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第四部 ついにもぐらとの死闘に臨むマルスの娘。そして、愛は永遠に。
55 堕ちた地獄で、ヤヨイの見たものは
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(この回、グロ、ホラー要素多めです。ご注意ください)
あいたたたた・・・。
したたかに打ったお尻を擦った。
だが、そこは真の暗闇。真っ暗闇・・・。
ただ、お尻の下になにやら布に包まれた枯れ木のような正体不明のガリゴリいうものがあって、いいクッションになったようだ。その上に落ちたらしい。足を挫いたりアタマを打ったり骨折もせずに済んだ。痛いことは痛かったが、痛がれるだけマシ、というものだ。
さらに運のいいことには、穴の底に着地するまでに薄暗い地下通路のカンテラの灯りが届いてくれていた。おかげで穴の底、石の床が辛うじて見え、着地の間隔、感覚が把握できた。チナ戦役時の空挺部隊での訓練、経験が生きた。つまり、足、尻、腰、背中、肩の順に衝撃を分散することができたのだ。そのお陰で「お尻をしたたかに打った」程度で済んだらしい。
だが、真っ暗闇。しかも、あたりには異様な、腐ったような臭いが立ち込めていた。
さすがのヤヨイも、これでは為す術がなかった。
腰を擦りつつ、「上」を見上げた。
上はもちろん、左右も下も真っ暗で何も見えない。音もしない。無音。
地下通路の床はすぐに塞がれた。
ノールの城に、こんな仕掛けがあったとはなあ・・・。
そうだ!
アクセルがくれたライターを思い出した。それはウェストコート、チョッキのポケットにしっかり入っていた。
ライターのフリント・ホイールを回し、しゅぼっ! 火をつけた。
だが、すぐに火をつけたことを、後悔した。
そこは三方がレンガ積みの壁の四角い井戸の底のような場所だった。壁と壁の間は10フィート、3メートルほどか。
そして、その壁際には無数の白骨化した死体が折り重なっていた。ヤヨイが尻に敷いていたのも、そのうちの一人か複数かの、遺体だった。
「・・・!」
思わず口を抑え、慌てて飛びのいた。危うく悲鳴を上げかけた。
さんざんに人を殺めてきた、さしものアサシン。「軍神マルスの娘」ではあったが、白骨の虚しい目の数々に見つめられるのは、さすがにいい気分ではなかった。
人並みに、ゾッとした。
それでも、とにかく、冷静にならねば!
突き上げてくる胸の鼓動を抑え、流れ落ちる汗を拭き、必死に平常心を保とうとする。
落とし穴に人を落とす。
それは明らかに誰か気の毒な被害者を亡き者にするための仕掛け。穴の底に犠牲者の骸があるのは、だから当たり前。時が経てば骸も骨になる。それも当たり前。それだけ長い年月使われてきた死の仕掛けなのだろう。
自分も同じ運命をたどるのか否かは、どれだけ冷静になれるか否かで決まる。どんな時も望みは失わない。失望はナンセンスだ! 失望は無益だ!
第一に、今自分が置かれている状況を客観的に把握する、その一事だ。それだけが、恐怖や絶望や破滅からヤヨイを救う。
そのためにはも大事なことは、真っ暗闇からの脱出だ。
初めて手にしたが、このオイルライターの燃料には限りがあるはず。何か可燃性のものを探し、火を移し、灯りを守らねば!
当然にヤヨイの目はさっきまで尻に敷いていた、うず高く積み重なった半ば白骨化し、半ばミイラと化した死体に向いた。どこの誰かは知らないが、ここはヤヨイのサバイバルに役立ってもらう!
「ごめんなさいね、誰かさん」
その名もない誰かの骸の袖を引いてみた。黒い袖は彼の、もしくは彼女の腕ごと外れた。袖は黒い。そういえば、王宮や後宮の女官たちや侍従はみな黒服だったのを思い出す。
袖付きの腕は何故かよく燃えた。適度な油を保ったまま干からびたからだろう。吐き気を催す臭いがするが、ライターの灯りよりはるかに頼もしい光源ができた。
それを松明のように掲げると、その三方をレンガ壁に囲まれた10フィート、3メートル四方ほどの井戸の底がさらによく照らされた。
犠牲者たちの服はやはりみな黒く、裾が長い。たぶん、全員女だ。落とされて脚や腰を骨折し、真っ暗闇の中動けないまま、みな朽ち果てたのだろう。
三方が壁。
ヤヨイの意識は当然に残りの一方、暗闇の奥へと向いた。
ミイラの松明を翳したが、それでも、暗闇の先を確認するまでは届かない。
何か脱出の手掛かりになるものがあるかも。行ってみるか。
だが、ゆっくりと十歩ほども歩くと、何かの気配を感じた。
「?!」
暗闇の奥はデッドエンド。行き止まりだった。
松明をさらに突き出した。
その気配は、突き当りの壁の下に、あった。
黒い官服はまだ新しい。それが、ごそもそと動いているのがわかった。
生存者?!
いや、違った。
黒い官服の下をごそもそと動き回るのは、明らかに人間の動作によるものではなかった。
気の毒な犠牲者の頭を覆っていた長い黒髪をさばいた。
その、片方の目は恐怖に見開かれて暗闇を見つめ、もう一方の目があったところはすでに空洞になっていた。そこから小さな生き物が顔を出した。
チュチュッ!
ヤヨイは人食いネズミの一個小隊と対峙せねばならなかった。
あいたたたた・・・。
したたかに打ったお尻を擦った。
だが、そこは真の暗闇。真っ暗闇・・・。
ただ、お尻の下になにやら布に包まれた枯れ木のような正体不明のガリゴリいうものがあって、いいクッションになったようだ。その上に落ちたらしい。足を挫いたりアタマを打ったり骨折もせずに済んだ。痛いことは痛かったが、痛がれるだけマシ、というものだ。
さらに運のいいことには、穴の底に着地するまでに薄暗い地下通路のカンテラの灯りが届いてくれていた。おかげで穴の底、石の床が辛うじて見え、着地の間隔、感覚が把握できた。チナ戦役時の空挺部隊での訓練、経験が生きた。つまり、足、尻、腰、背中、肩の順に衝撃を分散することができたのだ。そのお陰で「お尻をしたたかに打った」程度で済んだらしい。
だが、真っ暗闇。しかも、あたりには異様な、腐ったような臭いが立ち込めていた。
さすがのヤヨイも、これでは為す術がなかった。
腰を擦りつつ、「上」を見上げた。
上はもちろん、左右も下も真っ暗で何も見えない。音もしない。無音。
地下通路の床はすぐに塞がれた。
ノールの城に、こんな仕掛けがあったとはなあ・・・。
そうだ!
アクセルがくれたライターを思い出した。それはウェストコート、チョッキのポケットにしっかり入っていた。
ライターのフリント・ホイールを回し、しゅぼっ! 火をつけた。
だが、すぐに火をつけたことを、後悔した。
そこは三方がレンガ積みの壁の四角い井戸の底のような場所だった。壁と壁の間は10フィート、3メートルほどか。
そして、その壁際には無数の白骨化した死体が折り重なっていた。ヤヨイが尻に敷いていたのも、そのうちの一人か複数かの、遺体だった。
「・・・!」
思わず口を抑え、慌てて飛びのいた。危うく悲鳴を上げかけた。
さんざんに人を殺めてきた、さしものアサシン。「軍神マルスの娘」ではあったが、白骨の虚しい目の数々に見つめられるのは、さすがにいい気分ではなかった。
人並みに、ゾッとした。
それでも、とにかく、冷静にならねば!
突き上げてくる胸の鼓動を抑え、流れ落ちる汗を拭き、必死に平常心を保とうとする。
落とし穴に人を落とす。
それは明らかに誰か気の毒な被害者を亡き者にするための仕掛け。穴の底に犠牲者の骸があるのは、だから当たり前。時が経てば骸も骨になる。それも当たり前。それだけ長い年月使われてきた死の仕掛けなのだろう。
自分も同じ運命をたどるのか否かは、どれだけ冷静になれるか否かで決まる。どんな時も望みは失わない。失望はナンセンスだ! 失望は無益だ!
第一に、今自分が置かれている状況を客観的に把握する、その一事だ。それだけが、恐怖や絶望や破滅からヤヨイを救う。
そのためにはも大事なことは、真っ暗闇からの脱出だ。
初めて手にしたが、このオイルライターの燃料には限りがあるはず。何か可燃性のものを探し、火を移し、灯りを守らねば!
当然にヤヨイの目はさっきまで尻に敷いていた、うず高く積み重なった半ば白骨化し、半ばミイラと化した死体に向いた。どこの誰かは知らないが、ここはヤヨイのサバイバルに役立ってもらう!
「ごめんなさいね、誰かさん」
その名もない誰かの骸の袖を引いてみた。黒い袖は彼の、もしくは彼女の腕ごと外れた。袖は黒い。そういえば、王宮や後宮の女官たちや侍従はみな黒服だったのを思い出す。
袖付きの腕は何故かよく燃えた。適度な油を保ったまま干からびたからだろう。吐き気を催す臭いがするが、ライターの灯りよりはるかに頼もしい光源ができた。
それを松明のように掲げると、その三方をレンガ壁に囲まれた10フィート、3メートル四方ほどの井戸の底がさらによく照らされた。
犠牲者たちの服はやはりみな黒く、裾が長い。たぶん、全員女だ。落とされて脚や腰を骨折し、真っ暗闇の中動けないまま、みな朽ち果てたのだろう。
三方が壁。
ヤヨイの意識は当然に残りの一方、暗闇の奥へと向いた。
ミイラの松明を翳したが、それでも、暗闇の先を確認するまでは届かない。
何か脱出の手掛かりになるものがあるかも。行ってみるか。
だが、ゆっくりと十歩ほども歩くと、何かの気配を感じた。
「?!」
暗闇の奥はデッドエンド。行き止まりだった。
松明をさらに突き出した。
その気配は、突き当りの壁の下に、あった。
黒い官服はまだ新しい。それが、ごそもそと動いているのがわかった。
生存者?!
いや、違った。
黒い官服の下をごそもそと動き回るのは、明らかに人間の動作によるものではなかった。
気の毒な犠牲者の頭を覆っていた長い黒髪をさばいた。
その、片方の目は恐怖に見開かれて暗闇を見つめ、もう一方の目があったところはすでに空洞になっていた。そこから小さな生き物が顔を出した。
チュチュッ!
ヤヨイは人食いネズミの一個小隊と対峙せねばならなかった。
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