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第四部 ついにもぐらとの死闘に臨むマルスの娘。そして、愛は永遠に。

48 初会敵! エメラルドの指輪 

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「お気を付けくださいませ、バロネン・ヴァインライヒ。

 皇太后は、貴女を弑し奉る御所存です」

 それは直感だった。

 帝国の最高学府バカロレアで電波工学を専攻していた「科学者のなりそこない」による冷徹な事実の検証の結果ではない。数々の戦場を潜り抜けてきた、歴戦の戦士のカンだった。

 女の姿になってはいる。化粧のせいなのか、顔の輪郭も男には見えない。

 しかし、この黒い瞳。

 淫売宿でアクセルに見せられた似顔絵にあった不気味なふたつの黒い円。まるで、黄泉の世界への入り口であるかのような、宇宙の最果てにあるという全ての光を吸い込んでしまうブラックホールのような、黒い穴。

 バカロレアの発掘チームによって得られた古代の文献から、ブラックホールは強いガンマ線、「電波ジェット」を噴き出すことがわかったが、目の前の人物は、その黒い瞳からまるで電波のような、暗黒のオーラを放っていた。

 

 間違いない。コイツは、「もぐら」だ!

 無意識に、身体中の筋肉が、緊張した!


 

 今、ここで、殺るか?!


 

 瞬時にそこまで、思い詰めた。

 だが。

 一方で、ヤヨイの頭脳は、覚めていた。


 


 

「もし、『もぐら』と接触したら、その時はわたしに任せてくれるのよね? 生かすも殺すも。全部」

「まあ、基本的にはね」

「『基本的』じゃ、ダメよ。『絶対的』に任せてくれないと。それがそもそもの約束だし、『その時』がいつ、どういうシチュエーションで来るか、全く分からないんだから。二度も三度もチャンスがやって来るとも限らないし。あれこれ考えてるヨユーなんてないかもしれない」

「まあ、そうだね。でもなあ・・・。『もぐら』の出自とか、マレンキーとの関係とか。それを探るのもミッションの目標だろ? 最終的には殺すけど、まず調査してからだ、と」


 


 

 ヤヨイは雇われアサシンだ。これはノールの作戦だ。ノール側のエージェント、アクセルとの約束もある。

 アサシンの動物的な本能と、エージェントとしての冷徹な任務が葛藤しかけた。

 ここで軽挙した場合、もし本人でなかったら、ここまでの仕掛けが全てご破算、オジャンになる。ただ単純にニィ・ヴァーサ朝の復権を目論む、義倖心を持っただけの者である可能性もあるし、「もぐら」の手下か、「影武者」の可能性だって、ある。

 まず、「もぐら」本人である確証が必要だ。最低でもそれは掴まねば。

 それに、アクセルにも知らせねば。

 そうして、ヤヨイの中でエージェントとしての任務が、勝(まさ)った。

 方針が決まれば、後はより巧妙に実施するだけだ。

『皇太后は、貴女を弑し奉る御所存です』

 ここまでの逡巡を、いきなりそんな恐ろしい言葉を突き付けられた「帝国の鷹揚な深窓の貴族令嬢の動揺」と取ってくれればいいのだが。

 ヤヨイは、ゆっくりと、振り向いた。

「あ、あの、それは、どういう意味でしょうか。それに、あなたは、一体・・・」

 ふたつのブラックホールのような、禍々しいオーラを放つ光の無い黒い瞳。女装した「もぐら」らしき「女官」を振り仰いだ。

「わたしは、貴女のお血筋、いにしえのニィ・ヴァーサ朝に繋がる、高貴なノルトヴェイト家のお血筋の復権を願う者です。その同志です。

 御身をお守りし、ゆくゆくは御身を奉じて現王朝を倒し、新しき王朝の女王として即位いだたく志を持つ者です」 

 決して、過度に反応してはならない。

 まず、あくまでも「今の言葉の意味を解しかねている」帝国貴族を演じるべきだ。

 数ある対応オプション、選択肢の中から、ヤヨイはそれを選んだ。

「あの・・・。どういうことでしょうか、わたくし、ちょっと・・・」

「警戒なさっておられますね? 無理もございません」

 黒衣の官服。王宮付きのメイドに扮した「ほぼ『もぐら』と思しき」女装の男は、スッと半歩引いてヤヨイから離れた。

 そして、

「バロネン、どうか、これを・・・」

 右手の指からエメラルドと思しき指輪を抜くとヤヨイに示した。

 ヤヨイはそれを取った。

 刹那、指が触れた。

 そのあまりな冷たさに、触れたところから指先が凍り付いてゆく錯覚を起こしたほどだった。

「お話しせねばならないことがたくさんあるのですが、ここでははばかられます。

 いつでも結構です。大聖堂の告解室にお出で下さい。その折、修道士にその指輪をお示しください。彼が、あなた様をわたしの許へ誘うでしょう。

 では、後ほど。くれぐれも、皇太后にお気をつけ遊ばされますよう」

 冷たい笑みを残し、女装の男は控えの間に去った。

 もちろん、ヤヨイは追わなかった。

 もし、今のが本物の「もぐら」だったら・・・。

 ヤヨイは千載一遇、かもしれないチャンスを逸したことになる。

 だが、ヤヨイには自信があった。

 まず、本人確認。そして、皇太后からマレンキーへ渡った王室費の流れの調べ。マレンキーと「もぐら」の関係の調査をしてからだ、と。

 何よりも、「もぐら」は、「ノルトヴェイト家の末裔の男装の帝国貴族令嬢」のヤヨイを露ほども疑ってはいない。

 ショータイムは、これからよ。

 ヤヨイは鏡の前に置いてあるベルを鳴らした。

 控えの間から、「もぐら」でない王宮付きの黒衣のメイドが現れた。

「お呼びでございますか、バロネン」

「アクセルを、わたくしの従者を呼んで下さらないかしら」
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