いで書斎を出、階下に降りた。

 エントランスには、まだコートやトリコーヌからダラダラと水を落として息を切らしている門番のグンダーがいた。

「いかがしたか! バロネンの消息は! 王宮は何と言っておるのだ!」

 息継ぐ暇もなく使いした門番を問い詰める主人に、雨に濡れた顔を拭いながら、荒い呼吸に抗いつつ哀れなグンダーは言った。

「それなのですが、旦那様! 今王宮と旧市街は上を下への大騒ぎになっておりましてっ! 」

「大騒ぎとな? 一体なんのことだ! もっとわかりやすく話してみよ!」

「は、ハーニッシュが、ハーニッシュがい、一斉蜂起して、大挙してこの王都に向かっているとのことでっ! 王都防衛の陸軍も警察も、それで今大騒ぎになっておりましてっ!」

「・・・なんだと?」


 


 

 


 


 

雨の降り続く、朝未だ来。

 王都オスロホルムから西に向かう街道を40マイルほど行ったところにある宿屋の二階には一部屋だけカンテラの灯りが灯る部屋があった。

 この宿屋はアクセルとヤヨイが密会した逢引宿ではなく、ごく普通の街道を旅する旅人が利用する簡易宿である。

 その灯りの灯る部屋は街道に面していて、その窓に人影がない夜はなく、いつも誰かが街道をゆく旅人を見下ろしていた。

 今も、この激しい雨にもかかわらず、また夜にもかかわらず。変わらぬ人影が一人、飽くこともなく眼下の雨に打たれる通りに目を凝らしていた。

「なんだ、寝てなかったのかよ。

 もういいだろうルネ。この雨だ。もう誰も通りゃしないさ。こっちへ来て少しラムでもひっかけようや。そうしたら、次はオイラが代わってやるからよ」

 部屋の奥で仮眠のベッドから身を起こしたやや年かさの男は、窓にへばりついているまだ若い男に声をかけた。

 だが、若い方の男は身じろぎもせずに窓の下を見つめ続けていた。窓のガラスを打つ大粒の雨はもう滝のようになってガラスを洗うほどになっていた。

「ですが、役目ですから」

 ルネと呼ばれた男は答えた。

「マジメだな、お前も」

 彼らは、泊り客に偽装した内務省の下級役人だった。

 国内治安を預かる内務省は、ノール国内の不穏分子。特に革命騒ぎを扇動する者や政府の許可なく武装して集まる危険因子を監視するのが重要な役目となっていた。

「それしか、とりえないんで」

 若いに似ずとても謙虚な役人は、そういって再び雨の降り続く夜明け前の街道に目を落とした。

 ふと反対側の王都方向東の空を顧みた。

 もうそろそろ、明るくなるかな。

 そして、もう一度西へ。彼らの監視対象であるハーニッシュの居留地がある方へ目を向けた時だった。

 まだ暗いながらも薄っすらと浮かび上がる人影。それも一人や二人ではない。じっと目を慣らしていると、それが数十名数百名の規模になることが次第に明らかになっていった。

 青年役人は、息を呑んだ。

「せ、先輩!」

「ん、なんだ、ルネ。ハダカの女郎でも歩いてんのか。ハハッ!」

「来てください! 」

 後輩のあまりな切羽詰まった声に、下品な冗談を納めてラム酒のグラスを置き窓辺に寄った。

 彼も後輩と同じく息を呑んだ。

 上着もズボンも真っ黒な、少なくとも数百人規模にはなる一団が、降り続く雨の上げる水煙の向こうから街道をやってくるのが薄明りでハッキリと見えたのだ。

「ルネ! 急いで裏の厩から馬を出せ! そして大至急王都に知らせに行け!

 これは大ごとだ! 緊急事態だ!」

 今日も交代が来たらラムの残りをひっかけて悠々昼寝ができると思っていた先輩は完全にアテが外れたのを思わずにはいられなかった。


 
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