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第四部 ついにもぐらとの死闘に臨むマルスの娘。そして、愛は永遠に。
57 「もぐら」、本性を現す
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「手短に願いますよ。お嬢様が後宮からお戻りなる前に控室に戻らねばなりませんからね」
どうやら大聖堂の中はフリーパスのようだ。
「もぐら」に案内され、アクセルは袖廊の上に上がり主身廊を見下ろす司祭室に入った。
主身廊を挟んで向かい側の袖廊の上が大司教のオフィスになっていることまでは知っていた。だが、大胆にもその反対側にヤツの部屋があったとまでは知らなかった。ヤツの部屋ではなく、この部屋にさえ出入り自由ということか。おそらくは司祭か修道士に変装してのことだろう。
この程度のことが察知できなかったとは。
そろそろグロンダール卿も、アホのアンドレの処遇を考えるべきだ。
「どうぞ、おかけください」
驚くべきことではないかもしれないが、「もぐら」は流暢な帝国語を話した。
司教室の粗末な、だが頑丈な樫のテーブルの椅子を勧められ、「もぐら」が目の前に座った。
「では早速要件に」
アクセルは、切り出した。
「私はバロネン・イングリッド・マリーア・ノルトヴェイト・フォン・ヴァインライヒ様の従者です。
幼いころからお嬢様と共に育ち、先代のヴァインライヒ男爵よりお嬢様の庇護と養育を託されました。イングリッドはノールの高貴な家柄の血を引く大切な存在。ゆめゆめ間違いがあってはならぬぞ、と。その言葉を銘に、これまで大切にお嬢様をお守りしてまいりました。
ですので、お嬢様がお関わりになられることは、それがたとえどんなに些細な一事であっても、深く知り、吟味せねばならない責務があるのです。おわかりいただけますか」
相手はまだ微笑みを崩してない。だが、そのすべての光を飲み込む深淵のような眼はそのままだった。
ここが、勝負どころだ。
話してもいい事柄。そして、絶対に知られてはいけない事柄を明確に頭脳に整理しつつ、アクセルは言葉を選んだ。
相手の沈黙を了解と解し、アクセルは本題に入った。
「まず、一点目です。
先刻はあなたに話を合わせましたが、私は貴殿を知らない。お嬢様も不思議がっておいででした。いったい、誰だろう、と。
あなたという人は、何者なのですか?
ハーニッシュの里でお嬢様をお見かけになったようですが、ペールとはどういったご関係なのですか? まずはそこからお話しください」
アクセルの第一の矢に、「もぐら」は即答した。
「よろしい。ご説明いたしましょう。
バロネンにも申し上げましたが、わたしは、あなたのご主人のお血筋、いにしえのニィ・ヴァーサ朝に繋がる、高貴なノルトヴェイト家のお血筋の復権を願う者です。その同志です。
こうしてノールにお帰りになったことを寿(ことほ)ぎ、バロネンをお守りし、ゆくゆくはバロネンを奉じて現王朝を倒し、新しき王朝の女王として即位いだたきたい志を持つ者です。
名を・・・」
「名を?」
偽名か本名かはわからない。
だが、「もぐら」自身が初めて名乗る名前だ。
「ニコライ、と言います。ニコライ・ヴァシリエビッチ・メンデレーエフ、です。申し遅れましたが・・・」
旧文明のロシアの名前。たしか、北の野蛮人に多い名前だ。
だが、肌は青くない。もしかして、過去にノールの捕虜になった者の2世? ノールは帝国と同じく野蛮人を奴隷にするのだろうか。
「北の、お名前ですな」
当たり障りのないところを、アクセルは突いた。
「左様です。父が、帝国とのいくさで捕らわれた奴隷でした。
そして、私もあなたと同様、帝国の生まれ育ちなのです、アクセル殿」
「ほお、帝国の・・・」
やはりか・・・。
だが、核心に迫る前に、質さねばならない。
「帝国の、でおられますか・・・」
「左様」
「お父上は今もご健在で? 帝国に?」
「はい。息災にしております。今は共に、ノールで・・・」
・・・なるほど。
「メンデレーエフ殿、」
「ニコライ、とお呼びください」
「では、ニコライ殿。
その、帝国生まれの貴殿が、なぜにノールに? なぜにノールの現王家を打倒しようなどと? 」
いきなりの核心に迫る質問ではある。
だが、こうまで大胆に切り出されてしまっては、「外国人」としてはそう問わずにはいられない。
「それに、ここまでは貴殿のお言葉拝聴してまいりましたが、『打倒』、などとは穏やかではないですな。ここでの話は一切他言するつもりはございませんが、その、そのような言辞を、私のような他国の者に軽々しく披露されてよいのですか?
このところノールでは革命騒ぎが頻発し、現王家に批判的な言動をする者は厳しく取り締まられて捕縛されていると伺っています。
おことわりしておきますが、我がお嬢様には、畏れ多くも現王家に盾突いてまで我意を通そうなどというお気持ちなどは、一切お持ちではおられませんよ。
先祖の家門を再興するのが我がお嬢様とお嬢様をお守りしてまいった私の、悲願とも申すものであることは間違いありません。ですが、あくまでも穏便に、友好的に。国王陛下とノール王家、そしてノール政府のご承認の許に、と心がけておいでなのです。
それゆえ、本日も国王陛下のお召しに応じて親しくご懇談に臨まれていらっしゃいます。
そこは、誤解のなきように、お受け取りいただきたいと・・・」
「はは。どうか、ご安心を、アクセル殿」
と、「もぐら」、ニコライは笑った。
「バロネンの高いお志も、崇高なお気持ちも理解しているつもりです。ハーニッシュの里でご様子を親しく拝見いたしましたのでね。
ですが、お言葉を返すようで恐縮なのですが、国王はともかく、皇太后も政府も、決してノルトヴェイト公爵家の再興などは許さないと推測しております。
なんといっても、現ヤンベルナドッテ朝は先のニィ・ヴァーサ朝の危機に乗じて、王位を掠め取ったようなものですからな。先の王家につながる、目の上のたんこぶのようなノルトヴェイト家の再興など、決して認めるはずはございませんでしょうな」
ニコライを名乗る「もぐら」は、深くゆっくりと椅子の背に体を預け、アクセルを見据えた。
「そう思えばこそ、こうして『武力革命』による現王家打倒をお誘いしているのです。
今おっしゃられた革命騒ぎも、そうです。
その一連の国内の暴動を企て、演出しているのが、アクセル殿。今貴殿の目の前にいる、私なのです」
底知れない暗闇を持つ目。見たものを石に変えるという魔力を持つメデューサの瞳が、アクセルを捉えて離さなかった。
「30万にも及ぶ巨大な武装勢力でもあるハーニッシュから忠誠を受けておられるバロネンなら、必ず事は成就いたしましょう。アクセル殿、ここがご決断の時、ですぞ? !」
舞台度胸なら誰にも引けを取らないと自負するアクセルではあったが、「もぐら」の天才的なほどのアジテーションスキルの前に、さすがに手に汗を握った。
どうやら大聖堂の中はフリーパスのようだ。
「もぐら」に案内され、アクセルは袖廊の上に上がり主身廊を見下ろす司祭室に入った。
主身廊を挟んで向かい側の袖廊の上が大司教のオフィスになっていることまでは知っていた。だが、大胆にもその反対側にヤツの部屋があったとまでは知らなかった。ヤツの部屋ではなく、この部屋にさえ出入り自由ということか。おそらくは司祭か修道士に変装してのことだろう。
この程度のことが察知できなかったとは。
そろそろグロンダール卿も、アホのアンドレの処遇を考えるべきだ。
「どうぞ、おかけください」
驚くべきことではないかもしれないが、「もぐら」は流暢な帝国語を話した。
司教室の粗末な、だが頑丈な樫のテーブルの椅子を勧められ、「もぐら」が目の前に座った。
「では早速要件に」
アクセルは、切り出した。
「私はバロネン・イングリッド・マリーア・ノルトヴェイト・フォン・ヴァインライヒ様の従者です。
幼いころからお嬢様と共に育ち、先代のヴァインライヒ男爵よりお嬢様の庇護と養育を託されました。イングリッドはノールの高貴な家柄の血を引く大切な存在。ゆめゆめ間違いがあってはならぬぞ、と。その言葉を銘に、これまで大切にお嬢様をお守りしてまいりました。
ですので、お嬢様がお関わりになられることは、それがたとえどんなに些細な一事であっても、深く知り、吟味せねばならない責務があるのです。おわかりいただけますか」
相手はまだ微笑みを崩してない。だが、そのすべての光を飲み込む深淵のような眼はそのままだった。
ここが、勝負どころだ。
話してもいい事柄。そして、絶対に知られてはいけない事柄を明確に頭脳に整理しつつ、アクセルは言葉を選んだ。
相手の沈黙を了解と解し、アクセルは本題に入った。
「まず、一点目です。
先刻はあなたに話を合わせましたが、私は貴殿を知らない。お嬢様も不思議がっておいででした。いったい、誰だろう、と。
あなたという人は、何者なのですか?
ハーニッシュの里でお嬢様をお見かけになったようですが、ペールとはどういったご関係なのですか? まずはそこからお話しください」
アクセルの第一の矢に、「もぐら」は即答した。
「よろしい。ご説明いたしましょう。
バロネンにも申し上げましたが、わたしは、あなたのご主人のお血筋、いにしえのニィ・ヴァーサ朝に繋がる、高貴なノルトヴェイト家のお血筋の復権を願う者です。その同志です。
こうしてノールにお帰りになったことを寿(ことほ)ぎ、バロネンをお守りし、ゆくゆくはバロネンを奉じて現王朝を倒し、新しき王朝の女王として即位いだたきたい志を持つ者です。
名を・・・」
「名を?」
偽名か本名かはわからない。
だが、「もぐら」自身が初めて名乗る名前だ。
「ニコライ、と言います。ニコライ・ヴァシリエビッチ・メンデレーエフ、です。申し遅れましたが・・・」
旧文明のロシアの名前。たしか、北の野蛮人に多い名前だ。
だが、肌は青くない。もしかして、過去にノールの捕虜になった者の2世? ノールは帝国と同じく野蛮人を奴隷にするのだろうか。
「北の、お名前ですな」
当たり障りのないところを、アクセルは突いた。
「左様です。父が、帝国とのいくさで捕らわれた奴隷でした。
そして、私もあなたと同様、帝国の生まれ育ちなのです、アクセル殿」
「ほお、帝国の・・・」
やはりか・・・。
だが、核心に迫る前に、質さねばならない。
「帝国の、でおられますか・・・」
「左様」
「お父上は今もご健在で? 帝国に?」
「はい。息災にしております。今は共に、ノールで・・・」
・・・なるほど。
「メンデレーエフ殿、」
「ニコライ、とお呼びください」
「では、ニコライ殿。
その、帝国生まれの貴殿が、なぜにノールに? なぜにノールの現王家を打倒しようなどと? 」
いきなりの核心に迫る質問ではある。
だが、こうまで大胆に切り出されてしまっては、「外国人」としてはそう問わずにはいられない。
「それに、ここまでは貴殿のお言葉拝聴してまいりましたが、『打倒』、などとは穏やかではないですな。ここでの話は一切他言するつもりはございませんが、その、そのような言辞を、私のような他国の者に軽々しく披露されてよいのですか?
このところノールでは革命騒ぎが頻発し、現王家に批判的な言動をする者は厳しく取り締まられて捕縛されていると伺っています。
おことわりしておきますが、我がお嬢様には、畏れ多くも現王家に盾突いてまで我意を通そうなどというお気持ちなどは、一切お持ちではおられませんよ。
先祖の家門を再興するのが我がお嬢様とお嬢様をお守りしてまいった私の、悲願とも申すものであることは間違いありません。ですが、あくまでも穏便に、友好的に。国王陛下とノール王家、そしてノール政府のご承認の許に、と心がけておいでなのです。
それゆえ、本日も国王陛下のお召しに応じて親しくご懇談に臨まれていらっしゃいます。
そこは、誤解のなきように、お受け取りいただきたいと・・・」
「はは。どうか、ご安心を、アクセル殿」
と、「もぐら」、ニコライは笑った。
「バロネンの高いお志も、崇高なお気持ちも理解しているつもりです。ハーニッシュの里でご様子を親しく拝見いたしましたのでね。
ですが、お言葉を返すようで恐縮なのですが、国王はともかく、皇太后も政府も、決してノルトヴェイト公爵家の再興などは許さないと推測しております。
なんといっても、現ヤンベルナドッテ朝は先のニィ・ヴァーサ朝の危機に乗じて、王位を掠め取ったようなものですからな。先の王家につながる、目の上のたんこぶのようなノルトヴェイト家の再興など、決して認めるはずはございませんでしょうな」
ニコライを名乗る「もぐら」は、深くゆっくりと椅子の背に体を預け、アクセルを見据えた。
「そう思えばこそ、こうして『武力革命』による現王家打倒をお誘いしているのです。
今おっしゃられた革命騒ぎも、そうです。
その一連の国内の暴動を企て、演出しているのが、アクセル殿。今貴殿の目の前にいる、私なのです」
底知れない暗闇を持つ目。見たものを石に変えるという魔力を持つメデューサの瞳が、アクセルを捉えて離さなかった。
「30万にも及ぶ巨大な武装勢力でもあるハーニッシュから忠誠を受けておられるバロネンなら、必ず事は成就いたしましょう。アクセル殿、ここがご決断の時、ですぞ? !」
舞台度胸なら誰にも引けを取らないと自負するアクセルではあったが、「もぐら」の天才的なほどのアジテーションスキルの前に、さすがに手に汗を握った。
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